DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2019/07/16

ビル・エモットらが語る日本の未来
「高齢化社会はチャンスになりうるか」

Written by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル(POTETO)

日本社会が直面する大きな課題の一つが「高齢化」です。ネガティブに語られることが多いなか、「高齢化社会はチャンスになりうるか」と題した国際シンポジウムが5月17日、東京都内で開かれました。サントリー文化財団が設立40周年を記念して主催したもので、国際ジャーナリストのビル・エモットさんの基調報告に続いて、国内外の学者とジャーナリストがそれぞれの立場から発表し、活発な議論を交わしました。

基調報告「平成に起きた五つの大きな変化」

最初に、英経済誌「エコノミスト」の元編集長で、知日派、アジア通としても知られるエモットさんが、「日本の運命——少子高齢化社会における幸福」というテーマで基調報告をしました。

ビル・エモットさん

エモットさんは、「幸福」という抽象的なテーマを考えるうえで、平成の30年間に五つの大きな変化が起きたと指摘します。

1:人口動態の変化
少子高齢化が大幅に進んだ。1980年代まで平均年齢は北米や西欧より低かったが、現在は人口の約3割が65歳以上に。しかし、今でも最大の年齢層は30~65歳である。

2:生活水準向上の緩慢化
バブル崩壊を受け、生活水準の向上は緩慢化。経済的に後れを取った国と見られるようになった。

3:労働市場の分断と二極化
経済成長の減速、中国の成長などが相まって生じた最も重要な現象。90年に労働者の20%だった非正規雇用は、今では40%近くに。経験や技能の蓄積も減少し、人的資本の形成が進んでいない。

4:結婚率と出生率の低下
雇用の不安定化が広がったことが最大の原因。女性の就業率は高まり、ユーロ圏の平均も上回っているが、非正規雇用の割合が高い。50歳での未婚率は女性より男性のほうが高い。

5:4年制大学に進学する女性の増加
高等教育における男女の格差は大幅に縮小。学界や政界、経済界で指導的立場についている女性はまだ少ないが、それは80年代に教育の男女差が大きかったことの反映。

日本では失業率が改善しているにもかかわらず、老後の経済面を心配する人が増えています。その背景として「3:労働市場の分断と二極化」、つまり正規雇用と非正規雇用の格差が関係している、とエモットさんは考えます。非正規雇用が増えているため、日本にとって事実上、唯一の資源である人的資本の形成が進まず、生産性も伸びないからです。ただ、徐々にですが、女性の社会進出は進んでいます。90年代以降に高等教育を受けた女性たちが30〜40代になり、様々な分野でリーダーとして活躍し始めています。「こうした女性は10年後にはさらに増える」とエモットさんは期待を込めて語りました。 また、新たに浮上した高齢者の雇用問題も含めて、「硬直的な社会制度をスピーディーに変革することで、人的資本を有効活用する道も開かれる。そうすれば、多くの女性が参画できる多様性と柔軟性を備えた社会が実現し、高齢者も社会とのかかわりが強化され、心身を健康に保てる」と力説しました。

続いて、3人のパネリストを交えたパネルディスカッションに移りました。モデレーターは、カナダ・ウォータールー大学のディビッド・A・ウェルチ教授です。

「加齢に対する考え方が大きく変化しつつある」

最初に、米誌「アトランティック」の編集者でもあるジャーナリスト、ジョナサン・ラウシュさんが「THE HAPPINESS CURVE」というタイトルで、加齢に対する考え方が世界中で変化しつつあると発表しました。

ジョナサン・ラウシュさん

ラウシュさんは「これまで加齢は恐ろしいものでした。しかし、今後、加齢は素晴らしい資産と捉えられるようになると思います」と語ります。従来の高齢者のイメージとは裏腹に、若々しさを保てる期間が長くなり、病気で苦しむ高齢者が減っているのが現代社会の実情で、「社会制度や政策をこの変化に適応させて、チャンスを最大限に活用することが重要」と訴えます。

さらに、ラウシュさんは、加齢に対する人々の認識の変化にも言及しました。人生全体に対してどれくらい満足しているかを、年齢ごとに統計的に推計したデータを提示。多くの人は、中年で幸せのピークを迎え、年をとるほど不幸になっていくというステレオタイプにとらわれていますが、データが示す結果はその逆でした。「幸福のU字曲線」と呼ばれるように、年齢ごとの幸福度は中年で最低になり、それから高齢になるほど上がります。この想定を間違えてしまうと、「人生の真ん中に幸福がくるべきなのに、そうなっていない」と焦りを覚え、俗に言う「中年の危機」を迎えることになると指摘しました。

「日本は人的資本を活用しきれていない」

次に、米シラキュース大学政治学部のマルガリータ・エステベス・アベ准教授が、「少子高齢化と日本の生産性ジレンマ:女性は日本を救えるのか」というテーマで発表しました。

(左から)ラウシュさん、マルガリータ・エステベス・アベさん、吉川洋さん

高齢者問題を抱えるドイツ、イタリア、日本の比較政治学を専門とするエステベス・アベさん。日本の問題点は、他の先進国と違い、女性の就業率が大学進学率に比例して増加していないことだと指摘します。日本では、労働市場が正規雇用と非正規雇用に二重化されており、子育てが一段落した女性が、条件のよい労働セクターに参入することが難しくなっています。高学歴の女性をはじめとした貴重な人的資源を無駄にしているわけです。

また日本の労働生産性についても、「日本では、スペインやイタリアといった南欧諸国の人はあまり働かないという先入観がありますが、実はイタリアのほうが日本より労働生産性が高い。まあ、最近は日本も暖かくなってきていますからね(笑い)」と冗談交じりに指摘しました。日本は、労働生産性自体は伸びているものの、伸び率が低いという課題に対処すべきだと語ります。

15歳児の学力を国際比較したOECD(経済協力開発機構)のPISA(学習到達度調査)によると、日本の子供は高い学力を持っていることがわかります。つまり、人的資本の質は非常に高いはずなのに労働生産性は低い。なぜなら、15歳児の半分は女性で、その中の優秀な人たちは大学に進学しますが、高学歴の女性を人材として活用できていないからだとエステベス・アベさんは話します。また、中高年労働者の質の国際比較をすると、日本は非常に質が低いという事実も指摘。60歳定年制があると、企業は40代後半の社員に投資をしなくなるからだと解説しました。

エステベス・アベさんは、「日本にはある意味、“伸び代”はある」として、①高学歴の女性に労働市場に入ってもらう、②パートの賃金を先進国並みに引き上げる、③中高年労働者にも人的資源として企業や国が投資をする、といった方策を提言しました。

「経済成長にはマンパワーよりイノベーションが必要」

最後に、東京大学名誉教授で立正大学学長の吉川洋さんが、「Declining Population, Aging and Economic Growth」というタイトルで、日本の少子高齢化と財政の問題に触れました。

吉川さんは、少子高齢化が社会保障や財政に大きな問題をもたらすことを認めたうえで、経済成長に関しては人口の影響が誇張されすぎているのではないかと指摘します。なぜなら、先進国における経済成長は、人口増加以上に、1人当たりの所得の伸びによるところが大きいからです。実際に、中国は人口増加率以上に経済成長率が高いと指摘しました。1人当たりの所得を伸ばすには、プロダクト・イノベーション (革新的な商品や素材の開発)が重要です。ところが、日本では、投資主体としてプロダクト・イノベーションを担うべき企業が、最大の貯蓄主体になっています。 企業が投資に後ろ向きであることが問題だと強調しました。

社会保障について、吉川さんは、戦後日本の成果だとしつつ、約120兆円の社会保障給付費のうち約4割を公費(税金)で負担していることが財政赤字の主要因と指摘します。社会保障分野で先進的な取り組みをしているEU諸国の場合、付加価値税(VAT:日本の消費税に相当)は最低15%と規定されているのと比べると、日本人は十分に税を納めていないと吉川さんは言います。所得の完璧な把握ができない以上、次善の策として消費税を上げるべきだと話しました。

ディスカッション「組織のあり方の変革が必須」

続くパネルディスカッションでは、そうした吉川さんの見解に対し、エモットさんが、「日本人は十分な所得を得ていないので、税金を上げるのは難しいのではないか」と述べました。その背景として、①労働生産性が向上していない、②労働者に十分な賃金が払われていない、③企業が高い利益率を誇っている、といった問題点を指摘。AIなどの新たな技術を取り入れていくなかで、日本の企業は組織のあり方を見直す必要があると語りました。

モデレーターのディビッド・A・ウェルチさん(左)とエモットさん

吉川さんは、日本の企業が十分な賃金を払っていないという点に同意したうえで、日本経済を悩ませているデフレの核心は1990年代後半から名目賃金が下がり続けていることにある、と指摘しました。

他方、エステベス・アベさんは、政治の問題として、自民党政権が労働基準法を企業に厳格に守らせず、低賃金政策をとってきたと指摘し、スウェーデンと比較しました。スウェーデンでは労働組合の力が強く、賃金や働き方を含めた労働者の権利が強固に保障されています。賃金が高いので、飲食店の多くは従業員が少なくてすむビュッフェスタイルになっているほどだ、と例示しました。そうなると、企業はイノベーションによって成長を目指すことになります。日本でも、労働力を高価にすることで、企業に変化を促すべきだと訴えました。

ラウシュさんは、日本では政府の政策によって高齢者が労働市場から排除されているのが問題だと話しました。働き続けたいと思っている高齢者を支えれば、人的資源を十分に生かし、財政の負担も軽減できる。「そもそも、なぜ65歳が定年なのか」と問いかけ、高齢者が健康で働き続けられる社会への期待を語りました。

幸福観や人的資本の活用、財政問題など多角的な視点から高齢化社会の未来が語られた今回のシンポジウム。社会を変革するには、本質的な問題が何なのかを見極め、一つひとつ丁寧に解決策を講じていく必要があると思わされました。

【登壇者プロフィル】
ビル・エモット
国際ジャーナリスト。1956年生まれ。83年から英誌「エコノミスト」東京支局長を3年間務める。93年編集長に就任し、13年間の在任中に発行部数を倍増させた。90年には日本のバブル崩壊を予測した『日はまた沈む』(草思社)がベストセラーになった。

ジョナサン・ラウシュ
ジャーナリスト/米誌「アトランティック」編集者。1960年生まれ。イエール大学卒。ブルッキングス研究所シニアフェロー。主著に『The Outnation ——日本は「外圧」文化の国なのか』(経済界)や、ベストセラーとなった『The Happiness Curve』など。

マルガリータ・エステベス・アベ
シラキュース大学政治学部准教授。1962年生まれ。ハーバード大学で博士号取得。ミネソタ大学助教授、ハーバード大学政治学部准教授を経て現職。専門は比較政治経済、比較社会政策、日本政治、ジェンダーなど。

吉川 洋(よしかわ・ひろし)
立正大学学長/東京大学名誉教授。1951年生まれ。東京大学経済学部卒。イエール大学大学院博士課程修了。ニューヨーク州立大学助教授、東京大学大学院経済学研究科教授などを経て現職。専門はマクロ経済学、日本経済論。2010年に紫綬褒章を受章。

ディビッド・A・ウェルチ(モデレーター)
カナダ・ウォータールー大学教授。1960年生まれ。ハーバード大学大学院で政治学博士号を取得。トロント大学政治学部教授などを経て現職。専門は国際関係論、国際紛争論。著書に『苦渋の選択 対外政策変更に関する理論』(千倉書房)など。

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