映画監督・是枝裕和×朝日新聞DIALOG公共圏をいかに豊かにするかを考える社会に:朝日新聞DIALOG
2019/10/01

映画監督・是枝裕和×朝日新聞DIALOG公共圏をいかに豊かにするかを考える社会に

Written by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 諫山卓弥

次代を担う若者と第一線で活躍する大人が世代を超えて対話する「明日へのレッスン」。第7回は、『万引き家族』でカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞し、フランスで撮影した新作『真実』が間もなく公開される映画監督の是枝裕和さん(57)に、若者2人が様々な質問をぶつけました。

インタビュアーは、是枝作品の大ファンだという文芸誌「すばる」の編集者・岸優希ゆうきさん(28)と、困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所づくりなどを行う特定非営利活動法人Learning for All 代表理事の ひょんしぎさん(28)です。

『真実』は、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュというフランスが誇る女優2人が共演した作品で、8月の第76回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で、日本人監督初のオープニング作品に選ばれました。ドヌーヴが演じるのは国民的大女優ファビエンヌ。ビノシュは、その娘で脚本家のリュミールという設定です。ファビエンヌが「真実」というタイトルの自伝本を出版することになり、リュミールが家族とともにニューヨークからパリへ戻ってくるところから映画は始まります。リュミールは出版を祝いながらも、その実、本の内容が気になって仕方がない——。「女優とは、演じるとは何か」をテーマに、母と娘をはじめとした様々な人間模様の中で揺らぐ心の機微を描いています。

『真実』©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA

若者2人が是枝監督と対面したのは、この作品の日本公開を約1カ月後に控えた時期。試写を見た興奮冷めやらぬ岸さんの質問から、インタビューは始まりました。

言語が通じないからこそ、対話を意識した

: まずは『真実』の感想から述べさせてください。是枝さんの映画はすべて拝見していますが、いずれの作品にも「隣人の手触り」があり、どんな時代や環境が背景でも、登場人物はまったくの「他者」という感じがしません。身に覚えのある感情が描かれているからです。今回はフランスが舞台の作品ですが、やはり、ドヌーヴが知人のように思えました(笑い)。是枝さんは言語や文化の壁を軽やかに越えているように見えますが、苦労したことはありましたか?

是枝: 大変なことはいつもあるので、今回が特に大変というわけではなかったです(苦笑)。

是枝裕和さん

: 是枝さんの著書を読み、対話の力を信じていらっしゃると感じました。今回の現場でも、しっかり言葉を交わすことを意識しましたか?

是枝: 今回は、言語が通じないからこそ、しっかり言葉を交わさないといけないと思って、いつにも増してスタッフや役者に手紙を書きました。日本語で書いたものをフランス語に訳してもらい、映画全体が目指すことや、役作りについて、また日々感じていることなどを共有しました。

: 作中でも親子が対話する場面がよく出てきて、それぞれの思いを言語化し、ぶつけあっていました。

是枝: 日本語で脚本を書くときよりも、ちゃんと言葉にすることを意識しました。登場人物が衝突することが多い物語ですが、衝突を少し強めに書きました。

: 原案となった『クローク』という脚本があるそうですが、それはどのような物語だったのでしょう?

是枝: 『クローク』は、70代の老女優がレイモンド・カーヴァーの小説『大聖堂』を舞台で演じるという設定でした。千秋楽が迫っているのに、その女優はまだ自分の役をつかみ切れていません。『大聖堂』は同性間の友情がテーマですが、彼女は、同性はライバルでしかない人生を送ってきたので、友情がわからない。そんな老女優が最後に友情にたどり着くという筋書きです。日本の劇場で上演しようと思っていたのですが、実現しませんでした。

: それがどのようにして、フランスを舞台にした映画につながったのですか?

是枝: きっかけは、2011年にビノシュから「一緒に何かやりませんか」と提案されたこと。「どうせ撮るなら、フランスで撮りたい」と伝えました。フランスだとドヌーヴがいるから、日本では実現できないあの脚本を使うことができるかも、と。それなら、劇場の楽屋だけを舞台にした脚本を、母と娘の話にリライトしてみようと思い立ちました。

岸優希さん

: ビノシュは映画制作の現場で自ら積極的にアイデアを出す人のようですが、今回の作品で、彼女の提案によって変わった場面はありますか?

是枝: ビノシュとは、作品の解釈について話し合いました。この娘は母親のことがどれくらい嫌いなのか、そして2人の距離感はどのように変化していくのかについて、僕と彼女の考えは微妙に異なっていたので……。子どももいる50歳に近い娘が、どれくらい母親への嫌悪をあらわにするかという点は悩みました。ビノシュは、娘の感情がラストに向けてどのように変化していくかを考えながら演じているのですが、前半のシーンで激情にかられてしまうと後のシーンで収拾がつかなくなる。だから理性的な怒りにとどめてほしいと伝えました。逆に、母と娘が最後に和解に至る物語なのに、途中で2人が仲良く見えすぎてしまうシーンもありました。最初は編集でカットしていましたが、ビノシュから「フランス人はどれほど仲が悪くても、それくらいのことはする」と言われたりしましたね(笑い)。

母(左)と娘 photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

: 登場人物が意志決定や思索をする様々な局面で、フランスが舞台だから、と考えることも多かったですか?

是枝: そんなに多くはなかったけど、例えば、パリに里帰りしたリュミールが夫と娘と一つのベッドで川の字になって寝るシーンでは、フランス人プロデューサーから「6歳を超えた子どもが親と一緒に寝ていると、フランス人は『子どもに精神的なトラブルがある』と考える。最初は別室で寝ていて、後から親のベッドに来るようにしたほうがいい」とアドバイスされ、そうしました。

のっぺりとして見える風景にも、実はいろんな凹凸や濃淡がある

: 私からは抽象的な質問をさせてください。家族を撮り続けている理由はなんですか?

李炯植さん

是枝: 家族を撮り続けているという意識はほとんどなくて、今回の作品に関しても、「演じることで虚構が真実を超えていく」というテーマが中心でした。

: 私は貧困地区の出身です。そうした自らのバックグラウンドも踏まえ、大学生のときにNPO活動を始め、生活に困難がある人たちを見てきました。生きるうえで家族の問題はやはり大きくて、特に日本では血縁や地縁といったものの縛りが強いと感じます。そこから逸脱したいと思っても、近代的な「よい家族」といった通念や制度に引っ張られて生きづらくなってしまう。そうした生きづらさを抱えた人たちが、是枝さんの作品にはよく出てきます。

是枝: そうかも知れないですね。家族の形が多様になっているのに、制度が追い付いていないし、社会的な抑圧が強すぎる。定型からはみ出したものを認めないという意識も強すぎる。自民党の憲法改正草案には「家族は、互いに助け合わなければならない」とあります。そうやって上から価値観を押し付けられることに、どのくらいの人が危機感を覚えているか。血縁も地縁も企業共同体も、この20年でつながりがとても弱くなりました。今は人々がばらばらになって、水の上にフワッと浮いている感じがします。でも、人は何かとつながっていないと生きていけない。そこにはいろんな層があって、セーフティーネットになるし、ある人にとっては社会そのものでもある。それらが全部壊れていった最後にナショナリズムという大きな網が待っている、というのが現在の状況だと思います。その大きな網のなかに人々を包んでしまおうというのが自民党の草案だと思います。問題は、細かい網の目をどう用意するか。そのことの重要性を一人ひとりが感じていかないと、あっという間に「大きな物語」に回収されてしまいます。

: しかし、実際には社会の分断と不寛容が広がっています。そんな現代において、利害を超えて人々が共生するにはどうすればいいのでしょうか。我々のような市民活動が必要だとは思いますが、直接的な活動だけでは広がりに欠けます。そうした活動に興味のない人が多いことも痛感しています。例えば、私の大学時代の友達は、ほとんどが高収入のホワイトカラーで、問題意識を全く共有できない。彼らの日常や生活圏には、社会の負の側面や、コミュニティーが壊れて分断されている人々が存在しない。どのような手掛かりをつかんで、そこをつなぎ合わせていけばいいのでしょうか。映画や芸術が担える役割はあると思いますか?

是枝: 映画にもできることはあると思う。今の話に関連して答えるなら、その人の社会では見えてこなかったものを可視化していくことじゃないかな。「目には見えていなくても、それはあなたの社会の一部だ」「あなたが目を背けることで、彼らは世界から消えている」ということを提示するのも、その役割の一部なんじゃないですか、芸術の。

: 人々の共感を生むように考えて作品を作るんですか?

是枝: 作品によりけりです。例えば『万引き家族』は、血縁のない人々が寄り添って「家族」として暮らしていますが、ある事情で「家族」を続けられなくなります。その「家族」を解体したのはあなただ、と指摘して、観客を共感とはまったく逆の立場に立たせる作品です。

: 私自身、問題を抱えた子どもを支援するために親から引き離すこともあるのですが、子どもはそれを望んでいるのか、自分たちの行いは正しいのか、と『万引き家族』を見て考えさせられました。世間の理解が進んでいない社会問題について、情報を届けて認知させることはできますが、その人の価値判断の基準まで変えることはできるのだろうか、と悩みます。また、社会問題を世間に認知させるとしても、それは自分たちの活動に都合のいいマーケティングに過ぎないのではないか、自分は本当に公共の代理を務められているのか、多くの人々が見たいものしか見ないと言われるポスト・トゥルースの時代において、公共圏というものをいかに語ればいいのだろうか、などと考え込んでしまいます。

是枝: 公共という概念を、日本人は「官」としてとらえているでしょ。その誤解を改めないと、公共という言葉は安易には使えない。公共圏をいかに豊かにしていくかという意識が、日本人には欠けている。僕はそこに向かって映画を作っているつもりです。映画にできるのは、のっぺりとして見える風景にも実はいろんな凹凸がある、いろんな濃淡があると気づかせるところまでじゃないですか? そこから先は個々人の問題だろうな。映画でさらに踏み込もうとすると、プロパガンダみたいで気持ち悪くなるから。(『おおかみこどもの雨と雪』『未来のミライ』などで知られるアニメ監督の)細田守さんが「子どもに向けて映画を作るのは、いろんな人がいろんな遊び方をできる公園をつくるのと同じだ」と言っていました。僕もスタンスが細田さんと似ているかもしれない。

「〇」と「×」の札があったら、常に「△」を上げたい

: 是枝さんの、二つの相反する原理を掲げて、その「あわい」の部分を志向していく姿勢が面白いと思います。パブリックとパーソナル、モノローグとダイアローグ、再現と生成、加害者と被害者、即興と演技、モニュメントとメモリアルなどついになるものを挙げて、二元論ではなく間でバランスをとっていく。今の社会はどちらか極端に振れる言説があふれていて、怖いなと感じます。そのなかでバランスを取りつつ、どちらも精査して批判・批評していくという思考力は、どのようにしたら身につきますか?

岸さんが読んだ是枝さんの著書には付箋がいっぱい

是枝: あまり考えたことがなかったけれど、「〇」と「×」の札があったら、常に「△」を上げたい(笑い)。僕の場合、そういうたちでしかない気もするけど、強いて言うなら経験かな。出会った人からもらった言葉の影響が大きいように思います。他の人の言葉が、自分のあいまいだった考え方を更新し、明快にしてくれることが度々ある。そうした経験が自分の中に蓄積されているんじゃないかな。

: 是枝さんは、社会課題の当事者を題材に映画を作っていますよね。彼らの置かれている状況を代理して語ることについては、どうとらえていますか。私は子どもたちの支援をしていますが、その子たちのことを理解できているのか、求められていることをできているのか、不安で怖くなるときがあります。そうしたことで悩んだり、考えたりすることはありますか。また、社会課題をフィクションで描くことの意義はなんでしょうか?

是枝: 当事者のことをどう考えるかは、難しいね。いつも悩んでますよ。『誰も知らない』という映画はフィクションだけど、母親にネグレクトされていた少年が、亡くなった妹をボストンバッグに入れて秩父(埼玉県)の山に埋めに行ったという実際の事件がもとになっています。少年は秩父まで西武鉄道の特急「レッドアロー号」に乗って行った。僕は西武線沿線で生まれ育っているので、レッドアロー号は幼心にとてもかっこよく映っていました。でも、特急料金が必要だから、大人にならないと乗れない。だから、その少年がレッドアロー号に乗って行ったと聞いて、妹を乗せてあげたかったんだなあと思ったの。だけど、その行為は証拠隠滅ととらえられた。ワイドショーでは「下半身のルーズな鬼母おにははと子どもたちの地獄の日々」のような取り上げられ方だった。そこで調べてみると、この少年は母親のことが好きだったし、信頼に応えたいと頑張っていた。もちろんネグレクトは虐待だけど、幸せな記憶もこの子にはある。そういうアパートの中のディテールはフィクションじゃないと描けないから、「地獄」と言われてしまう日々の濃淡を撮ってみようと思った。あくまで想像でしかないですが、それをできるのがフィクションだと思います。

: すごく納得しました。

是枝: 『万引き家族』も同じスタンスです。死んだ親を床下に埋めて、遺族が年金をもらい続けたという事件が、「詐欺」として非難されたことがあった。だけど、当事者は「死んだと思いたくなかった」と弁明していた。その人なりの親子関係とか事情を踏み込んで描いていけば、違うものが見えてくるんじゃないか。僕らは制度を作っているわけじゃないから、小さな物語をたくさん作っていくしかない。

: 朝日新聞DIALOGは「2030年の世界」を考えるプロジェクトです。是枝さんは、2030年の世界をどう見ていらっしゃいますか。そのために何をしたいですか?

是枝: 僕は、自分がテレビのドキュメンタリー番組から出発して、放送に育てられたって意識があるから、放送の今と未来には責任があると思っています。最近の放送は自分の理想とはかけ離れてきている。公共圏を成熟させていくために、多様性を一つの価値観として持ちながら、放送が社会のなかでどのような役割を果たせるかを考えていく。来年がそのための大切な年だと思っているんですよ。これだけ問題が山積みのオリンピックを、放送はきちんと批評できていない。オリンピックが終わったあと、この国はどうなっていくのか。おそらく、誰も失敗の責任をとらず、経済や政治の無策を覆い隠すように、次の「祭り」へ向かっていくんでしょう。万博とか、カジノとか。それは経済と政治の敗北だと思いますけど、みんながちゃんと自覚できる敗北を経験しないと、たぶん立ち直れない。国が滅びればいいとは思いませんが、このままでは危機感を持てないかもしれない。残念だけど。個人的には、作りたいものを作ることが抵抗になると思いますし、自分の周りからそういう作り手を育てていきたい。そのくらいの範囲が精いっぱいかな(笑い)。

インタビューを終えて

DIALOGの学生記者の乙部修平です。時に笑いを交えながら、しかし真剣にインタビュアー2人の声に耳を傾ける是枝さんは、飄々ひょうひょうとしているように見えて、胸の奥に熱いものを秘めているように感じました。作品へのこだわりから社会問題に関する意見まで幅広い話題が出た今回のインタビュー。私たち一人ひとりが、目をそらさずに社会と向き合い、できることに精いっぱい取り組むことが重要だと思わされました。

では最後に、インタビューした2人の感想をご紹介します。

想像し、協働し、疑問を持つ(岸優希)

是枝さんが制作の際にいつも大切に駆使されているのは、「記憶」「想像力」「観察力」。『真実』の現場では、特に「想像力」を用いることに心を砕いたそうです。「3世代の女性」という、体験したことのない3通りの人生を描くために、何度も立ち止まり、疑い、想像する。想像力が彼女たちの人物造形を重厚にし、作品をふくよかにしていった過程を思い、経験則に甘んじない探求の姿勢に感銘を受けました。そして何より、同調圧力の強まる社会のなかで、「あまのじゃく」に疑問を持ち続けることの重要性を胸に刻みました。共感ではない方法で他者とつながり、コミュニケーションを取りながら社会のなかで共生するには? 「小さな物語」を世に送り出すために、編集者としてできることとは? インタビューをきっかけに、考え続けています。

批判的な視点を持ちながら社会と向き合う姿勢を教わった(李炯植)

インタビュアーを務めるのは初めての経験で、しかもそれが是枝さんのインタビューということで非常に緊張しました。私の問いが、現在の社会状況を受けた抽象的なものばかりで、是枝さんとしては答えにくかったと思います。そんななかで、質問の意図を丁寧にくみ、言葉を選んで回答してくださったことが印象に残っています。社会に影響を与える作品を作り続けている是枝さんも、現代社会の様々な課題に悩み、葛藤しながら、そこに向き合っていることが、回答の一つひとつを通じて感じられました。油断すると、極端で、わかりやすい答えに走ってしまいやすい現代社会において、批判的な視点を持ちながら、自分なりの価値判断をし、社会と向き合い続ける姿勢を教えていただいたように思います。

【プロフィル】
是枝裕和(これえだ・ひろかず)
映画監督/早稲田大学理工学術院教授。1962年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。テレビマンユニオンに参加し、テレビのドキュメンタリー番組を制作。95年、『幻の光』で劇映画監督デビュー。2013年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。18年、『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞。18年度の朝日賞受賞。『真実』は10月11日(金)からTOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。

岸優希(きし・ゆうき)
編集者。1990年、島根県生まれ。2度の在米経験を経て、慶應義塾大学総合政策学部に入学。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2015年、集英社に入社。文芸誌「すばる」編集部に配属。同誌で小説や評論の連載を担当しながら、教育やフェミニズムといったテーマについて多面的に考える特集号の編集にも取り組んでいる。

李炯植(り・ひょんしぎ)
特定非営利活動法人Learning for All 代表理事。1990年、兵庫県生まれ。東京大学教育学部卒。在学中から認定特定非営利活動法人Teach For Japanに参画し、2014年、Learning for Allを設立。延べ7000人以上の困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所づくりを行っている。全国子どもの貧困・教育支援団体協議会理事。Forbes JAPANの「30 UNDER 30 JAPAN」に選出。

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