
これからの女性活躍推進について考えるシンポジウム「BRIなでしこサミット2019」が9月4日、東京・青山のアイビーホールで開かれました。主催したのは、一般社団法人企業研究会主催の各種フォーラムに参加する女性メンバーが発起人の「なでしこプロジェクト」。第一線で活躍する若手やマネジャーが企業の枠を超えて集まり、自身のキャリアにおける悩みの共有やリーダーの育成などを掲げ、毎年、このシンポジウムを開催してきました。5回目となる今回は140名が集まり、パネリストの話に熱心に耳を傾けました。
ESG投資はさらに加速する
最初に、アムンディ・ジャパン株式会社ESGリサーチ部長で、日本企業の調査を20年以上担当してきた近江静子さんが基調講演をしました。テーマは、ESG投資と女性活躍推進についてです。

ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の略で、Eは地球温暖化、水資源、生物多様性、Sは女性の活躍、従業員の健康、Gは取締役の構成、公正な競争などを指します。ESG投資では、企業の財務情報だけでなく、その活動がESGに配慮しているかどうかを、投資判断の材料として重視します。
「世界全体の運用資産のなかでESG投資が占める割合は4割に上ります。ESGは一過性のブームではなく、今後さらに加速していきます」と近江さんは話します。機関投資家がESG投資を採用する主な理由は「長期的なリスクの考慮」。ESGの観点から企業の足腰がしっかりしているかどうかを見極めることが、資産を守るためには重要だと考えているからです。アムンディ・ジャパンでも、2021年には可能な限りすべての運用戦略にESGの視点を採用し、議決権行使にも反映することを決めているそうです。
ESGのなかには、女性活躍の観点も含まれます。2018年の内閣府の調査によると、機関投資家の約7割が、投資判断や業務において女性活躍情報を活用する理由として、「企業の業績に長期的には影響がある情報と考えるため」と回答しました。近江さんは、「投資家は男性も多いですが、女性活躍を推進することが企業価値に結びつくということを認識し、各企業の取り組みに注目しています」と述べました。
人と組織を育てる「イクボス」
続いて、特定非営利活動法人ファザーリング・ジャパン代表理事の安藤哲也さんが基調講演をしました。

安藤さんの妻は、子育てのために休暇の取得が増えたとき、上司から「やっぱり子どもがいる人は戦力にならないんだな」と言われたそうです。「妻が泣きながら僕に訴えた夜のことを、いまだに覚えています」。安藤さん自身も、子どもの看病のために休みを取ろうと会社に電話すると、返ってきたのは、「なんでそんなこと、お前がやるんだよ。子どもの世話は母親の仕事だろ。奥さんにやってもらえ」という言葉でした。安藤さんは半年後にその会社を辞めました。その後、「父親であることを楽しもう」と考える若い父親たちの支援を目指してファザーリング・ジャパンを立ち上げました。
父親がもっと育児に参加できるようにするには、会社の意識を変え、働き方を見直すことが重要だと考える安藤さんは、会社の管理職にダイバーシティー・マネジメントを身につけてもらう「イクボスプロジェクト」を提唱しています。「イクボス」とは、部下のキャリアと人生を応援しながら、組織の業績でも結果を出し、自らも仕事と私生活を楽しむことができる上司のことです。「中間管理職ではなく『中心管理職』になって、人と組織を育てるイクボスを目指してください」と語りました。
女性が活躍できない企業は淘汰されていく
基調講演に続くパネルディスカッションでは、近江さんと安藤さんが登壇し、それぞれの視点から女性活躍推進について語りました。パネリスト兼ファシリテーターは、なでしこプロジェクト代表幹事の板垣香里さんが務めました。

板垣: 女性活躍推進と言っても、まだまだ課題があると思います。お二人は「イクボス」の視点、ESGの視点からどう捉えていますか?
安藤: 男性の育児参加については、企業によって温度差があります。また、個人の意識にも差があるので、そこは学校教育でしっかりやってほしいですね。家庭においては、テレビで『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』を見る際、親は「これは昭和40年代の話だから」と子どもに言ったほうがいい。あの頃は専業主婦で良かったわけですが、現在は共働きの家庭が多い。そうしたメディアリテラシーは、家庭できちんと教えたほうがいいと思います。もう1点、女性活躍推進法があるのですから、男性の家庭活躍推進法も作るべきだと思います。明文化することは大事です。義務化しなくても推進する法律があると、自治体や企業は計画を立てなければいけなくなるので、男性の育休取得は進んでいくと思います。
近江: 日本は変革のスピードが遅い。女性役員があまりにも少なすぎます。欧州のように、役員の一定の比率を女性とするクォータ制度を導入することも必要なのかもしれません。そういう意味では、トップがしっかりやっていくべきだし、社外からも積極的に働きかけていく必要があります。
安藤: 都市部は共働き率が高いので、女性活躍が推進できない企業は淘汰されていくでしょう。トップの取り組みでいえば、広島県と三重県では知事自身が育休を取得し、男性育休の理解と、それを支援するイクボスが進んでいます。現在、広島県庁では男性職員の40%、三重県庁では38%が育休を取得しています。有給休暇の取得率も増えていますし、女性の管理職比率も伸びています。これはやはり、トップが本気で取り組んでいるからだと思います。僕らはそれを市町村レベルにまで広めていきたい。

板垣: トップの人たちに本気になってもらうには、どういうアプローチが必要でしょうか?
安藤: 二つのパターンがあります。一つは海外視察です。ある大企業の社長がスウェーデンのストックホルムに出張し、平日の昼間、公園でベビーカーを押している親の9割が男性だったのを目撃し、とても驚きました。その社長はスウェーデンの人に、「昔からこうなんですか?」と聞きました。すると、「いやいや、30年前は男性社会でした。経済が衰退し、女性が活躍できず、出生率も落ち込むといった状況になりました。その時、国民的な議論が起こり、男性の育休をもっと増やそうという動きが出て、30年かけて現在の状態になりました」という答えが返ってきました。それを聞いた社長は、日本にも絶対に必要だと思ったそうです。帰国してすぐに役員会でその議題を出し、男性社員の1カ月間の育休を制度化しました。だから、スウェーデンに連れて行けば、世の社長は変わると思いますね(笑い)。ファザーリング・ジャパンで、社長の北欧ツアーを企画しようかと思っています。
もう一つのパターンは、家族からの働きかけです。企業の役員は年配の人が多く、息子や娘の夫などがおむつを替えたりしているのを見ているわけです。そういうのを見ると、意識も変わります。あるいは、娘が長時間労働でボロボロになって家に帰ってくるのを見ると、働き方改革に対する意識が変わります。自分の子どもたちの変化をもっと見せていくような、家族からの働きかけもいいかなと思います。
近江: 日本は成長力の面で低速感があり、イノベーションやダイバーシティーがないと伸びません。もっと柔軟な視点を持った人材を起用していく必要があると思います。そこに関して、経営陣はやや意識を持ち始めたものの、変革に対するマネジメントの意識がなかなか実行に移されていないように思います。我々は、企業価値を向上させるには柔軟な視点が大事だという働きかけをしています。そうすると、少しずつ企業も変わっていくでしょう。なるべくスピードアップしたいと思っています。

【プロフィル】
近江静子(おうみ・しずこ)
アムンディ・ジャパンESGリサーチ部長。国際基督教大学大学院比較文化研究科修士課程修了。リーマン・ブラザーズ証券などを経て、2003年からソシエテ ジェネラル アセット マネジメント(現アムンディ・ジャパン)で日本企業の調査に従事。08年、投資調査部長。15年から現職。環境省「持続可能性を巡る課題を考慮した投資に関する検討会」委員、内閣府「ESG投資における女性活躍情報の活用状況に関する調査研究」企画委員会委員などを務める。
安藤哲也(あんどう・てつや)
特定非営利活動法人ファザーリング・ジャパン代表理事。1962年生まれ。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援事業を展開するファザーリング・ジャパンを創立。18年度の内閣府「子供と家族・若者応援団表彰(子育て・家族支援部門)」で内閣総理大臣表彰。管理職養成事業 「イクボス」で、企業・自治体での研修を多数実施。主著に『パパの極意 仕事も育児も楽しむ生き方』 (NHK出版)。
なでしこプロジェクトとは
一般社団法人 企業研究会主催の各種フォーラムの女性メンバーが発起人となり、2015年にプロジェクト発足。「互いが互いのメンターに」をキャッチフレーズに、女性の自責によるキャリアアップのサポートや社会課題解決に向けた現場発の提案の為の調査、研究活動のほか、年3回程度の自主勉強会と年1回のシンポジウム(なでしこサミット)を開催。
一般社団法人経営研究会 なでしこプロジェクト
https://www.bri.or.jp/nadesiko/
https://www.facebook.com/brinadeshikopj/
一般社団法人企業研究会 組織・活動概要
https://www.bri.or.jp/
