DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

ソーシャルイノベーターに聞くタブーのない雑誌で、誰もが生きやすい社会をつくりたい
haru.さん

Written by 阿部日向子 with 朝日新聞DIALOG編集部(写真はharu.さん提供)

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGは、若きソーシャルイノベーターに注目しています。haru.さん(24)は東京芸術大学在学中にインディペンデント雑誌「HIGH(er)magazine」を立ち上げました。広告のない雑誌を作ることへのこだわりや、タブーを気にせず作品を紙メディアで発信することの意味などについて聞きました。

Q: haru.さんが編集長を務める「HIGH(er)magazine」はどんな雑誌ですか?

A: 自分の身の回りで起きていることを、みんなで話し合う場を作りたいと思って、大学入学後すぐに始めました。メインテーマは常に、そのとき私が置かれている状況や興味があるものです。2月に出した最新号のテーマは「アイデンティティー」。周りの人たちが就活を始め、私も卒業後はどう生きていきたいのかを考えなければいけない時期に、もう一度、自分のルーツに立ち返って考える時間をみんなで持てたらいいなと思いました。自分の生き方を追求している人はすごく輝いています。私はその人たちを応援したいし、その人たちの人生をアーカイブしていくような気持ちで作っています。
いろいろな人がかかわってくれているので、誌面では「私たち」という言葉は使わないようにしています。どんなに仲が良くて一緒にものづくりをしていても、自立した個人の集まりなので、一人ひとりが違う意見でいい。特に政治のトピックを扱ったりもするので、「私たち」は危険なワードだと思います。

Q: 「HIGH(er)magazine」には広告は載っていません。

A: いくら思想に共感してくれる企業があっても、全部OKしてもらうのは難しい。私は、作品や制作に関するこだわりだけは強くて、妥協できないんです。少しでも「この表現を変えてください」と言われるのは、ものすごいストレスですし、「え、なんでだよ」って思ってしまいます。本当に自由に、自分たちの発信したいものを作ろうと考え、広告は入れないことに決めました。雑誌やグッズの売り上げと、クラウドファンディングによる支援だけで出し続けています。

Q: haru.さんはどんな環境で育ったのですか?

A: 両親ともアート界隈かいわい の人で、父は絵描きです。物心ついたときには、日常的にアートに触れていました。保育園に通っているころから、周囲になじめない子どもで、みんながお遊戯に参加しているのに私だけ参加しないとか、プールに入らないとか。卒園式のときも、みんなが泣いているのに、私だけは「自分はなぜ悲しくないのだろう」と思って、ずっとうつむいていた記憶があります。うちの親は、そういうときに何も言わなかったので、「親の期待に応えないと……」というプレッシャーを感じずに済みました。そこはよかったと思います。

Q: 子どものころからドイツと日本を行き来していたそうですね。

A: 小学生のころ、父の仕事の関係で、ドイツで過ごしました。また、中学卒業後、再び、ドイツへ行きました。きっかけは、東日本大震災です。ドイツには祖父母が住んでいたのですが、原発が危ないという情報を母が耳にし、「春休みの間、遊びに行っておいで」と言われて飛行機に乗せられたら、「もう帰ってくるな」って(苦笑)。それから4年間、ドイツにいました。

Q: 雑誌作りに興味を持ったのもそのころですか?

A: ドイツでは言葉や文化の壁を感じました。言葉以外のもので自分を説明するものが欲しくて、自主制作の小冊子を作り始めたんです。高校を卒業するときは、クラスメート全員のTシャツをデザインし、着てもらった姿を撮影して一冊にまとめました。そのとき初めて、「世界とつながるツール」を発見したと確信しました。言葉以外の手段で、他人と、今までとはまったく違うかかわり方ができたことに心からワクワクし、日本に帰ってもこれを続けなければと思いました。

Q: 雑誌を作り始めて、自分の中に変化はありましたか?

A: 他人に「一緒に何かしようよ」と言えるようになりました(笑い)。小さいころから周囲になじめないタイプだったので、誰かと一緒に何かを作ったり、密接につながったりすることが苦手でした。でも、雑誌を作る中で、各分野に専門家がいて、その人たちの力を借りれば、自分が想像もできなかったようなものが作れることを実感しました。

Q: 大学卒業後に起業したのはなぜですか?

A: 仲間のアーティストたちが力を存分に発揮できる場所を作りたいと思い、今年6月に株式会社HUGを立ち上げました。アーティストのサポートとプロデュースをする会社です。「HIGH(er)magazine」では、参加してくれるアーティストにギャラを払っていますが、そんなに多くのお金は出せません。私は、みんなの作品や思考が社会の中でどういうふうに作用するのかをもっともっと見ていきたい。その子たちがどんどん外に出ていけるようなシステムを作れればいいなと思い、起業しました。

Q: 「HIGH(er)magazine」は、政治もテーマとして扱っていますね。

A: 例えば、政治とファッションは、実は密接に結びついていると思います。すべてが地続きだと思うので、自分の作品の中で政治を排除することは、私にとっては不自然です。「HIGH(er)magazine」第2号の制作中に熊本地震が起きて、制作メンバーの幼なじみが亡くなりました。それをたどって深く考えていくと、日本には震災がある、じゃあそういう環境の中で私たちはどんな意識を持って過ごしていかなきゃいけないんだろうとか、原発の話だとか、どんどんつながっていきますよね。一方、服にもテーマがあります。震災後に、こうした不安定な状況の日本で生きていく、人生をサバイブしていくにはどうしたらいいのかと考えて、「サバイブ」をテーマにした服を作って雑誌に載せました。

Q: 政治について語るファッション誌は珍しい気がします。

A: 4年前に「HIGH(er)magazine」を作り始めたころは、仲の良い友達同士でさえ、政治の話をすると異様な空気が流れました。そのことにすごく危機感がありましたが、状況は変わりつつあると思います。7月の参院選のときにSNSで「選挙に行こうよ」って呼びかける友人やインフルエンサーが多くて驚きました。政治にちゃんと意識を持ってかかわることはカッコイイことだ、というふうに世の中の流れが変わってきた感じがします。だからこそ、これからは一歩先に進んで、実際にどの政党に投票すればいいのかとか、この政策が続いたら自分たちにどんな影響が出るのかといったことを、より具体的に話し合う時期が来たと思っています。「政治について語ろう、選挙に行こう」っていう表面的な運動を超えて、「じゃあ、その次はどうするか」をみんなで考える勉強会のようなものを少しずつ準備しています。

Q: 2030年の世界はどうなっていると思いますか?

A: 今を必死に生きるタイプの人間なので未来のことは想像もつきませんが、「HIGH(er)magazine」の制作は続けていたい。最近、私の周りでは子どもを産んだ友達が多いんです。私たちよりも下の世代が、これからどんどん育っていく。その子どもたちに、私たちの世代が感じてきた痛みを伝え、どんな人でも生きやすい社会に変わっていってほしい。一人ひとりが社会にどんな作用を及ぼしていけるのかを自覚し、子どもたちのことをみんなで考えていけるようになっていたらいいなと思います。「HIGH(er)magazine」は、この世界の大切な資源である紙を使っているので、物として残す価値があるものを出し続けていきたい。出版業界が不況と言われるなかでも、自分たちが誇りに思えるものを作っていけば、廃刊にはならないと思います。

haru.(はる)
アーティスト/「HIGH(er)magazine」編集長/株式会社HUG取締役。1995年、仙台市生まれ。小学校、高校時代に計6年間、ドイツで過ごした。東京芸術大学卒。在学中に「HIGH(er)magazine」の制作を開始。2019年にHUGを起業し、アーティストのサポートとプロデュース事業も手掛けている。

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