
就職活動の時期になると、多くの大学生・大学院生が関心のある企業を訪ね、インターンや面接を通して社員たちと触れ合いますが、その企業のトップリーダーに直接話を聞ける機会は、そうあるものではありません。そこで、朝日新聞DIALOGでは、社会をリードする企業のトップに学生たちが公開インタビューをする新たなシリーズ企画「トップに聞きたい!」を始めます。
第1回はアドビ システムズ 株式会社バイスプレジデントの秋田夏実さんに、デジタルコミュニケーションの現在と未来について聞きました。聞き手は、早稲田大学教育学部3年で朝日新聞DIALOGパートナーの間宮秀人さん(21)と、中央大学文学部3年でDIALOG学生記者の杉山麻子(21)。ギャラリーとして大学生を中心に15人の若者が参加し、第2部のグループトークでアドビの社員たちに聞きたいことをたっぷり質問しました。その模様をお伝えします。
入社前からヘビーユーザーだった
公開インタビューに先立ち、まず秋田さんが自己紹介を兼ねてアドビの業務内容について話しました。

秋田さんは約20年間、金融業界で働いた後、2017年にアドビに入社しました。「金融からITへの転職。違う業界なので大変だったでしょうと言われることがありますが、私は仕事でもプライベートでもアドビのヘビーユーザーだったので、転職しても抵抗感はありませんでした。とてもハッピーに仕事をしています」
PDFなどでおなじみのアドビは1982年創業。2007年からインド出身のシャンタヌ・ナラヤン氏がCEO(最高経営責任者)を務めています。秋田さんによると、19年度の売上高は約110億ドル、この10年で株価は30ドルから300ドルに上昇し、今年12月時点のグローバル企業時価総額ランキングでは45位。日本企業でアドビより上のランクに位置するのはトヨタだけだそうです。
会社のミッションステートメントは「デジタルの力で世界をより良いものに変えていく」。PhotoshopやIllustratorなどのソフトウェアを長年、パッケージで提供してきましたが、現在はサブスクリプションモデルへビジネストランスフォーメーションを果たしました。そのクラウドを支える人工知能(AI)の名は「Adobe Sensei」。Senseiは日本語の「先生」に由来します。秋田さんは「アドビが日本市場を重視している表れ」だとし、次のように続けます。「アドビが最も大切にしている価値観は、あらゆる人の創造性を支援することです。誰もが人に伝えたい思いやストーリーを持っています。創造性を発揮して、それを形に変えていく作業を、アドビがデジタルツールを使って支援する。クリエーティブではない単純作業、人がやらなくてもいいよねという作業の省力化を進め、人が価値を生み出せる創作活動に集中できるようにサポートしていくのが我々の使命です」
フェアでフラットな社風
続いて、秋田さんへの公開インタビューに移ります。

間宮: 「Adobe Sensei」に象徴されるように、アドビでは日本のプレゼンスが高いというお話がありました。
秋田: 日本の若い人たちはInstagramやYouTubeなどで積極的に自分の考えや作品を発信していきたいという思いを強く持っています。そこにニーズを感じています。
杉山: 誰もが発信したいという思いはその通りだと思います。ただ、私は、アドビのツールは難しいと思っていて……(苦笑)。
秋田: どんなところが難しいと思ったのですか?
杉山: Photoshopで画像編集をしているのですが、使いこなせているかどうか自信がありません。
秋田: アドビの製品は、クリエーターやアニメーター、映画やテレビ番組を作っているプロが使うものというイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。私も使っています。例えば、動画編集アプリのPremiere Rushは、休みのときに家族の動画を撮って、簡単に編集するだけで、結構なクオリティーの動画を作れます。皆さんもぜひ使ってみてください。
杉山: 秋田さん自身がアドビのヘビーユーザーだったとうかがいました。大好きな製品を作っている会社に入って、どんなところが魅力だと思いましたか?
秋田: フェアでフラットなところです。フェアな面としては、アドビは世界のどこで働いていても、同じタイプの仕事をしている人は同一賃金です。エリア間の差も男女差もありません。フラットな面としては、7月にナラヤンCEOが来日したときに実感しましたが、彼に限らず、上級副社長たちもしょっちゅう来て、社員とカジュアルに話をしていきます。「そんないいアイデアがあるんだったら、自分宛てにメールしておいで」みたいなフラットなところは、正直すごいと思います。私の最初のキャリアは日本企業でしたが、社長は雲上人で、気軽に質問などできませんでした(笑)。
働きながら教育を受けたいと思えば、それができる環境も整っています。外部の講習に通うための費用は1人年間1000ドルまで、働きながら大学院に通いたい場合は審査がありますが、年間10000ドルまで会社が補助してくれます。懐の深さというか、従業員を温かく守り育てていくところが、この会社の良さだと思います。

間宮: 今日の公開インタビューに参加している学生には、外資系企業を目指している方が多いと思います。秋田さんご自身は、どういった基準で外資系企業を選んだのか、キャリアを選ぶポイントを教えていただけますか?
秋田: ポイントは三つあります。まず一つは、その会社の製品やサービスが好きと思えるか。私は(ヘッドハンティングの)声がかかっても、相手にお会いしないこともありました。その会社の製品やサービスを利用していなかったり、好きじゃなかったりしたら、やっぱり就職してはいけないと思ったんです。特にマーケティングのような仕事は、製品やサービスを愛していて、その良さを分かってもらいたいという思いが根底になかったら、ウソになってしまいます。二つ目は、一緒に働きたいと思える人たちかどうかを見極めることです。就活の過程で、その会社の人に会いますよね。学生は面接される側ですが、この人たちと一緒に働きたいと思えるかどうかを自分の目で見極めることが大切だと思います。三つ目は、可能な限り情報収集をすることです。いろいろなツテを頼ってその会社の人とつながり、「実際のところどうですか?」と会社の実態を聞き出して、納得がいく選択をするべきだと思います。
間宮: ファーストキャリアも、その観点で選んだのですか?
秋田: そこまで深く考えていませんでした(笑)。インターンで外資系証券会社に行ったとき、「最初は日本企業に入って、ビジネスパーソンとしての素地を作ったほうがいい」とアドバイスされました。私は経済学部にいたので、日本の金融界、特に銀行に目が行きました。実際に就職したのは、もともと自分が使っている銀行でした。やはり、ユーザーとして好きと思えるところを選択しましたね。

家族5人の役割分担を徹底
杉山: プライベートの話になりますが、秋田さんにはお子さんが3人いらっしゃいます。子育てをしながら働くときに大切にしていることは何ですか?
秋田: 家族みんなで楽しみながら、家庭内の日々の業務を効率化することです。我が家では、家族5人の2カ月分の予定をExcelで管理し、「見える化」しています。家族が共通の認識を持つと段取りが組みやすく、焦ることもありません。業務分担も徹底しています。各自の役割を決め、できる範囲でいろいろなことをやらせてみて、次第にその範囲を拡大させる。すると、3歳の子どもを含め、みんなが戦力としてパワーアップしていきます。子どもによっては自分から提案してきます。頑張ったら、それに対して「よく頑張ったね。ありがとう」とご褒美をあげています。
杉山: まさにキャリアを積んで仕事をしてきた秋田さんならではの手法ですね(笑)。
秋田: そうですね。みんなで楽しみながらやっています。私が海外出張に出ているときなどは、15歳の長男は3歳の弟をお風呂に入れ、服を着せ、ごはんを炊くぐらいは率先してやってくれています。一人ひとりができることを協力してやろうというマインドセットになっています。
間宮: 朝日新聞DIALOGは「2030年の未来について、若者と大人が世代を超えた対話を通じて、ともに考える」というコンセプトで活動しています。アドビは2030年にどんな未来を描いているのでしょうか?
秋田: 2025年には既存の仕事の50%以上がAIに切り替わるとも言われています。2030年だとさらに進んでいるでしょう。創造的に問題を捉えて行動すること。それは人間だけができることだと思います。アドビは、クリエーティブなアイデアを形にするツールを幅広くそろえています。単純作業ではない、人間ならではのクリエーティビティーを支え、貢献していきたいと思っています。

公開インタビューの後、参加者が5班に分かれ、アドビの社員も交えたグループトークに移りました。なぜアドビに入社したのか、アドビのどんなところが好きか、働くときに意識していることは、など様々な質問が飛び出しました。予定の50分間が過ぎ、終了の合図があってもなかなか話が終わりませんでした。

グループトークに参加した営業戦略本部長の西山正一さんは、「矢継ぎ早に質問をいただき、どれも核心を突くものばかりで感心しました。私はただひたすら回答し続けましたが、非常に充実した時間でした。学生の方々が、実際に社会で仕事をしている人たちと、このように細かい話をする機会はそんなにないと思います。皆さんが人生を考えるうえで参考になったのであればよかったです」と講評しました。最後に、秋田さんが「ひざ詰めで話をすることは、学生の皆さんだけでなく、アドビの社員にとっても有意義な時間になりました。今後、就職活動や起業を目指す方々にとって、少しでも役立つセッションになったのであれば幸いです」と締めくくりました。

参加した学生に感想を聞きました。大学3年の男性は、「グループトークで一緒になった女性社員が、英語を使う仕事をしたいと言い続けて、幹部のアメリカ出張に同行する仕事を任された話が印象に残った」と言います。「仕事の中で常に、何がしたいのかが問われていて、自分も何事にもチャレンジする気持ちを大切にしようと刺激を受けました」。また、大学1年の女性は、「なかなか知ることのできない会社の雰囲気を体感しただけでなく、トップリーダーの話を聞けて、貴重な経験ができました」と笑みを浮かべました。
取材を終えて
DIALOG学生記者の杉山麻子です。アドビでは、海外で行われている会議に自宅からオンラインで参加することもあると聞きました。より自由な環境で、いかに成果を出すかに力を入れているそうです。イベントを通して、秋田さんも社員の方々も、みんなが楽しみながら仕事をしていると感じました。そして、立場を超えて和気あいあいとしている姿が印象に残りました。そんなアドビだからこそ、クリエーティブなサービスを提供できるのだと思います。今後も注目していきたいです。

秋田 夏実(あきた・なつみ)
アドビシステムズ株式会社マーケティング本部バイスプレジデント。東京大学経済学部卒業。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了(MBA)。シティバンク銀行デジタルソリューション部長、マスターカード日本地区副社長などを経て、2017年にアドビに入社し、18年から現職。日本でのマーケティング活動のすべてを統括している。趣味は、空手とワインのテイスティング(ワインエキスパートの資格を保有)。夫とともに3人の子どもを育てながら、日々の生活と業務に奮闘。長期休暇には家族旅行を楽しみ、これまでに40カ国以上を旅している。