DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

建築家・隈研吾×朝日新聞DIALOG相手の立場に立てば、より多くのことが聞こえる

Written by 塩田アダム with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 仙波 理

朝日新聞DIALOGと朝日新聞本紙との共同企画「明日へのLesson」は、次代を担う若者と第一線で活躍する大人が世代を超えて対話するシリーズです。第10回となる今回の「大人」 は、東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる国立競技場の設計に携わった建築家の隈研吾さん(65)。日本の伝統を次世代につなぐ事業を手がける株式会社和える代表取締役の矢島里佳さん(31)と、「透明」をコンセプトに作品を制作するクリエーターの中村暖さん(24)がインタビューしました。

隈さんは、日本の伝統的な建材である木や土、石などを積極的に取り入れた建築で世界的に知られています。周囲の環境との調和を重視するスタイルは、20世紀的な「強い建築」とは一線を画した、「負ける建築」という独特の哲学に裏打ちされています。しかし、建築家として出発した1980年代にはコンクリートの建築を手がけていました。自然素材を生かした現在のスタイルを確立した背景には、どんな心境の変化があったのか。建築家として、一個人として目指す「豊かさ」とはどんなものなのか。矢島さんと中村さんが掘り下げました。

人が生物として気持ちいいかどうかを考えたい

中村: まずは、国立競技場の完成、おめでとうございます! 現在のお気持ち聞かせていただけますか?

隈: とりあえずは一安心ですが、これから実際に人が足を踏み入れることを想像すると、ドキドキ感がありますね。

矢島: 隈さんはもともとコンクリートを使った設計をされていましたよね。そこから木を多用するようになったきっかけは何ですか?

隈: 一番のきっかけは、日本が不況になったことですね。僕が建築の設計事務所を始めたのは1987年でした。当時はバブルの最中で、いろんな仕事があったし、世の中も浮き立っていた。でも、91年にバブル経済がはじけた途端に、東京では仕事が全くなくなった。それが自分を見直すきっかけになって、地方を旅して回ったんですよ。

その時に、高知県の梼原ゆすはらという町で、小さな建物の設計を頼まれたんです。林業の町だったので「木を使ってくれ」と言われて、木で建築したらすごく面白かった。自分にはこういうものが向いているんだな、と気づいたんです。

矢島: 体になじんだ感じですか?

隈: うん。振り返ってみると、自分の生まれ育った家も、戦前からの木の家だったんです。ああいう感じのものを、もう一回造れたらなって思いました。

矢島: それまでは、どうして木材を使わなかったのですか?

隈: 日本の建築界に、コンクリートと鉄とガラスでカッコイイもの、目立つものを造ろうという機運があったからです。そもそも日本の建築界は、コンクリートに象徴される工業化社会を建築で担うという意気込みを持って、近代化と並走してきたんです。

矢島: そこから転じて、「人の時代」に移ったということですか?

隈: やっぱり人間が第一だし、人が生物として気持ちいいかどうかを考えたいですよね。

中村: 僕は今、「目に見えないジュエリー」として香水を作っています。香水は人と人との感情を結ぶものなので、産婦人科医や脳科学者など多くの方々にかかわっていただいています。もちろん、みなさん、モチベーションも言語も様々ですし、環境も価値観も違うなかで、僕はリーダーとして一つのものを作りあげる方向へ進めていかないといけません。リーダーとして一番大事なことはなんですか?

隈: 僕が一番心がけていることは、人の話を聞くということです。人の話にはいろんなヒントがあるし、人の話を聞くのは楽しい。だから、自分が話すよりも人の話を聞くことに集中しています。

矢島: 私たちは今、同じ日本語で話していますけど、私はバブル崩壊後に物心がつき、中村さんは崩壊後に生まれ、隈さんは崩壊前をご存じです。それだけでも日本語の意味はすごく変わりますよね。バックグラウンドが違う人の話を本当の意味で「聞く」ことは非常に難しいと思います。

隈: たしかにそうですね。だからこそ、なるべく相手の立場に立って考えることが大事です。そうすると、より多くのことが聞こえてくる気がします。

建築には暴力性がある

中村: 設計する際に、縮小模型を作ったりされますよね。大きいものを小さくするとき、何を一番大切にしていらっしゃいますか?

隈: 縮小模型は作りますが、縮小するといろんな要素が飛んでしまうので、完成形のイメージが湧かない。必ず現場で(重要な部分の) 原寸模型を作ってもらって、設計を調整します。

矢島: ご自身の設計が機能するか、確認されるわけですね。

隈: 自分の設計にも必ず思い込みや間違いがあるから、原寸でチェックすることでそれを排したい。縮小すると一番飛んでしまうのは質感です。原寸の模型ではその質感が伝わってくるから、大きな意味があります。

矢島: 建築家は、建築物だけでなく、そこで人々がどんな営みを行うかまで設計しています。そして、私たちはそれにあらがえない。失礼ながら、建築には建築家のエゴを感じることもありますが、隈さんの中で、そうした葛藤はありますか。一方で、人を本当の意味で自由にする建築とはどんなものなのでしょうか?

隈: 僕も建築ってすごく暴力的なものだと思っています。人の行動を規定するわけだから。しかも、いろんな資源を使い、浪費する。だから僕は建築するということにある種の罪悪感を持っています。人間は誰しもなんらかの罪を犯しながら生きているとしても、建築家は特に罪が大きいと思う。それを自覚できるかどうかが重要。罪悪感を持って建築することと、それを持たずにすることの間には大きな差があると思います。

矢島: 暴力的でない建築は可能ですか?

隈: 建築が人間の行動を規定する以上、そこには必ずなんらかの暴力性は生じると思います。そのうえで、「こんな場所を作ってくれてうれしい」と思ってもらえるかどうか。そのためには、相手の立場に立って想像することが重要ですね。

中村: 建築にも「聞く」ことが重要になってくるんですね。でも、確かに全く知らない人だったら、その人の気持ちにはなれませんよね。

隈: 我々は自分以外の人が考えていることはわからないから、世の中の多様な人々と触れ合うことがすごく大切だと思います。自分だけで閉じないで、いろんな人と会っていく。そういう日々の暮らしが、建築にとっても重要だという意識があります。

「乱雑さ」が人をリラックスさせる

矢島: 私は、日本の伝統を次世代につなぐという仕事を通して、優しくて美しい社会を実現したいと考えています。中学・高校生のころ、満員電車で通学していました。学校では「互いに思いやりを持って接しましょう」と習うのに、電車の中ではおじさんたちが肩をぶつけて怒鳴り合う姿を見て、大人たちの言動に疑問を感じました。私は優しい社会で暮らしたいのですが、ギスギスした人の心を優しくする建築は可能ですか?

隈: 僕にとっては、人をリラックスさせる建築がすごく重要です。そのためにも、建築にはある種のランダムネス、乱雑さがあったほうがいいとすら考えています。例えば、この部屋(隈さんの事務所のミーティングルーム) には、あえていろんな形、質感の椅子を並べている。もし同じ椅子がピシッと並んでいたら、部屋に来た方が「乱してはいけない」と緊張してしまうかもしれないでしょう。

矢島: 確かに、隈さんを待っている間に、どの椅子に座ろうかなと、みんなで勝手に動かしながら楽しんでいました(笑)。

中村: 椅子を選んでいるうちに笑顔になっていましたね(笑)。

隈: そう、それが僕の考える乱雑さの意味です。

矢島: 私の会社では、地域の職人さんの技を生かしたホテルの部屋をプロデュースし、日本の伝統とともにある豊かな暮らしを感じられるようにする、という事業にも取り組んでいます。最近はその「おうち」バージョンを考えています。というのも、いまは画一的な建売住宅とかマンションに住むことが主流です。そんな住まいに、ひと部屋だけでも落ち着く場所を作れたらと考えて、「ひと部屋建築」という発想をしています。

隈: それはすごく面白いですね。全体を変える必要はなくて、ひと部屋よりもずっと小さい部分に、自分の好きなものを並べるとか、そういう気持ちが大事です。好きなものに囲まれると、それだけで人間って幸せな気持ちになれますから。

矢島: ちなみに隈さんの好きなものはなんですか?

隈: いろんなものがあるけど、例えば(水を飲んでいる)このグラス。沖縄で買ったんだけど、触っているだけでいい気持ちになります。

中村: 僕も、自分が好きで尊敬できるプロダクトに囲まれて暮らしたいなと思っています。だから身につけることができるジュエリーを作っているんです。

矢島: 私は、内側に「返し」のあるオリジナル・デザインの器を各地の職人さんに作っていただいています。「返し」があることで、赤ちゃんがこぼしにくくなる。自分で食べることを応援する器です。人の行動をデザインしたプロダクトなので、建築に近いのかなという気がします。

隈: そういう意味では、プロダクトも一つの建築だと思う。直接的に体とかかわるプロダクトには、建築にはできない人間との関係性をつくることが可能ですよね。そうしたもどかしさを感じるから、建築家もしばしばプロダクトデザインを手がけるんです。

矢島: すごく新鮮です(笑)。建築家は大きなものを造るイメージが強かったので。

隈: 大きいものにしかできないことも、間違いなく存在する。だから、都市設計のような大きい視点を持った人もいてくれないとダメですけどね。

矢島: 私は、小さくて細やかなものに日本の伝統を感じることが多々あります。

中村: 日本人の繊細さの美学やオタク性みたいな部分ですね。その点で海外との違いはありますか?

隈: ありますね。例えば木を使った建築では、同じ図面を渡しても、日本と海外では違うものができたりする。海外の場合、図面や寸法通りの施行なのに、僕のイメージと違うものができあがることがあります。木材の選び方や、ちょっとした角の取り方とかで変わるんでしょうけど、日本の職人さんは図面に描かないことまで読み取ってやってくれますね。

矢島: 文脈を読む力や素材選びに、日本の職人さんの知恵があるのですね。

中村: 図面通りなのに違和感が生まれるとは、正直びっくりです。そういう時はどうするんですか?

隈: 諦める(笑)。

「一人じゃないこと」が生き抜く力に

矢島: グローバル化の進展やテクノロジーの発展に伴って、不確実性の高い時代になってきていると感じています。これからの時代を生き抜くにはどのような力が必要でしょうか?

隈: 現代だけが不確実な時代だとは思わないけれども、生き抜く力とは、友達がいたり家族がいたりして、「一人じゃない」ということだと思います。周りと支え合うなかで環境の変化にも対応できると思う。

矢島: そういう意味では、今の時代は、一人になってしまっている人が増えていることが大きな問題かもしれませんね。

中村: 2030年の隈研吾はどうなっていると思いますか?

隈: 2010年からの10年間は一瞬だったから、2030年も一瞬で来るでしょうね。10年後は75歳ですが、私のような年齢になると、次の世代に何を伝えていくかを考えるようになるし、それが大きな活力を生む。今までは作ることばかりを考えて生きてきたけれど、これからは次世代にどうバトンを渡すかということを考える。そういうふうに自分を俯瞰して見ると、自分自身に対しても新しい発見があったりして楽しいですよ。

中村: そのバトンを僕らがしっかりと受け取っていけるように頑張ります。

インタビューを終えて

それでは最後に、インタビュアー2人の感想を紹介します。

あなたと同じ気持ちだったらいいな、をデザインする(中村暖)

隈研吾さんとお話をして、「目に見えない気持ちのデザイン」という共通項があることに気づきました。建築、そして街づくりという物理的に大きな領域も、僕がデザインしているジュエリーや香水といった小さな領域も、最後は誰かの気持ちに直結します。誰かに伝えるって、単純に難しい。でも面白い。隈さんは「たくさんの人の気持ちになるために、たくさんの人と触れ合い、話し、たくさん聞く」とおっしゃいました。「たくさんの人の気持ち」は目に見えません。だからこそ、「触れ合い、話し、聞く」という作業を積み重ね、構成していく意味があるのだと思います。

「豊かさ」も同じです。大好きな人からもらった道端の石ころは、周りの人から見たら単なる石だけど、その人にとっては大切な宝物になる。全く同じもの、素材、環境なのに、良くも悪くも誰かの人生を変えてしまう。それこそが何かを生み出すということだし、隈さん、矢島さん、それぞれが作り出す「豊かさ」は、誰かの暮らしを豊かにしています。そう考えるだけで、一緒にうれしい気持ちになれる。そんな関係性がインタビューの中で生まれた気がします。目には見えないけれど。

技術や思いのバトンを安心して渡してもらえるように(矢島里佳)

「資本主義は終わった」。私はそう感じながら今を生きています。経済合理性を前提とした社会構造から、もう一度、人間が自然の一部であるということを思い出し、感じながら、優しく生きられる社会を実現するうえで、建築もまた一つの大きな鍵になりそうです。

隈研吾さんとゆっくりお話しして、飾らない、素直な方だなぁという印象を受けました。ちょうど私の親世代の隈さん。私は普段、親世代や、さらに上の世代の職人さんとお会いする機会が多いのですが、人生100年時代、この世代の方々は元気だなあといつも感じます。その元気さに甘えて、技術や思いを受け継いでいくことを、つい先送りにしがちですが、色々と学び取り、見守っていただけるうちに、この世代の方々から私たちの世代がバトンを受け取る必要があります。

そのバトンの受け渡し方とタイミングが、日本のあらゆる分野における世代交代の成功に直結すると思います。安心してバトンを渡していただけるように、まだ見ぬ未来の人のことも考えた行動を、日々、心がけていきたいと改めて思いました。

【プロフィル】
隈研吾(くま・けんご)
建築家。1954年、横浜市生まれ。79年、東京大学大学院修了。90年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授を経て、2009年から東京大学教授。1997年「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」で日本建築学会賞、2010年「根津美術館」で毎日芸術賞を受賞するなど、国内外での受賞多数。近作に「サントリー美術館」「浅草文化観光センター」「アオーレ長岡」「歌舞伎座」「ブザンソン芸術文化センター」「FRACマルセイユ」「V&A Dundee」など。国立競技場の設計にも携わった。著書に『自然な建築』『小さな建築』(岩波新書)、『建築家、走る』(新潮社)、『僕の場所』(大和書房)、『場所原論』『場所原論Ⅱ』(市ヶ谷出版社)など。

中村暖(なかむら・だん)
クリエーター。株式会社DAN NAKAMURA代表。1995年、佐賀県生まれ。京都造形芸術大学大学院在学中。2016年に会社を立ち上げ、ファッションショーを開催。17年、同コレクションをニューヨークのアートギャラリーで展示。世界経済フォーラムのGlobal Shapersにも選出された。現在は「透明」にこだわり、ジュエリーや香水を制作している。

矢島里佳(やじま・りか)
株式会社和える代表取締役。1988年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。学生時代から全国の伝統文化・産業の現場を取材し、和えるを創業。オンラインショップに加え、東京と京都に直営店も展開。内閣官房「ふるさとづくり実践活動チーム」委員なども務める。主著に『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』(早川書房)など。

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