DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2020/02/04

元プロ野球選手・上原浩治×朝日新聞DIALOGやりたいことが見つからん。若者と一緒や

Written by 杉山麻子 with 朝日新聞DIALOG編集部

朝日新聞DIALOGと朝日新聞本紙との共同企画「明日へのLesson」は、次代を担う若者と第一線で活躍する大人が世代を超えて対話するシリーズです。今回は、メジャーリーグで世界一になった元プロ野球選手の上原浩治さん(44)に、弁護士の徐東輝そぉとんふぃさん(29)とコンサルタントの世羅せら侑未ゆみさん(28)がインタビューしました。

上原さんは1998年、ドラフト1位で巨人に入団。プロ1年目に最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞、新人王を獲得。座右の銘「雑草魂」が流行語大賞を受賞しました。2009年、メジャーリーグに移籍し、レッドソックスなどで活躍。2013年には抑え投手としてワールドシリーズ制覇。18年に古巣の巨人に復帰し、19年に引退しました。

ビジネスや法律の世界で革新を起こそうとしている若者2人は、日米を股にかけて勝負の世界で活躍した上原さんから、どのようなメッセージを受け取ったのでしょうか。

自分は中途半端だった

上原: (開口一番)難しい話はやめてね(笑)。

世羅: 私はプロノイア・グループというところでコンサルティングをしています。企業の経営戦略とかグローバル戦略、人事戦略を見ていて、企業がこれからイノベーションを起こし、新しいビジネスを始めるにあたってどうしていけばいいかを、経営者と一緒に……。

上原: この時点で、俺にはもう難しいわ(笑)。

上原浩治さん

徐: 僕は弁護士をしています。プライバシーとか人工知能(AI)、データといった分野が専門で、弁護士としてAIベンチャー企業の事業戦略やデータ戦略を練っています。また、小2から小6までリトルリーグで野球をやっていまして……。

上原: どこの?

徐: 大阪市平野区にあるエンゼルスっていうチームでした。(少し心配顔で)僕は子どものころから阪神ファンなんですけど……。

上原: 大丈夫。俺も阪神ファンだから(笑)。

世羅: まず、19年5月の上原さんの引退会見のお話からうかがえればと思います。涙を流しながらの一問一答でしたが、どんな気持ちから出た涙だったんですか?

引退会見でうつむく=19年5月、杉本康弘撮影

上原: 最初は、こんなんで泣くことないやろって思ってました。あんなに人が集まると思っていなかったし。でも、会場に入った瞬間に、20年前からお世話になっているメディアの方が僕の視界に入ったんです。もう、その瞬間、ダメでしたね(笑)。

徐: 上原さんは著書『OVER』で、「いつの間にか引退してたんや、っていうぐらいの感覚で終わりたかった」と書いています。

上原: アメリカでは、本当に一流の人しか、ああいう場を設けてもらえないので、自分は、「あれ、上原、どこ行ったん?」ぐらいの感じで終われたらいいなと思い、球団には「何もしたくない」と言ったんです。でも、球団から「やってもらえないか」って言われて会見を開きました。結局、やってよかったです。

徐: 日米通算100勝100セーブ100ホールドを達成した上原選手は超一流というのが世間一般の評価だと思いますが、ご自身はそう思っていなかったんですか?

上原: 一流かどうかといった評価は第三者がしてくれることで、自分の中では、中途半端だったと思っています。一つのポジションを最初から最後までやり遂げていたら、やり切ったという思いになるでしょうが、僕の場合は(先発・中継ぎ・抑えという)三つのポジションにつき、一つひとつで見たら、飛びぬけた数字は残していませんから。

はっきり言ってもらったことが転機に

世羅: でも、上原さんのこれまでの発言を振り返ると、芯の強さは明白で、練習メニューは同じことをやり続けることが大事で簡単には変えないとか、持ち球も直球とフォークでいくとか、けっして中途半端じゃない(笑)。いろんな人から、いろんなアドバイスを受けたと思いますが、変えるところと変えないところをどう決めてきたんですか?

世羅侑未さん

上原: 持ち球について言うと、球種を増やしたいっていう思いはありました。そのとき、今、ソフトバンクの監督をしている工藤公康さんに相談したら、「自分が持っている球種の精度を上げなさい、もっと磨きなさい」と言われたんです。その一言が大きかった。じゃあ、新しい球種を覚えるんじゃなくて、今持っている真っすぐをどうやったらもっと切れよく出せるか、コントロールをつけられるか、フォークボールもどうやったら狙ったところにいくかっていうことを考えるようになりました。自分が迷っているときに、白黒はっきり言ってくださったことが大きかったです。

徐: 他の好投手のことを研究したり、他の人の行為に惑わされたりはしなかったんですか?

上原: 他の人が投げているのを見て、ああ、ああいうボールを投げたいなーとかいう思いはありました。ただ、教わっても、やるのは自分なわけで、同じような握り方をしても、その人と同じような軌道になるかといったら絶対にならない。結局、全部自分なんです。まずはやってみることが大事なので、聞くだけ聞いて、使えるなって思ったものは練習しますが、使えないって思ったものはどんどん切っていきました。

世羅: そうやって一つの筋にこだわる一方で、上原さんの本やインタビューを読むと、求められるところでちゃんと活躍していくといった意識も明確です。自分の軸もありながら柔軟なところが、結果的に中途半端につながるといえば、そうなのかもしれませんが……(笑)。

上原: 野球についていえば、ホントは先発だけで終わりたかった。先発は花形のポジションで、中継ぎや抑えは目立たない。でも、けがもたくさんしたから先発はちょっと無理かなと思っていたときに、在籍していたオリオールズの監督が、「来年からは先発で使わない」とはっきり言ってくれた。それで、自分の中では気持ちを切り替えられました。

世羅: どう切り替えたんですか?

上原: 僕の大切な目標は「メジャーで投げたい」っていうことでした。もしあのとき、「先発やりたいんです」と言っていたら、たぶんメジャーじゃなくて、マイナーに行けと言われていた可能性が高かったと思います。マイナーで投げるっていうのは、日本でいえば2軍とか3軍で投げるということで、僕の中で意味のあるものじゃなかった。メジャーで投げてなんぼというか、そこでやりたいがためにアメリカに行ったわけですから。中継ぎだったらメジャーで投げさせてもらえるというなら、それでいいと思いました。僕のこだわりは、メジャーのあの舞台で投げたいっていうことだけだったんです。

エリートには負けたくなかった

世羅: 上原さんを語るキーワードといえば「雑草魂」と「反骨心」ですが、21年間のプロ生活で、そうした気持ちは変わりましたか?

上原: 変わらなかったですね。自分がいたのは、(野球では)そんなに有名な大学じゃなかったので、みんなアルバイトをして、自分のお金で道具を買って、自分のお金で全国大会に行っていました。でも、国際大会に行くと、有名校から来てるやつらには道具が支給されていて、すごい恵まれた環境でやっているなと感じたし、そいつらが道具を大切にしていなかったのを見ちゃったんで、すげえ腹立って、こいつらには絶対に負けたくないっていうのが、反骨心の始まりでしたね。ジャイアンツに入ったときも、入団会見で、「僕はジャイアンツに染まりたくない」ってはっきり言いました(笑)。それがプチ炎上みたいになりましたけど、ジャイアンツは12球団で一番目立つ球団で、誰もが入りたいような球団だったわけですから、そこの選手たちは、僕から言ったらエリートじゃないですか。エリートには負けたくないという意味で、そう言ったんです。

世羅: プチ炎上したときは、どう受け止めたんですか?

上原: あ、言いすぎたなって。それは思いますよ。言ってから後悔するタイプなので(苦笑)。

徐: 今でもまだ、反骨心ってあるんですか?

徐東輝さん

上原: 今はもう……ないかなあ。戦いの場から降りたわけですから。

世羅: 他のものにぶつけたりしないんですか?

上原: 今はゴルフぐらいかな(笑)。

徐: ゴルフで反骨心(笑)。いいクラブを持っているやつに……。

上原: 負けたくないなあ(笑)。

限界は作らなければいい

徐: 僕はワーカホリックで、仕事をしすぎて何回か倒れています(苦笑)。その度に、僕の限界はここぐらいだから、次はこうしたら、もう少し限界を突破できるんじゃないか、みたいなことを考えてやっています。

上原: なかなかストイックやなあ(笑)。

徐: トップアスリートの上原さんから、限界を突破するためのヒントをいただければと思っているんですが……。

上原: 簡単にいえば、限界を作らなければいいんじゃない(笑)。

徐: (驚いた顔で)あ~、でも、限界を感じるタイミングってないですか? 今、俺の限界、この辺や、みたいな。

上原: 体力的な限界は、それ以上やったら絶対に倒れるわけですから、まあ、自分の体と相談することですよね。それこそ自分を知れということですよ。

徐: 過去のインタビュー記事を拝見すると、上原さんは、自分を知ることによって、自分に何が足りないかを分析すれば慢心しない、とおっしゃっていますが、今の若い人たちが苦手なのって、自分を知ることなんです。夢を見つけなさいとか、やりたいことを見つけなさいと言われるんですが、何をしていいかわからないって人たちが多い。

上原: それ、今の俺やね(笑)。若者と一緒や。野球しかしてこなんだから、これから何をしたいのかって聞かれても、自分の中でまだ見えてきてない。

徐: 自分を知るにはどうすればいいのかをアドバイスしてもらおうと思っていたんですけれども(笑)。

上原: 逆にアドバイスちょうだい。どうしよー、これから(笑)。

徐: 上原さんは、自分を知るときに、自分をいろいろな方向から見たんですよね。

上原: うん。野球に関していえば、そうかもしれない。あとはまあ、上には上がいるということですよ。自分が一番上ではない。上には上がいる。だから、どうすればいいかといえば、練習するしかないんですよ。

徐: やっぱり、自問自答を繰り返して、練習して、また自問自答を繰り返して……。

上原: それしかないんじゃない?

徐: 元陸上選手の為末大さんやフェンシングの太田雄貴さんと話したときに、「イチローさんとかサッカーの本田圭佑さんは、すごい努力をしたからああなったんじゃなくて、もともと体つき的にあれができる人なんだ」とおっしゃっていました。僕もひじを壊して野球を諦めたので、報われない努力というのはあるんじゃないかと思っているんですが、いかがですか?

上原: 報われない努力は、やりすぎなだけ。努力に勝るものはないと思っています。イチローさんにしても本田さんにしても、練習は絶対にしているわけじゃないですか。してないわけがないですよね。為末さんにしても太田さんにしてもそうですよ。してないわけがないです。

世羅: どういった努力をするかが問題なんでしょうか?

上原: それはそうです。だから練習の中で自分を知ることが必要なんです。先ほども言いましたけれども、いろんな人の意見は聞くけれども、自分のためにならないと思ったものは省けばいいわけですから。

徐: 球種を増やすよりも直球とフォークを磨くと……。

上原: それが自分には合っていた。もちろん、球種をたくさん覚えたほうがいい人もいる。それは自分の中できちんと整理して、いらないものを省けばいいんです。

やらされるルーティンはすごくきつい

徐: 21年間のプロ生活で、けがも多かったと思います。絶望を感じた瞬間はありましたか?

上原: アメリカ行ったときだよね。ひじをけがして……。

世羅: 引退かもって……。

上原: それはちょっと思ったんだよね、本当に。

フロリダでリハビリ=09年8月、撮影=福角元伸

徐: そのときは絶望とどう向き合ったんですか?

上原: うーん、あのときは2年契約の1年目の途中にけがをしたので、もう1年ある。その1年間でどうにかすれば、まだ望みがあると思った。もしその2年目がなかったら、けがをした時点でクビになっていたかもしれないですよね。

世羅: けがをしているときに、気持ちがネガティブになったり、自信がなくなったり、自分がよくわからなくなったりはしなかったんですか?

上原: あのときは、ネガティブすぎるくらい、ネガティブになっていました。リハビリ施設に行かされたんですが、真夏のフロリダなのにクラブハウスのロッカールームは冷房が利かない。そこで着替えたし、トイレも本当に汚い。食事はないし、グラウンドにコーチはいないし。そういうなかでリハビリしたんでねえ(苦笑)。でも、逃げられないんですよ。そこがリハビリ施設なので。もう毎日同じことの繰り返しで、淡々と一日が過ぎていきました。

徐: 同じことを繰り返すと、やっぱり落ち着くんですか?

上原: やらなければいけないことをやっているだけで、自分からやろうっていう感じのルーティンではなかったから、ちょっと嫌でした。自分からやらなくてはいけないと思えるルーティンは苦になりませんが、やらされるルーティンはすごくきついです。

世界一になった年は、1年間「ゾーン」に入っていた

世羅: 私は大学院で、人間の集中力が極度に高まって成果を上げられる「ゾーン」とか「フロー状態」の研究もしています。そうした状態になったことはありますか?

上原: あります。「絶対、これ抑えれるわ」っていうときが1カ月続くこともあるんです。

世羅: え、1カ月ずっと!?

上原: そう。それが2013年は1年間続いたんです。

徐: レッドソックスでワールドシリーズを制覇した年ですね。そういうときは、何をどこに投げても打たれないっていう感覚で投げられるんですか?

上原: そう。そういう感覚。

徐: スイッチのオン・オフは自分の中で認識できるんですか?

上原: もう、体がそうなっていて、その試合だけではなくて、流れですよね。

世羅: そうなるのには 秘訣ひけつってあるんですか? これをしておけば……みたいな。

上原: 秘訣はないと思うよ。気づいたら、あれって思うんですよ。

世羅: なかなかゾーンに入れないときに、より入れるようにするトレーニングはないですか?

上原: トレーニングでどうこうっていうのはないと思います。試合の中で感じることで、練習の中では感じないんです。試合で、ど真ん中に投げても打たれないんですよね。僕はテンポでどんどん投げるタイプなんで、あれこれ考えていないんですけれども、抑えているんです。

リラックスが最大の力を生む

世羅: 日米で、野球への取り組み方などに違いはありましたか?

上原: チームとしての違いを挙げると、遠征先では、日本はホテルでユニホームを着て集団で球場を往復するから拘束時間が長い。アメリカでは、ユニホームは球場に置いてあって、集合時間までに球場へ勝手に行ってくれと言われるから、みんな私服でバーッと行く。そこはすごい違う。だから気持ちがしんどいですもん、日本は。ユニホームを着ると結構しんどいんですよ。アメリカにいたときは、僕は地下鉄に乗って球場へ行ったりしてましたし。

世羅: え! 普通ですね(笑)。

上原: 普通に地下鉄の切符を買って……気分転換にもなりますし。

世羅: ホテルからみんなで一緒に行くほうが、団結感があってチーム力が上がる、というわけではないんですか?

上原: それはない(苦笑)。球場集合、球場解散で構わない。

徐: 上原さんみたいにシーズンを通して毎日のように試合があると、緊張感が途切れません。ビジネスパーソンの世界でいえば、トップ経営者たちも同じような感覚で生きているんですけれども、上原さんはどうやって良質な休息を取っているんですか?

レッドソックスのブルペンで=15年2月、撮影=有田憲一

上原: 気持ちの入れ方が重要ですよ。抑えをやっていたときは、9回にしか投げないので、いかに7回までリラックスしているかが大事だと思っていました。準備のために3回ぐらいにブルペンへ行くんですけど、5回くらいまではそこでコーヒーを飲んだり、チョコレートを食べたりしてるんです。

徐、世羅: えー。

上原: そこで気持ちを入れてもしんどいだけなんで、7回くらいから準備するわけですよ。そこからスイッチが入る。1回からスイッチ入れてたら、もたないですよ。だから練習のときもスイッチを入れない。練習はいかにリラックスしてやるかのほうが大事です。

世羅: スイッチって、どうやって切り替えるんですか?

上原: 一気に切り替えるわけではなくて、徐々に気持ちを高めていって、試合に集中する。ブルペンって、5回くらいまでうるさいんですよ。ぺちゃぺちゃ、いろんな話をしているんです。で、5回くらいになると、出番が近づいてくるので、会話がなくなってくる。みんなスイッチが入りだすので、7回くらいから誰も会話をしなくなるんですよ。みんな僕より先に投げるわけですから、そういう人たちがしゃべらなくなると、こっちも邪魔したらダメだって思うし。

徐: 7回以降に向けてと思っているときに先発が崩れて、急に行けって言われたら、やっぱりエンジンがかかりにくいものなんですか?

上原: かかりにくいですよね。だからこそ、中継ぎっていうのはすごく難しいんです。抑えは9回に登板って決まっているから、投げやすい。中継ぎは、急に行けとかがあるから、気持ちの準備の仕方が一番難しい。そこを評価されないので、評価の仕方をちょっと変えたいなあっていう思いはずっとあったんです。だいぶ、地位は上がってきていますけどね。

結果を出した人をきちっと評価する世界に

世羅: 他に野球界で変えたいことはありますか? 例えば、実力があっても、年齢のせいで評価されないこととか……。

上原: 結果がすべての世界なので、40歳だから給料が下がるとか、そういう評価の仕方は違うんじゃないかって思います。今の評価の仕方は、成績を残しても、年齢が上がると、ちょっと下がるような評価をしている。それは日米一緒ですよね。

徐: ビジネスや行政のような年功序列型の世界で、若い僕ら世代は上原さんと同じことを思っています。若いからといって意見が軽んじられたり、結果を出しているのに全く給与に変動が起きなかったりしますから。

上原: やっぱり、結果を出している人を評価してあげないと、やりがいもなくなってくる。結果を出した人をきちっと評価して、あげるものをあげるべきだし、年がいっているから、そのまま世の中的に残すっていうのも、おかしいんじゃないか。

世羅: 本当にそう思います。そういう是正を、私たちは企業の世界でしていきたい。

イエス、ノーをはっきり言える人は貴重な人材

徐: 最近、シカゴ・カブスのダルビッシュ有投手がYouTubeなどで歯に きぬ着せぬ発言を続けています。

上原: ダルはすごい勇気があるなって思いますよ。OBならともかく、現役選手でやるっていうのは。

徐: 発信することの価値をすごく感じます。僕が幼少期から見てきた野球の世界では、選手たちの声はスポーツ新聞などのメディアを通してしか伝わってきませんでしたが、最近は選手が直接ファンに訴えかけてくれることが増えてきた。野球ファンの目線もすごく変わってきていると思います。上原さんにもぜひぜひ、発信してほしいです。

上原: 直接発信するのはすごくいいことだと思います。記事は、書く人によって、同じコメントを聞いても全然違う文章になるじゃないですか。そういうことはいっぱい経験してきましたから(苦笑)。

徐: 野球界にも、若手が意見を言いにくい空気はあるんですか?

上原: 若手が直接言うと、あいつ、とげがあるなって思われるので、選手会長などを介して伝えるっていうのはありますよね。とげがあるって思われると、次の年にトレードに出されたりする可能性もある世界なんで……。そういう世界はおかしいんですけどね。きちんと意見を言っているわけですから。それが評価されずに愚痴と思われる残念な世界です。世の中全体を見ても、意見を言える人はやっぱり少ないじゃないですか。意見を言う人は大事にすべきだと思います。イエス、ノーをはっきり言える人は、すごく貴重な人材ですよ。

機械に球審はできない

世羅: 朝日新聞DIALOGは、2030年の未来を考えるコミュニティーです。2030年の日本や世界はどうなっていると思いますか?

上原: 10年後、55歳……そんなおっさんになってんのや(笑)。まずはそこやね。自分がそんな年齢になるとは想像できない。でも、野球界はもっともっと、いろんな数字で語られるようになるだろうし、世の中全体で機械化が進んで、パソコンについていけないおっさんたちが増えると思う。僕もできないんで。そうなると働く人たちの失業率が上がりますよね。もうちょっと人が働ける世の中になってほしいなと思います。

徐: 野球のストライクゾーンの判定を全部、機械でやるのはどうですか?

上原: 僕は大反対です。ピッチャーは投球の際にプレートを踏みますが、一番左から投げるのと、右から投げるのとでは角度がまったく違い、同じ球を投げてもストライクとボールが変わる。見える景色が全然違うんです。アウト、セーフの判定は機械でできるだろうし、ストライクゾーンの高さも判定できるかもしれないけど、コースは絶対に無理です。

徐: 試合中、球審に対して、なんやねんって思ったことはあるでしょう?

上原: しょっちゅうありますよ(笑)。でも、球審の機械化だけは絶対に無理です。

世羅: 確かに、そういう人の目とか、人の手がないと、絶対にできない仕事っていうのがありますよね。

上原: あります。絶対あります。やっぱり、世の中、便利になりすぎているんですよ。

インタビューを終えて

DIALOGの学生記者、杉山麻子です。2人の質問が途切れず、あっという間に時間が過ぎてしまいました。笑いの絶えない取材でした。上原さんの考え方は、野球の世界を超えて、私たちが生きていくうえで参考になることばかりでした。日米両国で積んだ経験が、一つひとつの言葉に力を与えているように感じました。充電中の上原さんが今後、どのような道に進むのか注目したいと思います。

では最後に、インタビューした2人の感想をご紹介します。

その後のことを忘れるくらい、真正面から目標と向き合いたい(徐東輝)

野球少年だった頃に思い描いていた「本物のプロ野球選手」の実像に触れられた気がします。想像以上に「大きな」方でした。対話を始める前は、どういう話を引き出そうかと考えていましたが、対話が始まってからは、ただ純粋に、上原さんが見ている世界を見てみたいと考え、疑問に思っていることを次々と聞き、想定していた質問を忘れるほど夢中になっていました。野球に対する姿勢、ゾーンに入る感覚、反骨心やプライドといった話は、著書で記されていた内容を直接耳から聞くことで身体性を帯びました。

最も衝撃的だったのは、これからのことは何も考えていないというすがすがしい言葉です。僕は、これからのことなど忘れてしまうほど、何かに向き合えているだろうか。将来のことを考えてしまう時点で、本当にリスクなど取っていないのではないだろうか。やりきったあとに、「ああどうしよう、これから」と言えるほど、無我夢中に真正面から目標(あるいは夢、ライフミッション)にぶつかっているだろうか。「野球しかしてこなかったので」という上原さんの言葉は僕にとって重く、厳しい言葉でした。人生を共にする目標を置き、そして達成し、最後にいったん別れを告げる。そういう尊い人生を歩みたいと強く思わされた対話でした。

自分を磨き上げる原動力はシンプルでいい(世羅侑未)

「反骨心」ってこういうことか!と、実際にお会いしてみて実感できました。どんな質問に対しても、好奇心を持って話を聞いてくださる。率直なリアクションを見せてくださる。シンプルで、力強かったです。

変化のスピードが増すなか、これからの世界を見据えると、「自分は何を軸に生き、働くべきか」という問いが、私たちの世代には常にあります。AIに負けないため、自分の市場価値を保つため。こうした文脈やプレッシャーのなかで、その問いがとても複雑に思えることがあります。しかし、今回、上原さんとの対話を通じ、何かの分野で一流になるまで自分を磨き上げる原動力は、そんなに複雑なものである必要はないのではないかと気づかされました。

「評価は他者が決めること」「自分ができる努力をするだけだ」といい、「僕は、中途半端な野球選手だった」と終始、自分を省みる姿を見て、シンプルな動機を絶やさず、限界を設けず、ひたむきに自分に挑戦し続けることこそが、AIに負けない、人間の成せる美しい芸術だと感じました。

【プロフィル】
上原浩治(うえはら・こうじ)
元プロ野球選手。1975年、大阪府生まれ。大阪体育大学卒。東海大仰星高では控え投手。95年、1年浪人して大学に入学。97年に全日本選抜に選ばれ、日米大学野球に出場。98年、ドラフト1位で巨人入団。99年、20勝4敗で最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、沢村賞、新人王を獲得。2009年、海外FA権を行使し、ボルティモア・オリオールズに入団。テキサス・レンジャーズを経て、13年、ボストン・レッドソックスに移籍し、抑え投手(クローザー)としてワールドシリーズ制覇に貢献。シカゴ・カブスを経て18年、巨人に復帰し、19年に引退した。

徐東輝(そぉ・とんふぃ)
弁護士(スマートニュース株式会社/法律事務所ZeLo)、NPO法人Mielka代表理事。1991年、大阪府生まれ。京都大学法科大学院修了。情報法、知的財産法などを専門として企業法務に従事するとともに、大学院在籍中に設立したMielkaでは、良質な政治情報空間を設計するウェブサービス「JAPAN CHOICE」を運営。50万人を超えるユーザーに利用されている。世界経済フォーラムのGlobal Shaperも務めている。

世羅侑未(せら・ゆみ)
株式会社プロノイア・グループ Chief Culture Officer/Consultant。Global Leadership Associate認定コーチ。1991年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒、同大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了後、研究員に。企業の未来創造に向け、組織戦略・新規事業・アライアンス・企業文化の構築・変革に携わるかたわら、個人の創造力、直観力やパフォーマンスが最大化される「フロー状態」の研究をしている。

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