DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2020/03/02

仕掛け人・船橋力さんが語る「トビタテ!留学JAPAN」の未来「世界で戦える人材を送り出したい」

Text by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル(各種イベントのカットは船橋さん提供)

グローバル人材が求められるなか、政府は2020年までに海外への留学生数を倍増させる目標を掲げてきました。そのための施策の一つが、13年に文部科学省が初めて官民協働で始めた留学促進キャンペーン「トビタテ!留学JAPAN」です。主な取り組みの「日本代表プログラム」という留学支援制度は、留学生が自ら目標を掲げ、具体的な計画を決めるという異色のプログラムで、約8000人の留学生を世界各地へ送り出してきました。

このプロジェクトを立案した民間出身のプロジェクトディレクター、船橋力さん(49)が、初の著書『トビタテ! 世界へ』(リテル)を刊行しました。トビタテが生み出したものや、これからの目標について聞きました。

民間の資金に支えられた国家プロジェクト

—— 「トビタテ!留学JAPAN」(以下、トビタテ)を立ち上げた経緯を教えてください。 

13年春に下村博文・文部科学大臣(当時)と、私を含めたヤング・グローバル・リーダーズ(*1)で開いた交流会で、「20年までに日本の将来を担う若者1万人を海外に留学させよう」という話で盛り上がりました。東日本大震災の後、国内のマーケットが縮小し、グローバル化が急務になっていました。私自身も2010〜11年に参加したダボス会議(*2)で、世界の変化の速さや日本のプレゼンスのなさ、自分の実力不足を痛感し、打ちひしがれていました。このままでは、日本の若者はどこで働いても同じ感覚を味わうだろうなと思いました。一方で、世界が変わっていることにワクワクもした。そんな危機意識とワクワク感から、意欲のある若者を世界に送り出し、グローバル人材を育てるべきだと訴えました。

「トビタテ」には二つのミッションがあります。「20年までに海外に留学する日本人を倍増する」ことと、「ロールモデルとなる、いろいろなジャンルの留学を形にし、1万人の留学生のコミュニティーをつくる」ことです。ただ、政府単体ではなく官民で連携すべきだと提案しました。下村さんも、国費でやると制約が多くなるから民間からお金を募ろうと賛同してくれたので、20年までに1万人の留学生を送り出すために、企業から200億円を集めることを目指しました。これまでに約240社・団体から117億円を集め、7801人の留学生を送り出しています。

*1 ヤング・グローバル・リーダーズ……国際的な非営利団体「世界経済フォーラム」が世界中の多種多様な分野から選出する若手リーダーのコミュニティー。

*2 ダボス会議……世界経済フォーラムが毎年1月にスイスで開催する総会。世界を代表する政治家や起業家らが集まる。

研修参加者たちと

海外留学が当たり前の世界をつくりたい

—— 今回、著書を出版したきっかけは?

3年ほど前に下村さんから「軌跡をちゃんと残しなさい。こんなプロジェクトは20年に1回あるかないかだから」と言われました。1万人の目標にめどが立ち、ブランドも確立されるなかで、ようやく記録を残せるタイミングになりました。また、これまで僕は、留学生の事前・事後の研修にガッツリかかわっていましたが、最近は忙しくて1、2時間の講演しかできません。そのため、トビタテ生(トビタテ奨学生)にちゃんとメッセージを伝える別の手段が必要になりました。

高校時代に数週間の海外体験をしたことがきっかけで大学時代に長期留学し、その経験が人生の大きな分岐点になったという人にたくさん会います。そうであるなら、とにかく高校生にきっかけを与えたい。特に地方には、留学に関して意識・情報・経済という三つの格差があると言われています。そこで、トビタテ卒業生と協力してクラウドファンディング(3月27日締め切り)を行い、全国1万5000の全ての中学・高校に無料で届けるプロジェクトを進めています。この本によって留学が当たり前の世界をつくりたい。

—— トビタテの特徴は何ですか?

やりたいことをやるために、行きたいところに、好きな期間行ける自由度の高さです。これまでは、大学などが用意したプログラムに手を挙げて留学するケースがほとんどでした。トビタテでは、自分で決めること、企画することが、その後の人生においても大事だと考えています。もう一つは、成績と英語力を留学の要件にしないことです。成績は人間の評価指標の一つですが、それが全てではありません。

特に大学生に対しては、インターンシップやボランティア、フィールドワークなどの異文化体験、修羅場体験を重視し、実践活動を組み込むことも義務付けています。事前・事後研修でマインドセット、振り返りを行うこと、留学生の約半数は理系とすること、「世界トップレベル大学等コース」「新興国コース」など多様なコースを設置して多種多様なトビタテ生のコミュニティーづくりを目指していることなども特徴です。応募資格は30歳以下の高校生・大学生・大学院生などで、日本の永住権があれば国籍は問いません。

出版記念イベント

海外体験が育んだ「トビタテ」への思い

—— 船橋さん自身も留学経験はあるのですか?

僕は横浜生まれですが、父の仕事の関係で3~7歳はアルゼンチンのブエノスアイレスで過ごしました。高校3年のとき、また父の仕事の都合でブラジルのサンパウロに移住し、アメリカンスクールに通いました。大学は上智の経営学科。アメリカンフットボール部の副主将で多忙だったので、あまり勉強はしていません(笑)。卒業後は伊藤忠商事に6年勤めて、ODAなど海外のインフラ事業を担当し、インドネシアにも駐在しました。その後、退職してウィル・シードという教育関連企業を立ち上げ、体験型ゲームを使って小中学生の起業家精神を養ったり、トップ企業の研修を行ったりしました。その会社を12年間経営した後、他社に売却し、次のチャレンジを模索しているときにトビタテと出合いました。

—— かつての海外経験がトビタテへの思いにつながっているのですか?

海外では差別や偏見を体験し、日本に帰ってからも帰国子女として疎外感を味わいました。また、親が敬虔けいけんなクリスチャンなので、その意味でもマイノリティーであることを実感してきました。日本では、成績がいい、スポーツができる、面白い、といったことだけが評価されて、それ以外は認めないような同調圧力があります。そんな社会に違和感を覚えて、自分と同じようなマイノリティー感や差別感を感じている人が少しでも減るように社会課題を解決したいとずっと思っていました。

日本の大きな課題は、「情報鎖国」に陥っていることです。海外から入ってくる情報が少なく、遅く、あまりにも偏っている。井の中のかわずか平和ボケになりがちです。海外を知ることで、もっといろんな価値観や生き方があることが分かる。日本の良さを再認識することで自己肯定感が高まり、世界に貢献できるような人材にもなれる。自分の可能性を広げ、世界の広さを知るために、自分のコンフォートゾーン(居心地のいい範囲)から一歩出てみることが重要だと思います。

社会人になったトビタテ生との交流会

求む!「悩んでいるけど前向き」な若者

—— トビタテではどのような学生を求めていますか?

好奇心と独自性と情熱を持った「とんがった人」。言い換えれば、「悩んでいるけど前を向こうと試行錯誤している人」かな。学校では受け入れられなかったけれど、トビタテに来て花開く子はたくさんいます。他の「日本代表」的な留学生を選ぶプログラムでは、多くの場合、選考要件に「リーダーシップ」が含まれますが、トビタテでは絶対要件にはしません。リーダーシップは周りに影響されて自然と芽生えるので、最初から要件にしなくていい。トビタテ生には、「海外に行ったら、とにかく視野を広げろ。現地の社会に飛び込め」ということしか言っていません。そして、主体性や自信を身につけて帰ってきたら、「視座を上げて社会のために何かやろう」とけしかけています。

—— トビタテの今後について、どう考えていますか?

このプロジェクトはもともと20年までの予定でしたが、評価が高いので21年以降も続けるべきではないかと議論しています。既存の枠組みの他に、今よりも国際的なコミュニティーにすることなどを、未来を見据えた様々な観点から検討しています。今後は、トビタテのレガシーを国費の留学制度などに反映しようという動きもあります。トビタテには面白くて優秀な人材がたくさん育ってきていますが、初めから世界で戦える人を厳選することも、アイデアの一つとして出ています。

僕自身は19年夏にシンガポールへ拠点を移しました。今年で50歳になりますが、これだけ「グローバル人材の育成」をうたっているのに、自分が海外で働いたのは伊藤忠時代の9カ月だけ。トビタテ生に感化されて、再び海外に住んで働きたいという欲求が出てきました。トビタテにはこれからもかかわりますが、新しいプロジェクトも立ち上げたい。僕は0から1を作るのが好きなんですよ。

—— 2030年の世界はどうなっていると思いますか?

VUCAワールド(*3)と呼ばれるくらい世界情勢は混沌こんとんとしています。特に、AI(人工知能)によって多くのことができるようになると、人は暇になります。そうなると、人は自分にしかできないこと、やりたいことを仕事にするしかありませんが、日本人はこれが苦手です(苦笑)。刻々と変化するボーダーレスな社会では、若者の感性が何よりも大切になってきていると思います。若者のほうが世界の実情を分かっていますから。

*3 VUCAワールド……volatility(変動性)、uncertainty(不確実性)、complexity(複雑性)、ambiguity(曖昧(あいまい)性)の頭文字を取った言葉。予測不可能な現代の社会経済の状況を指す。

研修参加者たちと

船橋力(ふなばし・ちから)
「トビタテ!留学JAPAN」プロジェクトディレクター。1970年、神奈川県生まれ。幼少期をアルゼンチン、高校時代をブラジルで過ごす。上智大学卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社し、アジアのインフラプロジェクトに従事。2000年、株式会社ウィル・シードを設立し、学校や企業、自治体に体験型教育プログラムを提供。世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ2009」に選出された。14年から現職。15年、文部科学省中央教育審議会臨時委員。特定非営利活動法人「TABLE FOR TWO International」ファウンダー。公益社団法人「MORIUMIUS」理事も務めている。

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