DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

幸福の根源 日本の食文化を世界へ
周栄行さん

Text by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。今回は、食にかかわる事業のプロデュースを手掛け、新たな飲食業のあり方を模索するしゅう栄行えいあきらさん(30) にインタビューしました。

味覚とともによみがえるコミュニティーの記憶

Q: 現在の活動内容を教えてください。

A: まず自分で立ち上げた「たすき株式会社」の代表取締役をやっています。後継者のいない名店の味を受け継ぐのがコンセプトで、その第一歩として、東京・西葛西で80歳近い女将おかみが一人で営んでいる「鳥焼あかべえ」というお店の〈焼き〉や〈タレ〉を受け継ぎ、今風にアレンジして神楽坂と新橋、銀座で3店舗を経営しています。食の伝統をどう次の世代に残すかを考えながら、今後は様々な業種・業態の店を展開していきたいと思っています。

個人としては、食にまつわる事業や空間のプロデュースを手掛けています。最近では、「WIRED CAFE」 などを展開するカフェ・カンパニー株式会社の新規事業全般を担当しています。例えば、WIRED CAFEで、障害者が遠隔操作できる「OriHime」というロボットを従業員にして人間と共存させる「分身ロボットカフェ」というイベントを開催するなど、食の未来をつくるためのプロジェクトも実施しています。

Q: 食に関心を持つようになったのは、いつですか?

A: 僕は東京の東十条で生まれ、大阪の東住吉で育ちました。東住吉では少子化・高齢化が進み、地元の人たちが愛するたこ焼き屋などがどんどんなくなっていくのを目の当たりにしました。その味が残っていたら、食べるだけでいろいろな記憶がよみがえるし、コミュニティーのつながりも保つことができるのに……と思い、本当に残念でした。

僕は貧しい家で育ちましたが、父は、月に1回はおいしいものを食べにホテルなどへ連れて行ってくれました。子どものころからいいものを知っているべきだし、それを手に入れられるよう頑張らなくてはいけない、というのが父の教育方針でした。母は料理が上手で、いつも食事を丁寧に作ってくれました。そうした経験から、「食に満たされる空間には人間の幸福の根源が詰まっている」「友人や家族と語らって食事をする以上に幸福な時間はない」と思うようになりました。それが僕の原体験ですね。

Q: 実際に飲食業にかかわるようになったきっかけは?

A: ライフスタイルにまつわる仕事をしたいと、ずっと思っていました。父が日中貿易の小さな会社を営んでいたので、幼い頃からものづくりの現場を見学し、食に限らず、ものづくり全般に強い関心を抱いていました。学生時代には、「d-labo」というスルガ銀行のウェブメディアで世界中の職人にインタビューして回る連載も担当しました。ただ、起業するにはファイナンスやビジネスの知識がないとダメだと思い、大学卒業後はUBSインベストメント・バンクに入りました。

Q: 投資銀行から飲食業にどういったタイミングで移ったのですか?

A: UBSは1年ほどで辞めました。父が末期がんで余命半年と宣告され、最後のときを一緒に過ごそうと思って大阪へ帰ったんです。でも、父は5年経った今も元気です。民間療法も含め、やれることは全て試したのが功を奏しました(笑)。僕自身は、自分の人生を見つめ直すいいタイミングだと思い、長年の夢だった飲食業を始めることにしました。 2016年に襷を創業し、17年に「あかべえ」の1号店を神楽坂に出しました。

日本の飲食業界は疲弊している

Q: 飲食店をプロデュースする際、どこにこだわっていますか?

A: 僕は「食を中心とした未来の創造」をテーマにしています。食は人間の生活から切っても切り離せません。飲食店は食だけでなく、コミュニティーづくりの場も提供しています。そして、そのコミュニティーが、街の景色や動線を決めるうえで重要な要素となっていきます。

飲食店は社会にとって欠かせない存在ですが、日本の食には課題がたくさんあります。一つは労働の問題です。飲食業界は労働条件が悪く、慢性的に人手不足です。給与面から見ても、一部のスターシェフを除き、日本では仕事に見合った対価を得られていない。たとえば先進国において、ミシュラン一つ星の店なのに年収が1千万円未満のシェフがいる国って、おそらく日本だけです(苦笑)。

この20年間、デフレの影響もあって、日本では飲食の値段が上がっていません。「それはおかしい」と誰かが声を上げなくてはいけない。ランチが1000円以下で食べられるということは、それだけ飲食店の利益率が低いということです。飲食業では、上場企業でも利益率は数パーセントなので、客足が少しでも遠のくと、すぐ赤字になる。そうした利益率の低さが、食材の質の低下や、従業員の負担増につながり、優秀な人材は食の分野に向かわなくなってしまいます。

飲食店にとって、経理や支払い管理、シフト管理といったバックオフィス業務が大きな負担になっていることも、深刻な課題です。僕は、そうした業務の多くは「FoodTech(フードテック)」で解決できると考えています。フードテックを飲食の現場に浸透させられれば、人間は余計な仕事から解放され、究極的には、おいしい料理を出して接客するだけで店が成り立つようになるはずです。

社長の勘で出店することもしばしば

Q: フードテックとは具体的にどのようなものですか?

A: 既存のフードテックには、予約台帳やポスレジ、労務管理などのシステムがありますが、多くの中小店舗では導入されていません。導入されていたとしても一部で、全体を統括するようなシステムはありません。現場の立場で開発されたものが少ないため、取り入れても活用できない。あるいは、使い勝手が悪いために使わなくなるからです。特に問題なのは、飲食業界では、適切なデータの蓄積が全くできていないことです。

例えば、4人で予約した店に、僕が1人で先に入ったとします。遅れて来店した3人は女性だったとしても、レジ上では「30代男性4名」とカウントされてしまいます。さらに、レジと顧客台帳が連携していないので、その女性3人がパフェを頼んだ場合、「30代男性3名がパフェを食べた」という誤ったデータが蓄積されてしまう(苦笑)。

そうした限界は飲食店側も分かっているので、通常は「ABC分析」を行います。レジ上の記録で売れているメニューをランク付けしていく方式ですが、誰が注文しているかまでは分からないので、店にとって大切な常連客が愛してくれているメニューを、売上数が少ないという理由で廃止してしまう恐れがあります。

本来は、適切なデータを丁寧にひもとき、「このメニューは、数は出ていないけれど単価の高いメニューと一緒に頼まれることが多い」とか「このエリアのこういうセグメントの人が頼むから、残しておいたほうがいい」といった分析をすべきです。ところが、現状では、なんとなく経験則でメニューを決定してしまっている。売り上げが数百億円規模の会社でさえ、社長の勘で出店を決めるといったことは日常茶飯事です。そんな業界って、今どき、飲食と一部の不動産だけではないでしょうか(苦笑)。

理想としては、カメラによる画像認識と予約台帳、ポスレジなどのシステムが全てシームレスに連結し、お客さんの属性と注文のタイミング、来店時間、滞在時間などの細かいデータが正しく蓄積されることで、お客さんが望むものが定量的に導きだせるようになることです。経験則は危険です。

日本の食文化のポテンシャルを生かしたい

Q: 食を通じて実現したい目標はなんですか?

A: 食というものに、もう少しみんなが丁寧に向き合う社会をつくりたい。たまに外食をすることで人生がいかに豊かになるか。例えば、高級店に行って、いい器に触れたり、職人の技術の粋に触れたりすることで人生は素敵になっていきます。そういった体験のすばらしさを伝えたいです。

また、日本の食文化を海外にもっと発信していきたい。日本の食文化には素晴らしい独自性があるのに、外に持っていくという感覚が業界全体でまだまだ弱い。海外では和食がブームなのに、実際に海外でチェーンやビジネスを成功させている日本人はものすごく少ない。日本の食文化のポテンシャルを十分に生かしきれていません。

人口減少によって国内のマーケットが縮むなか、飲食業界も世界に出ていかなければ立ち行かなくなります。1社で利益を追求するのではなく、日本の食連合みたいなものをうまく組成し、世界に向けて日本の食を発信していくプラットフォームを作っていけたらいいなと考えています。

Q: 2030年の世界はどうなっていると思いますか?

A: フードロスやフードマイレージなど、食にまつわる環境負荷や、食の持続可能性の問題は、世界中で大きく取り上げられています。培養肉、代替肉が注目されるのも、牛を食べ続けることの環境負荷が限界にきているという意識が、世界的に高まっているからです。

2030年に向けて、楽しみとしての食だけではなく、環境や地域性に根差した食の在り方が模索され、今動いていることが形になってきます。環境負荷の観点からビーガン的な食のスタイルが広まったり、フードロスの観点から飲食店の在り方が大きく変わったりするなど、2030年には、今とはまるで異なった食の体系になるでしょう。そこに向けて、僕は食文化の継承とフードテックによる飲食店の環境改善などに地道に携わり、食の未来の景色を作っていくための一助になれればいいなと思っています。

【プロフィル】
周栄行(しゅうえい・あきら)
襷株式会社代表取締役。1990年、大阪市出身。上海、ニューヨークへの留学を経て早稲田大学政治経済学部を卒業し、外資系投資銀行へ就職。独立後は食にまつわるプロデュースを中心に活動。飲食店の経営からホテル、地方創生まで、食を軸にした幅広いプロジェクトにかかわっている。

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