DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

アートの力で世界を1ミリでも良い方向へ
スクリプカリウ落合安奈さん

Text by 乙部修平 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。今回は、美術家のスクリプカリウ落合安奈さん(27)にインタビューしました。落合さんは、日本とルーマニアにルーツを持つ自身の経験から、差別や偏見、国や民族間の摩擦について思考を促すようなアート作品を制作し、国内外で発表しています。

言語が生む摩擦、視覚で共有するアート

Q: ご自身のルーツやバックグラウンドについて教えてください。

A: 私はルーマニア人の父と日本人の母のもとに、埼玉県で生まれ育ちました。小学生の時に、名前も知らない男の子から、すれ違いざまに「ガイジン」と言われたり、ランドセルに泥団子を投げられたりしました。そのとき私はとっさに、「もし、あなたにとって私が外国人だったら、私にとってのあなたも外国人だよ」と言い返しましたが、相手の子はよく分かっていない様子でした。当時の日本には、多様なルーツを持っている人がまだ少なかったこともあり、当事者でない人の理解を得ることの難しさを実感しました。

さらに、大人になってから、親には一緒に悩んでもらうことはできても、父も母もそれぞれ同じ国の親をもっているので、私のような経験はしていないんだと気づき、衝撃を受けました。自分が抱えている葛藤を、一番近い存在の親とさえ共有できないと知ったからです。

Q: アートに取り組むようになったきっかけは何ですか?

A: もともと絵を描くのは好きでしたが、高校生の時、美術部にいた同級生が絵で賞を取りました。絵に真剣に取り組んでいる人が身近にいたことに気づいて、同じ予備校に通い、東京芸術大学の絵画科油画専攻に入りました。そのころからインスタレーションという表現を始めました。インスタレーションは音や光などあらゆるものを使った空間表現で、鑑賞者の五感に訴えることができるからです。

大学院はグローバルアートプラクティス専攻に進みました。「グローバルな文脈で現代アートの社会実践を志向する」専攻です。 現在は彫刻科の博士課程でインスタレーションを中心に制作していますが、メディア(表現方法)は限定せず、作品ごとに、伝えるために一番適したものを選択しています。

Q: アートの魅力はどこにありますか?

A: 社会問題は言語を通して語られることが多いのですが、言語はストレートで分かりやすい分だけ、摩擦を生んでしまうこともあるし、そもそも言語が違う相手には伝わりません。アートはビジュアルランゲージなので、言語を超えて視覚で他者と共有できるものがあると思っています。また直接的ではない分、受け取り方は人によって違う。そんな柔軟さにも魅力を感じています。

二つの母国に根を下ろす

Q: 作品のテーマはどのように変化してきましたか?

A: 大学に入った当初は、自分のルーツにかかわる問題をストレートに表現したり、言葉にしたりしていました。しかし、大学の講評会や、作品について誰かと語るとき、そのことで、かえって壁ができてしまうこともあったので、表現したいテーマを直接扱うのではなく、「精神と肉体の関係」といった抽象的なテーマにずらして、多くの人と共有できる表現方法を模索しました。でも次第に、「このままでは一生、空っぽな作品しかできない」と苦しむようになりました。美術の表現は、そこにリアリティーや切実さがないと伝わらないし、作品が空虚なものになります。現代美術はそうした傾向が特に強い。そこで、大学3年のときに一念発起して、17年ぶりにルーマニアへ行くことにしました。

それまでは、「日本人にならなければ」という意識があったのですが、ルーマニアでいろいろな人と会うなかで、「二つの母国に根を下ろしたい」と考えるようになり、すごく生きやすくなった。その意識が芽生えてからは、一度は真剣に名字から取り除くことを考えた「スクリプカリウ」を自分の一部として受け入れ、「スクリプカリウ落合安奈」として生きていく決心をしました。

そうして大学院に入ってから始めたプロジェクトの一つが、二つの母国の土着の風習や祭りをリサーチして撮影することです。風習や祭りは同じ国でも地域によって大きく異なりますが、地元の人と会話し、その土地で生成された哲学をひもとくことが、二つの母国に根を下ろすことにつながるのではないかと思っています。

もう一つのターニングポイントは、ルーマニアに行った翌年、制作のためのリサーチとして、ドイツやポーランドでホロコースト関連施設を見て回ったことです。幼いころから、少なからず差別を経験してきたこともあり、ルーマニアと日本が戦争になったらどうなるんだろうと思っていたので、人が出自によって有無を言わさず引き裂かれる状況に、ずっと関心がありました。

アウシュビッツ強制収容所を見学したとき、すぐそばに正装のユダヤ人の団体がいました。かつて収容された方の展示を前にし、彼らの中から、かすかに祈りのような歌声が漏れ出たのです。それを耳にした瞬間、全身に鳥肌が立ちました。分断されていた過去と現在が急速に結びつくような感覚を覚えたからです。それ以来、差別や偏見、コミュニティー間の摩擦、国、民族、時代を超えて、物事が触れあう瞬間を作品にしたいと思って活動しています。

作品がいろんな所へ連れて行ってくれる

Q: 直近の活動について教えてください。

A: 3月31日まで銀座 蔦屋書店で個展を開き、『明滅する輪郭』などの代表作を展示しています。ルーマニアと日本で収集した古い写真の、人物の顔の部分にビニールを縫い付けることで、呼吸を視覚化するシリーズです。呼吸は生と死を分かつ原点だし、私たちは、出会ったこともない人や未来の子孫、殺したいほど憎い人、愛しい思いを伝えられない人などの「成分」を、たった今行った呼吸によって取り入れている可能性はO%ではない。そう考えると、自分と他者の境界が曖昧になっていく。その感覚を表現しています。

7月からは埼玉県立近代美術館で個展を開く予定です。こちらに展示する作品は、ベトナムにある江戸時代の日本人商人の墓から着想しました。その商人にはベトナム人の婚約者がいたのですが、鎖国政策で引き裂かれてしまったそうです。ナショナリズムが強まり、「自国ファースト」が横行している現代世界に、私なりのメッセージを送りたいと思います。

Q: 美術家としての当面の目標は何ですか?

A: 10年か15年以内に、現代美術の国際美術展であるベネチア・ビエンナーレで、日本かルーマニアの代表として展示できるようになりたい。最近少しずつ、作品が私をいろんな所へ連れて行ってくれるようになってきました。このインタビューもその一つです(笑)。ベネチアで展示できれば、さらにそうした世界が広がる。いろんな文化を持つ人たちと対話し、自分自身の価値観を広げていきたい。そうして鍛えた価値観によって新たな作品が生まれ、より多くの人が考えるきっかけになる。そんな循環が大きくなっていくことが理想です。

Q: 2030年の世界はどうなっていると思いますか?

A: 現在、世界中で自国や個人の利益を優先し、人々が分断され、国が閉じていっている印象があります。日本では、いろいろなルーツを持つ人がいることへの理解が進まず、無意識のうちに摩擦を生んでしまっています。一方、今まで声を押し殺してきた人々が、「#MeToo」運動のように声を上げることで、少しずつ変化が起きています。長い時間をかけて築かれてきた社会の風潮や構造を短期間で変えることは簡単ではありませんが、2030年には、2020年に生じた変化や活動が実を結んでいることを強く願います。

他人ごとが自分ごとになったとき、差別や偏見は緩和されます。現在苦しんでいる人や、これから生まれてくる世代のためにも、世界が1ミリでも良い方向へ進む可能性を信じて、私は研究と作品制作、様々な文化や価値観を持った世界中の人々に会いに行くことを続けていきます。

スクリプカリウ落合安奈 (すくりぷかりうおちあい・あな)
美術家。1992年、埼玉県生まれ。東京芸術大学油画専攻を首席、美術学部総代で卒業。同大学院修士課程グローバルアートプラクティス専攻修了。 同大学院博士後期課程美術専攻彫刻に在学中。日本とルーマニアの二つの母国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持ち、国内外各地で土着の祭りや民間信仰などの文化人類学的なフィールドワークを重ね、インスタレーション、写真、映像、絵画などマルチメディアに作品を制作。「時間や距離、土地や民族を超えて物事が触れ合い、地続きになる瞬間」を紡ぐ。

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