日本のアクションのすごさを世界に発信したい 伊澤彩織さん:朝日新聞DIALOG

日本のアクションのすごさを世界に発信したい
伊澤彩織さん

Text by 森松彩花 with 朝日新聞DIALOG編集部
Photo by 石黒シエル(撮影現場のカットと動画は伊澤さん提供)

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。今回注目したのは、映画やドラマのアクション場面で活躍する伊澤彩織さん(26)。日本では数少ないスタントウーマンの一人です。アクションにかかわるに至った経緯や、スタントにかける思いを聞きました。

ナイフ同士のアクションシーンをつくる。青いシャツはスタントウーマンの和田崎愛さん

気弱ないじめられっ子だった

Q: 幼いころから活発でしたか?

A: 小学生のときは、クラシックバレエ、水泳など習いごとをたくさんやっていました。でも、気弱で、発表会や試合のときにはおなかが痛くなるタイプでした。スイミングスクールの各校舎の代表が集まる大会に出ましたが、通っていたスクールではクロールで一番速かったのに、大会ではビリ。それで水泳はやめてしまいました。小学校ではいじめに遭いました。自分を外に出せないタイプで、何を言われても受け入れてしまったんです。そこから抜け出したいと思って、中学受験をして中高一貫の女子校に入りました。

Q: 中学・高校では何に取り組みましたか?

A: 友達が映画制作部にいて、好きな映画やアニメを見て語り合うラフな部活だったので、そこに入りました。中3のときに「仮面ライダー電王」の大ファンになり、アクションアニメ、アクション漫画も好きでした。部活では、皆で映像も作りました。ミュージックビデオとか、「ヘンゼルとグレーテル」のパロディーで「ヘンゼルとグレてる」っていう映画とか……。

でも、映画制作部でもちょっといじめがあって孤立してしまい、自分一人でクレイアニメを作り始めました。一コマずつ(人形などを)動かして撮れば、一人で作れましたから。高校2年のときにその作品が「アニメ甲子園」や「映画甲子園」で賞をいただきました。それがきっかけで、映画制作の道に進みたいと本気で思うようになり、日芸(日本大学芸術学部)の映画学科に入りました。高校の同級生は早慶やMARCHに進学する人がほとんどで、日芸に行ったのは私一人でしたね(笑)。

raciku MV「高鳴り」でのアクションシーン撮影。相手はスタントマンの中山甲斐さん

映画学科に入って創作意欲を喪失

Q: 大学時代は映画制作に専念していたのですか?

A: 実は、映画学科に入って、逆に創作意欲をなくしました。映画学科の学生は全員、「映画を作りたい」と思っています。その人たちの優れた作品を見るとうらやましくなり、自分では作らなくなってしまいました。「私はどういう立場なら映画にかかわれるのか」とすごく悩みました。脚本なのか、編集なのか、監督なのか、撮影なのか、と。

大学2年のときに、縁があって大手芸能事務所の養成学校のオーディションに特待生で合格しました。学費も免除されたので、1年間、日芸とダブルスクールをしました。エキストラとして初めて映画の現場に行くこともできました。その映画の監督に「また次の現場においでよ」って声をかけてもらいました。「行きたい」と思ったんですけど、養成学校に相談したら「行っちゃダメだ」と言われてしまって……(苦笑)。いろいろ事情はあったと思うのですが、とにかく現場に行けるチャンスを逃したことが悔しかった。特に成果を残せないまま、養成学校を卒業して、普通の大学生活に戻りました。

養成学校に通っていたときも「気弱な自分」のせいで後悔したことが多かったので、心身ともにもっと強くなりたいと思ってキックボクシングを始めました。そのころ、偶然、養成学校時代の先生と再会しました。その方がある映画のアクションを監修することになり、撮影現場に誘ってもらったんです。「現場に行けるなら何でもいい」と思っていたので、本当にうれしかった。そこで、映画のアクション全般を担当する「アクション部」の存在を知りました。

師匠の遺志を継ぎスタントウーマンに

Q: それでアクションを仕事にしようと思ったのですか?

A: そのときは思いもしませんでした。でも、アクション部という映画とのかかわり方があるんだと気づきました。その後、すぐに「RE:BORN」というアクション映画のオーディションを受けて、研修生になったんです。アクションの稽古が半年間、週5日ありました。そこでスタントマンの人たちとつながって、アクションの自主練習に呼んでもらい、アクション部の仕事をするようになりました。当時の私のようにやり始めたばかりでも現場に行けるくらい、スタントウーマンは少ないんです。私がこれまでお会いした方は10人ぐらいですね。

この業界に入ってから理解しましたが、危険なアクションをするだけがスタントの仕事ではありません。ワイヤーのセッティングやテスト、マット補助などのセーフティー、演者のケアなど、安全にアクション撮影を行うための仕事がたくさんあります。私も最初はアクションがすごくへただったので、スタントじゃないところで自分ができることを探しました。

最終的に、アクションの道に進もうと決意したのは、私にアクションを教えてくれた師匠・田中清一さんが2016年に52歳で亡くなったときです。田中さんは倉田アクションクラブ出身で、邦画だけでなく香港映画「導火線 FLASH POINT」「イップ・マン 継承」の現場にも参加しました。アクションチーム「パスガード」の代表で、アクションに対する熱量と探究心は人一倍あり、とても人望の厚い方でした。そんな師匠の遺志を継ぎたいと思ったんです。

Q: 普段はどのような練習をしているのですか?

A: 基本的にはスタントの仲間や先輩方と集まって、ミット打ちや蹴り技、体操、アクロバット、殴られたときのリアクションなどの練習を、厚いマットの上でやっています。あとは「立ち回り」の練習。アクションにもいろいろな種類があります。刀を使う殺陣や、パンチや蹴りなどのボディーアクション、銃やナイフを使った軍事格闘技など。様々な武術や格闘技をアクションに変換して立ち回りをつくり、練習します。

Q: スタントの仕事で、特に印象に残っている作品はありますか?

A: やっぱり「るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning」(20年夏公開予定)ですね。アクション部のスタッフは、クランクイン前の準備から撮影が終わるまで現場に常駐しているレギュラーと、必要とされるときだけ参加するスポットの2種類に分かれます。私が初めてレギュラーで入れたのがこの作品でした。スタントウーマンは、女性が出ずっぱりのアクション映画でないとレギュラーに入るのは難しいんです。

「るろうに剣心」では準備段階から約10カ月間かかわり、俳優部だけでなく全部署のスタッフの方々とコミュニケーションをとりながら現場を見ることができたので、毎日が勉強になりました。衣装や髪形を同じにして演じる「スタントダブル」という俳優の分身も担当し、アクションの立ち回りや流れを覚え、俳優にアクションの指導をしながら一緒に役をつくりあげました。

昨年12月から今年2月にかけては「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」(20年公開予定)というハリウッド映画の日本での撮影に、日本側のレギュラーとして参加しました。海外の女優さんのスタントダブルを務めたのは初めてでした。ハリウッド映画で活躍する海外のスタントウーマンとも一緒に仕事ができて、とても貴重な経験になりました。

普段のアクション練習。相手はスタントマンの川本耕史さん

現場の安全をつくるのがスタントマンの仕事

Q: 「俳優がスタントマンを立てずにアクションしたのが素晴らしい」といった映画評がよくありますが、どう思いますか?

A: リスクがあるかもしれないアクション撮影に俳優さんが挑むことは、素晴らしいと思います。でも、「スタントマンなし」と言われるのは、ちょっと寂しいですね。スタントマンが映画の現場でやっているのは「安全をつくる仕事」です。俳優さんが自分でアクションをする場合は、事前に必ずスタントマンが実験して、安全にできる方法を考えています。俳優さんはもちろん、撮影スタッフからスタントマン自身まで、現場にいる全員が安全に撮影できるアクションをつくるのがアクション部なんです。俳優さんたちが体を張っているとしても、アクション部なしのアクションなんてないんですよ。「スタントマンなしで撮る」っていう言い方は、少しずつ変えていけたらいいですね。

Q: 2030年にはどうなっていたいですか?

A: 10年後は36歳なので、もうアクションをやっていないかもしれません。でも、アクション自体にはかかわっていたい。これからは、スタントウーマンとしていろんな世界とつながっていきたいなと思っています。「日本のアクション・スタントって、こんなにすごいことをやっているんだ」ということを、もっと世界に発信したい。

「女優として出演しませんか」というお話も時々いただきます。自分が出演することで、スタントの世界を知ってもらえるきっかけが増えるなら、女優にも挑戦してみたい。私はアクションと出合って、気弱な性格や方向性を変えられました。今度は、自分を変えたいと思っている人に勇気を与えられるような存在になりたいです。

伊澤彩織(いざわ・さおり)
スタントウーマン。1994年、さいたま市生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒。映画「キングダム」「るろうに剣心 最終章 The Final / The Beginning」「G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ」などで、メインキャストのスタントダブルを担当。NHKちょいドラ「斬る女」、西沢幸奏 Music Video「Break your fate」などに出演。モーションアクターとして、「マーベル アルティメットアライアンス3」(Nintendo Switch)や「モンスターストライク」(YouTubeアニメ)などにも参加している。

映画「キングダム」撮影中に中国で行ったワイヤーリハーサル

関連記事

pagetop