DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

まだ見ぬ世界へ アフリカを縦断した先に滋賀があった
森雅貴さん

By 藤崎花美(DIALOG学生記者)
写真=いずれも森さん提供

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

 今回注目したのは、NPO法人「ミラツク」の研究員として日本、そして世界を飛び回る森雅貴さん(25)。イギリスの大学で発展途上国開発を学び、アフリカを旅した後、出身地の滋賀へと大きく「Uターン」。「地球にいいことを小さく生み出していく」と地域に根ざした活動を続ける、その原動力をお聞きしました。

——いま取り組んでいることを教えてください。

 「ミラツク」では、様々な場所を訪れて現地の人とコミュニケーションをとり、課題の洗い出しや新事業の提案を行っています。完全リモートでフレックスタイムなので、働く場所も時間も自由で副業も可能です。滋賀県に住みながら、東京や海外へ社会課題の調査研究に行っています。今年はコロナ問題で状況は異なりますが、年間3分の1は海外で、昨年は台湾に2週間、デンマーク、フィンランドを中心に1カ月半、ヨーロッパ10カ国ほどに2カ月くらい滞在しました。国内では、長野県塩尻市で、東芝のテクノロジーを使ってワインの魅力を伝えるプロジェクトにも携わりました。他にも滋賀県の学生のキャリアを支援する事業や、友人のプロジェクトの立ち上げを手伝ったりしています。

■森さんの近年の主な活動
リビングラボ国際学会(ギリシャ、2019年)
 Open Living Lab Days(リビングラボ国際学会)に出席し、リビングラボの発展モデルの構造化についての論文発表
東北芸術工科大学コミュニティデザインの知見創造プロジェクト(山形、2018年)
 学生とともにコミュニティデザインの知見集約を、半構造化インタビュー、GTA分析を用いた質的調査研究として実施
共創型人材コンソーシアムプロジェクト
 企業の中の共創型人材の育成の調査プロジェクトを、富士通、日建設計、大阪大学、ワコールなどと行う
宇宙ビジネス共創ワークショップ(東京、2019年)
 「未来」を起点として、逆算して「現在」を考えるバックキャスト発想、宇宙のみならず地上でのビジネスを考えるデュアルユースの考え方を活用したワークショップ開催
(いずれも森さんによる)
【U30】父の死 ブラジャー…愛をもって書く

反骨と探究 大学からイギリスへ

——高校まで滋賀県で、大学からイギリスに渡ったきっかけは。

 中学2年生と高校2年生の時に大きなできごとがありました。

 中学2年生の時は英語弁論大会があり、県内2位になりました。ほとんどの参加者がシリアスな話や童話を発表している中、英語の先生に「やるんだったら面白いことをやろう」と言われて英語で落語をしました。外国人の英語の先生にも「すごく面白かったよ」と褒めてもらい、違う文化や歴史を持つ人々に伝えることができたという実感はとてもいい経験になりました。

 高校2年生の時は死刑制度について肯定派と否定派に分かれて英語でディベートする全国大会に出場しました。出場する前は大学で英語を専攻しようと思っていましたが、英語教育に力を入れている高校の子や帰国子女と出会い、仮に自分が4年間英語を専攻したとしても、この子たちには追いつかないだろうなと感じました。その時に、伝える手段ではなく、伝える内容が大事だと思い、父には猛烈に反対されましたが、海外の大学に行くことを決断しました。

——大きな決断です。何が後押ししましたか。

 生まれ育った環境がものすごく保守的でした。地元の高校に入って、地元の大学に行って、地元に就職して、家を継いで、墓を守って、子供も20代後半には持って……という未来が見えているなと思いました。もっと自分の知らない、見たことのない世界に行ってみたいなという気持ちがすごくあった。生まれ育った環境に対する反骨心と、まだ見たことのない世界に対する希望が、決断の後押しになりましたね。

アフリカ滞在時

途上国開発 現地で「手触り感」

——イギリスの大学に進学してからのことを教えてください。

 英語を学ぶことが自分のアイデンティティーだったので、それがなくなった時、やりたいことがわからなくなってしまいました。それから、大学の学科について詳しく書かれた本を読んで、ひたすら興味のある分野を探しました。社会学には興味があるけど、経済学はちょっと違う。心理学には興味があるけど、臨床心理とか犯罪心理には興味がない……そうやって分野を絞り、イギリスで学ぶ価値があるものを選びました。それが、発展途上国の社会を学ぶというものでした。

——発展途上国について学んで、どうでしたか。

 発展途上国開発って話の規模が大きすぎて手触り感がないことに、違和感を持ち始めました。例えば、国連が何百兆円というお金をアフリカ南部の初等教育予算に分配することにして、小学校が何校できて識字率がどれくらい上がったかということを勉強し、教育の大切さを学びましたが、そんな中でテロが起きたり、搾取が続いたりというニュースを見ると、自分の学んでいることの価値が見いだせなくなってきました。

 このまま3年間、現場を知らないで学び続けるのは苦しいなと思い、夏休みにアフリカに行くことにしたんです。1人では怖いので、ウガンダにいる日本人の留学生と、2カ月間でエチオピアから南アフリカまで縦断する計画を立てました。ですが、出発する3日前くらいにその友達から「ごめん、行けなくなった」と言われて。お母さんが「そんな危ないことはやめてほしい」と泣いてきたみたいです。「急に1人か」と思って、前日の夜だけはどうしても眠れませんでした。アフリカの記事とかたくさん読んじゃって。「エチオピアの空港には気をつけろ、名物のコーヒーがあるけど、そこには大量の睡眠薬が盛り込まれていて、それを飲むと身ぐるみはがれるぞ」とか。本当に怖くなっちゃいました。すでにお金も払ってあったので結局行きましたが。

 現地ではビジネスを行っている人や大学の教授など、いろんな人に会い、これまで学んできた理論がすっと入ってきました。お母さんに対する教育が家庭環境を変えて、経済を潤す。だから、お母さんの教育リテラシーを高め、次の世代の教育にお金を使う。とはいえ、まだまだ学校への投資も十分ではないって話も見えてきた。2カ月間の旅を終えたとき「休学しよう」と。1年間、自分なりの仮説をもってアフリカに入っていこうと思って、休学を決めました。

海外での論文発表

井戸水がない 仕事がない だから

——自分なりの仮説って何ですか。

 アフリカを旅しているとき、仕事を作るということが必要なんじゃないかなって思ったんです。例えば、井戸水がないので子どもたちが水くみに行かないといけないから教育の時間が取れないことや、家庭の経済力が弱いので子どもたちにも働いてもらわないと家計が成り立たないという現状がありました。仕事を作って経済的に自立することができれば、生活が変わっていく入り口になるのではないかと思いました。

 旅の途中、金城拓真さんという中古車を日本からタンザニアに販売する会社を起業した方に出会いました。金城さんの話を聞いた時、現地で雇用を作るというのは本当に大事だなと改めて思ったし、彼が取り組んでいることや考えていることがすごく面白いと思ったので、インターンさせていただくことにしました。

 インターンの仕事に慣れてきた頃、アフリカの「キテンゲ」という布を使った手縫いの洋服や小物を販売する事業を始めました。その時の自分なりに努力して、まあまあうまくいきました。1年経って、大学に戻るか事業を続けるか考えなきゃいけないタイミングになりました。当時、大学を中退して起業することがはやっていたので、私も続けようかなと思ったのですが、19歳の自分がこの事業を続けていくことに、可能性はないと感じました。社会の仕組みそのものを変えていく取り組みができるようになるために、大学に戻ることを決意しました。

——ミラツクに就職される前、大手企業の内々定を辞退したそうですね。

 大学に戻ると、今まで現場にいて見えていなかった社会の流れや枠組みの大切さを実感しました。発展途上国って特定の人たちの利権だけで動くことが多く、それをオープンにすることで新しい物事が生まれてくるという考えに基づいたオープンイノベーション戦略について学びました。就職活動をするにあたって、社会の仕組みづくりとは具体的に何なのかと考えた時に、社会インフラを作ることだと思いました。貿易の輸送網やエネルギー網を作るなら商社。テクノロジーを使って社会の仕組みを変えるならIT系。就職フェアで、いくつかの企業から内々定をいただきました。

 その後、社会をデザインするソーシャルデザインや社会そのものを変えてしまうソーシャルイノベーションという言葉に出合いました。これに取り組める企業やNPO法人を探して、片っ端からメールしました。そこで一番に返事をくれたのがミラツクでした。インターンをさせていただくことになったのですが、それがすごく面白かった。私って「本当に自分が何をやりたいのか考える病」で。周りと違うキャリアを進むのは不安でしたが、世間体とか年収とかをそぎ落として、自分が一番したいことをできるのはどこか、考えた時の答えがミラツクだったんです。

——「本当に自分が何をやりたいのか考える病」は、どこから生まれたのでしょう。

 エリートじゃないからだと思う。中学の時は勉強もめちゃくちゃできたわけではないけど、英語っていう教科をすごく頑張ればみんな横一線の中で飛び抜けることができるなと思っていました。高校生の時もみんな部活動と勉強を両立して頑張っていましたけど、私はそんなにいっぱいできないから英語ディベートっていう部活動を頑張ろうと思い取り組んでいました。大学でも成績がとても優秀というわけでもなかったので、卒業論文だけはちゃんとやろうと思って頑張りました。全部はできないし、誰よりも長けていることがないからこそ、1個に絞ってやるという明確な目標があったのだと思います。

“ミラツクは、既にある未来の可能性を実践する国内外のネットワーク、コミュニティの協力を得ながら、現場のリアリティと俯瞰する目を行き来するリサーチ・分析を行うことで未来の潮流を掴み、共有し、共にアイデアを生み出し共に実行することを通じて、創造的で平和な社会の実現を目指します。”(ミラツクHPより)

新しい価値を生み出す サポート役

——たくさんのことに取り組まれています。軸はありますか。

 最近、良くないなとは思うんですが、頼まれたら断らないことにしていて、全部やっています。

 指標は、社会が良くなるかどうか。例えば、滋賀県で活動している作家さんが滋賀県のドライフラワーを使って、滋賀県の地域の魅力化につながるような作品を作っています。彼女たちがどんどん前に出ていってくれれば、巡り巡って滋賀県という地域が良くなる。自分の中ですごく納得しています。町づくり会社で働くこともそうです。

 発展途上国とか日本の田舎と言われる地域は、情報も機会も人も物も、いろんなものが限られていますが、その中で何か新しい価値を生み出していくことにすごく興味があります。その中心に人生のテーマがあって、それをどうやって実現していくかを考えたりしています。私は作家さんにはなれません。作りたいとは思いますが、私が300時間かけて作家になるよりは、作家である彼女を300時間サポートした方が多分楽しい。

——これからの目標は。

 自分が作ったものや考えたことが社会にインパクトを与える、地球全体にとっていいことをしたいなと思っています。昔は世界を変えたいと言っていたのですが、すごく抽象度が高くて、何をどうするのかが全く見えてきませんでした。この時代ってテクノロジーが発展して、世界中どこにいても誰とでもつながれるし、発信することができるので、自分のフィールドをしっかり持って新しいことをやりたい。その取り組みが、地球全体にとっていい取り組みとして広がっていくことが理想ですね。

——2030年の世界は、どうなっていると思いますか。

 テクノロジーが加速度的に進化しているので、できることもどんどん早くなっています。社会のかたちもどんどん変わっています。10年経った時に今からは予想もつかないような10年になっていることもありうる。今回のコロナみたいに予測できないことや気候変動など、人間の英知を超えたところで大きなエネルギーが動いている。それを踏まえると、2030年の社会って本当に不確実で、曖昧な世界の中にある。人類や地球にとって、より良いものを小さく生み出していける世界になっていればいいなと思います。今、取り組んでいることに対してすごくいいと思えているので、この取り組みの先にさらにいいものが広がっているのではないかなと思っています。

地球にいいこと、私も

 DIALOG学生記者の藤崎花美です。今回はコロナの影響もあり、オンラインでの取材でした。初めてのオンラインでの取材でとても緊張していたのですが、森さんのやさしい笑顔に包まれ心地良い雰囲気のなか、取材させていただきました。

 森さんの穏やかな雰囲気の裏に、お話を聞いていると、留学についてのお父様との激しいバトル、勉強漬けの留学生活、いきなり1人で行くことになったアフリカ縦断など自分の目標に妥協しない強い面が垣間見えました。「今、取り組んでいることに対してすごくいいと思えている」のはその強い力が引き寄せてきたのだと感じました。

 私自身、女子高から理系に進んだり、就職活動では周りが受ける企業とは異なる企業を受けたりと、環境に流されず自分のやりたいことを考えることは意識していました。森さんは、周りの環境に流されないだけでなくさらに、多くの限られた選択肢の中で生活している人々に対して選択肢を広げる活動をしています。私も自分のことだけでなく私のバックグラウンドを生かした自分だからこそできる活動をして、「地球にとっていい取り組み」を森さんに続いて広げていけたらなと思いました。


森雅貴

 1995年滋賀県生まれ。University of Sussex BA International Development 修了。在学中より発展途上国におけるソーシャルイノベーションや社会デザインに興味をもつ。自身と発展途上国への関わり方を模索するためにアフリカ縦断・横断を実施、また一年間休学し東アフリカ・タンザニアでインターンシップに従事。学業と並行し、主体的に生きる力を育む学びを高校生に提供するNPO法人グローバルな学びのコミュニティ・留学フェローシップに立ち上げから参画し、滋賀県を中心に中高生の教育に関わる。2018年9月より現職。地域や発展途上国の社会基盤づくりに興味関心を持ち、市民や行政など様々なステークホルダーが共創価値を生み出すオープンイノベーションやリビングラボについて研究している。


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