DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2020/06/08

世の中に行動を促す あなたの言葉で
博報堂クリエイティブディレクター 井口雄大さん
SDGs169ターゲットアイコン日本版制作プロジェクト

By 魚住あかり(DIALOG学生記者)
撮影:石黒シエル

 SDGs(持続可能な開発目標)には、17のゴールを具体化した169のターゲットが設定されています。そのアイコンに添えられた英文の日本版を、全国の子どもや若者から公募する「SDGs169ターゲットアイコン日本版制作プロジェクト」が5月から始まりました。

 17のゴールの公式日本版アイコンは、SDGsの普及・啓発を担う国連広報センターが博報堂の協力を得て制作し、2016年に公開しました。博報堂のクリエイティブディレクターの井口雄大さん(44)が、英文の直訳ではなく、分かりやすく、やわらかい日本語のコピーを考案したことが、国内での認知度向上に役立ったと言われています。

 私たちがターゲットの日本語化に挑戦する時、どんな工夫をすればよいのでしょうか。今回のプロジェクトでコピーディレクションを務める井口さんに、アドバイスをもらいました。

【SDGs169プロジェクト】みんなで訳して考える

言葉をぎゅっと そして鋭く

——普段はどんな仕事をしていますか?

 クリエイティブディレクターやコピーライターとして、広告をつくっています。クライアントの課題やニーズを一緒に発見しながら、会社やブランド、商品について、世の中にどのように伝えていくかを考え、アウトプットしていく仕事です。ビール、地下鉄、電機、移動体通信などいろんな会社を担当しています。

——17のゴールの日本語化に関わったきっかけは?

 15年の秋に、環境問題に熱心な同僚から声をかけられました。難民の自立支援サポートをしているNGOの広告をボランティアで制作したことがあったので、それを記憶している人から推薦されたのかもしれません。

——SDGsの第一印象はどうでしたか?

 「世の中は全く前進していないな」というのが最初の印象です。自分が小学生のころに聞いた話とSDGsの内容が同じに見えて、「社会は40年近く何も変わっていないんじゃないか」と思いました。解決すべきなのに長年放置されてきたことについて、今さら目標を立てても、どうせ変わらないんじゃないかと。でも、そういう疑問を周りの人にぶつけて勉強していくうちに、世の中は少しずつ前進していることを知りました。それと同時に、やらなきゃいけないのはみんな分かっていても、どう行動につなげるかが課題だと思うようになりました。日本版をつくる時には、読んだ人が少しでも行動に移してくれることを意識して、言葉をぎゅっと鋭くするようにしました。

——言葉を鋭くしたのは、どんなところですか?

 目標の6番に「トイレ」という言葉を入れたことなんかが、そうですね。6番は「CLEAN WATER AND SANITATION」で、直訳すると「きれいな水と公衆衛生」ですが、「安全な水とトイレを世界中に」という言葉にしました。アフリカなどでも40年前と比べると安全な水はかなり行きわたっていて、今はトイレの普及が課題だと教わりました。だとすると、トイレという言葉がちゃんと目標に入っていないとダメだよねという話をしました。水の衛生について話す時に、トイレってあんまり思いつかないですよね。アフリカの水不足とかそっちのほうにポンと頭がいっちゃって。そうしたギャップを埋めるために具体性を意識しました。

井口雄大(いぐち・ゆうた) クリエイティブディレクター/コピーライター。1975年生まれ。1998年中央大学法学部政治学科卒。同年、株式会社博報堂入社。言葉を軸に、映像・グラフィック広告のコピーワークだけでなく、コンセプト、ステートメント、プロモーション施策、イベント制作などに携わる。ACC ゴールド、ギャラクシー賞、新聞広告賞、朝日広告賞など受賞多数。東京コピーライターズクラブ会員。

訳すのではない 人の意識に訴える

——かなり意訳しているんですね。

 この仕事のお話をいただいた時に、まず考えたのは、「翻訳するんじゃない、日本版をつくるんだ」ということでした。「日本人にSDGsが浸透し、行動をうながすためにSDGs日本版をつくるのであって、ただ訳すわけじゃないんだ」と。

 僕自身は最初、17のゴールはジャンルに見えたんです。貧困というジャンル、食料というジャンル、と区切ってあるだけだと、人は動かないと思いました。そこで、日本版をつくるにあたっては、「こういうことが受け入れられる世の中だったらいいな」「みんなは、特に自分はどう思っているのかな」ということを意識しながら、人の意識に刺激や反作用を起こすような言葉を入れていきました。

 例えば、13番の「気候変動に具体的な対策を」は、もともと「CLIMATE ACTION」だから「気候変動に対策を」でいいんです。だけど、すでに何らかの対策は取られている。だから、もう一個、具体的な何かを形に、一つだけでいいから行動に移そうよ、という思いで、「具体的な」という言葉を入れました。5番の「GENDER EQUALITY」も、直訳すると「ジェンダー平等」ですよね。でも、ジェンダー平等の大切さはみんなわかっているけど、実現できていないよね、ということを言うために「ジェンダー平等を実現しよう」ってつけました。

——制作はどのように進めたのですか。

 最初にインターネットでリサーチして仮案をつくりました。それを国連広報センターの根本かおる所長のところへ持っていき、話し合って一緒に修正を重ねました。その後、NGO関係者から数回、意見を伺いました。団体によって、推進していることや、目標達成の手段として重視していることが少しずつ違うので、意見をすり合わせるのは大変でした。でも、NGOの方々はSDGsを推進する大きなエンジンなので、その人たちに気持ちよく前向きに使っていただける言葉になるよう合意形成に努めました。

「伝わってほしい」 その思い大切に

——今回のプロジェクトのコピーディレクションも担当するそうですね。

 応募してきた中から選ばれた案の、日本語を整える作業に関わる予定です。ただ、修正しすぎると、その人たちのものではなくなってしまうので、注意が必要です。今回のプロジェクトで大事なのは、結果ではなく過程でしょう。SDGsについてみんなで勉強して、案を出し合うこと自体に一番価値があります。でも、自分たちのものだって思うことのできる言葉が、写真のようにいつまでも残っていくことも、同じくらい重要です。応募者が参加しなければよかったと思うようなものには、絶対したくない。責任重大ですよね。

——これから日本版を考える子どもや若者にアドバイスをお願いします。

 「なんか違う気がする」っていう違和感は、何かを書いた時には必ずあると思います。その違和感と、とことん向き合ってほしい。自分がちょっと違うかなと思っているところは、みんなも違うと感じるところなので、「まぁ、いいか」と放り投げてしまったらもったいない。翻訳としての正確さよりも、これがこういうふうにちゃんと伝わってほしいという思いを大切にしてください。

——プロジェクトへの意気込みを聞かせてください。

 169ってすごい数じゃないですか。169個の授業があって、それを全部受けなきゃいけないとなると本当に大変で、大学4年間かけて、みたいなことになりますよね。その膨大なテーマを一人ひとりが集中して学んでくれて、その成果である日本版の案を見ることができるので、本当に楽しみにしています。日本版をつくる主体は子どもたち、若者たちです。みなさんが考えてくれたものを、ちゃんと、みなさんのもののままで世の中のものにできたらいいですよね。そうできるように頑張ります。

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