DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル

中国人と日本人のはざま だからこそ架け橋になる
仲思遥(なか・しよう)さん

By 藤崎花美(DIALOG学生記者)
写真:Linc提供

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

 今回注目したのは、留学や就職のために中国などから来日する外国人をサポートするLincを起業した仲思遥さん(29)です。中国に生まれ、まだ中国人が海外に行くことが珍しかった頃から日本と中国を行き来しました。どちらにもなじむことができないマイノリティーとしてアイデンティティーを模索する時期をへて、日本での起業を決意しました。

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——現在、Lincで取り組まれていることは何ですか。

 Lincは、主に中華圏からの留学生の「日本に来てよかった」を最大化させることをミッションとして、外国人材と日本の架け橋となり、少子化社会や雇用構造にイノベーションを起こすことを目指しています。留学や就活のサービスだけでなく、コミュニティーや生活にかかわることまでオンラインでサポートしています。優秀な外国人材の来日を加速させ、長期的に日本で活躍できる土壌をつくりたいと思っています。

どこにいてもマイノリティー いじめも

——仲さんは幼少期から中国と日本を行き来されたそうですが、どのような気持ちで過ごしたのでしょうか。

 私は1991年に中国の瀋陽で生まれ、1996年に日本に来ました。当時、父親が日本にいたからです。父親は中国の会社を辞めて日本に留学していました。福岡に暮らしていたのですが外国人は少なく、小学校でも1学年に2人くらいでした。幼い頃からそのような環境にいたので、自分のアイデンティティーについて日頃から考えさせられました。日本にいたときは「中国から来た子ども」。中学生で中国に戻ったときは、当時まだ海外から来た人は少なかったので「日本から来た人」「日本人だ」と言われました。どこにいてもマイノリティーで、いじめにもあいました。でも、日本と中国を行き来して、お互いの良さを分かっているつもりだったので乗り切れました。そこから、自分にしかできないことは日本と中国、アジアをつなぐことだと認識しました。

——その後、再び日本に戻って慶応義塾大学に進学されました。

 中高時代は大連のインターナショナルスクールで過ごしたので、同級生はみんな欧米に行きました。私が日本に戻ってきた理由は、日本が好きだったからです。幼い頃はうやむやに過ごして、いつ日本語が話せるようになったかも覚えていませんでした。日本でちゃんと学び直したかったんです。

 また、差別化ということも考えていました。私の周りの優秀な人たちと同じように欧米に行って勉強して勝てるのか、発揮できる強みはあるのか、と考えました。日本であれば行く人が少ないので競争優位性があるし、日本の文化や商習慣に対する理解力や語学力には自信がありました。振り返ってみて日本に来たことは大正解の決断だったと思います。

 学力だけみると、アメリカの方が日本に比べて優秀な留学生がいます。ただ留学は手段でしかなく、スタート地点に過ぎません。留学の目的は、よりよい生活をするためです。実は日本はよりよい生活をする上で魅力度がとても高い。これは「隠された事実」じゃないかなと思います。それを掘り起こして伝えたい、と考えています。

5歳で初来日 驚いたのは……

 自動販売機を初めて見たんです。お金を入れたらライトが光り、冷えたジュースが出てくる。何だこのすげーマシンは! と。当時、中国ではジュースは瓶入り。駄菓子屋さんで買ってその場で飲み、お店のおばちゃんに瓶を返すシステムでした。そして、道路には自動車とロバが並んで走っているような時代でした。そこから飛行機で2時間の日本は、こんなに発展しているのかと、ものすごく印象に残っています。

ローカルなグルーバル化 商機

——大学卒業後は野村証券の投資銀行部門に就職されました。最初から起業することは考えていなかったのですか。

 学生時代から起業は考えていました。私が就職活動をしていた2012、13年ごろは、中国では国の政策として起業を推奨していました。今の中国を代表するネット企業であるDiDi(滴滴出行)などもこの時期に起業しています。自分もやりたいなと思っていました。ですが、今は自分にできることはないとも感じていました。なので、まず経営者の思考回路を間近で見て実力をつけたいと思ったんです。野村の投資銀行部門を選んだのは圧倒的に案件数が多かったからです。私は起業したかったので、ベンチャー企業もサポートしたいと考えていました。上場したばかりの企業を担当すると、社長が私と同世代だったりして、いい意味で刺激を受けました。

 野村証券では、リクルートの上場(2014年)にも関わりました。社会のリソースと個人をつなぐというリクルートの概念が、ビジネスモデルとして面白いなと感じました。例えば、今空いているヘアサロンと個人をつないだり、結婚式場と個人をつないだり。社会的意義が大きいなと感じたんです。ただ、私は就活の時にリクルートのサービスをあまり使いませんでした。日本の就活は、OB・OG訪問とかコーヒーミーティングとかいっておきながら実際は面接だったりすることがあります。外国人にはそこがよく分かりません。外国人のニーズは日本人と違うのかもしれないと感じました。そこで、これから増えてくる外国人版のリクルートを作りたいなと思い立ち、2016年にLincを起業しました。

——日本で起業した理由は何ですか。

 やはり日本が好きだからです。2009年に日本に戻ってきて、11年間住んでいます。自分が一外国人として、お世話になったこの国をいかにサポートできるかと考えました。

 日本社会は競争がフェアなところも好きです。中国では進学も就職も親のコネが影響することがあります。アメリカで就職活動を行った経験がありますが、例えば、金融業界では少なからずアジア人差別があると感じました。今、黒人差別に反対するデモが起きていますが、レイシャルな差別はやはり存在しています。日本も内部から見たら天下りなどフェアじゃないといわれることが多いです。たしかに就職の際に外国人に不利な部分はありますが、外国人だから差別されているわけではありません。日本語力の不足や日本のやり方を知らないことなどから、不利な立場になっているだけです。もちろんどの国も完璧ではありませんが、相対的にみたら日本はフェアな方だと思うのです。

——海外への進出も考えていますか。

 海外にも着目しています。コロナ禍によって、今後は世界全体をまきこむグローバル化は減少していくのではないでしょうか。日中韓や東南アジアをはじめとするローカルなグローバル化が進むと考えています。中国や東南アジアは人口が増加し、ビジネスチャンスも増えています。一方で、日本は経済発展が早かったけれど少子高齢化が進んでいます。足りるところから足りないところへ人・モノ・お金の流動は加速します。その加速をLincとして双方向的にサポートできればと思っています。

留学の波なお 日本社会に多様性を

——コロナ禍の影響で、日本留学の予定がキャンセルになった学生もいます。今後も含めて、留学しにくくなる状況下で、どのようなアプローチを考えていますか。

 留学生の現状と、取り巻くマクロな環境、弊社の今後のサポートについての三つに分けて説明していきます。

 一つ目の留学生の現状について。日本にいる留学生に占める中華圏からの学生の比率は約5割で最も多くなっています。現在、中国が欧米諸国と対立構造にあるということもあり、欧米留学に行けなくなった学生が第2候補としてあげる国が日本なのです。コロナ禍により一時的な影響は受けていますが、留学の波は止まらないと思っています。逆にアフターコロナでは日本がより注目されると推測しています。注目される理由は、近い・安全・文化的親和性が高いこと。加えて、日本の教育の質の高さや、労働人口の減少により比較的簡単にいい仕事につくことができる将来性があげられます。

 二つ目のマクロな環境について。中華圏の国々の経済力は伸び続けています。そうすると、国内での進学だけではなく、外に目を向けるようになります。その中で、日本はかなり高い確率で選ばれると推測しています。なぜなら、中国と台湾を合わせると約117万人が日本語を学んでいるからです。日本語は英語に次いで2番目に多く学習されている言語なのです。

 三つ目は、弊社の今後のサポートについて。最初のサービスである「Linc Study」では、日本に留学する際に必要な留学生版センター試験(日本留学試験)のコンテンツや学習をe-learningで提供してきました。場所を選ばないので、3割のユーザーは中華圏で受講しています。勉強は対面のほうがいいと言われてきましたが、コロナ禍で一気にオンライン教育が加速しました。今後、場所や空間にとらわれずに自分がやりたいように個別化されたコンテンツができれば、利用がさらに増加すると思っています。

——コロナ禍のなかで、国内の日本語学校への支援を始められました。どのように取り組んでいますか。

 いま、DX(デジタルトランスフォーメーション)が話題になっています。DXは、オフラインやハードウェアにあったものをオンラインやクラウドベースに移していくことです。日本語学校にはオンライン化のシステムがなかったので、弊社でシステムを導入し、教室で行っていた授業をオンラインで学生に提供します。また、学生の募集にも取り組んでいます。学生の情報の取得はオンラインやSNSが主流です。従来行っていたオフラインでの学生の募集をオンライン化するサポートをしています。SNSのマーケティングに取り組んだ結果、現在では六つの媒体合計で12万人弱のフォロワーがいます。

 LincではDXのもう一つの意味として、「ダイバーシティーのトランスフォーメーション」をあげています。デジタル化が進み、より多くの優秀な学生が日本に来ると、日本社会にダイバーシティーがもたらされます。Lincが企業や学校を助けることによって、多様性の「社会実装」を推進していきたいと考えています。

——今後の目標は何ですか。

 国籍を問わず多様な個人が主役になることができる多文化共生社会を生み出すことです。Lincにとっての大きなキーワードは「コミュニティー」と「信用の提供」だと考えています。「コミュニティー」は、マイノリティー同士が助け合うことで最善の選択をとれるようにすることです。

 「信用の提供」は、各個人の信用をスコアリングし可視化することで、できることを増やしていきます。中国でどれだけ裕福だとしても、日本に来ると信用スコアがゼロになります。私も新卒でクレジットカードをつくる際に、結構な給料をもらっていたのに、信用がないので限度額が10万円になってしまった経験があります。将来、日本で家を買いたいと思っても、信用がないからローンが下りないという問題も出てくるかもしれません。多様な個人が活躍していく上で、信用を提供していくことが大事だと思いました。

 そこで、ちゃんと勉強してきた、毎月家賃を支払ってきた、就職先でちゃんと勤務しているなど、個人の行動で可視化されていなかった部分をスコアリングしていくことで信用を積み重ねていけるようにしたいと考えています。

 個人的には、ライフワークとして外国人のエンパワーメントに取り組みたいと思っています。例えば起業のサポートです。日本全体で起業したい人が増加傾向にありますが、日本にいる外国人も同じです。外国人が日本社会でインパクトを発揮できるようにサポートしていきます。

——2030年はどのような社会になっていると思いますか。

 私たちが信じる社会の姿、国籍を問わない多文化共生社会になっていると思っています。

国や文化の違い ともに乗り越える

 DIALOG学生記者の藤崎花美です。研究室の同期に中国人の留学生がいます。仲さんのお話を聞いて、彼女が研究室に所属した当初、他の学生たちと少人数のコミュニティーの中で研究生活を送ることにとても不安を感じていたことを思い出しました。仲さんのように、彼女もマイノリティーとして過ごしてきたので、集団行動に抵抗があったのかもしれません。「みんながいるときに何を話していいかわからない」と相談を受けたとき、私は困惑しました。日本で育った私にとっては、当たり前のことだったからです。

 仲さんの目指す国籍を問わない多文化共生社会を実現するために、私ができることは「固定観念を持たないこと」だと思います。その土地によって見えないルールはたくさんあります。彼女は日本に来て不安を感じていましたが、もし私が中国に行ったとしたら彼女と同じような気持ちになると思うのです。自分の中で当たり前のことを聞かれても丁寧に答える、自分が心細いときにしてもらいたいことを想像して、対応することでより良い関係を築いていけると思います。相手の気持ちになって考える、ということは大切で難しい永遠の課題だなと改めて感じました。

 一方で、はじめは戸惑った私も彼女も一緒に過ごすうちに、慣れていきました。これは外国人でなくても新しい友達全般に言えることだと思います。はじめの違和感をともに乗り越え、支え合うことを意識し、行動に移していきたいです。


仲 思遥(なか・しよう)

 1991年生まれ。中国・瀋陽出身。小学校と大学時代を日本で過ごす。慶応義塾大学法学部卒業後、野村証券を経て2016年に株式会社Linc(https://www.linc-info.com/)を起業。趣味は靴磨き。「精神統一というか、心が落ち着きます」

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