DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2020/07/11

宇宙ビジネスを切りひらく 日本の底力
トップランナーに聞く 連続セッション第1回

By 大谷津元(DIALOG学生記者)
中村友哉さん(左)と石田真康さん=写真はいずれも石黒シエル撮影

 朝日新聞DIALOGでは、宇宙ビジネスにかかわるトップランナーをゲストに迎え、テクノロジーの進化が社会をどう変えるのかをテーマにした連続セッション「宇宙ビジネス解剖」を始めました。昨年10月4日に都内で開かれた第1回では、一般社団法人SPACETIDE代表理事兼CEOの石田真康さんと、株式会社アクセルスペース代表取締役CEOの中村友哉さんが、宇宙ビジネスの最前線について語りました。

38兆円市場 各国企業が進出競う

 最初に石田さんが、宇宙ビジネスの全体像について講演。「いま、宇宙は大きな変革期を迎えています。これまで『国家プロジェクト』と認識されがちだった宇宙事業が、民間のビジネス対象になり得る身近な存在に変わりつつあります」

 世界の宇宙ビジネスの市場規模は約38兆円と言われています。“宇宙"と聞くと衛星開発やロケットの打ち上げをイメージしがちですが、衛星の開発や打ち上げにかかわる部分は2兆円ほどしかありません。「大部分を占めるのは衛星放送や衛星通信」なのだそうです。スカパーなどの有料衛星放送や、地図アプリで使用されるGPSなど、宇宙から提供される“サービス"の売り上げが大きいことが特徴です。宇宙ビジネスは、宇宙空間で機能する“モノ"ではなく、地上にいる私たちが何らかの利益・便益を得ることによって成り立っているのです。

 2019年はアポロ計画で人類が初めて月面に着陸してから、ちょうど50周年でした。宇宙ビジネスはもはや一部の国だけのものではなく、全世界で共有されるようになっています。「宇宙ビジネスに登場する国は、アメリカや日本を含め30カ国ほどあると言われています。その中には、ニュージーランドやオーストラリア、UAE、カタール、ルクセンブルクといった、宇宙のイメージが湧かないような国も数多くかかわっています。それぐらい、宇宙へ投資する時代になってきたのです」と石田さんは話します。

 では、日本はどのような位置にいるのでしょうか。我が国初の人工衛星「おおすみ」が打ち上げられたのは1970年2月11日のこと。今年で50周年を迎えました。日本の宇宙産業にも長い蓄積があるのです。今、日本にはあらゆる分野の宇宙ベンチャー企業が40社ほどあります。そして、それらに投資する企業は80社以上に上り、その数はアメリカに次ぐ世界第2位の規模だと言われています。2015年からは日本政府も宇宙ベンチャーへの資金援助に乗り出しました。国内の宇宙ベンチャー全体の資金調達額は、過去5年で合計約500億円に達しているそうです。

日清食品・サッポロも 「日本は勝てる」

 「投資規模だけでなく、顔ぶれにも日本ならではの特徴がある」と石田さんは指摘します。「日本では、一見して宇宙と関係のない人や企業が、宇宙に興味を持っていろいろやっています。その点で、アメリカやヨーロッパ、中国などとはだいぶ環境が異なります」。例えば、宇宙と地球上における食料問題の解決をめざす「Space Food X」というプログラムでは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)などの宇宙を専門とする研究機関のほか、日清食品やサッポロ、三井不動産、ANAなどが名を連ねているそうです。「ひょっとしたら、みなさんが勤めている会社も、どこかで関わっているかもしれないし、関わりたいと思っている人が会社の中にいるかもしれません」

 50年余りにわたる宇宙開発の実績や、投資家によって支えられてきた幅広い分野の宇宙ベンチャーを持つ日本は、世界的に見ても数少ない恵まれた環境にあります。宇宙という極限の環境に耐える技術は、宇宙開発の歴史が長い国でしか培われていません。石田さんは次のように締めくくりました。「宇宙産業は、日本が勝てる分野。現在、日本を代表する産業といえば自動車ですが、それが倒れてしまうと、残るのは食文化や観光業ぐらいです。みなさんも、そうしたことを意識しながら10年、20年先を見て、宇宙のことに触れていただければ幸いです」

ほどよい開発費 ほどよい信頼性

 続いて、中村友哉さんが壇上に立ちました。中村さんが代表取締役CEOを務めるアクセルスペースは、宇宙ベンチャー企業の一つで、超小型衛星の設計から開発、運営、サービス提供までを手がけています。社員数は外国人を含めて約70人。創業11年で計5機の衛星を打ち上げました。日本の宇宙ベンチャーの中では最大規模の会社です。

 中村さんは、「将来的には『宇宙ビジネス』という言い方はなくなると思います。もっと細分化され、宇宙旅行や地球観測、惑星探査といった専門的なテーマで語られるようになるでしょう。そして、『宇宙ビジネス』という言葉がなくなった時こそ、宇宙が我々の暮らしの中に浸透したと言えるのではないかと感じています」と展望を話しました。

 2013年11月、アクセルスペースが最初に打ち上げた衛星「WNISAT-1」は、世界初の民間商用超小型衛星として注目を浴びました。2機目の打ち上げは、2014年11月のこと。「ほどよし1号機」という少し奇妙な名前には、衛星の設計・開発にあたって日本の宇宙開発を苦しめてきた「呪縛」を解く意味が込められているそうです。

 1980年代、日本の人工衛星開発は立て続けに失敗しました。「何百億円も海の藻くずになった」とメディアからたたかれた結果、業界全体が「次は絶対に失敗できない」というプレッシャーを受けたようです。その結果、99.99%の信頼度を99.999%に上げるために何十億円も開発につぎ込む状況が生まれてしまったといいます。「どの人工衛星もひどく高価になってしまった」と中村さんは指摘します。

 巨額の開発費と膨大な時間が必要な宇宙開発は、民間ビジネスとしては手の届かない存在になってしまいました。それを打開するために開発したのが、ほどよし1号機だったのです。「100%の信頼性は絶対に作れません。絶対に不具合が起きない衛星を作ることもできません」と中村さんは言います。ほどよし1号機はたとえソフトウェアなどに不具合が生じたとしても、バージョンアップなどでその都度、復旧できるという設計思想に基づいて開発されました。「ほどよい信頼性」で運用できる衛星にすることで、宇宙ビジネスを再び民間の手に取り戻したのです。

船を自動カウント 農業ビジュアル化…

 昨年1月には、JAXA向けの小型衛星「RAPIS-1」を打ち上げました。超小型衛星は「学生が作ったおもちゃのようなものが多くて、実用的な役割を果たすことができない」というのが宇宙業界全体の従来の認識でした。中村さんが学生時代に作った「CubeSat」も、教育目的にとどまったといいます。それから十数年。衛星の開発と打ち上げを繰り返して培ったあらゆる技術を、中村さんはRAPIS-1に注ぎました。1~100キロ級だった超小型衛星とは異なり、RAPIS-1は200キロの重量があります。こうした実用的な性能を持つ小型衛星を提供できるレベルまで、アクセルスペースは成長を遂げました。

 2018年にはGRUS初号機(GRUS-1A)を打ち上げ、衛星写真を解析して世界中の経済活動データや作物の生育データ、地図の自動生成サービスなどを提供する「AxelGlobe」というプロジェクトを開始しています。「衛星写真の解析には高度なスキルが必要ですし、膨大な量を人間の目でこなすのはナンセンスです。そこで、衛星画像を自動的に解析する技術の確立を急いでいます。そうすれば湾の船を自動でカウントしたり、作物の生育状況を即座にビジュアル化したりできるようになります」と中村さんは話します。今年の夏ごろには、さらに4機を打ち上げる予定です。実現すれば世界中の特定地点を毎日観測できるようになり、すでにルワンダ、インドネシア、台湾などから引き合いが来ているといいます。

社会問題解決へ みんなでアイデア

 2人の講演後、第2部として「宇宙ビジネスと社会問題」をテーマにしたワークショップが行われました。学生から社会人まで幅広い年代の参加者が5班に分かれ、それぞれ「雇用問題・貧困」「ゴミ問題」「教育格差」「地球温暖化」「安全保障」について、宇宙ビジネスを絡めた解決策を話し合いました。

 グループ発表では、「正確な地図がない地域の貧困問題を解決するために、衛星画像で地図を生成し、それをもとに社会インフラを整備する」というアイデアが出ました。また、「都市部と農村部それぞれで、二酸化炭素の排出量を衛星で測定し、データを市民に提供すれば、空気がきれいな田舎への移住者が増える。それによって、地球温暖化や地方創生といった課題を解決できるのではないか」といった意見も出ました。

 講評で、石田さんは「宇宙業界の人は宇宙そのものが好きなので、社会問題の解決策を考える際も『宇宙ありき』で考えてしまいがち。その点、あくまで問題解決の手段の一つとして宇宙を捉えたみなさんの視点は、非常に興味深い」とコメントしました。中村さんは、持続可能なビジネスや活動にしていくためのポイントとして、「誰がお金を払い、どのように運営していくのか」を考えることが重要だと指摘しました。ワークショップで発案された温暖化や地方創生に関する解決策についても、「ダイレクトに都市から田舎へ人を移住させるのではなく、誰がどういうモチベーションでお金を払うのかを考え、都市と田舎で(二酸化炭素排出量の)取引を行わせる仕組みにすると、実現性が増します」とアドバイスしました。

 日々進歩を続ける宇宙ビジネスに対して、私たちはどのように向き合い、いかに利用していくのか。今後も官民を超えた様々な分野で議論され、市民生活の場にも展開されていくことになりそうだと感じた1日でした。


石田真康(いしだ・まさやす)

 一般社団法人SPACETIDE代表理事兼CEO。東京大学工学部卒。大手コンサル「A.T. Kearney」でハイテク業界、自動車業界、宇宙業界を中心に15年超の経営コンサルティングを経験。内閣府宇宙政策委員会基本政策部会宇宙民生利用部会および宇宙産業・科学技術基盤部会委員。

中村友哉(なかむら・ゆうや)

 株式会社アクセルスペース代表取締役CEO。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程修了。在学中に3機の超小型衛星の開発に携わる。卒業後、同専攻での特任研究員を経て2008年にアクセルスペースを設立。2015年から内閣府宇宙政策委員会宇宙産業・科学技術基盤部会委員。

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