批判精神 私たちに求められること批判すること 解放すること〈後編〉:朝日新聞DIALOG
2020/08/08

批判精神 私たちに求められること
批判すること 解放すること〈後編〉

By 魚住あかり、渋谷優花、古川遥(DIALOG学生記者)

 オンライン対話の最後には、マリオンさん、梶谷さんが視聴者からの質問に答えました。最初の質問は批判精神とSNSの関係についてです。

【前編】批判のあふれる この世界で

SNS 悲劇を招かないために

 「SNSが(文句や不平を言うだけの)評論家精神に拍車をかけてしまうのではないか」「SNSでそれぞれが見たいものだけを見て、それを真実と考える傾向が増しているのではないか」

 真の批判精神がSNSで発揮されていないことへの懸念が、視聴者から数多く寄せられました。最近ではインターネット上の誹謗(ひぼう)中傷が引き金になった「木村花さん事件」などの悲劇も起きています。SNSが他人をおとしめる場から、批判精神を発揮する場へと変化するには何が必要なのでしょうか。

木村花さん事件 フジテレビのリアリティー番組「テラスハウス」に出演していた、プロレスラーの木村花さんが5月23日に自殺したとされる事件。同番組での木村さんの言動をめぐって3月頃からネット上での中傷が激しくなっていた。木村さんは死去する直前、自身のSNSに「毎日100件近く率直な意見。傷付いたのは否定できなかったから」「弱い私でごめんなさい」と書き込みをしていた。政府は、ネット上で他人を中傷する悪質な投稿の情報発信者を特定しやすくする制度づくりを進めている。

 マリオンさんは解決策の一つとして、国家によるSNS利用の教育を挙げました。次に、SNSを利用するにあたっての心構えを説明します。

マリオンさん 技術は表現する自由を与えてくれます。しかし自由には責任が伴うことを覚えておかなければいけません。今それを言うべきか、そのように表現すべきか考えなければいけません。コンピューターを通した先にいる相手を考えることが大切です。それは車を運転している人と歩行者の関係と同じです。車の中にいると、外を生身の人間が歩いているということを忘れて攻撃的になってしまうことがあるからです。「生身の人間が、私がこれから書くことを読むんだ」ということを忘れないでください。

権力者への声 許されていいのでは

 梶谷さんはマリオンさんに同意を示しつつも、SNSの肯定的な側面に目を向けました。

梶谷さん 若い人にとって、学校では言えない不満もSNSだったら言いやすいということもありますよね。また、SNSですべての人が批判精神を発揮するのは不自然だし、現実的ではありません。誹謗中傷を含めた多くの書き込みがある中で、より正しい批判精神が生まれてくると考える方が妥当だと思います。現在では日本も含め、多くの政治家がSNS上での発言を無視できなくなっています。SNSでの不平不満は一種のデモのような役割もありますよね。そう考えるとSNSの一見乱暴なもの言いも、権力者への声ということであればある程度許されてもいいのではないかと思います。その中でより理性的できちんとした議論のできる人が出てきて、その人を支持するといった構造も生まれると思います。

マリオンさん 確かに不満を言える空間があるということは、社会にとって健全なことです。SNSで表現の自由を使って、社会の暴力に異議申し立てすることもできます。しかし「SNSでなら誹謗中傷をしてよい」と考えることは問題です。SNSでの中傷が現実の悲劇につながることも忘れてはいけません。

 梶谷さんによると、生徒がトラブルに巻き込まれることを防ぐため、SNS利用を禁じている学校が日本にはあるそうです。もちろん陰で利用しているという実態はありますが、公に認められていない状況では有意義な使い方を学ぶことはできません。フランスの学校ではそのような規則はないということですが、マリオンさんはSNSに関する教育や啓発活動が整備されていないことに不満を示していました。

子どもとSNS 文部科学省の調査によると、2018年度に全国の小中高校などで起きたいじめの件数は、過去最多の54万3933件。その中でSNSなどを使った「ネットいじめ」は1万6334件だった。LINEやツイッターといったSNS上のトラブルに生徒が巻き込まれることを防ぐため、スマートフォンやSNSの扱いを細かく取り決める学校もある。しかし近年ではあまりに厳しい「ブラック校則」に対して、その意義を問い直す動きも生まれている。

間違えてもいい とりあえず言ってみる

 新型コロナウイルスの感染が拡大している社会において、どのように批判精神を発揮すべきか、という質問も数多く寄せられました。マリオンさんは講演の中で、批判をするときは代替案の提示が大切だと言っています。しかし、代替案を提示する難しさを感じている人も多いようです。また「代替案を提示するために情報収集をしたいが、メディアの偏向報道に惑わされてしまう場合もあるのではないか」という質問もありました。

 マリオンさんは、代替案を提示できない状況では自身の分別、判断力を使うことが大事だそうです。自分の問題とそうでないものを分けて判断していたというギリシャ哲学の一派、ストア派を例に、マリオンさんはこう言います。

マリオンさん 現在の社会はコロナ危機によって不確実で混沌としています。市民として唯一できるのは、自分の持ちうる情報を使って身の回りの物事を判断することです。それ以外は政治指導者に頼るしかないかもしれませんが、そういうときのためにもきちんとした人を選挙で選ぶことが大切ですね。

 一方で梶谷さんは、限られた情報しか入手できない中でも「とりあえず言う」ことの大切さを主張します。

梶谷さん 正しいか間違っているかはおいておいて、それぞれの感じたことや違和感を、まず発信することが大切だと思います。それが的外れだろうが何だろうが「こういうことを感じる人がいる」ということを知るのが大事だと思うんですよね。

マリオンさん 批判精神はそういった多様な情報を整理すること、様々な意見を見ることで鍛えられます。正しいことを言うのか、間違ったことを言うのかではなくて多くの意見が表現されていることが重要なのです。社会において気をつけなければならないのは、同調主義です。みんなが同じことを考えるようになってしまう状態には気をつけないといけません。

芸能人の政治的発言 フランスでは?

 SNSが多様な意見の場として機能することを両者とも主張しています。最近では検察庁法改正案などの政治的なトピックに関して芸能人が発言することも増えてきました。一方でその影響力の大きさから、芸能人の政治的発言を危険視する人もいます。芸能人が意見を表明することは、フランスではどのように捉えられているのでしょうか。

検察庁法改正案と芸能人の発言 政府が国会に提出した検察庁法改正案をめぐって、検察の中立性・独立性を損なうという懸念が広がるなか、5月上旬、ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグ付きの投稿が相次いだ。政府は同法改正案の成立を断念し、いったん廃案とした。芸能人を含む多くの著名人も批判の声を上げ、500万人以上のフォロワーを持つ歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんも法案への反対を表明したが、「(ファン同士で)激論が繰り広げられていて悲しく」なった、として後に消去した。

マリオンさん 一般的な傾向はフランスでは特にありません。政治的な発言をするかどうかはそれぞれが自分で選んでいます。アーティストによっては表現することが彼らの義務だと考えている人もいます。他の人よりも目立つ分、その発言力を使うべきだと考える風潮があるためです。

 最近ではフランスの俳優が、コロナ危機の施策について動画で意見を発信したそうです。「アーティストには発言の義務がある」という捉え方のあるフランスと、その文化があまり根付いていない日本との違いが見えました。

批判精神 日本でも育てられる

 視聴者からの質問コーナーが終了し、最後に梶谷さんとマリオンさんがそれぞれ感想を述べました。

梶谷さん フランスには批判精神が育つ土壌があると感じる一方で、けっこう難しい問題を抱えていることもわかりました。そういう意味で言うと、日本だから批判精神が育たないというわけではないのかなと思います。僕の開催する哲学対話というイベントで、ちゃんと決めたルールの上で発言を自由にしていいよというふうにすると、びっくりするくらいみんな整然としゃべるんですよね。これは知的なバックグラウンドや学歴、年齢、出身地、住んでいる場所に関係ないんです。条件さえ整えば、みんなある種の理性を発揮できるんですよね。おそらくSNSで暴言を吐いている人ですら、そういう状況を用意されればきちんと話ができる。教育の中に、そういう場を作ることは決して不可能ではないのかなと。いろいろと希望を持てた時間でした。

マリオンさん 初めて日本人の方に会ったとき、意見を表現することが彼らにとって難しいということに驚きました。当時は、表現しないのは何も考えていないからだと思っていました。しかし今日の対話でそれが間違っていたと気づきました。いきいきとしたSNSがその証(あかし)だと思います。批判精神を発揮する最初の条件は、それが正しいことであれ間違っていることであれ、まずは表現することです。またはお互い尊重できる枠組みを作って、表現を促すことだと思います。今日はまさにそのことができたと思います。

古野さん 批判することのファーストステップは表現すること。日本はその岐路に立たされているのかなと思います。アイドルや芸能人がインターネット上で自分の意見を発表するというのは、5年ほど前にはほとんど考えられませんでした。高校生からもそういう動きが出てきていて、大学の9月入学を要求する署名運動がインターネット上でどんどん立ち上がりました。批判精神というテーマは、まさにこれから考えていくべきものだと思いました。

私は強くない だからこそ 魚住あかり

 最後の質疑応答で、SNSの話題が多かったことが印象的でした。私自身はSNS、特にツイッターをあまり使いこなせていません。マリオンさんが講演で言われていたような「発言に責任を持つ」ことの難しさを感じているからです。自分の投稿が不特定多数の目に触れる構造上、思わぬところで他人を傷つけてしまう可能性がSNSにはあります。誰が何に傷ついたり怒りを感じたりするかわからない中で、発言に対して全責任を負うことができるほど、自分が強く理性的であるとは思いません。誹謗中傷も含めた多くの投稿の中から批判精神が生まれる様子を見たい気持ちもありますが、個人的には梶谷さんの哲学対話のような対面でのコミュニケーション空間に参画していきたいなと思いました。

対話しよう 「車」を降りて 渋谷優花

 SNSという「車」に乗っていると、その外に人間がいることが分からなくなる。マリオンさんの、この例えが印象に残りました。

 お互いに車から降り、対話すれば分かり合える。SNS教育を通じて、あらゆる人が情報を整理する力を身につけ、相手を思いやる「批判精神」が広がってほしいと思いました。

 一人ひとりのわずかな心配りが、組織、国家、世界へと波及し、分断のない世の中をもたらすのではないか。そんな希望の光が見えました。

「正しい意見」に縛られずに 古川遥

 ストやデモの多いフランスは、批判精神が根付いているというイメージがありましたが、対話を聴いていくと、日本とそこまで変わらない様子がうかがえて意外でした。

 マリオンさんによると、批判精神を身につける上での近道は「失敗を恐れないこと」。私はつい自分に批判的になりすぎてしまい、意見することを躊躇(ちゅうちょ)してしまうことがよくあります。しかし、大切なのは相手を尊重して建設的な議論をする姿勢であって、常に「正しい意見」を言うことではないのだ、と気づくことができました。

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