和の伝統 あなたの暮らしに そして心に矢島里佳さん:朝日新聞DIALOG

和の伝統 あなたの暮らしに そして心に
矢島里佳さん

By 塩田アダム(DIALOG学生記者)
写真=石黒シエル

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとする朝日新聞DIALOGは、様々な社会課題に取り組む若者に注目しています。今回は、日本の伝統を通して次世代に「心の豊かさ」を提案する株式会社「和(あ)える」代表取締役社長の矢島里佳さん(32)にインタビューしました。

——「和える」はどんな会社ですか。

 日本の伝統を次世代につなぐ会社です。伝統を残すことが目標だと思われることが多いですが、伝統文化を通じて現代社会に不足している「心の豊かさ」を提案していく会社を目指しています。具体的には、伝統産業の職人技を用いて、赤ちゃんや子どもが使える商品を企画・販売するブランド「0歳からの伝統ブランドaeru」、ホテルや旅館の一室をプロデュースする「aeru room」、日本の文化を通して様々な価値に触れ、考える力を育む「aeru school」など、10のビジネスモデルを展開しています。人や環境に応じてコミュニケーションの方法を変えていくことで、より広く「心の豊かさ」を伝えていけると考えています。

「和える」事業 三つの視点から

——事業を進めるなかで、特に大切にしている軸はありますか。

 全ての事業において、「日本の伝統を次世代につなぐこと」「三方よし以上(売り手、買い手、世間の三方に加えて、自然などにも配慮するビジネスモデル)」「文化と経済が両輪で育まれているか」という三つの視点を大切にしています。よく「何業なの?」と質問されますが、強いて言えば「ジャーナリズム」だと答えます。モノを通して伝えるのが「0歳からの伝統ブランドaeru」、空間を通して伝えるのが「aeru room」、体感を通して伝えるのが「aeru school」といった具合に、全ての事業が「伝える」ということを目的にしているからです。

京都「aeru gojo」で、店長の中川さん(右)と商品のレイアウトについて話し合う=矢島さん提供

——乳幼児期から伝統とともに暮らす「0歳からの伝統ブランドaeru」事業を始めた理由は。

 私もそうでしたが、現代人は日本の伝統文化を選んでいないのではなくて、知らないから選べないという状態にあるのだと思っています。伝統を知ったうえで選択しないことは自由ですが、そもそも知らないというのは寂しいですよね。だから私は、伝統という選択肢を、人が生まれたときから伝えられる入り口を生み出したいと考えました。赤ちゃんに届けるからこそ、言葉ではなく器やおもちゃ、産着などのモノを通して伝えるという手法を選びました。そうしたアプローチをしている会社を探したのですが見つからなかったので、自分で創業することにしました。

——矢島さんが日本の伝統文化と出会ったきっかけは何ですか。

 私は東京で生まれて千葉のベッドタウンで育ったので、「田舎」との接点がなく、映画「となりのトトロ」の世界観にすごく憧れていました。自然と共に生きる、という感覚への憧れです。中学校に進学すると茶華道部があったので、「これは日本らしいな」と思い、入部しました。そこで、日本の伝統工芸品に出会ったのが、今考えれば、「和える」の原点のひとつになっていると感じます。

——和えるは、「文化と経済を両輪で育む」ということを大切にされているようですが、なぜでしょうか。

 例えば、みなさんのおうちには、おそらくご家族の人数以上のコップがありますよね。それは、なぜでしょうか。人間が生きるために、水分補給をすればよいという状況でしたら、一つのコップがあれば十分ですよね。けれども、先人たちは、お茶やお酒など、それぞれの飲み物をよりおいしく飲む、飲料を楽しむ文化を育んだのです。そうした文化を私たちは幼少期から、無意識のうちに学んで、いろいろなコップを買うという経済活動が自然と行われているわけです。つまり、文化を育むことが自然と経済を育むことにつながる。そして、また新たな文化を育むために、経済から文化へ投資される。この循環が生まれることで、持続可能で心豊かな、足るを知る経済につながるのではないでしょうか。だからこそ、私たち和えるは、文化と経済を両輪で育める事業を、大切にしています。

消費疲れ 良いモノを大事に使う

——次代を担う若者からの反応はいかがですか。

 大量生産・大量消費の社会の中で、モノを消費することに疲れている若者は少なくないと思います。私自身も伝統工芸の職人さんたちと出会ってから、良いモノを大事に使う暮らしの豊かさを知りました。それは高価なものを使うという意味ではなく、自分だけのお気に入りを持つことで心が穏やかに、豊かになるという感覚です。一点ものを大切にしている自分をカッコいいと思える若者が増えているのではないでしょうか。講演で訪れた高校や大学で生徒や学生の話を聞くと、作り手の思いや商品の持つストーリーに想像を巡らせる豊かな感性を持った若者が増えていると感じます。

——今回のコロナ禍で、伝統工芸や文化に携わる人々にはどのような影響があったのでしょうか。

 弊社が5月、インターネットで伝統産業に従事される方々を対象に行った調査では、新型コロナの影響で、4月の売り上げが前年同月比で50%以上減少した事業者が半数以上に上りました。需要が回復しない場合、およそ4割の事業者が12月末までに廃業を検討せざるを得ないと回答しており、多くの事業者が存続の危機に直面しています。

 弊社としても何かできることがないかと思い、二つの事業を立ち上げました。「aeru電気」と「aeru gallery」です。aeru電気は、Webでの10分ほどの手続きで、自宅の電気を自然エネルギーに切り替えることができます。これによって伝統産業の職人さんを応援し、美しい自然を次世代の子どもたちにつなぐことができる仕組みをつくりました。

 aeru galleryは、職人さんたちの作品をご購入いただくことができるオンラインストアです。一点ものを普段使いすることで、「自分にも、大切な人にも、少しやさしくなれるような心のゆとりが生まれたら」。そんな思いで立ち上げました。

徳島にある工房で、本藍染の職人さんと、藍の状態を確認する=矢島さん提供

ゴミを作っているのでは…葛藤に向き合う

——矢島さんにとって大切な思い出やストーリーはありますか。

 私は大学時代に3年間、雑誌の連載でいろいろな職人さんを取材しました。そのなかで、ある陶芸の職人さんが「自分はゴミを作っているのではないか。大量廃棄社会の中で、ものづくりを続けていいのだろうかと考えている」と話してくださいました。私は、職人さんがそうした葛藤を抱えずにものづくりを続けるにはどうすればいいか、と考え込みました。その結果、自分が消費者ではなく、必要なものを長く使い続ける「暮らし手」になろうと考えたことで、ものの選び方、買い方が変わりました。

——大量消費をベースにした、資本主義という大きなシステムが変わる可能性はあるのでしょうか。

 やはり、すぐには変わらないでしょう。ただし、伝統文化を通じて私たちが提案している豊かさの感性は、誰しも持っているものだと思います。だからこそ、豊かな感性を解放していく働きかけをしていきたい。大きなシステムがすぐに変わらなくても、若い世代の価値観が変われば、上の世代も少しずつ変わらざるを得なくなると思います。「aeru school」は、日本の伝統文化を通して様々な価値に触れ、自ら気づき、考える力を育むことを目指しています。子どもには「感性を磨く」、大人には「感性を呼び覚ます」機会を提供しています。

——2030年の日本はどうなっていると思いますか。

 より多くの人が「感性豊かで、自分に素直な人間」になっていたらいいなと思います。AIの発達により、労働力不足が少しずつ解消され始めると感じます。そんな中、今、社会では、感性豊かで、創造性にあふれる人材を育むことが求められている。日本の伝統文化から「ゆたかに生きる」ということの意味を再考することができれば、「精神性の先進国」として、2030年までに国際的なプレゼンスを獲得できるはずです。だからこそ、「和える」は、日本の伝統を通じて心の豊かさを追求していくお手伝いをしていきたいと思います。

矢島里佳(やじま・りか)

 株式会社「和える」代表取締役。1988年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。学生時代から全国の伝統文化・産業の現場を取材し、和えるを創業。オンラインショップに加え、東京と京都に直営店も展開。内閣官房「ふるさとづくり実践活動チーム」委員なども務める。著書に「和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家」(早川書房)など。

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