音のない世界でも、つながれる デザインと技術の力本多達也さん:朝日新聞DIALOG

音のない世界でも、つながれる デザインと技術の力
本多達也さん

By 杉山麻子(DIALOG学生記者)
写真=本多さん提供

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

 今回注目したのは、Ontenna(オンテナ)という、音を振動と光によって感じるデバイスを開発した富士通のOntennaプロジェクトリーダー・本多達也さん(30)。耳の聞こえない人が、音のリズムやパターン、強弱を知覚することができ、健聴者も一緒に楽しめる装置だそうです。身内に中途失聴者がいて、手話を習得中の学生記者・杉山が、このデバイスに込められた思いを聞きました。

そんなに賢くない それがいい

——オンテナの特徴を教えてください。聴覚障害者になじみがあるのは、補聴器や人工内耳です。どう違うのでしょうか。

 補聴器や人工内耳は、言葉そのものを伝えるものです。一方で、オンテナはそんなに賢くないというか(笑)、何をしゃべっているのかはわからない。でも、リズムやパターン、強弱がわかります。音の特徴をつかむことができるんです。大きく異なる点は、障害のあるなしにかかわらず、一緒になって楽しめるところです。補聴器や人工内耳は聴覚障害者しか使うことができませんが、オンテナは、誰もが使えるものです。

——併用することは可能ですか。

 もちろん、可能です。ただ、補聴器や人工内耳は、近くに振動するものがあるとハウリングしてしまうこともあるので、そういうときは、離して使ってもらっています。クリップの部分にギザギザがあって、どんなところにでも留められるように工夫しています。

Ontennaの原理はとてもシンプルで、60デシベルから90デシベルの音を256段階の振動と光の強さにリアルタイムで変換することで、リズムなどの音の特徴を捉えることができる。髪の毛や襟元、袖などにつけて使う=富士通提供

手話とデザイン 偶然の出会い

——大学時代にオンテナの開発に着手したそうですが、きっかけは。

 大学1年のときに、文化祭で生まれつき耳が聞こえない方の道案内をして、助けたことがきっかけです。手話ってかっこいいなと思い、勉強を始めるようになりました。手話通訳のボランティアをやったり、大学内にサークルを作ったり、NPOを立ち上げたり、さまざまな活動を行ってきました。

——私も手話を勉強しています。身内に中途失聴者がいるからです。手話を学ぶというところまでは行動しましたが、彼らに役立つ装置を開発しようとまでは、考えが至りませんでした。その原動力はどこから湧いてくるのですか。

 オンテナを開発するきっかけとして、もうひとつの出会いがありました。岡本誠先生という、僕が通っていた公立はこだて未来大学の情報デザインコースの先生です。岡本先生は、視覚障害者と一緒に、物体が近づくとのせていた指が上に上がる、遠ざかると下がるというシンプルな機械を作っていたんです。これがあると、目が見えない人も物の形をとらえることができます。それを見て、衝撃を受けました。僕らが持っていない能力を引き出すようなデザインだと思ったんです。それで、これまでかかわりのある聴覚障害者の人たちと一緒に新しいものを作りたいと思って研究を始めました。

——もともとデザインの勉強をしていたのですか。

 いいえ。僕は情報システムコースだったので、デザインのことは学んでいなかったんです。そのころ、家電量販店でアルバイトをしていて、テレビを販売していました。あるとき、お客さんが欲しがっていたサイズよりも大きいテレビを売ったことがあったのですが、そのお客さんが岡本先生だったんです。先生とは知らずに売りました。その後、大学でたまたますれ違ったときに、先生が「君、テレビを売りつけてきたやつだろ」って声をかけてきて(笑)。「今からSONYの説明会が学内であるから来い」と誘われました。その説明会がデザインをテーマにしたもので、人間がいかに間違いを犯さずに機械を使うことができるかという、使いやすさをデザインするような仕事があると知ったんです。この分野はいいなと思って、岡本先生の研究室に所属することにしました。

ろう学校の先生・生徒と開発

——オンテナの着想はどこから?

 ろうの人と開発したのですが、最初は光だけでフィードバックするものを作っていたんです。音が大きければ大きいほど、光の強さが増すみたいな感じで。それを使ってもらったら、「うっとうしい」と言われたんです。視覚情報だけに頼って生活しているなかで、さらに情報が加わると、ノイズになると。それで、触覚を使うことにしました。

 最初肌につけてもらったら、気持ち悪い、蒸れる、しびれる、との意見が出ました。服につけると分かりづらい。いろいろ試して、髪の毛につけるのがいいとなりました。髪の毛って意外とセンシティブで振動を知覚しやすいんです。毎回彼らの意見にはハッとさせられます。

——オンテナのプロジェクトチームには聴覚障害の方もいて、一緒に開発をしていると聞きました。

 そうですね。ずっと同じ人がいるわけでなく、富士通社内のろう者や、手話サークルの人には定期的に声をかけています。でも今は、主にろう学校の子どもたちや先生が開発のパートナーです。必ず作ったものを見せて、使ってもらって、フィードバックしてもらう。そして、作り直す。それを繰り返しています。彼らが喜んでくれるものを意識して作っています。開発する上で、なくてはならない存在です。

——ろう学校では、どんな声があったのですか。

 充電器は、ろう学校の先生の提案で今の形になりました。「休み時間が短いから、なるべく簡単に充電をできるようにしてほしい」との声があったので、磁石の力に引き寄せられて、置くだけで簡単に充電することができるものにしました。

インタビューはオンラインで実施された=Zoom画面から

年齢や国籍を超え 楽しめる

——オンテナで、ろう者のできることの範囲が広がったと思いました。どんな思いで開発されたのか教えてください。

 これまでできなかったことや、困っていたことをできるようにするということも大事だと思いますが、どちらかと言うと、どうやったら一緒に楽しめるかを大切にしています。マイナスのものをゼロにするんじゃなくて、ゼロをプラスにするというか。これまでにない感覚を彼らからもらっている、そんな感じです。

 もともとの研究の目的は、人間の身体・感覚の拡張なんです。オンテナがあることで、今までになかった感覚を得られるようになります。オンテナはノンバーバル(非言語)プロダクトだから、外国の人も楽しめます。年齢、性別、国籍を超えて、楽しめるところがポイントなんです。

——健聴者の使い道を具体的に教えてください。

 映画、狂言、タップダンスなどのエンターテインメント分野です。タップダンスの音だけに反応するオンテナを用意したイベントでは、ろう者も健聴者も、外国人も楽しんでいました。振動したり、光ったりするから、映画の4DXみたいな感覚です。

世界中の聴覚障害者を笑顔に

——起業せずに、大企業という組織の中で取り組むメリットはなんでしょうか。

 大企業って、動きが遅かったり、好きなことができなかったり、歯車の一部になるんじゃないか、と思われがちですが、大企業だからできることもあります。たとえば、テストマーケティングするときに、「どこかのベンチャーの本多です」と言うより、「富士通の本多です」と言ったほうが、ろう学校やろう団体に受け入れられやすいと感じています。CSR(企業の社会的責任)的な文脈でも、メディアに出ることは企業側の利点になるので、活動を続けやすくなります。

 結局、起業して一人で飛び出ていくことは、リスクも伴うと思うんです。やりたいことを片隅に置いて、資金集めに走るとか、そういうのは、もったいない。だから、社会を変えたいとか、面白いことをしたいっていう人が、大企業のリソースを使ってうまく自分の思いを実現させていけるような、そういったロールモデルになれれば、と思って活動しています。

——2030年の目標は。

 オンテナは学生時代から研究を始め、製品化して、8割くらいのろう学校で使ってもらっているというところまでは来ました。ここに至るまで、紆余(うよ)曲折ありましたが……。大学時代の研究と製品化では全く違う壁があって、ビジネスとして成立しなければならないとか、量産に耐えうる設計でなければならないとか。2016年に富士通に入社し、19年7月に発売したので、製品化までに足掛け4年かかりましたね。めちゃめちゃ大変でした(笑)。今感じているのは、もっとできることがあるなということです。社会課題と言われているものにデザインやテクノロジーを使ったら、もっと多くの人を笑顔にすることができる。

 二つ目標があって、一つ目は、オンテナみたいなプロダクト、つまり人間の身体とか感覚を拡張させて、人々が笑顔になるもの、ちゃんとビジネスになるものを、世の中に多く生み出したい。二つ目は、オンテナを世界中に展開したい。世界では約4億人が聴覚障害をもっていると言われているので。

触れてみた 未来を感じた

 学生記者の杉山麻子です。取材前、大手眼鏡店に展示されているオンテナに実際に触れてきました。「軽い!」。これが第一印象です。18グラムで、イヤホンのよう。「こんにちは」と声を発すると、手の中のオンテナはぶるぶるっと強く振動しました。ところが、髪の毛につけるとバイブレーションをそんなに強く感じず、優しく触れられているようでした。お店の人に話を聞いてみると、聴覚障害のある方が、声に反応して振り返ることができる、と笑顔で購入していったそうです。

 ろう者に声をかけるときは、体に触れたり、正面に入ったりしないと気づいてもらうことは困難です。ですが、オンテナを身につけていれば、音が発生していることに気づくことができる。赤ちゃんの泣き声、救急車のサイレン、インターホンなど、反応したい音を選べるようになれば、ぐっと暮らしやすくなると思いました。

 私は身近に耳が聞こえづらい人がいます。オンテナを使えば、今まで遠ざけていた音楽やダンスなどを一緒に楽しむことができると思いました。健聴者がつけても臨場感が増すという付加価値を提供しているところが魅力的です。多くの人が、オンテナを使ってみることで、今までかかわることのなかった聴覚障害のある方や、外国人とつながれたらいいなとも思いました。


本多達也(ほんだ・たつや)

 1990年、香川県生まれ。公立はこだて未来大学大学院博士(前期)課程修了。経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が主催する「未踏事業」の2014年度スーパークリエータに認定。17年、「Forbes 30 Under 30 Asia2017」に選出。Ontennaは2019年度グッドデザイン金賞。現在は、東京都立大学大学院の博士(後期)課程で、デザインの勉強もしている。

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