日本舞踊と生きる 21歳が挑み、守り、伝えるもの有馬和歌子さん:朝日新聞DIALOG

日本舞踊と生きる 21歳が挑み、守り、伝えるもの
有馬和歌子さん

By 藤崎花美(DIALOG学生記者)
写真=岡本隆史撮影

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、様々な社会課題に取り組む若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

 今回注目したのは、舞踊家として活躍している有馬和歌子さん(21)です。日本舞踊家・坂東寛二郎の長女として生まれた有馬さんは、2歳で初舞台を踏みました。現在は大学で美術史を学びながら、舞台に立つほか、子どもたちに日本舞踊を中心とした日本文化を伝える教育事業にも取り組んでいます。伝統芸能に携わる人口が減少傾向にある中で、自ら望んで舞踊家として生きていく道を選択した有馬さん。有馬さんの日本舞踊にかける熱い思いに迫りました。

幼い頃から 「舞台の魔法」

——幼い頃、日本舞踊にはどのように触れていたのですか。

 父の公演がある国立劇場などに、小さい頃から連れていってもらいました。誰にでもご挨拶する、人懐っこくて物怖じしない子どもだったそうです。日本舞踊を志すのに、一番影響があったのはやはり父の存在です。父が舞台やお稽古で生き生きと踊る姿や雰囲気から、日本舞踊を理解していったのだと思います。また、表から見た時の華やかな演出やお囃子のリズムに憧れるとともに、舞台裏で活躍する職人さんたちの熱気とパワーにも圧倒されました。大人たちが、わずか15分、20分間の踊りのために力を集結させている姿が印象的でした。

 日本舞踊にはいつのまにか触れていましたが、重たい衣裳(いしょう)を着て普通じゃない経験をしているという感覚はありました。それゆえに、初舞台の時は舞台裏で泣き出してしまったことを覚えています。つらいとか、やめたいとか思ったことはないのですが、実はとても緊張しやすい性格なのです。それでも、演奏が始まるとスイッチが切り替わります。私の力ではなくて、「舞台の魔法」とでも言うのでしょうか。

2017年4月に奈良・東大寺で行った野外コンサートの様子=有馬さん提供

野外コンサート転機 古典を今に

——舞踊家として生きていこうと決断したきっかけを教えてください。

 決定的なきっかけは、大学1年生で経験した奈良・東大寺での野外コンサート(2017年4月)でした。5000人のお客様の前で、歌手の小柳ゆきさんや石井竜也さんと一緒に舞台をつくり上げました。普通、日本舞踊は屋内の劇場で公演するので、野外というだけでイレギュラーでした。しかもこのとき初めて、クライアントの要望に対して、日本舞踊による表現を提案し、かつ自分で演じるという経験をしました。自分の考え一つでパフォーマンスの内容がまったく変わってしまいます。自分がしっかり勉強して、クライアントの要望に応えて、かつお客様にも喜んでもらえる作品を提供できる舞踊家になりたいと強く思ったんです。

——その野外コンサートを通して、日本舞踊に対する考え方は変わりましたか。

 私は古典舞踊を演じていきたいと思っていますが、例えば、海外の方にお見せする場合に「5分間の作品に仕上げてほしい」と言われることもあります。そうすると、古典をそのまま演じるわけにはいきません。お客様に喜んでいただくという最終目的から逆算して、作品のどの部分を抽出して演出するのかを考えます。古典の守るべきものは守りつつ、かつお客様にとっても受け入れやすいものにするためには工夫も必要だと考えるようになりました。日本舞踊の魅力をパフォーマンスで表現して、お客様とコミュニケーションが取れたときはうれしいですね。

——有馬さんにとって、日本舞踊の最大の魅力は何ですか。

 贅沢を届けることだと思います。日本舞踊は衣裳、かつら、演奏など多くの贅沢な要素が集まってできています。一人ひとり の職人さんの思いを背負って、舞踊家が舞台に立っているんです。その空間自体が日本舞踊の最大の魅力だと思います。

子供舞踊塾では踊りだけでなく、挨拶(あいさつ)や礼儀なども伝えている=岡本隆史撮影

舞踊塾 子どもたちと大舞台

——現在、取り組んでいることは何ですか。

 イベントマネジメント、各種公演への出演、子どもを対象にした「子供舞踊塾」の三つです。イベントマネジメントでは「日本らしいパフォーマンスを」という要望があったときに、それに最も適した演目や演出を提案しています。「日本舞踊」という言葉は知っているけれど、詳しくは知らないという方が多いので魅力を伝えていきたいと思っています。また公演は、国立劇場などのほか、お寺の奉納舞踊や記念式典でも踊っています。子供舞踊塾では、日本舞踊を通した子どもの教育事業に取り組んでいます。

——子供舞踊塾に力を入れるようになったきっかけを教えてください。

 就活をしないと決めてからは、大学生のうちに日本舞踊を通して人に喜んでもらえるプロジェクトで結果を残したいと思いました。実は、子供舞踊塾は父が十数年前に創設して、ゆったりと少人数で進めていました。私が子どもを好きだったこともあって、もっと多くの人に日本舞踊を楽しんでもらうためにも、運営に取り組もうと考えました。2018年から私が代表を務めています。

 具体的には、1年に1度、国立劇場などの大きな舞台に上がることを最終目標にして、半年間から10カ月間お稽古をし、様々な日本文化も体験するというプランです。伝統芸能のお稽古というと「長期間習わないといけない」とか、「どういうことをしているのか分からない」という親御さんのご意見があったので、「舞台に出る」という目に見えるゴールを設定したんです。その結果、はじめは数人だった生徒さんは今では3歳から小学6年生までの30人近くに増えました。メンバー全員で一つの舞台をつくっています。

——年齢の違う生徒たちを一緒に教える上で、大切にしていることは何ですか。

 チームワークです。振り付けは、みんながそろうことを重視していて、小さい子が踊れなくて困った時には、高学年の子にサポートしてもらいます。みんなで問題を解決することで、チームワークが生まれてきています。またリーダー制度をとっていて、それぞれに得意分野を任せて、仕事を割り振るんです。そうすることで各々が自分の強みを生かせたと実感でき、モチベーションが上がっていきます。日本舞踊の教室ですが、踊りを発表しておしまいではなく、それ以上に相手を思いやる気持ちやその場を察して動く力など、日常生活で役立つ力を身に付けてほしいと思っています。

経営も学ぶ すべて笑顔のため

——大学ではどんなことを学んでいますか。

 東洋美術史を専攻しながら、経営学科の授業も受けています。大学では、自分の将来に直結する知識を得たいと思っています。もともと美術は好きだったので、知識を身に付ければ自分の「好き」をもっと深められるかなと思ったんです。卒業論文では、歌舞伎舞踊の演目の一つである「京鹿子娘道成寺」を研究しています。この演目は、とても長い間愛され続けています。自分が将来踊るときにお客様により良いものをお届けできるのではないかなと思って研究しています。経営学を学んでいるのは、子供舞踊塾の運営につなげることができるからです。授業で教わった大事なことはメモして、その瞬間から動き出すことをモットーにしています。

——学校に仕事と忙しい毎日だと思います。モチベーションは何ですか。

 喜んでいる人のお顔ですね。今から自分のやろうとしていることが、どんな人に喜んでもらえるのかなということを想像しています。例えば、子供舞踊塾をやっているときは親御さんが涙を流しながらお子さんの成長をご覧になっている姿を想像します。そうすると、「よし、やるぞ!」という気持ちになるんです。常にアンテナを張って、自分の興味のあることは何だろう、喜んでほしい人はどんな人だろうということを考えています。日本舞踊の魅力や価値を通して、多くの方に喜んでいただきたいですね。

有馬さんのリフレッシュタイム

 レゲエなどのクラブミュージックや洋楽が好きです。異なるジャンルの音楽を聴くと、日本古来の音楽のリズムの独特さを実感できるので、日本舞踊とは別物と理解した上で楽しんでいます。太鼓の打ち方からリズムの取り方が分かって、「この人は洋楽がお好きなのかな」と気づきます。ひそかな特技ですね。

2歳のときに国立劇場で初舞台を踏んだ=有馬さん提供

技術の結晶 舞台で「魅せる」

——今後の目標を教えてください。

 日本舞踊を「守る」「受け継ぐ」「魅せる」、この三つに取り組んでいきたいと思っています。「守る」は、古典舞踊の型を保つということです。「受け継ぐ」は、私自身が父の技術を受け継ぎ、技術を向上させていくということです。そして、職人さんやお客様をつなげる活動をしたいと思っています。「魅せる」は、技術の結晶をいかに良い形でみせるかという点を研究していこうと考えています。

 職人さんに「和歌子ちゃんのプロジェクトは大変だけど楽しい」と言われたことがあります。今までにない舞台をつくるために、裏でみんなで試行錯誤をしています。大変な分だけ、舞台の幕が開くときはみんな晴れやかな気持ちになります。お客様も職人さんもワクワクする時間をつくり出していきたいですね。

——2030年はどのような世の中になっていてほしいですか。

 バーチャルとリアルの世界がうまく共存している世の中になっていてほしいです。AIやVRが発達することで救われる人もいます。一方で、劇場に足を運ぶことの魅力もあると思います。どちらが良いという問題ではないと思うのです。「みんながこっちだからこっち」ではなく、毎回自分の価値観に問い続けることを大切にする世の中になっていてほしいですね。

伝統と向き合う 同世代の輝き

 DIALOG学生記者の藤崎花美です。私は3歳からクラシックバレエを習っていてバレリーナを夢見た時期もあり、ジャンルは違っても踊り手として活躍されている有馬さんのお話を伺えることを楽しみにしていました。

 有馬さんが日本舞踊についてお話しされているときの笑顔がとても素敵でキラキラしていました。有馬さんの「日本の伝統芸能は優しい膜で包まれていて、それぞれの魅力が似ている。自分の性格が自分ではわからないのと同じで、日本舞踊のまだまだ気づくことができていない魅力があると思うので見つけていきたい」という言葉が印象に残っています。  そばにあるものだと、知った気になってしまうことがあります。ですが、自分が考えていることであっても、見えていない部分もあると有馬さんの言葉を聞いてはっとさせられました。知っていると思っていることでも驕(おご)らず謙虚な気持ちで向き合っていきたいです。

 私の妹が歌舞伎や能の研究をしているので、私にとって日本の伝統芸能は身近な存在です。ですが、継承者が減少傾向にあるということは知っていても受け流していました。私と同世代の女性がその魅力を伝えようと輝いている姿を見て、私も友達に伝統芸能の面白さを伝えるところからできたらいいなと思いました。ぜひ、有馬さんの踊りも実際の舞台で見てみたいです。


有馬和歌子(ありま・わかこ)

 1998年、東京都生まれ。2歳から父・坂東寛二郎に師事し、その年に初舞台。学習院大学で美術史を学びながら、舞踊家としてイベントの出演、プロデュースを行う。子ども向け日本舞踊教室「子供舞踊塾」代表。

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