虫はゲテモノ? 僕には地球の味がする篠原祐太さん:朝日新聞DIALOG

虫はゲテモノ? 僕には地球の味がする
篠原祐太さん

By 森松彩花(DIALOG学生記者)
写真=篠原さん提供

 幼い頃から虫が大好きで、「虫を食べる」をビジネスにした――。昆虫食の専門店「ANTCICADA(アントシカダ)」代表の篠原祐太さん(26)は、社会課題の解決を目指す、若きソーシャルイノベーターの一人です。昆虫食と聞くと、ちょっと尻込みしませんか? 篠原さんは、そんな先入観を覆してくれます。自らを「地球少年」と名乗る篠原さんは、生命の奥深さから地球の未来まで、昆虫食から広がる大きな世界観を語ります。虫を大の苦手とする学生記者・森松がインタビューしました。

【U30】自炊のすすめ ほっとして自由になる

虫を食べるのが好き バレちゃいけない

——幼い頃から昆虫が好きだったそうですね。

 東京都八王子市の高尾山の近く、家の前に森が広がっている環境で生まれ育ちました。自分の部屋で、魚、トカゲ、カエル、ヘビなど、虫に限らず、いろんな生き物を飼って、まるで小さな動物園でした。生き物を観察したり、捕まえた虫をカエルやトカゲに食べさせたり……日々楽しかったです。

 小学校低学年の時、水槽の中でエビやタニシ、メダカを飼っていたんですが、エサをやり忘れたことがあって。それでも彼らがのびのびと生きていることに驚きました。様子を見るうちに彼らの中で循環しているのが分かったんです。メダカのフンをエビが食べて、メダカやエビが呼吸して、葉っぱが光合成していて。それまで生き物は「育ててあげるもの」「エサをあげないと死ぬもの」と思っていたんですが、循環がきれいに回ると生きられるんだと知って、感動しました。地球って循環しているんだなって。自分も影響力は小さいけれど、いち生き物として、その循環の輪の中に入れている。生き物を単体として見るのではなく、生態系の流れ全体を捉えないといけないのだな、と。

 物心ついた時から、野草や木の実のほか、捕まえた虫を食べたりもしていました。でも、友達にも両親にも、誰にも話せませんでした。小学校で、先生から「虫は汚いから持ってこないで」と言われたり、テレビでは虫を食べることが「罰ゲーム」とされていたり。虫を食べることが好き、なんて知られたら、仲間外れにされるかもしれない。バレちゃいけないことだ、って。同時に「なんで虫って嫌われているの?」とも思いました。

 昆虫は、生態系で大事な役割を果たしているのに、害虫やゲテモノとして見られてしまう。そういう切り取られ方が寂しかった。自分の考えが正しいと思いつつも、世の中に合わせないと生きていけない、という葛藤が、ずっとありました。

里山で食材を調達する=篠原さん提供

自分が潰れる 大学時代にカミングアウト

——大学に入ってから昆虫食をカミングアウト。きっかけはありましたか。

 誰にも言えず、本当の自分を隠して自分じゃない人を演じ続けることに、もどかしさを感じていました。中高時代、教室で虫が出た時、「虫、かわいい」と内心では思っていても、「気持ち悪い」と言って殺すこともできていたんです。本当の自分が何か分からなくなって、自分でない人を演じ続ける状態が当たり前になっていく怖さもありました。

 でも、大学に入学して世界の広がりを感じました。野球、サッカー、吹奏楽といったメジャーな部活以外に、本気でかくれんぼをするだとか、さまざまなサークルがあって、世の中にはいろいろなことをやっている人がいる、ということが驚きでした。

 また、同じ時期にFAO(国連食糧農業機関)が「今後、人口が増え、地球の資源が少なくなっていく中で、昆虫食が有効なソリューションになり得る」というレポートを出したことも、カミングアウトを後押ししてくれました。このレポートは世界中で注目され、日本でもたくさんのメディアが「昆虫食が世界を救う」と取り上げてくれたんです。

 今まで隠し続けてきた昆虫食の可能性を知るとともに、国連という最強の仲間ができた。自分が潰れてしまう不安や、虫が虐げられていることへのいらだち、国連の後押し、全てが重なってカミングアウトしました。

——カミングアウトして、どうでしたか。

 「やっと言えた」という気持ちでした。一方、良い反応は少なかった。「無理して目立とうとしている」「キャラ作りだ」と言われて。予想はしていたけれど、実際に言われると傷つきました。周りの反応の一つひとつを気にして、いっそのこと「目立とうとして嘘をついた」と前言撤回したほうが楽だ、とも思いました。

 でも、ごく一部ですが、好意的な反応もありました。SNSでカミングアウトをしたんですが、「昆虫食に興味があるから、虫を食べる時に連れていってほしい」と連絡をくださった方がいて、一緒 に山へ虫を食べに行ったんです。「今までやったことのない体験ができて世界が広がった。虫ってゲテモノだと思っていたけれど、こんなにおいしいんだ」と喜んでくださって。「自分の好きなことを言っていいんだ。言えば伝わるんだ」と希望を感じ始めたんです。今の自分の道が開けた原点だと思います。

——カミングアウト後、どのような活動をしてきましたか。

 虫の面白さを伝えて、興味を持つ人や喜ぶ人を増やしたいと思って活動してきました。虫に興味を持ってくれた方に最も感動を伝えられる方法は、食べることだと思っています。食べて感動を伝えるには、食べたいと思ってもらえるような見た目で、圧倒的においしいものやオリジナリティーのあるものを作らなければならない。でも、当時は料理がほとんどできなかったので、「この虫がおいしい」「この虫はこんな味がする」という情報をSNSで発信するようになりました。すると、料理人の方々が「虫を使った料理を一緒にやってみましょう」と連絡をくださって、一緒に料理を作ってイベントに提供したり、限定販売したり、フェスに出店したり、と活動が広がっていきました。

 社会人になって、お金が循環する中でこのプロジェクトを続けたいと思い、店舗をつくったり会社をつくったりしました。場当たり的なものではなく、長く継続する活動に本腰を入れたいと思ったんです。

(左)コースのメイン料理 ©Hiroki Yamaguchi(右)コオロギラーメン ©Hoshikawa Hirotsugu

コオロギラーメン 虫嫌いも「殻を破れた」

——今年の6月、東京・馬喰町に昆虫食の専門店「ANTCICADA」を開きました。

 昆虫食をどう感じるかは人それぞれですが、どんな理由があっても、一回は体験してもらうことが大事だと思って店を開きました。昆虫食に限らず、何事も人の言葉で聞くよりも、実際に体験することが大切だと思っています。

 6月4日の「虫の日」にオープンしてから、日曜日にコオロギラーメン、金曜日・土曜日に予約制のコース料理を提供しています。ラーメンの営業日には、ラーメン単品だけではなく、サイドメニューとして、カイコのサナギで作ったオリジナルのシルクソーセージや、旬の虫を使った炊き込みご飯、佃煮、コオロギビールやタガメハイボールなどの虫を使ったお酒もお出ししていて、サイドメニューも併せて楽しんでくださる方が多いです。予約制のコース料理は、オープンから3カ月ほど経ちますが、ありがたいことに満席が続いています。

——お客さんの反応は。

 虫が好きな方だけでなく、「虫嫌いな自分が嫌いで、変わるきっかけにしたい」という方が多くいらっしゃいます。虫好きな方が来て「やっぱり虫って最高ですよね」と言ってくださるのもうれしいですが、それ以上に、虫嫌いな方に「虫へのイメージが変わって、自分の殻を破れた」と言っていただけるのがうれしいですね。

店名「ANTCICADA」由来は
 ANT(アリ)とCICADA(セミ)を合わせた造語。篠原さんによると、イソップ童話の「アリとキリギリス」の原題は「アリとセミ」。この話がギリシャからヨーロッパへと伝わる過程で、寒いヨーロッパではセミがいなかったので、代わりにキリギリスに変わっていったそうです。「アリもキリギリスも、それぞれのリズムで生を全うしている。なのに、なぜ人の良し悪しのたとえ話にならなければいけないのか」——。篠原さんは、こんな疑問を抱き、「虫には虫の良さ、肉にも野菜にもそれぞれ良さがある。それぞれの個性を引き出して、世界を豊かにしたい」という想いを、店名に込めたそうです。

——虫を食べたことのない人は多いと思います。おいしいのですか。

 おいしい虫、まずい虫はいますが、おいしいから良い、まずいから悪いのではなく、おいしさも、まずさも、それぞれの生き物の個性で、面白いなと思っています。「まずい」と言っても、いろいろなまずさがある。強烈な個性を持った印象的なまずさもあれば、ただ無味なまずさもある。おいしい・まずいに関わらず、虫たちそれぞれの個性を味わいたいと思って、小さい頃から食べてきました。

ラーメンの出汁(だし)をとる=篠原さん提供

食べられていないもの 可能性は未知数

——「地球少年」と名乗っていますね。

 「自分が一番興味を持っているものは何か」と考えた時に、虫でも、食でも、アウトドアでもなく、地球だと気づいたんです。大人になるにつれて、自然を純粋に楽しむ時間は減ってしまうけれど、「いつまでも少年のような気持ちで大好きな地球と向き合っていきたい」という思いを込めて地球少年と名乗っています。

 「ANTCICADA」は会社を立ち上げて経営していますが、その会社名も「Join Earth」にしました。ただ、「昆虫食の人だ」とは見られたくなくて。地球上に存在するものには、それぞれ役割があり、昆虫も地球を構成する一つとして魅力的なものであって、虫として掘り下げるミクロな視点も、地球の中に虫がいるというマクロな視点も、どちらも忘れずに持っていたいですね。

 こんなにいろいろな生き物がいる星に生まれたんだから、もっとたくさんのものを味わっていかないといけない。今、私たちが食べているものは、食べられ方が限定的だと感じています。まだ食材として食べられていないものも、可能性は未知数です。もっと掘り下げていきたいですね。また、今は食材として使われていないものを食べることによって、既存の食材の新たな魅力も見えてくる。「この魚って、こんなにおいしいんだ」という感動があったりとか。

——農家など、虫によってデメリットを被っている方もいます。虫を捕ることは、ビジネスとして発展しますか。

 発展させないといけないと思っています。僕たちの店では、食材である虫の調達が本当に難しいんですが、農家の方々などにとって、虫は害のある存在です。駆除するものを、僕らはお金を払って買うことができて、それがおいしい食材になる。そこに可能性があると感じています。

 また、野菜を育てる時は、過度な農薬を使わず、虫がたくさんいる中で育てることが自然の本当の姿だと思います。農家の方々が適量の殺虫剤を使って野菜を育てると、虫は増えてしまう。けれど、その虫を捕って売れば、僕たちみたいな人が買う。そんな循環を、お金に換えられる仕組みが作れれば、虫にも自然にも農家にも僕たちにもお客さんにも、ウィンウィンな関係性ができると思うんです。

 でも、口で言うのは簡単だけれど、実際にはまだまだ難しい。虫に価値をつけてお金に還元するモデルをどう作っていくか。これから農家の方々と一緒に考えていきたいです。

篠原さんが語る おいしい虫
モンクロシャチホコ(蛾)の幼虫 サクラの木についている毛虫です。サクラの葉だけを食べるので、桜餅の葉っぱの香りがします。身近に捕れる虫の中では、ピカいちのきれいな香りで、味もおいしい。ですが、「毛虫はかぶれる」という誤解があります。9月中旬~下旬がシーズンです。
タガメ 水生昆虫。オスがメスを誘う時のフェロモンが、洋梨、青リンゴ、マスカットなどを思わせる、フルーティーな香りがします。中でも、タイワンタガメという東南アジア原産のタガメは香りが強く、オスが発情していればいるほど「きれいな香り」がします。
カイコのサナギ 癖のある独特な香りがします。ナッツのような優しい甘みを感じつつ、田舎の家の畳のような、エッジの強い香りです。苦手な方は苦手ですが、食材として使うこともできます。僕の店では、大豆の代わりに、カイコのサナギを発酵させた醬油を使っています。カイコのサナギも大豆同様、タンパク質が多いので、タンパク質が分解されて発酵が進み、個性的な味になるんです。

店のスタッフとともに=篠原さん提供

味覚はみんな違う 自分の感覚が全て

——篠原さんにとって、昆虫食はどういう存在ですか。

 人生そのものです。昆虫食に限らず、「食べること」から感動や気づき、驚きを与えてもらっています。その感動は薄れることなく、毎日の一食一食や一口一口が感動に満ちあふれています。生きがいであり、なくてはならない存在ですね。

 「食」は無限の可能性を秘めているにもかかわらず、自分が感じているほど、世間では可能性として見られていない。例えば「虫はゲテモノだから食べない」と決めつけたり、自分の感覚よりも世間の評価やレビューを信頼してしまったり。おいしい店を探そうと思った時、真っ先に見るのはグルメサイトや人のレビュー。本当は、他人が何と言おうが、自分がおいしいと思ったものがおいしいはずなのに、「100人みんなが最高と言ったら、自分は微妙だったとしても最高だ」と無意識に思ってしまう空気があると感じます。

 昆虫食に限らず、食べることはパーソナルな感覚であって、他人と自分の感覚にズレがあると思います。そのズレを認識させてくれるのが「昆虫食」ではないかと思っています。普段から食べられるものを当たり前に食べることができても、何も感じませんが、食べられないと思っていたものを食べたり、味わったことがないものを味わったりする経験や感覚は、私たちに大きなインパクトを与えてくれます。

 「昆虫食にどんなメリットがあるのか」という話で済まされてしまうのは寂しい。確かに昆虫食は、環境負荷の低さや栄養価の高さなどメリットがありますが、メリットの有無では語り切れない良さがあります。おいしいものだけを食べたい人にとっては、虫を食べることに意味はないかもしれません。おいしさ・まずさ、メリット・デメリットで判断するのではなく、「味わったことのないものを味わってみる」という好奇心から始まる体験に、大きな意味があると思います。

 「食は作業ではない、冒険だ」と言い続けているのですが、食の自由さや、食べた経験から生まれる価値観の変化を大事にしながら、動物も植物も虫も、その魅力をいろいろな手段で味わうことのできる世の中になっていってほしいです。

——2030年、どうなっていてほしいですか。

 昆虫食は、栄養価の高さと環境負荷の低さという二つの観点で注目されていて、私たちの食材の資源がどんどんなくなってしまうから虫を食べざるを得ない、という論調が多い。資源不足の結果、消去法として昆虫食を考えるというのは、一面的で継続性に欠けると思います。

 珍しさや消去法という観点で注目されるのではなく、「虫それぞれに魅力があるから食べる」という見方をもっと広げて、昆虫食という選択肢を日本だけでなく世界にも届けていきたい。そのためには、僕たちは虫のプロフェッショナルでありつつ、同時に虫だけが全てではないというスタンスを持っていることが大事だと思います。昆虫食を、昆虫好きが作った、昆虫好きのためのものだけにはしないように心掛けながら、これからも活動していきたいです。

コオロギのスナック 食べて気づいた
森松彩花(DIALOG学生記者)

 「虫は、気持ち悪い」――。私の短絡的な考え方は180度変わりました。虫も魚も人も、「地球」という大きな循環の中にいる。そう考えると、環境問題への意識が深まり、日々の悩みもちっぽけに感じるようになりました。

 取材後、勇気を出して昆虫食の自動販売機に挑戦してみました。都内を中心に増えているらしく、私が訪れた自販機では、かわいいパッケージの昆虫スナックを売っていました。選んだのはコオロギのスナック。最初はためらいましたが、意を決して口に運ぶと、カリカリと香ばしく、完食することができました。

 何ごとも「食わず嫌い」ではもったいない。行動する前から「○○だからできない」と言っていては、可能性を狭めてしまいます。「世の中の当たり前は、本当に当たり前なのか」。自分の五感を使って、確かめなければいけないと思いました。


篠原祐太(しのはら・ゆうた)

1994年、東京生まれ。慶應義塾大学卒業。昆虫食歴22年。幼少期から自然を愛し、あらゆる野生を味わう。「ラーメン凪」やミシュラン一つ星「四谷うえ村」で修行し、食材としての虫の可能性を探究。昆虫料理創作から、ワークショップ、授業、執筆と幅広く手掛ける。2020年6月4日に日本橋・馬喰町にレストランANTCICADAを開店。2種のコオロギで出汁をとった代表作の「コオロギラーメン」や「旬の虫を使ったコース料理」を提供中。商品開発にも注力し、「タガメジン」「コオロギ醤油」「コオロギビール」などは話題を呼んだ。

関連記事

pagetop