自炊のすすめ ほっとして自由になる山口祐加さん:朝日新聞DIALOG

自炊のすすめ ほっとして自由になる
山口祐加さん

By 杉山麻子(DIALOG学生記者)
土田凌撮影

 「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

 今回注目したのは、自炊料理家の山口祐加さん(28)です。自炊する人を増やすために、クリエーターの投稿サイト「note」やTwitter、YouTubeで発信を続けています。料理の初心者を対象にした「自炊レッスン」なども行ってきました。今年3月には『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』というレシピ本も刊行されました。「自炊のすすめ」に込める思いを聞きました。

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幼い頃 疲れた母に振る舞った

——これまでの経歴を教えてください。

  大学卒業後、建築系の出版社に2年、その後、PR会社で1年働きました。食に関係するPR会社だったのですが、料理を直接「おいしい」と受け取ってもらえるリアルな感じが、出版社で働いていた私には新鮮でした。子どもの頃から料理をしていたこともあって、2018年に独立し、食に関係する仕事を始めました。当初は何でも請け負って、出張料理をしたり、お店でアルバイトをしたりしていました。ある人から「ネットが発達すればするほど、人間はリアルを求める。日常の中で料理はすごく身近だから、山口さんがその入り口になれば面白いことが起きるのでは?」とアドバイスをいただき、現在はフリーで自炊する人を増やすために活動する料理家=「自炊料理家」として活動しています。初心者の視点を大切にしたいので、あえてこれまで料理学校には通っていません。

——いつから料理をしているのですか。

 7歳からです。共働きで会社を経営し、疲れ切った母から「料理、やってみる?」と提案されました。手先を動かすのが好きという延長線上で、硬いニンジンを切って、火を通したら軟らかくなる工程が面白かったんです。しかもおいしくて、おなかがいっぱいになって、母も喜んでくれる。楽しくなって学校の図書室から子ども向けの料理本を借りてきて、週に1回、1品ほど作るようになりました。

自炊レッスン 一緒にスーパー

——なぜ自炊料理家になったのですか。

 (大学卒業後に)大学時代の友達に、食事で何を食べているのかを尋ねたら、「ゼリー飲料とか栄養調整食品」って言われて、驚いたんです。栄養補給のための食事は否定しないけれど、それが3食になると、食を通じて季節を感じるとか、人と交流することの豊かさや、命に感謝することが抜け落ちちゃうなと。

 でも、いざ料理するとなると、「自分にはできない、難しい」と言う人が多い。世の中の料理のハードルに対して「自分はその下にいる」と思い込んでいる。そもそもハードルなんてないのですが。そこで、私の料理はすごくシンプルなので、料理初心者や苦手だと思っている方に提案できるのではないかと思ったのです。

土田凌撮影

——どのような活動をされているのですか。

 コロナ禍でいったん休止していますが、「自炊レッスン」を開いてきました。最大10人、最小4人で、年齢や性別はばらばらです。料理経験のない60代の男性や、妊婦さん、一人暮らしを始めた人、学生など。料理教室は普通、材料が用意されていますが、「自炊レッスン」はスーパーに買い物に行くところから始めます。私が料理をしたい人の入り口になって、料理をする人の母数を増やせたらいいと思って活動しています。

——スーパーではどんなことを教えるのですか。

 よく話すのは、「旬」について。スーパーに入ると入り口近くに並んでいるのが旬の食材だと知らない人が多い。なぜ旬を食べるのかというと、例えば、冬の根菜は体を温めるし、春の山菜は苦みで冬場にたまった毒素をデトックスしてくれる。また、出回る量が多いのでお財布にも優しい。心の豊かさにもつながります。

 あとは、調味料について。酢には様々な種類があるのですが、いろいろな穀物を混ぜている穀物酢は、酸味が強すぎて嫌いになる人もいます。米酢などのまろやかなものにすれば、食べられるのでは、と提案するんです。人によって好みが異なるので、自分に合ったものを選んでほしいと思います。

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旬の食材 「一汁一菜」で使い切る

——今年3月に『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』を出版されました。

 「週3回、自炊しませんか」と提案をしている本です。それまで料理本を見て感じてきた違和感を全部詰め込みました。「映え」を意識すると、食材は多いほうが彩り豊かになりますが、一人暮らしの人は使いきれません。もっとミニマルな、ずっと続けられる料理で、家に帰って来ておなかが満たされて、ほどほどの幸せを感じることができたらいいな、という思いを込めたレシピになっています。

 本の売りは、レシピ通りに季節の食材を用意して、週3回、毎食「一汁一菜」の2品、計6品をつくると、その食材が冷蔵庫からなくなるという設計になっているところです。食材を使い切れるように先に献立を組んであるので、冷蔵庫の中でしわしわになった野菜が見つかる心配はありません。見開きで2品掲載されており、右ページから順に作ったら、温かいものは温かく、冷たいものは冷たく食べられるようになっています。

コロナ禍 自炊の豊かさ再発見

——コロナ禍で自炊する人が増えたと思います。

 外食が一切できなくなって、「自炊するなら今かも」と思ってもらえた機会なのかもしれませんね。そういうときに、私の本があって救われた人がいたなら、とてもうれしいなと思います。

——コロナ禍で気づきはありましたか。

 二つあります。一つは、外食は意外と不自由だということです。自粛明けに、久しぶりに和食店に行ったら、味が濃いし、食べる量が選べない。それに食べている量を把握できない、といったことに気がつきました。自炊なら好きな量や味にできるし、苦手な食材は入れなくいい。外食はエンターテイメントとして楽しいですが、日常的な食事は自分で作ったほうが自由だし、総合点としていいな、というのは発見でした。

 二つ目は、料理が頭のリセットになるかもと思ったことです。リモートワークが増えて、パソコンの前にいる時間が増えました。息抜きもYouTubeで動画を見たりしますよね。2Dから逃れられないなかで、料理は、水に触れたり、火の温かさを感じたり、炒めている音を聞いたり、香りを嗅いだりします。3Dでリフレッシュできるのはいいんじゃないかな、と改めて思いました。

——フリーで活動されているのは、勇気のある決断だと思いました。自信はあったのでしょうか。

 全然なかったのですが、親が2人とも自営業でサバイブしてきた人間なので、どうにかなると思ってきました。なんとなくやりたいことを探して、転職して30歳を迎えるよりは、早い段階でフリーランスになって、社会にもまれたほうがいいかなと、25歳で独立しました。今後また会社員になりたいと思うかもしれないけれど、そんなときに、サバイブしてきたキャリアがあるほうが採用されやすいかな。そう思って、いったんフリーとして生きていくことにしました。

山口さん提供

まずは楽しむ シンプルがおいしい

——この先のビジョンは。

 自炊をエンタメにしたいと思っています。日常の中で取り合いになるような、楽しい家事になればいいなと。料理をしたいと思えていない人に、様々な提案をして、料理をしたい人を増やしていきたいです。

 今は、「料理をしたくないから、簡単な料理に」という流れになっていますが、本当は素材をシンプルに料理して食べるのがおいしいんです。自分の心が潤うような、生きている感じがするなとか、おなかが温まって幸せだなとか、そういうことを感じる食事をとってもらいたい。その意味でレシピは「枝葉」でしかなくて、私は料理の「幹」のことを話して、共有していきたいと思っています。

——ライバルはいますか。

 安い外食とコンビニですね。正直な話、コンビニのご飯がおいしすぎるので、これでいいやと思っても当然だと思います。だけど、素材の味そのものを楽しめるのは家しかない。私は味のついていない野菜が好きなんですが、外食は基本的に味つけしているものしかありません。外食に頼れるものは外食に頼って、家でしか食べられないものは自分で作る。そうすると外食文化が途絶えることなく、自分も気持ちの良いところに戻ってこられます。

 みんな仕事で無理することはあると思うんですけれども、自分の生活では素直になっていいかなと思うんです。未来の保証はできないけれど、明日の自分においしいものを作っておくことはできます。家に帰ってきて自分のご飯がおいしい、それはすごい救いだと思います。

母に学んだ料理の力 次の世代へ

——2030年はどんな社会になっていると思いますか。

 私個人についていえば、若い人に料理を教えたい。大学で料理教室をしたいですね。みんな小学校の家庭科の授業で料理をしたと思うけれど、今の生活には生かせていない部分が多いのではないでしょうか。今の中高生の多くは部活や塾で忙しくて料理は親がやってくれている状況が多いのではないでしょうか。大学で一人暮らしをするときに、料理本やフライパンを親から持たせられても、経験がないからうまくできない。親から料理を教えてもらうということが抜け落ちています。

 私は、母が料理をしながら教えてくれたことを、やり直しているだけです。料理本に載っていないし、派手なものでもないけれど、毎日食べたくなるようなおかずの作り方を教えています。それを教育の中でやっていかないと変わらないと思います。料理が好きだなって思う人は残していきたいですし、家にキッチンがない日本になってほしくないですね。料理の力、豊かさを本当に心から信じているので、それは日常にあってほしいと、強く思います。

トマトとサバ缶 5分でごちそう

 DIALOG学生記者の杉山麻子です。今年3月、知り合いから山口さんの名前を聞いたこともあり、本屋に立ち寄ったときに、『週3レシピ』を手に取りました。22年間、実家で母の手料理に頼り、ぬくぬくと育ってきた私ですが、これなら自力で作れるかもしれないと購入しました。何品か作りましたが、お気に入りは「トマトとサバ缶のレンチン煮込み」。5分ほどで完成します。おいしくて、友人にも振る舞いました。

 今まで料理は面倒だし、時間がかかるし、と思い込んでいました。山口さんのレシピ本でこんなに簡単に自炊ができるのだと気づくことができましたし、ホッと一息つける心地よさも知ることができました。コンビニや安い外食にどっぷり浸かっている人の多くが、そのことに気づいていないだけなのかもしれません。

 『週3レシピ』を見るたびに、今回の取材で垣間見ることができた山口さんの姿が思い出されます。料理への思いがあふれて口早に話す様子や、涙が出そうになる姿です。今まで食について深く考えることはありませんでしたが、私を含め、今の若者の食生活を見ると、今後、日本の良き食文化が廃れたり、台所がなくなったりしてもおかしくないと思います。危機感を覚えている山口さんが今後どのように動いていくのか楽しみです。


山口祐加(やまぐち・ゆか)

 1992年生まれ。大学卒業後、出版社とPR会社を経て独立。自炊する人を増やすために活動する料理家&食のライターとして活動。note (https://note.com/yucca88)などで「一汁一菜」を発信している。

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