DIALOG 日本の未来を語ろう :朝日新聞デジタル
2020/10/23

将来の夢、描けてる? キャリア教育、高校の現場で考えた

By 内田早紀(DIALOG学生記者)
(左写真)講師の尾上琢允生さん(右)と山口篤彦さん (右写真)東京都立西高校の生徒のみなさん

 将来、○○になりたい! 職業への憧れ、こんなふうに生きたいという夢。学生生活は、そんな気持ちを育てる時間でもあります。でも、就職を前にしても、自分のキャリアが描けない人もいます。自分はどこで輝けるのか——。世の中には名前を知らない職業もたくさん。社会に出る前から多様な価値観に触れ、学ぶことで、未来へ続く道が開けるのかもしれません。高校でのキャリア教育の現場を取材し、考えました。

 9月、東京都立西高校。雨の土曜日の教室に、生徒37人と保護者9人が集まりました。同校のキャリア教育の一環で、商社の若手社員の話を聞くためです。生徒の約半数は高校1年生。早いうちから自分の進路に関心を持っている姿勢がうかがえます。

 「Mirai School―社員と一緒に考えるキャリアデザイン」と題されたこの授業は、住友商事の協力で実現しました。同社にとって、この試みは西高が初めて。「先生役」の社員2人も、緊張した面持ちです。

 尾上琢允生(おのうえ・たいき)さんは、自動車流通の部署で入社16年目の38歳。山口篤彦さんは、電力インフラの部署で国内の再生可能エネルギーを担当している入社4年目の26歳です。

 2人は自己紹介の後、自分の人生の浮き沈みをグラフで紹介していきます。

 山口さんの人生グラフは、大学受験で大きく落ち込みます。大学入試センター試験、得意の化学。マークシートの解答欄で、問題の番号がずれたまま解答し、大失敗したためです。でも、そこから急回復。大学に入学後、ハンドボールに打ち込み、西日本インカレに出場。その勢いのまま住友商事への入社も決めました。太陽光発電の仕事で、新聞に載った経験を語りました。

 一方の尾上さんも、高校時代に狙った大学に不合格。でも、立ち直って大学を卒業後に同社に入社しました。「入社2カ月前にパスポートを取得した」といいますが、入社後は中南米、中東、アフリカなど世界を飛び回ったそうです。人生グラフも長いピークに達します。タイでの駐在生活になじみすぎて、日本に帰国後、タイ料理店を訪れた際、日本人に「日本語上手ですね」と言われることもあったそうです。言葉の壁も「かっこよくしゃべる必要はない」と割り切ることで乗り越えてきました。

 仕事を通して学んだことについて、尾上さんは、逆境を逆境と思わない「楽観的悲観主義」を挙げました。机に向かって仕事をしていると社会の役に立っている実感はなかなか得られないけれど、「誰かにふっと感謝される、それくらいでいいんじゃないかな」と思うようになったといいます。

 では、高校時代に大切にしてほしいことは何か——。授業は2時間目に入り、先生役の2人も熱が入ります。結論は「学校の勉強は全教科が大切」。山口さんは、取引先との会話で「戦国武将の話題についていけなかった」と反省を口にしました。尾上さんは、ロジカル(論理的)・クリティカル(批判的)な思考だけでなく、アート(創造的)な思考の大切さを訴えました。また、2人ともハンドボール部で活躍した経験から、「今しかない、戻れない時間を楽しんで」とメッセージを伝えました。

 先生役とはいえ、2人も人生という長い旅の途中にいます。山口さんは「やりたいと思ったときに、やれる下地を作っておきたい」と語り、「柔軟に対応できる底力をつける」ことの重要性を強調。尾上さんは「Find your element」という言葉を贈りました。自身の強みを生かして輝ける場所を探し続けることがキャリア人生であり、いまの時点でキャリアに明確な目標を持っていなくても焦る必要はない、と伝えました。

 授業が終わった後も熱気は冷めず、大勢の生徒が教卓の前に質問の列を作りました。先生役の2人は、最後の1人まで真剣に応じます。2年生の木村将成さんは「恵まれた環境で学んだことを、社会に還元していきたい」。藤沢七葉さんも「将来と今がつながっていることを感じられたから、頑張りたい」と話しました。

【美意識イベント】未来を描こう アーティストのように

「卒業後やりたいことが決まっていない」大学1年生の4割

 キャリア教育については、中央教育審議会が2011年、一人ひとりが幸せな人生を歩むため、幼児期からのキャリア教育が重要との答申を文部科学相に提出。教育界、産業界の垣根を越えた取り組みを促しました。一方、東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センターによる全国大学生調査(2018年)によると、大学1年生の時点で「卒業後にやりたいことが決まっていない」は4割でした。

キャリア教育 政府も後押し

 企業によるキャリア教育の取り組みは、政府も後押ししています。

 経済産業省は「キャリア教育アワード」として、産業界による優れた教育支援活動を2010年度から表彰。これまでに、第一線で活躍する社員を講師として派遣したり、職場訪問を受け入れたりといった企業の取り組みが広がっています。

 西高で先生役を担った住友商事も、2019年に創立100周年を迎えたのをきっかけに、100年先の社会を考え、「未来の社会課題を解決する人材づくり」を掲げた社会貢献活動プログラム「100SEED」をスタート。社員が業務時間を割き、現場に足を運んで取り組む活動です。その一環として、キャリア教育「Mirai School」に乗り出しました。西高を皮切りに、グローバルに活躍する社員が全国各地の高校の教室に出向き、自らの体験談を生徒に伝えます。

 教育へのかかわりは、社員にとっても企業にとってもプラスになります。山口さんは「会社と社会がつながっていることを改めて実感した」といいます。同社は、経営の根幹に据える「サステナビリティ経営の高度化」においても「良質な教育」をその重要課題の一つに位置づけています。

悩んでいい それもキャリア
内田早紀(DIALOG学生記者)

 スポーツや音楽の世界では、同世代や自分よりも若い人の活躍が目立ちます。唯一無二の存在として輝くのは一部であり、お金を稼いで独り立ちすることさえ簡単ではないことを、まだ何者でもない私たち大学生は知っています。

 漠然と描いていた「将来」が、就活というかたちで「来年・再来年」に迫ってきたとき、それを唐突だと感じる自分に戸惑っているのは、私だけではないと思います。

 取材を終え、キャリア教育は将来の分岐点を教えることではなく、分岐点で決断できる心を育むことだと感じました。さらに言うなら「決断しない」という選択肢も想像できる心、でしょうか。私は、尾上さんの「誰かにふっと感謝される、それくらいでいいんじゃないかな」との言葉が心に残っています。自分の軌跡がキャリアになるのであれば、将来に悩み、心を育むところから、キャリアは始まっているのかもしれません。

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