

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。
今回注目したのは、一般社団法人「Pnika(プニカ)」代表理事の隅屋輝佳さん(33)です。社会構造が変化し、テクノロジーが急速に発展する一方で、法律などのルールはなかなか変わりません。私たちもどこかで、ルールは議員や官僚が作るものと思い込んでいます。よりよい社会に向けて、私たち自身が積極的にルールメイキング(ルール作り)に参加するにはどうすればいいのか。隅屋さんの思いに迫りました。
野外サウナ 銭湯とは違うのに
——現在のお仕事について詳しく教えてください。
二つあります。一つはPnikaの代表です。誰もがルールメイキングにかかわれることを目指すプラットフォームとして、2019年2月に設立しました。現在取り組んでいる事例の一つが、「アウトドアサウナ」のプロジェクトです。とある起業家が、湖や川の近くにテントを張ってサウナを楽しむサービスを実現させようとしています。これに対して行政は、既存の公衆浴場法を適用しようとします。でもアウトドアサウナは、銭湯とはまったく異なるアクティビティーです。そこで、この分野の専門家や市民を巻き込んで起業家を支援し、行政や議会に働きかけて新しいルールを作っていこうとしています。
もう一つは、ダボス会議で有名な「世界経済フォーラム」が2017年に創設した、「第四次産業革命センター」に関する活動です。グローバルな課題に対して、イノベーションを社会実装するための組織で、2018年に「日本センター」が設立されました。その中の「アジャイルガバナンスプロジェクト」に、フルタイムメンバーとして参画しています。テクノロジーが急速に発展し、国内では、サイバー空間とフィジカル空間を融合させて、経済発展と社会課題解決の両立をはかる「ソサエティー5.0」が構想されています。その実現には、既存の業法をベースとした規制や、官庁が縦割りで管轄する体制を変えていく必要があります。様々な関係者が、想定リスクに対応しながらも、テクノロジーの進化に合わせてアジャイル(機敏)にルールを変えていくことを可能にする仕組みを模索すること。さらに、それらの実践を国境を超えて共有し、連携して取り組んでいくことが不可欠です。

法律改正に2、3年 それでいい?
——テクノロジーの進化に合わせたルールメイキング。難しい課題ですね。
倫理的に「まだ解がない」というところをどうしていくのか、ですね。ルールの作り方もアップデートが必要だと思います。そして、既存のルール作りも、テクノロジーでアップデートできると思います。たとえば現在、とある法律が作られた背景や、根拠となった資料は、行政機関に紙で保存されています。それらをデジタル化し、条文IDと関連資料をひもづければ、法律づくりに関わった人以外も、改正の経緯を追えるようになります。また、スーパーコンピューターやAIを使って、とあるルールが社会にもたらす効果をシミュレーションすることで、根拠に基づいた政策形成の議論ができるようになります。
たとえば、マイナンバー制度についても、個人情報がひもづけられていく感覚が嫌な人もいれば、便利だと感じる人もいます。そこを曖昧にしたまま導入を急げば、後々、反発を招いて失敗するかもしれません。政策形成について、もっとオープンに議論したり、様々な意見を取り入れたりしていくこと、効果を検証できるようにしていくことなどを前提に、それらを可能にするテクノロジーを実装していくことが重要だと思います。
——デジタル庁の創設など、日本政府でもデジタル化の動きがありますね。
政策形成のプロセスは硬直化していて、法律の文言を一つ変えるにも、2、3年かかるのが当たり前です。省庁は紙ベースのコミュニケーションが基本なので、そこを変えないと、テクノロジーが実装されません。今回のコロナ禍で、「デジタル化していれば、給付金が2週間で支払われたかもしれない」といった共通体験ができました。デジタル化を「自分ごと」としてとらえられるようになった今は、「このタイミングで変わらなかったら、いつ変わるの?」という分岐点なのではないかと思います。
オンライン議論 台湾に学ぶ
——Pnikaを立ち上げた経緯を教えていただけますか。
大学院時代に、修士論文のテーマとしてルールメイキングを選びました。イノベーターが社会課題解決に取り組む際、既存のルールに阻まれてしまうのは問題だと思い、ルールメイキングに民衆の知恵を取り入れる「クラウド・ロー」について研究しました。海外ではエストニアや台湾、スペインなどで様々な取り組みがありました。
とくに台湾の「vTaiwan」にひかれました。社会課題を議論するオンラインのプラットフォームで、政府や企業、市民が、問題意識の共有から、解決策となるルール案づくりまでオープンに議論し、議会等に提案していくんです。 それをモデルにPnikaのプロトタイプを作り、政策起業家や官僚、政治家、弁護士など、様々な人に意見をうかがいました。そうするうちに、同じ課題意識を持った仲間との出会いがあったため、「部活動」的にやるのではなく、ルールメイキングの必要性を伝える団体としてPnikaを設立しました。
Pnikaでは、法令がかかわってくる段階や、法令を変えるときに行政と折衝しなくてはならないことなど、具体的な形でルールメイキングを体験できます。将来的には、公共の教育プログラムの一つとして、生徒がプロジェクトに参加し、ルール作りを学べる環境を提供したいと思っています。
——学校では「ルールを守る」という教育を受けてきたので、自分たちで変えていこうという気持ちになりにくいです。
確かに日本には、「ルールを変えよう」とか「ルールは変えられる」という意識を持つ人はそう多くいません。ちなみにデンマークでは、小学校でルールメイキングを学ぶそうです。5人のグループの中でコンセンサス(合意)があっても、メンバーが1人代われば、その人のために対話をしながらもう一度、新しいルールを作る。そういうことを、日本の学校でも実践していければいいですよね。Pnikaでは、応援したいイノベーターのプロジェクトに焦点を当てています。プロジェクトを進める上で「壁」となるルールの問題を一般の方に伝え、一緒にプロジェクトに参加していただいたり、議論の様子を見ていただいたりする体験を提供したいと思っています。
紛争地での活動 父が大反対
——幼い頃は、どのようなお子さんだったのでしょうか。
最初の夢は、ウルトラマンになることでした(笑)。「世界に対して貢献したい」と思っていたのかもしれません。中学3年の時に、ユーゴスラビア紛争や、民族浄化の問題について語ってくださる先生に出会い、外交官か国際公務員になりたいと思いました。ただ、恥ずかしながら当時は英語の成績が悪くて。夢をかなえるには英語が絶対必要だと気づいてから、勉強するようになりました。
——大学卒業後はベンチャー企業に就職されたんですね
イノシシみたいに前しか見えない性格で、当時は紛争地で予防活動に取り組みたい気持ちが強くありました。コートジボワールで武装解除をするNPOのプログラムに応募し、採用直前まで行ったんですが、父に大反対されました。「紛争予防と言いながら、お前は家庭内紛争を起こすのか」と(苦笑)。まずは実力をつけて信頼を得るしかないと思ったので、ビジネスの力を鍛えるべく、ベンチャー企業で新規事業を担当しました。1年半くらいたって、父から今度は「今の会社に骨をうずめていいのか。志は他にあるんじゃないか」と言われて気づいたんです。1週間ほどで仕事をやめる決断をし、青年海外協力隊に応募しました。

ウガンダで井戸 作ったけど
——派遣先はウガンダでした。いかがでしたか。
現地の人のニーズをくむ難しさに気づきました。私のミッションは、衛生状況の改善と、安全な水へのアクセス率を向上させることでした。海外のNPOや国際機関が、援助の一環で井戸を作るのですが、維持管理は現地の人に任されています。壊れても、現地の人は修復する技術もなく、そもそも、修理を自分たちの仕事だと考えてもいません。このため、ため池から水をくむ暮らしに戻ってしまいます。
私が配属されたエリアは地形的に、勾配の急な坂の下にしか、井戸を作れませんでした。そんな不便な場所へは、誰も水をくみに行きませんよね。壊れている井戸を修理し、維持管理する仕組みづくりに取り組みましたが、そもそも、この土地で望まれているのは井戸ではなかった。考えるべきは、彼らが本当に望んでいることは何なのかだ、ということに気づきました。
——日本へ帰国後、大学院に進学されましたね。
ウガンダで、プロジェクトを自分で作って実行することがとても面白かったので、大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科に進みました。ウガンダでは、携帯電話を使って村人から少額のお金を集めて共通口座をつくり、その資金で共助的に水源を改善する仕組みを考えました。当時は、集める金額よりも銀行口座の手数料のほうが高く、実装にはいたりませんでしたが、今ならブロックチェーンのような技術を使って、手数料を最小限に抑え、課題を解決できたかもしれないと思っています。新しい仕組みを作ることによって、多くの人の生活を変える可能性を実感した経験でした。
私たちも進化を テクノロジーとともに
——今後の目標は何ですか。
Pnikaの代表としては、イノベーターが直面しているルールの問題を紹介して、それについて多くの人がカジュアルに議論や解決に加われる環境を整えたり、政治やルールメイキングを「自分ごと」としてとらえられるような機会を作ったりしていきたいです。
アジャイルガバナンスプロジェクトでは、ルールメイキングの前提を変えていかなくてはならないと思っています。新たなルールを作る場合、多くの関係者が議論をして価値判断すべきものと、価値判断があまり必要でないものがあります。たとえば、税法の変更などはテクニカルな話で、価値判断をあまり必要としません。税率が変わったら、自動的にそのルールに関連するサービスにも変化が反映されるという仕組みが、他国では検討されています。自動化できる作業はテクノロジーに任せ、人間は、価値判断が必要な議論により多くの力を注ぐことができるようになると思います。ルールメイキングの参加者も、審議会のように限られたメンバーだけではなく、もっと違う方法があるはずだと思います。社会課題の解決を加速させられるように、ガバナンス側のイノベーションを進めていきたいです。
——2030年の世界はどうなっていてほしいですか。
今までテクノロジーの話をしてきましたが、実はもっと発達すべきは私たち自身だと思うんです。自分がどのように感じているのかを客観的に認知し、自分の感情の取り扱い方を知る力。自分にとっての幸せや、心地よい状況とは何か、自分に問う力。必要な時には外に助けを求める力。助けを求める人の声に耳を澄ませ、皆で協力して支える力。私たちにはまだまだ、これらの能力を伸ばす余地があると思います。
最近、知人から教えてもらった言葉に、エドワード・O.ウィルソンの“We have created a Star Wars civilization, with Stone Age emotions, medieval institutions, and godlike technology”というものがあります。「感情は石器時代、社会制度や仕組みは中世でとまっていて、テクノロジーだけが発達してしまっている」という意味だそうです。私たちもテクノロジーとともに、それを適切に取り扱えるよう進化していかなければなりません。どのようにテクノロジーを使ったら、人を傷つけずに合理的な対話が生まれるのか。テクノロジーの発展による、まだ見ぬワクワクと、自分たちの幸せが両立する未来を作っていきたいですね。
厳しい校則 いま思う「なぜ」
藤崎花美(DIALOG学生記者)

大学院で遺伝子工学などを研究しています。利便性につながってほしいと思って研究をしていても、倫理的な課題に直面したり、経済的に損をするケースが出てきたりし、法的な整備が必要な面が少なくありません。テクノロジーの進化に伴い、その利活用のルールをどう決めていくのかというお話は非常に興味深かったです。
また、私自身は中高6年間、校則の厳しい女子校に通っていました。校則は絶対に守るもので、なぜそうした校則があるのかは考えたことすらなく、ルールは「作るもの」というのは新たな気づきでした。ルールは私たちを守るためのものではありますが、社会の変化に対応できていない面もあります。どのように両立させていけばいいのか、これからも考えたいと思います。
隅屋輝佳(すみや・てるか)
1987年生まれ、東京都出身。上智大学卒業後、ベンチャー企業、青年海外協力隊でのウガンダ勤務を経て、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。イノベーターが行政や企業、学識者、市民とつながり、共同で法制度の設計を行えるようにするプラットフォームPnikaを2019年に設立し、代表理事を務める。