連覇!世界最速スパコン 元アキバ少年の破壊型イノベーション「富岳」開発責任者・松岡聡さん:朝日新聞DIALOG
2020/11/21

連覇!世界最速スパコン 元アキバ少年の破壊型イノベーション
「富岳」開発責任者・松岡聡さん

By 藤崎花美(DIALOG学生記者)
内田光撮影

 「明日へのLesson」は、次代を担う若者と第一線で活躍する大人が対話するシリーズ。今回のゲストは、圧倒的な計算速度で「世界一」を連覇したスーパーコンピューター(スパコン)「富岳」の開発責任者、松岡聡・理化学研究所計算科学研究センター長(57)です。富岳は、人工知能(AI)の学習能力なども含めた4部門で、2位の米国製スパコンの3倍以上の数値をたたき出してダントツのトップ。偉業を成し遂げた、情熱と独創性に迫ります。

 松岡さんとの対話に臨んだのは、イノベーションが実装されやすい社会にするための新しいルール作りに取り組む一般社団法人Pnika代表の隅屋輝佳さん(33)と、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の戦略リレーションシップスペシャリストとしてOISTの情報を発信し、最先端の研究を地域に役立ててもらうための懸け橋を担う下地邦拓さん(30)です。

ファミコンソフト バイトで開発

下地 スパコンに興味をもったきっかけはありますか。

松岡 中学生のころから趣味としてコンピューターをいじっていました。1970年代はマイクロコンピューターの草創期。大学でもやりたいと思い、東京大のコンピューター専攻に進みました。趣味が高じて、アルバイトでファミコンのソフトを作っていました。のちに任天堂の社長になった岩田聡君との合作も何個かあるんですよ。

隅屋 松岡先生が中学生のころは、まだパソコンは一般的なものではなかったような気がします。接点はあったのでしょうか。

松岡 そうですね、電卓はありましたけどね……。私はもともと、一人で秋葉原の電子部品のパーツ屋に行くような「アキバ少年」でした。小学生のころ、父の都合でアメリカに行くことになり、中学生で日本に帰ってきました。行く前と帰国後の大きな変化は、コンピューターの有無だったんです。アメリカから帰ってくると、秋葉原のガード下にある、いつも出入りしていた電子部品のお店に、コンピューターのキットがぶら下がっていました。電卓の親玉みたいなものを目にして「何だ、これは」と思いましたね。

 コンピューターの原理は少し勉強していたし、大型のコンピューターの写真を見たことはありました。ですが、自分が出入りしているお店にコンピューターが飾ってあることが、何とも異様な雰囲気だったんです。どうやって使うのだろうと考え、わからなかったから勉強しようと思いました。

 大学で情報科学を専攻し、コンピューターの様々な理論を学んで、ますます自分のライフワークだと思いました。そのころはまだ大型計算機の時代。でも、マイクロコンピューターが世の中に普及していくなかで、私は1台の大型の計算機ではなく、小さなコンピューターが何個も並列で同時に動くような時代が来ると思っていたんです。

 大学院に進み、どうやればそういうコンピューターを作れるのかという点に興味を持ちました。並列で動かせるようにいろいろなソフトウェアのプログラミングを、もっと簡単にしようと試みました。当時、従来の方法でコンピューターの研究をしていた先生には、なかなか受け入れてもらえませんでしたが、それでも情熱を燃やして結果を出しました。

並列処理を追求 調和が命

隅屋 世界一になった「富岳」もその考えに基づいているのでしょうか。

松岡 計算のスピードを速くするためには、膨大な処理ができる大型のコンピューターをつくる、というのが従来の方法でした。それに対して、最近ではコンピューターを並列に接続して同時に計算を進めることで計算スピードを速くする方法が多くなっていて、富岳もそのやり方を採用しています。この「並列処理」のやり方は自然な考え方なのですが、制御が難しいんです。

 物理現象も人間も環境も、並列に起きている現象です。調和しているように見えますが、制御しないと変なことが起きてしまいます。人間社会はルールで制御しています。コンピューターも一緒です。

 最初のころは、並列処理といっても並べられる数はせいぜい1~4個と少数でした。徐々に数は増えていきましたが、1000個を制御するのは難しかったですね。1990年代から並列処理の研究が本格的に始まり、100万並列を実現することをうたい文句としていました。最終的には1000は実現できましたが、100万まではいきませんでした。

 その後、一般の人に向けたパーソナルコンピューター(パソコン)が大量生産されました。機能の幅が広がり、パワーも強力になりました。この大量生産されたパソコンをコンパクトに並べて制御できれば、スパコンができると思いついたんです。偉い先生からは、「パソコンを買ってきてつなげて、何がおもしろいんだ」と言われました。しかし、1個1個のコンピューターのパワーが強力になってきたからこそ、合体させて一つのコンピューターとして動かすこと、スパコンとして動かすことが大切だと考えました。「破壊型イノベーション」を望んでいたから、やりきることができたのだと思います。

隅屋輝佳(すみや・てるか) 1987年、東京都生まれ。ベンチャー企業で新規事業開発を担い、青年海外協力隊に参加。2年間ウガンダで活動した。慶応大学大学院での研究をベースに「Pnika」を設立して代表理事を務める。

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■スパコン「富岳」
 理化学研究所と富士通が共同開発。本格稼働は2021年度の予定だが、先行して新型コロナウイルス感染症対策に使われている。今年6月、一部を使って参加したスパコンの計算速度ランキングで世界一に。11月17日に発表された最新ランキングでは2位に3~5倍の性能差をつけ、4部門を連覇した。

限界に挑む 自動車レースのように

隅屋 その研究が「富岳」へと結びつくまでには、どんな過程があったのですか。

松岡 古い作り方も捨てたものではなくて、従来型のスパコンを日本のテクノロジーで並べた「地球シミュレータ」が世界1位になったこともあります。ただ、私たちは従来の方法は限界が来ると思っていましたが、聞き入れてもらえませんでした。では私たちが作ろうと、研究を始めました。

 そんな中、情報系の専門家が大学の大型計算機の開発を担当することになり、大きな予算を獲得しました。今まで研究してきた成果を出すチャンスだと思い、東京工業大のスパコン「TSUBAME」を開発しました。一部の人だけが使う研究レベルではなく、多くの人が使う「運用スパコン」を目指しました。

下地 スパコンのチームって何人くらい所属していて、どのように開発や運用をしているのでしょうか。

松岡 研究室レベルやプロジェクトレベルのスパコンは少人数で作ることができますが、運用スパコンになると話は違います。ユーザーは何千人もいるし、予算もとても大きい。公開された運用に耐えるレベルと実験室レベルでは全く違うんです。

 私が東工大に移ってから運用スパコンであるTSUBAMEを作るのに、6年はかかりました。ものすごい数の人が動きます。私ももちろん設計しますが、設計を手伝ってくれるアカデミアのメンバーがいるし、メーカーも協力してくれます。その他にも運用チームやアプリケーションを開発する人がいるので、合わせると何百人もいます。

 大学の学長やメーカーの社長も巻き込んだ大きなプロジェクトだったTSUBAMEは、当時のランキングで世界7位となり、関わっている人たちのシンボルになりました。スパコンの世界は自動車レースと一緒で、トップのエンジニアが限界まで挑んで開発します。だから、勝ち負けが重要になります。

下地邦拓(しもじ・くにひろ) 1990年、沖縄県生まれ。米セントジョーンズ大で国際関係を学ぶ。米シンクタンクや外資系コンサルティング会社を経て、沖縄科学技術大学院大学の最年少管理職として働く。

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成果重視 ITベンチャーと同じ

隅屋 日本の科学研究は今、基礎研究に研究費がつかない、博士課程に進学する人が少ないなどの現実が問題視されています。どうお考えですか。

松岡 私たちはスパコンを、基礎研究から応用研究まで幅広い分野に役立ててほしいという思いで作っています。大学院生のちょっとしたアイデアを実現する、そういうことにも使ってほしい。そのようなイノベーションを続けるためには、重要さが伝わらないといけません。

 基礎研究vs.応用研究みたいな話が議論されることがありますが、それは生産性がないと思っています。研究するには資本が必要です。給料をもらわないといけないし、募金では継続的な研究はできません。研究をしていると、学会に行ったり、器具を買ったりとけっこうお金がかかります。スポンサーがいないとできません。そのお金は多くの場合、公的機関からもらいます。つまり税金なので、もらうためには国民にしっかり説明していかなければならず、成果も出さないといけません。

 科学技術における成果のあげ方は、ITベンチャーと基本的に同じモデルです。昔は限られた人しか研究できず、科学技術がなかなか発展しませんでした。今は広い範囲でフィルタリングして投資先を見つけていくというシステムができているので、うまくいっています。基礎研究が何十年後に役立った、などというのは実は当たり前です。何らかの役に立たなければお金は出ません。お金はリターンがあるから出すんです。

隅屋 ITベンチャーだと短期目線で成果を求めるのに対し、研究はもっと長期スパンで見ないといけない気がします。

松岡 いや、研究でも何十年も経って初めて成果が出るというのは、実はごく少数です。ただ、研究は複雑に絡み合っているので、その中で重要とされている分野はあります。重要だけど、まだ役に立つかはわからない分野というのもたくさんある。量子コンピューターなどもそうです。基礎研究は大事だから一生懸命やっています。そのうち、どれかがブレークスルーするのではないかと期待しながら。

松岡聡さん(右)にインタビューする隅屋輝佳さん(左手前)と下地邦拓さん

飛沫が見える 未来も見える

隅屋 富岳を使った新型コロナウイルスの飛沫(ひまつ)の拡散シミュレーション、すごいなと思いました。政策を実現する前に、スパコンを使ってどれほどの利益と欠点があるのかを分析することが当たり前になってほしいと思います。

松岡 飛沫のシミュレーションについて言えば、出てきた結果は当たり前のように思われるかもしれません。けれども、証明するのはすごく難しいことで、富岳の分析力によって解明できたのです。世の中の方向性を決めていくときに、未来を予測することは重要です。例えば、どのくらい自粛すると、どれほどの経済的影響が出るのかということも研究されています。様々なデータを組み合わせれば、未来予測はできるのです。

 欧米と日本でコロナ禍の自粛の仕方を比較されることが多いですが、日本のほうが明らかに経済的な落ち込みは緩いです。他にも、何か問題が起きたときに社会や経済がどのような影響を受けるのか、複雑な問題でもかなり正確にシミュレーションできるようになっています。いろいろなシナリオを想定して、最終的に何がベストかを調べるべきです。

 政策へのスパコンの活用は、新型コロナ関連ではけっこううまくいっているんです。内閣官房からもどんどん注文が来ていて、対応が追いついていない状態ですが、感染対策ポリシーを緩めるところも含め、かなり貢献できていると感じています。実施している感染症対策が富岳のシミュレーション結果に基づいて行われているという報道がありますが、そのおかげで世間への説得力が増したと思っていて、感謝しています。

下地 開発にお金がかかる以上、国民の理解も必要になります。富岳を使うことで、こういう未来になればいいなというものがあれば教えてください。

松岡 富岳を作る側と使う側の人たちが集まって、富岳をどのように使っていくかという議論を2~3年かけて行いました。スパコンの使い方をこのように議論するのは初めての試みでした。制作側はすべての分野まではわかりません。わけのわからないものに投資をすることはできないので、どのようなイノベーションが起こりそうなのか、モニタリングする必要がありました。

 具体的には、創薬、災害、エネルギーなど、国民の関心が高く、しかもイノベーションが起きやすい分野が注目されます。あと、素材からのものづくり。これは太陽電池から船まで、小さいものから大きいものまであります。その他にも関心度の高いものだけでなく、テクノロジー全体のイノベーションが進むように幅広い分野に網をかけています。

「制御」が重要 悪用されぬよう

下地 私は安全保障について学んできたので、軍事とスパコンとの関連が気になります。テクノロジーはコントロールされていればとてもいいものですが、悪い人の手に渡ると逆のことが起きてしまいます。

松岡 科学技術自体は軍事とは関係ないですが、どう応用するかですね。スパコン自体は人をやっつけるわけではないけれど、昔から軍事の開発にも使われています。核弾頭を「制御」するために使われるのであればいいけど、「飛ばす」ために使われるのはよくありません。食い止める社会的な仕組みが必要だと思います。

 人によってテクノロジーのモラルの基準は違うので、様々な基準で縛るしかありません。最先端のテクノロジーが悪用されないような仕組みやコンプライアンスを作り、守らないといけません。人間は様々なことを開発できるイノベーティブな性質を持っている一方、悪いことも考えてしまいますから。

隅屋 手のひらサイズのスパコンを持つ時代が来るんじゃないかという記事を見たことがあります。ワクワクするのと同時に、みんなが使いこなすリテラシーとスキルがあるのかと不安に思います。

松岡 扱うにはかなり高度な技術が必要ですね。重要なのは、10年前のかなり性能のいいスパコンが、今ではゲームで使える、私たちがいるのはそういう時代だということです。今のゲーム機の性能も、小さなスパコンみたいなものです。でも、みんなが使うようになったからテクノロジーが簡単になったかと言われたら、そうではありません。制作者側が何とか使えるようにしている状況です。みんなが使うようになると知識が共有されますが、理解するにはかなりの専門知識を身につけなくてはなりません。

 次の世代の人たちにスパコンに興味を持ってもらうためには、あの人みたいになりたいと思わせるヒーローが必要です。私にとってのヒーローは、スパコンの基礎を作ったシーモア・クレイです。彼の伝記や研究メモを眺めることで、私の心は洗われます。「スパコンの父」と呼ばれ、その名を冠した「シーモア・クレイ賞」は、研究者にとってとても栄誉あるものとして認知されています。

 このように、スパコンに携わる情報科学にもヒーローはいますが、残念ながら世間ではあまり認知されていません。物理学におけるアインシュタインのような存在がいないのです。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツは有名ですが、彼らはビジネスマンであって研究者ではありません。現代のスパコンに至るまでに様々な功績を残した情報科学のヒーローたちを、もっと多くの人に知ってもらいたい。富岳がそのきっかけになってくれればと思っています。

 

技術革新の裏 偉大な研究者
藤崎花美(DIALOG学生記者)

 私は実はスパコンユーザーです。現在、多くの研究分野でスパコンが使われています。スパコンがないとスムーズに研究が進みません。それくらいどの研究にとっても欠かせない存在です。富岳を制作した松岡先生がどのように考え、どのような思いで研究し、完成に至ったのか、聞けることを楽しみにしていました。

 「情報科学のヒーローは知られていない」という言葉が印象に残りました。私が専攻する生物進化学には、有名なダーウィンがいます。物理学でも、お話の中でも挙がったアインシュタインがいます。スパコンもとてもすごい研究であるのに、キーパーソンの名前が知られていないのはなんでだろうと、大きな疑問が残りました。

 研究者の名前を多くの人に知ってもらう機会は、ノーベル賞の受賞者や歴史の教科書に出てくるような人たちを除けば、あまり多くありません。素晴らしい研究の多くが埋もれていて、技術革新の裏には偉大な研究者がいることを、私も伝えていきたいと思いました。

 分析結果によって政策が決定されるなど、スパコンによる新しい社会が生まれつつあります。私たちがうまく使いこなせるのか不安に思う面もありますが、今回の富岳の話を聞いて、これから迎える未来にあらためてワクワクしました。


松岡聡(まつおか・さとし)

 1963年、東京都生まれ。東京大理学部卒。東京工業大でスーパーコンピューター「TSUBAME」シリーズの開発に携わる。2018年から理化学研究所計算科学研究センター長としてスパコン「富岳」の開発や研究を率いる。東工大特任教授を兼任。

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