書道の新たな地平 カリグラフィティーは言葉を超える万美さん:朝日新聞DIALOG

書道の新たな地平 カリグラフィティーは言葉を超える
万美さん

By 岸峰祐(DIALOG学生記者)

 古代中国で発祥し、漢字文化圏を中心に広く親しまれている書道と、1970年代にアメリカ合衆国の都市部で生まれたヒップホップ。一見すると相いれない2つのカルチャーを結んで、新たな表現を創出した日本人アーティストがいます。国内外でマルチに活躍するカリグラファー(書道家)の万美さん(30)です。伝統的な書法にヒップホップカルチャーの一つ、グラフィティを重ねる「Calligraf2ity」という独自の表現を探究しています。

 朝日新聞DIALOGでは「2030年の未来を考える」をコンセプトに、社会課題の解決を目指す若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

墨で絵の具で ライブ11カ国

——どのような作品を制作していますか。

 掛け軸や和紙に墨で書く伝統的な作品と、キャンバスに塗料やアクリル絵の具を使って書道の筆で書く現代的な作品があります。私が「Calligraf2ity」と呼んでいる作品です。だいたい年に1度、個展を開いて発表しています。黒い背景に、あえて見えにくく黒い文字を書いた書や、逆に様々な色を使ったカラフルな書、大きな紙や板を使った作品なども展示してきました。日本的な書道作品と同時に、異なる文化を取り入れたものも発信し、バランスを取りながら制作しています。観客を前に大型作品を書くライブパフォーマンスも行っています。

——海外でも活動されていますね。

 ここ1年はコロナ禍の影響で国内のみで活動していますが、これまで11カ国で33回のパフォーマンスを行いました。印象に残っているのは台湾や香港、北京など。漢字文化圏で、書道の本質を見て評価してくれたのがうれしかったです。一方でヨーロッパやアメリカでは、日本人が和服を着て漢字を書いていることが評価されやすいですね。ただ、ロシアのノボシビルスクでパフォーマンスをしたときは、日本文化に親しみのある方が多くて、漢字文化圏外だけれども本質を見てくださって驚かされました。海外では、拍手や歓声がどっと起こると「言葉の壁を超える感動を与えられた」という喜びを感じますね。

——「Calligraf2ity」は書道(calligraphy)とヒップホップのグラフィティ(graffiti)を合わせた造語ですね。

 書道と同じくらい、ヒップホップの音楽もカルチャーも大好きなんです。書道はやっていて楽しいし、周りに褒めてもらえた。ヒップホップはずっと聴いていて、そこでできた友だちも多くて恩を感じています。だから、「書道とヒップホップ、好きなものを合わせたらどうなるのだろう」と思って。それが自然とオリジナルな表現になっていきました。

写真=いずれも万美さん提供

ここに肉付けるか!…胸キュン

——具体的なきっかけは。

 書道との出合いは小学3年生の国語の授業。すごく楽しくて、書道塾に通い始めました。ヒップホップとの出合いは小学5年生の時で、歌謡曲とかJ-popとは全然違うリズム感に強くひかれて聴き始めました。「書道」と「ヒップホップ」は全く別のものとして楽しんでいたのですが、ある日、ヒップホップのCDの歌詞カードにグラフィティがあるのに気づいて。「ヒップホップバージョンの書道だ」と共通点を見つけた瞬間でした。私は「視覚的言語芸術」と呼んでいるのですが、書道とグラフィティーは、どちらも文字を芸術としているという点で同じだな、と。

 骨格があって、肉付けがあって。その肉付けで個性を評価する。ちょっとマニアックな話になっちゃうんですけど、「ここに肉付けるか!」みたいな、胸キュンポイントが結構あります。

 ヒップホップに関しては、強い歌詞や生々しいリリックにも救われてきました。ヒップホップカルチャーは黒人たちのつらい思いが反骨精神になって成り立っていて、困難な状況に打ち勝つ生命力が込もっている。つらい時にはヒップホップを聴いて、「自分はまだまだできる」と勇気をもらってきました。

——曲から生命力をもらって、書いている。

 生命力とか生き抜く力って、気持ちをどう乗せるかだと思うんですよね。例えば筆で線を引いても、ふわーって書く線と、ガシッと書く線とは全く違う。気持ちを入れたのが見え隠れして、見る人が感動してくれる。だから気持ちをどう乗せるかをいつも意識していますし、聴く曲もその時の心地よさで選んでいて。その点でCalligraf2ityは、普通の書道と「生き生きさ」が違いますね。ヒップホップ以外にも、ジャズ、ロック、アンビエント系など、いろんなジャンルの音楽を聴くのですが、聴きたい音楽を聴いて書いているときは、線が生き生きして紙にぎゅっと食い込んでいると思います。その日に着たい服を着て出かけると生き生き度が違う、そういう感覚に近いと思います。

■Calligraf2ity なぜ「2」?
・書道とグラフィティー、「二つ」の精神をつなぐ
・「ひぃ、ふぅ、みぃ」の「2」で日本を伝える
・書道の「次」世代の文化、という思いを込めて

中高は陸上部 重い筆も平気

——書道の勉強をするために、郷里の山口県から東京の大学へ。

 大東文化大学の書道学科に進学しました。憧れの場所でした。親には地元で書道の勉強をしてほしいと言われていて、説得して東京に出てきた面もあります。中学・高校では陸上部で運動もすごく好きだったけど、芸術なら生涯現役のまま、第一線で表現し続けることが可能なんじゃないかと思って、書道を選びました。ただ、スポーツをしていたおかげで、大きな筆を使うパフォーマンスでも体力が続くし、重たい仕事道具を運ぶこともできている。今までの経験が全てプラスになっている感覚はあります。

——将来に対して不安や迷いはなかったのですか。

 大学時代から根拠のない自信みたいなものがあって、アルバイトしながら書道活動をやっていくと決めていたんです。最初はいつ書道一本の生活になれるかという不安はありましたし、親や家族には心配されましたけど、「どうにかなる」というか「どうにかする」という感じで。実際、在学中から少しずつ仕事をいただいていました。

——仕事は順調に増えていったのでしょうか。

 在学中は仕事が少なくて、バイト先でいつも「私、書道家を目指しているんです」と名刺を配っていました。最初はバイト先の知り合いからのオファーが多かったです。あとはヒップホップのCDジャケットの仕事をした後に、クラブで「あのCDジャケットを書いた人でしょ」とラッパーに話しかけられて、「じゃ、僕のも書いてよ」みたいな。そういうふうに人のつながり、ご縁で仕事が広がっていきました。いまだにそうです。

 2013年に大学を卒業してからは徐々に活動が増えて、ここ数年はウェブサイトを通して地方や海外など全くつながりのない方々からお仕事をいただくことも多いです。最近はオフィス内の壁画の仕事が増えましたね。コロナ禍であまり出勤しなくなったからこそ、オフィスにパッとするようなアートがほしいということで、たくさんの仕事をいただいています。

「自分を超える」日々もがく

——作品と仕事で違いはありますか。

 作品としての書は、自分の中で作り上げるもの。でも、現在の100%を出したとしても、3カ月後、1年後に見たときに100%でないことが多い。今できる150%、200%くらいを出しておかないと未来の自分が満足しない。なので、作品を書くときはいかに自分を超えるかを常に考えています。

 一方、仕事には発注者がいます。だから発注者の気持ちをくみ取って、さらに自分のやりたいことも引き出して、そこを合体させて満足の行く作品を作ることが重要です。例えばオフィスの壁画であれば、今後どんなオフィスにしたいか、社員の方々にどう使ってもらいたいか、どう変化したいかとヒアリングを重ねて、返ってきた言葉を自分の中でかみ砕きます。仕事とはいえ自分の作品でもあるので、自分に課していることも果たさなければいけない。そこが仕事の難しさでもあり、醍醐味ですね。

——仕事を始めてから楽しかったこと、逆に大変だったことは。

 基本的には楽しいことしかやっていないので、常に楽しいです。在学中は営業という困難があったけれども、そこで仕事をもらえた楽しさもあって。書道一本で生活できるようになって6年が経ちましたが、常に、その時に見合う困難とその時に見合う楽しさがつきまとってきました。今も仕事はある程度安定していますが、いかに自分を超えるか、未来の自分が見て落胆しないものをどう作ればいいか、と毎日もがいています。

書とヒップホップ 融合を夢見て

——どのように「もがいている」のですか。

 最近は仕事に追われてあまり時間がとれていませんが、書道の基礎的なトレーニング方法として、古典的な書を模写する「臨書」があって。基礎がないと応用はできないので、どうにか時間をとって基礎を徹底的にやり直したいと思っています。

——現在の課題は何ですか。

 私は「ヒップホップと書道を融合したアーティスト」と捉えられることが多いのですが、それに違和感があって。実際は「まだ融合できていない」と思っているんですよね。「Calligraf2ity」と言い始めたのは2012年なのですが、今思うと浅い考えで困難な言葉を作ってしまった。書くときはだいたいヒップホップを聴いているし、ヒップホップ寄りの性格をしているけど、書道でグラフィティを表現できているわけでもない。ヒップホップは憧れで、その中でも自分にとって象徴的なものがグラフィティ。「ヒップホップ文化に憧れている書道家」というほうがしっくりくると思います。今後、融合できなくても、憧れとして、ずっとそこにいてくれればいいなと思っています。

国境を超える「書の星座」

——「Calligraf2ity」に今後の目標やビジョンはありますか。

 いま一番興味があるのは「共通言語」。漢字文化圏では漢字を認識して評価してもらえるのがうれしい。だったら他の文字文化圏、さらには文字の読み書きができない人にもどうしたら楽しんでもらえるか。そう考えた時に、「!」や「?」、矢印とかって、誰にでも分かる記号だなと。そういった共通言語を書くことで、真に国境のない書道ができるのではと思っています。全世界の人たちが認識できるもの、普遍的なものを書道で書きたいという気持ちが強いです。

——朝日新聞DIALOGは10年後の世界を考えるコミュニティーですが、万美さんは10年後、どうなっていたいですか。

 アーティストとしては「星座」をつくりたいです。星座って、晴れた夜だったら国境に関係なく見えるもの。どこの国の人でも、生活の中でふと夜空を見上げて「あっ、オリオン座だ」って思えるんですよね。そういうふうに星をつないで、「書の星座」みたいなものをつくりたいなと。例えば、星の名前の意味をつなげて新しい熟語を作ってみたり、新しい漢字に見えるように星をつなげてみたり。

 グラフィティも、例えばトンネルの中で偶然に見つけて「わあ、すごい」と思ったりする。そういったものの一つとして星座もあると思っていて。日常の中でふと「今日はあの星座が見えているな」と気づくだけで、癒やしになると思うんです。まだ星の意味も勉強していないので未知数ですが、10年後くらいに、夜空を見上げて観賞できるような書道作品ができていたらいいなと思います。

国や文化の壁 越えた先に
岸峰祐(DIALOG学生記者)

 音楽に合わせて書道筆で作品を生み出すそのスタイル。邦楽や洋楽など曲は幅広く、墨からアクリル絵の具まで画材も様々。書く文字もその時の気分次第。書道を習っていた身としては「そんな書き方があるのか!」と驚いた半面、アートって自由なんだ、と気づかされました。一方で、日常的にグラフィティや書道と向き合う万美さんの姿勢から、それぞれの文化の原点に対する理解を深めつつ、自分のアートを高めていくプロフェッショナルとしての心構えにも圧倒されました。

 私も歌やダンスなどのパフォーマンス活動をしています。舞台や表現活動をしていく上で、オリジナリティーを持ちつつも基礎を大切にしていく姿勢の重要性を再確認しました。

 Calligraf2ityというオリジナリティーを携え、世界で活動を続ける万美さん。目標は、国境を超えて感動を与える芸術をつくっていくことだと語ります。

 既存の枠組みにとらわれず、つくり続けられる作品の一つひとつ。世界の文化が、互いを隔てる壁を越え、組み合わさっていけば、どんなアートが生まれていくのか——。芸術が持つ可能性にも期待が膨らみます。


万美(まみ)

 1990年生まれ。9歳で筆を持ち、高校時代から書家を志す。ヒップホップカルチャーの一つ、グラフィティを書道と同じ視覚的言語芸術と捉えた「Calligraf2ity」を確立。個展やパフォーマンス、作品展示は日本をはじめ、アジア・ヨーロッパ・アメリカ・アフリカ・オーストラリアなどでもCalligraf2ityを表現している。現在は東京に拠点を置き、国内外を巡る。

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