対立のない世界へ——日本茶がつなぐ 私たちを潤す岩本涼さん:朝日新聞DIALOG

対立のない世界へ——日本茶がつなぐ 私たちを潤す
岩本涼さん

By 森松彩花(DIALOG学生記者)
写真はいずれも岩本さん提供

 茶を通じて、対立のない優しい社会をつくりたい——。9歳から茶道を始めた岩本涼さん(23)は2018年、早稲田大学在学中にお茶の生産や販売、事業プロデュースなどを手がける株式会社TeaRoomを起業しました。「茶の湯の思想」の神髄を守りながら、ビジネスとして多分野とコラボし、世界に広めようと挑戦を続ける岩本さんの思いを聞きました。

「2030年の未来を考える」をコンセプトとしたプロジェクト、朝日新聞DIALOGでは、社会課題の解決をめざす若きソーシャルイノベーターの活動を継続的に紹介しています。

【明日へのLesson】特攻隊 戦友に点てた茶——千玄室さん

お茶を「吸う」 日本酒も開発

——TeaRoomでは、どんな活動をしているのですか。

 TeaRoomは、「お茶」という商材と「茶の湯の思想」を結びつける形で社会に浸透させていこうというコンセプトで活動しています。まず、「茶の湯」とは様々なものと「向き合う」精神性をもった文化です。例えば、茶をたてるなどの作法をする「お点前(てまえ)」では、”自分自身”と向き合って内省もするし、亭主として客をもてなす「茶会」では”客”と向き合って、もてなしをします。私はこの体験に価値があると考えたため、「向き合う」という行為を社会の様々なところでできるように、それを「お茶×○○」という多様な領域をつくることで実現しようと考えています。

 現在、私たちがお茶を消費する機会は「ペットボトルで飲む程度」と言われていますが、様式化された喫茶である「茶の湯」は、もともとライフスタイル、人生そのものだったはずです。そのためお茶も茶の湯の思想も、現代のライフスタイルにもっと溶け込めるのではないかと思うのです。

 例えば、「お茶×呼吸」という領域に着目し、水たばこでお茶を気化させて吸う「吸うお茶」(OCHILL株式会社との協業)の開発に携わっています。水たばこはセミパブリックな茶会のようなコミュニティーをつくることができるなど、たくさんの可能性を秘めていると考えています。他にも、お茶を副原料とした酒の開発(日本酒のスタートアップ、株式会社WAKAZEとの協業)や、オフィス用茶室の企画提案、3Dプリンターを用いた茶室の開発(Boolean株式会社との協業)など様々な事業に挑戦しています。

TeaRoomの主な事業
【お茶の事業プロデュース・原料供給】
・日本茶の生葉を使ったクラフトジン「First Essence Tea Leaf Gin」や、国産のアールグレイジン「First Essence Earl Grey Gin」を岐阜県のスピリッツ蒸留所と共同開発
・女性向けヘルスケアブランド「ILLUMINATE」の「ILLUMINATE tea」を開発と供給
・日本茶専門店「一千花」のオリジナル茶葉の開発や原料供給

お茶・空手……「道」に熱中

——茶道を始めたきっかけは何でしたか。

 9歳の頃、テレビで見た茶人の姿がカッコいいなぁと思って始めました。「家元ですか?」「お茶屋ですか?」とよく聞かれますが、まったく違います(笑)。茶道のほかには、5歳から極真空手を始めて9歳で黒帯になりました。振り返れば、茶道、空手、学校と多方面にコミュニティーがあったことで、自分の居場所を失わずに育つことができました。学校が嫌になってもお茶の先生のところに行けば、人として肯定してくれるなど、どこか一つが崩れても自立できる環境でした。昔から「自立とは多方面に依存することだ」と教わってきましたが、まさにそんな状態でしたね。自分の居場所がたくさんあったことが、起業など新しいことへ躊躇(ちゅうちょ)なく挑戦していく今の自分の生き方につながっていったのだと思います。

 子どものころは、茶道や武道など「道」が付くものばかりに熱中しました。「道」の世界には答えがあり、目指すべきゴールが明確だったからだと思います。型を覚えて修練し、礼を重んじ、相手を重んじて自らもいたわる。それが個人から社会に拡張されることが、いま私が考えている理想の社会です。

 今日において、「生き方に正解はない」と言う方も多いですが、必ずしもそうではないと思っています。「道」は、人間として最低限のあるべき姿、というものを定義していると思っているからです。世の中が変わろうとも変わらない部分、つまり人間として大切にしなければいけない部分は、「道」の思想によって支えられているのではないでしょうか。

2020年2月に開いた茶会でお点前をしている岩本さんの手元

薄茶は「アメリカーノ」 濃茶は「エスプレッソ」

——大学在学中に、アメリカへの留学を経験されたのですね。

 大学生活では、グローバルに日本文化を伝えるにはどうすれば良いかばかりを考えていました。留学中に開いた茶会で、アメリカ人たちは「茶筅(ちゃせん)ではなく、泡立て器でいいのでは?」「そもそもお茶を泡立てる必要があるのか?」と尋ねてきました。そういった質問に対して、アメリカの文化に合わせて答えるよう工夫しました。例えばアメリカでは、薄茶は「抹茶アメリカーノ」、濃茶は「抹茶エスプレッソ」というふうに表現ができると思います。「濃茶とは、エスプレッソのような濃いお茶をみんなで飲む文化のことだ」と伝えると、アメリカのコーヒー文化の中で抹茶を解釈でき、納得してお茶に興味を持ってもらうことができます。

 裏千家インターナショナル・アソシエーション(茶道の国際化を推進する団体)のアメリカ支部を訪ねたのも良い経験でした。茶会のお菓子としてケーキを出したり、掛け軸としてポスターを飾ったりしているんです。さらに、お香を入れる器がキャラクターの置物だったり、炭点前(すみてまえ)という羽根を使うお点前ではネイティブアメリカンの羽根を使ったりしていて、アメリカの文化に茶道が溶け込んでいる様子を見て、異国の文化の受け入れ方を学びました。

——海外では、抹茶など日本文化がブームになっていますね。

 そうですね。ただ、今の抹茶ブームを牽引(けんいん)しているのは、「ダイエットのため」や「トレンドだから」といったマーケティングの都合の理由が多いように感じています。抹茶に限らず、日本文化は一つずつ順を追って理解し、伝えていかないと、しっかりと相手にその価値を伝えるのは難しいように思います。

 例えば、海外では安いプラスチック製の茶筅が売られているのですが、外国人からは「約4倍の値段がする日本産の竹の茶筅をなぜ使うのか?」とよく聞かれます。そのときに伝えるのが日本の思想です。日本の食文化には、口に触れる食器には有機物を用いてきたという歴史があります。箸は竹で作りますし、茶碗(ちゃわん)も土から作ります。すべて自然に帰る形で時を重ねてきました。竹の茶筅も同じです。自分たちが環境に配慮した有機物を選ぶことは、自分たちのためだけでなく、未来の環境を守ることにもつながるのです。現在の私たちの消費行動が、過去から未来につながる時系列のなかにあるという意識を持つ機会にもなります。

 竹の茶筅をただの高い茶筅として売っている現状と同じように、日本の文化をそのまま輸出しても海外の人には伝わりません。その背景にある日本の思想を交えて文化を伝えることが、本当の意味で海外に浸透させる上で大切なのだと、留学を通じて学びました。海外での日本文化の捉えられ方を目の当たりにし、自分ならもっと適切に伝えられるのではないかと思い、TeaRoomを起業しました。社名には、Tea(茶)とRoom(空間)の両方の思想を多くの人に広げたいという思いを込めています。

創業1周年を記念して撮影した、岩本さん(中央)と社員の集合写真

すべて、肯定することから

——茶道で最も大切なことは何でしょうか。

 最も大切なのは、「向き合う」ことだと考えています。決まった型を毎日、茶室という一定の空間で繰り返す。そうすると、自分の変化に気づくことができ、自分と向き合うことができます。ただ、自分と向き合うことは非常に難しいです。自分のことを自覚できている人は案外少ないですし、自分の疲れや痛みですらなかなか気付けません。自分自身をしっかりと見つめてみるという時間を、お茶を手段として設けることができれば、すごくいいなと思います。もっと多くの人が、人生の各所で「向き合う」時間を持てるようにしていきたいですね。

茶道に興味? 岩本さんオススメ入門書
・「白」(中央公論新社)原研哉
・「デザインのデザイン」(岩波書店)原研哉
・「日日是好日―『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」(新潮文庫)森下典子
・「Casa BRUTUS 2019年1月号 茶の湯とデザイン。」(マガジンハウス)
・「Spectator 43号 わび・さび」(エディトリアル・デパートメント)
・「MUJIが生まれる『思考』と『言葉』」(KADOKAWA)

——岩本さんにとって、お茶とはどのような存在ですか。

 「お茶」は私にとって生き方そのものです。生き方にまで昇華される嗜好(しこう)品は、お茶のほかにないと思います。茶道はすべて「肯定から始める」ことを前提としています。茶室の中にいる人は身分に関係なく誰でももてなし、客は一つの同じお茶碗のお茶を順番に回して、同じ茶を飲みます。この「肯定から始める」という茶道の思想は普遍的で、全世界で共有できると思っています。

 今、世界では分断や対立が広がっていますが、その緩衝材として普遍的な財であるお茶が存在していれば、お互いを理解できるようになるのではないでしょうか。日本、世界を問わず、すべての人に対して人生のさまざまな場面で、お茶と茶道の思想に触れることのできる機会を増やし、世界中と共有していくことで対立のない世界へ歩んでいきたいです。

——新型コロナウイルスの流行は、茶道に影響を与えると思いますか。

 茶道は500年も続いている文化で、今後も必ず残っていくものだと思います。長期的に見れば、作法が変わることはあっても、本質は変わりません。大きな潮流のなかで、今コロナ禍という時があるだけのことかなと考えています。

——2030年はどのような世の中になってほしいですか。

 すべてを肯定することから始まり、自分を理解し、他者を尊敬しながら、みんなで一緒に未来を考えていく世の中になればいいなと思います。すべての世代がお互いにリスペクトし合って過ごせる、若い世代にとっても意思決定のしやすい世の中になってほしいですね。

元茶道部員 やっと気づけた
森松彩花(DIALOG学生記者)

 私は、中学生のときに茶道部に所属していましたが、当時はお点前を間違えずに披露することばかりに気を取られ、「自分と向き合う」ことにまで達していなかった、と思います。ただ漠然とお点前を覚えるのではなく、なぜその段取りを踏むのか、なぜお点前のなかに間があるのか、そういった本質を考えて茶道に臨めていれば、もっと多くのことと向き合うことができていたのではないか、と反省しています。

 また、まず相手を肯定することから始まる茶道の思想は、とても素敵で、改めて日本の誇るべき財産だと感じました。そんな肯定から始まる輪が、お茶を通して、世界中に広がっていってほしいと思いました。


岩本涼(いわもと・りょう)

1997年生まれ。裏千家での茶歴は14年を超え、現在は株式会社TeaRoom代表取締役を務める。サステイナブルな日本茶の生産体制や業界の構造的課題に対して向き合うべく、静岡県大河内地域にある日本茶工場を承継。2020年には農地所有適格法人の株式会社THE CRAFT FARMも設立した。同年9月には裏千家より茶名を拝命。岩本宗涼として一般社団法人お茶協会が主催するTea Ambassadorコンテストにて門川大作・京都市長より日本代表/Mr.TEAに任命されるなど、「茶の湯文化× 日本茶産業」の切り口で活動中。

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