結婚とキャリア 幸せを描くには東京都ライフデザインセミナー「キャリア戦略における結婚の考え方」:朝日新聞DIALOG
2021/01/22

結婚とキャリア 幸せを描くには
東京都ライフデザインセミナー「キャリア戦略における結婚の考え方」

By 杉山麻子(DIALOG学生記者)

 いつかは結婚をしたい。でも、結婚や育児について、具体的なイメージが湧かない——。

 結婚を含めたライフデザインを考えるセミナーが12月、オンラインで開かれました。東京都の主催で、3度の育休を経験したサイボウズ株式会社代表取締役社長の青野慶久さん(49)、子育てをしながら起業した株式会社ハッシン会議代表取締役の井上千絵さん(38)、「兼業主夫」で在宅翻訳家の堀込泰三さん(44)がパネリストを務めました。様々な生き方やキャリアの形を知り、将来像やライフプランを具体的に考えることがゴールです。

 イベント前半では、3人が結婚と子育てを中心に、それぞれのパーソナルヒストリーを語ります。最初に青野さんが、育休を取得した経緯や、子育てに対する考え方を話しました。サイボウズには「100人100通りの働き方」を基本方針とした柔軟な人事制度があり、育休は最長6年。男性の取得も当たり前だそうです。青野さん自身も3度の育休を取得しています。こうした経験で、考えがどう変わったのでしょうか。

青野慶久(あおの・よしひさ) サイボウズ株式会社代表取締役社長兼チームワーク総研所長。1971年生まれ。愛媛県出身。松下電工(現パナソニック)に3年間、勤務した後、松山市でソフトウェア開発会社サイボウズを起業。3児の父で、育休3回。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など。

育休3回 世界が広がった——青野慶久さん

 結婚したのは、30歳のときです。学生時代から8年半くらい付き合っていた彼女と結婚しました。私は大阪、彼女は京都で就職。私が大阪の会社を辞めて、松山市で起業してから2年ほどは遠距離恋愛でした。企業が成長して大阪へ、その後に東京へ移転。もう一回遠距離恋愛をするよりは……と考えて結婚しました。彼女が仕事を辞め、東京で一緒に住み始めました。そして、彼女は改姓せず、私が改姓しました。これについては、いろいろ話したいのですが、きょうは置いておきます。

 38歳のときに長男が生まれました。自分が住んでいた東京都文京区の区長が育休を取ったことをニュースで知り、私も育休を取得することにしました。それまでは8時から22時まで会議が続くような長時間労働をしていましたが、育児を始めてみて、自分にもこんなところに幸せを感じるスイッチがあったのか、と気づかされました。

 子育てほどの重労働はないと思います。24時間365日、休みなしで、しかも小さな命がかかっている。一人に任せる仕事ではありません。昔は「仕事と育児、どっちが大事か」って聞かれたら「両方大事」と答えていたと思います。実際にやってみたら、仕事より育児のほうがはるかに大事だとわかりました。

 育児をしない社会は、次世代の労働者もいなければ、消費者もいない。もっと言うと、人類の未来がない。だから、育児をしている人がいると、応援したくなります。そう気づいてしまったので、これからは自分の仕事も大事だけど、育児を最優先にする生き方をしようと思っています。

青野さんのスライドから

会社ではなく 社会で生きる

 子育てをしていると、いろんなところに顔を出します。地方自治体に申請に行く。ママ友、パパ友の付き合いが生まれる。病院にも連れて行かないといけない。保育園にも迎えに行く。社会って広いなと思いました。それまで自分は会社しか見ていなくて、ものすごく狭い範囲で生きていたと気づかされました。

 今は、待機児童問題について身をもって語れるし、最近の医療や教育現場についても語れます。そういった問題を解決することが、私たち商売人の存在意義だと思います。問題を知らずして、会社の中に閉じこもっていて、いい仕事ができるはずがない。「家事・育児を全くしていない男性管理職が多数を占めている会社に負ける気がしません」と言ったら、日経ビジネスの今週の名言に載りました。私の本音でもあります。

 育休は、1人目のとき2週間。2人目のときは毎週水曜日を育休日にして、半年間継続。一番評判が良かったのは3人目で、半年間、毎日16時に退社しました。そうなると、仕事時間は激減します。どうするか。ミーティングは30分未満。自分だけで仕事をしていたら、今までの生産性は出せません。個人戦はやめ、チーム戦にしました。徹底的に情報共有するという方向にかじを切っています。

 結婚すればいいとか、子育てすればいいとか、そういうことではありません。一人ひとり価値観は違う。自分が人生の中で得たいものは何か。その答えは自分の中にしかない。みなさん自身が問いを立て続けることが、幸せに生きるうえで一番大事なことではないかと思います。

 年齢や仕事の状況によって、結婚への価値観はどう変わるのでしょうか。井上千絵さんは、20代のときには「結婚はキャリアの重荷になる」と考えていましたが、その後、考え方が変わったそうです。

井上千絵(いのうえ・ちえ) 株式会社ハッシン会議代表取締役。1982年生まれ。10年間、民放テレビ局で報道記者や宣伝広報を担当。結婚、出産を機に退職し、2016 年、娘が生後10カ月のときに慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科修士課程に入学。2019年にスタートアップ企業向けの広報PRを担うハッシン会議を設立。

震災で痛感 最後に残るのは家族——井上千絵さん

 私は、テレビ局の報道記者でキャリアをスタートしました。昼夜を問わず、電話一本で現場に行くという仕事。初婚の相手は、同僚の記者でした。当時の私は何よりも仕事を優先していました。東日本大震災の翌日から被災地の取材に入って、4カ月、夫とは会わなかったこともありました。

 当時は、私の中で、幸せな結婚のためには仕事を諦めないといけない、という固定観念がありました。私は名古屋で、彼は大阪。彼は2人で一緒に暮らしたかったのですが、私には大阪に行くという想定がなかったんです。彼が「いつか一緒に住みたい」と未来の話をすればするほど溝が深まってしまい、お別れすることになりました。

 今は再婚し、5歳の長女がいます。結婚の価値観が変化したのは震災がきっかけです。現地で取材していたときに、仕事や家など、すべてを失った人が、避難所では家族単位で集合していることに衝撃を受けたからです。自分が積み上げてきた学歴とかキャリアをなくしても、最後に残るのは家族なんだ、と思いました。もう一度、私もゼロから家族をつくりたいと思い始めました。その後、大学の先輩の紹介で今の夫と結婚しました。

 男性が育休を取得することは、少しずつは広がっているものの、いまだに取りづらいのが現状です。堀込泰三さんは自動車会社に勤務中、2年間育休を取得しました。その後、仕事を辞めて専業主夫を経験し、10年のブランクを経て再就職しました。

堀込泰三(ほりこみ・たいぞう) 在宅翻訳家、秘密結社主夫の友 CEO 、一般社団法人リテールAI研究会理事、株式会社NODE客員ディレクター。1977年生まれ。子ども2人を育てる兼業主夫。長男誕生時に 2 年の育休を取得。 その後、妻の海外勤務を経て退職し、在宅で翻訳を始める。2020年4月から大学院で人工知能の勉強をしている。

「兼業主夫」 M字カーブを実体験——堀込泰三さん

 大学院を出て、自動車会社でエンジニアをしていました。4年半たって結婚して、子どもができたのですが、妻の職場は育休を取りにくい。当時の私は昔ながらの男の価値観を持っていたので、当然、妻が仕事を辞めるのだろうと思っていたんです。ところが、妻は「辞めたくない」と言うので、私が育休を取得することにしました。

 会社の人事関係規程集を熟読したら、男女に関係なく育休を2年取れると書いてありました。上司に話したら「何を言っているんだ」っていう顔をされましたが(笑)、話し合ううちに理解してもらえました。育休中に妻がアメリカに転勤になり、家族で移住しました。育休が終了し、単身で日本に戻りましたが、寂しすぎて仕事を辞め、再び渡米。専業主夫になりました。それほど、子どもってかわいいんです(笑)。

 再就職にも紆余(うよ)曲折がありました。ものづくり関係で就職したかったのですが、10年間のブランクがある人は、なかなか採用してもらえない。女性の再就職のM字カーブ(子育て期の女性の労働力率が落ち込む)を、身をもって体験しました。

 ここから3人によるディスカッションです。それぞれの人生の歩みから、何が見えてくるのでしょうか。

結婚は重荷? むしろパワーアップ

青野 今日のテーマは、「結婚はキャリアの重荷になるか」ということですが、お二人はどうですか。

井上 20代のときは、結婚ははっきり重荷だと思っていました。でも再び結婚して、自分だけで完結していた成功とか失敗を、家族でシェアできる。パワーアップできている自分がいます。そこに気づけたことで、仕事も人生も、自分だけでは描けない絵を一緒に描かせてもらっているな、と思っています。

堀込 その通りですね。かけがえのないものを手に入れました。さきほど井上さんがおっしゃっていた、震災のときに集まるのは家族という話、本当だなと思いました。家族がいることで乗り越えていこうという気持ちが生まれる。重荷だとは思わないですね。

 参加者から「パートナーとお互いに大事なことを理解するために、どのような声かけや話し合いをしていますか」という質問が寄せられました。

話し合う努力 欠かさずに

青野 パートナーと大事なことを話すのって難しいですよね。でも、分かり合えなかったり、意見が合わなかったりしても、諦めた瞬間におしまい。家族として一体感をもてなくなってしまうから、けんかしても意見が合わなくても、向き合って話し合う努力だけは欠かさないことが大事だと思います。

堀込 私はもともと子育てをするような人間ではなかったけれど、やるようになったきっかけは、妻が仕事を辞めたくないと主張してくれたからです。もし、妻が諦めて、私に言わずに仕事を辞めていたら、彼女には不満だけがたまっていたと思います。言いたいことを言うのが大事だと思います。

 次は「結婚を前提のお付き合いをするときに、どんなことをすり合わせるといいと思いますか」という質問です。

油揚げ嫌い?! 10年後に気づく

堀込 どんなにすり合わせをしていても、結婚して初めて知ることはいっぱいあります。それも楽しめる自分でいることが一番ですかね。僕は10年ぐらいみそ汁をつくっていて、自分が好きなので油揚げを毎日入れていたんだけど、結婚10年後に、妻から「実は私、油揚げ嫌いなんだよね」って言われて、衝撃を受けたことがあった(笑)。すり合わせていても、そういうことは起こるという例です。

青野 真実ですね。すり合わせてもきりがないから、結婚後もすり合わせ続けるんですよね。要は、それをできるパートナーかどうかっていうことです。

井上 私は家事の分担をすり合わせています。子供が生まれてから、ゴミ出し、おふろ洗いなど、タスクを「見える化」しました。そうすると、ここはやってくれてありがとう、でも私はこれをやっているよという共通認識を持つことができます。

 結婚のタイミングについても、質問が寄せられました。「早くてもいいけれど不安もある、仕事も頑張りたい。どうしたらいいでしょう」

タイミング「勢いでゴー!」

青野 僕の場合は、遠距離になるからという外部的な要因がありましたが、話し合えるパートナーがいいですよね。不安に感じているのであれば、正直に打ち明けてみるところから始めたらいかがでしょうか。

堀込 うちはそろそろ子どもがほしいというタイミングで結婚しました。10年くらい付き合っていました。

井上 私は、半分は勢いじゃないかと思います。あまり緻密(ちみつ)な計画を立てようとしても、お互い仕事が忙しいとベストポイントは見当たらない。結婚したいという思いがあれば、いつでもいい。あとは勢いでゴー!

青野 結婚のタイミングと出産のタイミングだと、出産のほうが重いと思います。結婚しても、しょせん大人ふたりが共同生活を始めるだけなので、生活にはさほど影響がない。でも、子どもが加わると激変します。結婚は、まずしておいたらいいんじゃないですか。

井上 私の出産はキャリアが落ち着いたタイミングでした。今は第2子をどうするか、ものすごく難しい渦中ですね。夫との話し合いだなと。

 子育てと仕事、どちらも楽しんでいるという3人ですが、心がけていることはあるのでしょうか。「育児とキャリア、どちらも充実させるために工夫していること、話し合っていることはありますか」という質問に、それぞれが答えます。

どう生きたいか 常に考えて

井上 私は、子育てもチームづくりだなと思っています。私と夫だけだと、お互いに仕事も忙しく、絶対にうまくいかない。私の場合、たまたま実家が近いので、母にも世話になっていますし、保育園や幼稚園、ベビーシッター、家事代行サービス、地域の人たち、みんなにお世話になりながらやっています。いかにチームをつくるかが、キャリアにも大きくかかわってくると思います。

堀込 自分のことだけでなく、相手が何をしたいのかも考えることですかね。そうすれば、お互いにいい歩みよりができる。すごくシンプルですが。

青野 堀込さんは、自分に向き合って生きておられますよね。世の中でのキャリアとかより、自分がどう生きたいか、パートナーがどう生きたいかを常に考えて。

堀込 あ~、確かに。世の中のことは全然考えていない(笑)。

青野 若い人はそれにとらわれやすいですよね。一流大学を出て、一流企業で昇進していく、これが人生のキャリアだと思っていたけれど、僕らくらいの年齢になってくると、実際はそうではないと気づき、自分がどう生きたいかに戻ってきます。パートナーのことを尊重しながら、自分の生き方をできる人は素晴らしいと思います。

働きやすさ 地続きの課題
杉山麻子(DIALOG学生記者)

 昨年、友人が結婚をして、出産を控えていることを知りました。中学の部活の仲間で、心底うれしかったです。一方、私の人生プランは真っ白! 4月からは希望の職に就くので、仕事に力を入れたい気持ちもあります。

 今までは、結婚の話をパートナーとすることは、ハードルが高いと思っていました。ですが、それも含めて素直に話してみると、新しい発見がありそうです。

 サイボウズでは最大6年育休が取れて、復職率100%だそうです。思わず「そんな会社で働きたい」と思いました。

 そもそも結婚や出産・育児が、キャリアの重荷になること自体おかしなことではないでしょうか。長期間の休職を迫られることは、今後は介護などの場面でも予想されます。長時間労働が評価されるような仕組みはやめて、どんな理由でも休みやすく、たとえ休んでも正当に評価されるようになってほしい。結婚とキャリアの両立と、働きやすさは地続きの課題だと思いました。

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