いまの儚さを封じ込める つらさをも力に変えて写真家・映画監督 蜷川実花さん:朝日新聞DIALOG

いまの儚さを封じ込める つらさをも力に変えて
写真家・映画監督 蜷川実花さん

By 藤崎花美(DIALOG学生記者)
蜷川さんの写真は本人提供

 濃密でビビッドな色彩あふれる映像美で知られる写真家・映画監督の蜷川実花さんを「明日へのLesson」シリーズに迎えました。蜷川さんは様々な雑誌や広告、展覧会で写真作品を発表する一方、映画やインターネット配信のドラマなどを手がけ、話題作を連発しています。

 蜷川さんと対話したのは、西村隆ノ介さん(31)と周防苑子さん(32)。西村さんは、食のデザイナーとして、ケータリングや間借りした店舗などで「にしむー食堂」と呼ばれる、食の活動を続けています。周防さんは古い家屋で使われていた廃ガラスと草花を組み合わせた作品を発表しています。2人はコロナ禍で大きな影響を受けました。そこで、まず聞きたいのは「クリエーターの大先輩である蜷川さんは、コロナ禍にどのように向き合っているのか?」ということ。対話はそこから始まりました。

西村隆ノ介(にしむら・りゅうのすけ) 1989年、熊本県出身。にしむー食堂主宰。ケータリング、スタイリング、間借りでの営業などをしている。執筆、 グラフィックデザイン、ビューティーイベント「mirrors」を開催。飲食店のメニュー開発、プロデュースも手がける。食分野だけでなく、ビューティー分野でのイベントを主催。近日アパレルのセレクトショップもオープン予定。

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歴史ものを撮りたい 勉強中

西村 コロナ禍で、蜷川さんの日常にどのような変化がありましたか。

蜷川 緊急事態宣言が出てからは、写真を撮影する仕事が少ないので、のんびりしています。このタイミングにまとめてできることをやろうと思って、映像作品を見たり、本を読んだりとインプットする時間に使っています。あとは、映画の企画をたくさん進めています。映画って企画を10本出しても、最終的に公開まで行けるのは1本か2本なんですよ。

西村 本は、直接お仕事につながるようなものを読むのですか。

蜷川 映画の原作になりそうなものも読んでいますが、歴史ものをやりたいと思っているので、その時代背景を勉強するために大量の本を読んでいます。これからやりたいと思っていることの準備なので実現するかは分からず、すべて無駄になる可能性もあるのですが、長い目で見ると何かを学ぶことは決して無駄なことではないと思っています。参考になりそうな映像や、今流行しているものをチェックしたりもしていますよ。

西村 その中で良かったものはありますか。

蜷川 今はNetflixで「ブリジャートン家」や「クイーンズ・ギャンビット」を見ています。普段だと忙しくてドラマは見切れないことが多いので、このタイミングであえて見ています。

元気が出ない…だからこそ

西村 アートの活動やお仕事には変化がありましたか。

蜷川 1回目の緊急事態宣言の時は、オンラインで何かできないかと思ってZoomで撮影したり、オンラインのコミュニティーを立ち上げたりしていました。1回目はある種、刺激的でもあったので攻められたのですが、2回目はあまり元気が出ないんですよ。だから、今回はきっちり自分と向き合おうと思っています。今日まさに決めたのですが、今回の緊急事態宣言の間に一点物の作品を作ろうと思っています。手を動かして作るというアナログなことを始めてみよう、と。気づくとボーっとしてしまうことも多いのですが、この期間にできる限り新しい挑戦をすることが課題です。未来に向けて、今できることを意地でもやってみようと思っています。ところで、お二人にはどんな影響があったのですか。

西村 僕はケータリングや、自分で主催するイベントで食を提供していたのですが、会場での飲食が禁止になってしまいました。

周防 私は滋賀県にいるので、都市部の人に比べると実店舗への影響はそこまでではありませんが、都市部での個展や海外の仕事はきれいになくなってしまいました。

周防苑子(すおう・そのこ)1988年、滋賀県の生花店に生まれる。学生時代を京都、会社員時代を東京で過ごし、2014年夏に帰郷。同年11月、ソロプロジェクトとして『ハコミドリ』設立。家屋解体時の廃ガラスと、生花市や山々で採取した草花を掛けあわせたプロダクトを制作中。

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ドラクエの「毒沼」 ふさぎ込まない

周防 アフターコロナの世界になった時に、重要になると思うポイントや考え方を教えてください。

蜷川 正直、誰も正解が分からないですよね。コロナ禍の状況に対応した人とそうでない人とでは、短期的には差が出てきますが、そこばかりに集中して、例えば、SNSのフォロワー数を増やすためにマーケティングやアルゴリズムに乗っかろうとするだけだと、一番大事な自分の芯がほころんでいく気がします。流れに乗ると疲れますよね。流れを読んでいくことも必要なのですが、流れに惑わされずにいることとのバランスが大切だと思います。

周防 蜷川さんのような大きな存在の方から「バランスが大事」という言葉を聞くと安心します。

蜷川 私も皆さんと同じようにコロナは嫌だし、何だか寂しいし、不安定です。メディアに出ている人たちについては、キラキラした面の情報ばかりが流されますが、実際は皆さんと同じだと思いますよ。取材で聞かれないと、寂しいとか不安だとかは答えませんしね。私は幸運にも食べることには困っていませんが、しんどいことは同じようにしんどいです。すごく気をつけないと、思った以上に気持ちが疲れます。ゲームの「ドラゴンクエスト」に出てくる毒の沼地みたいですよね。歩くとHP(※キャラクターの生命力)がちょっとずつ減っていて、気づいたら回復できないぐらい疲れている、みたいな。ふさぎ込みやすい状況だと認識することは大事です。その事実にあらがうより、ちゃんと理解して、なるべく人と会話するなど、自分に優しくすることの方が重要だと思います。

西村 しんどい時に蜷川さんは何をされますか。

蜷川 以前はお洋服を買うことだったのですが、今は服を買っても着ていく場所や機会がないので、観葉植物を買ったり、美味しい紅茶や豆腐を取り寄せたりしています。息子がベイブレード(※現代版ベーゴマのおもちゃ)に夢中なので買ってあげました。あとハムスターを飼い始めました。癒やされますね。今までは息子が好きなザリガニやクワガタしか飼ったことがなかったので(笑)。

インタビューは1月中旬にオンラインで行いました

幸せそうな写真 現実の私は…

西村 心から楽しいと思う瞬間はいつですか。

蜷川 やっぱり撮影している時ですね。写真を撮っている時と映画の撮影現場かな。どちらもリモートではできないことなので、特に今は尊さを感じています。あとは、2人の子どもと遊んでいる時も幸せだと思うことがたくさんがありますね。

周防 作品を見る側からすると作品が発表される瞬間のほうが華やかに見えますが、それより現場のほうが楽しいのですね。

蜷川 そうです。いつも時差があるんですよ。撮影している時が一番盛り上がっています。発表する時は既に終わっている仕事なので割と冷静ですね。もちろん多くの方々に見ていただけるのはうれしいのですが、制作している時が何より楽しいです。寝食を忘れて打ち込めるものに出会えた幸運を感じています。

周防 芸術大学生などアートに関わる若手に伝えたいことはありますか。

蜷川 クリエーターは、つらいことがそのまま「モノ」を作る原動力や、表現することの軸になりえますよね。落ち込んだからこそ撮影できるドラマがあったり、誰かに言われた嫌な言葉をセリフにしたりもできます。ハッピーだからいいものが作れるわけではありません。沈んでいるからこそ気づくことができる美しさもあります。私もいいものを作っているときは、離婚直後とか本当にひどい時です。幸せそうな写真は、実はつらいときに撮っていることが多いです。

蜷川さんが撮影した花の写真を使ったマスク

咲いている花 明日は散るかも

西村 コロナ禍の中で、蜷川さんはご自身の花の写真をプリントしたマスクも制作されていますね。

蜷川 マスクを着けることは気分が下がる要因だから、少しでもうきうきできるものを作ろうと思いました。私は、そもそも誰かの生活の中に自分の写真が入っていることが好きなんです。

西村 蜷川さんの写真は非日常的なものが多いですが、日常に溶け込むことを意識することはありますか。

蜷川 私の写真って非日常に見えますが、被写体は実はその辺の花だったりします。日常の中に非日常の入り口がそこかしこにあって、そこが緩やかにつながっていると思って日々過ごしています。コロナ禍で、ふとした瞬間に日常の尊さを感じることありますよね。今日あることが明日あるかどうか分からない。その儚(はかな)さを封じ込めるのが写真の本質なんです。今日咲いている花は、明日は散ってしまうかもしれない。だから今日撮影するように、同じものは二度とないんです。儚さを写真に残しているから、日常がまぶしく見えるんです。

人との距離に変化 作品に生かす

周防 私は、コロナ禍でお客様との会話が濃密になった感覚があります。外に出られないからこそ部屋の中に植物の生命力を取り入れたい、日常に花を取り入れたいという声が多いです。

蜷川 確かに私も作品を見てくれる方との距離が近くなったと感じますね。皆さんが何を考えているのか、どんな気分でいるのかなどを、以前より知りたくなりました。

周防 その反応や言葉によって、蜷川さん自身が制作をする意味やモチベーションは変化しますか。

蜷川 皆さんが何に困っていて、どんなことを考えていて、どういうことが不安か、どういうものが好きで、何をしているときが楽しいのか……ということが、いやおうなく変わっている今をちゃんと捉えていきたいと思っています。そこを体感したうえで、寄り添うのかどうかを考えていきたいです。クリエーターの作るものも変わっていくと思います。お二人はどんなことが不安ですか。

みんなが大変 共有して前へ

周防 去年の春ごろ、コロナの第1波の時は「何かやらなくちゃ」と思ってオンラインでいつもより多く限定品を出すなど、自分なりに闘っていました。ですが、これが今年も続くと感じたときに、私が販売している雑貨は不要不急なものではないかという、根本的な問いに立ち向かわざるを得なくなりまた。その時にお客様から「部屋に彩りが出て気分が上がりました」とお声を掛けていただいたんです。その言葉をカンフル剤にして制作するしか道がありませんでした。頑張りすぎると心を壊してしまうということを身近に感じましたね。

西村 僕は1回目の緊急事態宣言の時に、主軸だった食の仕事が減りました。一昨年始めた撮影の被写体の仕事もなくなってしまい、漠然とした不安がありました。ですが、逆に今までできなかったことをやろうと、ちょっとずつ始めていることもあります。今年に入ってようやく新しいモチベーションが出てきました。

蜷川 自分の中で「いい」と思うことを紡いでいくことが重要ですよね。語弊があるかもしれないけれど、大変なのが自分だけではないので安心できます。あらゆるアーティストがライブをできなかったり、映画の撮影を再開できなかったりと大変です。もちろん飲食関係もそうです。あらゆるところが大変だから、ゆっくり寄り添って頑張ろうということですよね。

映像美と温かい人柄 つながった
藤崎花美(DIALOG学生記者)

 私は蜷川さんが監督されたNetflixのオリジナルドラマ「FOLLOWERS」を見て、蜷川さんのファンになりました。どのシーンを切り取っても素敵な映像美。独特な世界観。自粛期間中で外出できない分、ドラマからたくさんの刺激をもらいました。

 作品のイメージからきっと蜷川さんは独特な世界観を持つアーティストというイメージを持っていました。ですが、今回の取材を通して一人の人としての蜷川さんの、人に寄り添う姿が垣間見えました。ハムスターを飼う一面や、インタビュアーの方に逆に質問して寄り添う姿。私にとって輝く遠い存在でしたが、蜷川さんの人柄に触れ温かい気持ちになりました。


蜷川実花(にながわ・みか)

 東京都出身。写真家として木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。監督映画に「さくらん」や「ヘルタースケルター」など。Netflixのオリジナルドラマ「FOLLOWERS」は世界190カ国に配信。

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