柿の木・原爆・震災——揺さぶられた心 答えを探してアートの力 現代美術家・宮島達男さんに聞く:朝日新聞DIALOG
2021/03/12

柿の木・原爆・震災——揺さぶられた心 答えを探して
アートの力 現代美術家・宮島達男さんに聞く

By 渋谷優花(DIALOG学生記者)
「時の海―東北」のワークショップで笑顔を見せる宮島さん(中央)=2018年8月25日、photo by 三浦晴子

 被爆や災害の記憶を、アートで若い世代につなげていく——

 東日本大震災から10年。震災と原発事故の記憶の風化が懸念されています。しかし、私たちはアートによって、風化という時の流れにあらがえるのではないでしょうか。

 その「答え」を求めて、私は昨年12月、千葉市美術館を訪れました。現代美術家・宮島達男さん(64)の大規模な個展。そこには、生命や自然災害、社会など多様なメタファーが込められている「Life」シリーズや、生と死のつながりを強く感じさせる大型インスタレーション「地の天」といった作品が並んでいました。私たちがニュースなどで見ても他人事としてとらえている人間の苦しい気持ちや、見て見ぬふりをしていることに、「それでいいのか?」と疑問を投げかけているようでした。

 宮島さんの作品の中で、心が強く揺さぶられたのは「時の蘇生・柿の木プロジェクト」です。長崎で被爆した柿の木の「2世」の苗木を各地に植樹。ワークショップなどを通じて平和といのちの大切さを学ぶ取り組みで、四半世紀にわたって続いています。

 私の問題意識を伝えると、宮島さんもまた、同じ思い抱いていることが分かりました。

1945年、長崎で被爆しながらも奇跡的に生き残った一本の柿の木。その母木から生まれた「被爆柿の木2世」の苗木を世界中の子どもたちに手渡し、柿の木をテーマにしたアート表現をしながら育ててもらうものです。

「時の蘇生・柿の木プロジェクト」HPから

「Revive Time Kaki Tree Project」 1997 Japan Kumamoto

知識止まり だから風化する

——宮島さんの代表作の一つとも言える「時の蘇生・柿の木プロジェクト」は、どういったきっかけから生まれたものでしょうか。

宮島 高校生の頃に、広島への修学旅行で広島平和記念資料館を見学しました。原子爆弾の脅威を知って、自分には何もできないと悶々(もんもん)としていた時期があったんです。その後、アーティストとして勉強していたあるとき、ピカソの「ゲルニカ」に触れる機会がありました。ピカソは、スペイン内戦さなかの1937年に行われたゲルニカ村への爆撃に腹を立てて、この絵を描いたんですね。その絵は現在も、世界各地に様々な形で影響を及ぼして、語り継がれています。

 その他にも、例えば丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」もあります。原爆投下から数日後の広島に入って目撃した被害の様子を、32年間にわたって描き続けた連作です。こうしたアートがきっかけとなって、見た人たちの共感を呼び、想像力を揺さぶることを学んできたんです。

 「柿の木プロジェクト」のきっかけは、長崎で被爆した柿の木を育てている樹木医の方を訪ねて、苗木を見たことです。僕自身、とても心が揺さぶられ、自分も柿の木を他の人たちに見せて何かを感じてもらいたい、そう思って1995年に始めたのがこのプロジェクトなんです。

 そのときに強く思ったのは、子どもたちは教科書や学校の先生から「原爆は悪いことだ」「戦争は良くないことだ」と、教条的に教え込まれているということです。被爆という惨事を、共感する前に知識として取り込んでしまう。だから、自分の感情が乗らないのです。それが、惨事の記憶が風化していく一つの原因でもあると考えています。

「時の海―東北」Sea Of Time-TOHOKU Photo by Nobutada Omote

あの時、あの人に、会いにいく― 311の大震災をきっかけに、現代美術家 宮島達男が構想した、東北の人々と一緒に作り上げるプロジェクト。生命の永遠性を表徴する数字のLED。そのカウントのタイム設定を、被害を受けた地域を中心とした3000人に行ってもらいひとつの作品にしていきます。

「時の海——東北」プロジェクトHPから

楽しむことが 伝えること

——宮島さんは昨年、東京の美術館に「時の海―東北」という作品を出展されました。こうした作品をみると、芸術作品が風化を止めうるのでは、と感じます。

宮島 「柿の木プロジェクト」を例にとれば、植樹式のときに参加者に「アート表現をしてください」とお願いしています。植樹するだけでなく、子どもたちが絵を描いたり、歌を歌ったりします。そうすると苗木を植えたことが、子どもだけでなく、大人にとっても楽しい思い出として残ります。子どもたちは実際には、被爆や原爆のことを十分に理解していません。でも、植樹した柿の木が育っていき、楽しい思い出とともに心に残り続けていきます。そのことが大切なのです。

 25年も続いたのは、大人たちが植樹した日を「平和の日」「柿の木の日」などと名づけて、毎年のようにアート表現や読み聞かせなどのイベントを継続的に行ってくれている、そのたまものであると思っています。新しい子どもたちも参加するようになり、柿の木の思い出が地域に広がっていきます。僕が始めたプロジェクトですが、やがて日本国内だけでなく海外からも「植樹をしたい」と参加してくださるようになり、今では世界26カ国、312カ所に広がっています。僕の力ではなく、地域の方々が持っているエネルギーや思いで広がっています。

インタビュー きっかけは 渋谷優花(DIALOG学生記者)
 私は小学3年生から6年生まで熊本で暮らしました。そのときに地域教育として水俣病の環境教育を受けました。しかし、東京の大学に進んで、授業でそのような話をすると、友達は水俣病の実態を学んだことはなく、受験のための知識となっていました。地域によって学校教育で伝えられる範囲に差があるため、記憶の風化が進んでしまうのでは、と感じました。それが、このインタビューに取り組んだきっかけです。

全ての人をつなぐ力に

——どうして国境や言葉を超えることができたのでしょうか。

宮島 大事なのはアートという視点です。アートは、何かを強制的に教え込ませたり、やらせたりはしません。そこには「共感」や「想像力」というキーワードがあります。アートに触れると、感動すること、楽しむこと、共感が生まれることが先にあって、そのうえで想像力が湧いてきます。疑問や探究心が芽生え、自分で調べに行ったり、勉強したりという能動性が生まれます。それが想像力をさらに広げて、その人の中に思い出として蓄積され、残っていくのです。アートが国境や言葉を超え、全ての人をつなぎ合わせる力を持っているといわれるゆえんです。

 「柿の木プロジェクト」は、実はアメリカでも実施されています。

 1995年にワシントンのスミソニアン博物館が、広島に原子爆弾を投下した「エノラ・ゲイ」という爆撃機の展示を企画したことがあります。広島側の資料も展示するはずだったのですが、猛烈な反対運動が起こり、(この展示では)被爆者の悲惨な姿は一切伝えられなかったんです。それぐらい、原子爆弾はアメリカでは取り上げにくいテーマなのです。

 しかし、「柿の木プロジェクト」であればアメリカにも入り込めます。アメリカの人たちにも楽しんでもらい、共感をもって迎え入れてもらえるのです。アートであるがゆえに、国も言語も、概念やイデオロギーも超えていくことができるんです。

「時の海―東北」のワークショップ=2019年8月29日、photo by PinS プロジェクト

みんなアーティスト 目覚めよ

——宮島さんは、いろいろな人が携わる参加型のアート作品を多く生み出しています。

宮島 やはり「柿の木のプロジェクト」がきっかけです。植樹の現場で、子どもたちが表現してくれたり、大人たちが想像力を膨らませるプロジェクトを準備してくれたりします。それを見ているうちに、逆に僕自身が影響を受け始めて、自分の中のアート観が変わってきました。

 それまでは、自分が作ったものを一般の人々に見てもらう、というアーティスト像がありました。しかし、子どもたちや地域の方々が驚くような表現をしているのを見て、あらゆる人がアーティストなんだなと思ったんです。普通の人たちの中に、アートをする力、アートを感じる力があって、それがあるきっかけで現れてくる、それこそが本当のアートだと思うんです。それを引き出したり目覚めさせたりするのが、実はアーティストの役割ではないか、と思っています。

 それを僕は「Art in You」と呼んでいます。「あらゆる人々の中にアートは存在している」。これは僕の考え方の基盤となるものです。それがなければ、アートに感動できないし、新しい表現を感じ取る力もありません。原爆や水俣病、震災といったことに関心がなさそうに見える人も、実は自分の中にはその芽を持っていて、それを呼び覚ますきっかけがないだけなんです。

宮島達男さん

言葉にする 自分を肯定する

——「空気を読む」という言葉があるように、自分に自信を持てず一歩を踏み出せない人もいます。私もその一人です。殻を破るにはどうしたらよいでしょうか。

宮島 空気を読まず個性を出していくには、日々の生活の中で自分が感動したこと、すごいなと思ったことをとりあえず口に出して言ってみるのが効果的だと思います。ヨーロッパの人たちが個性豊かといわれるのは、学校の授業で、自分がどう思うかを挙手して発信するからだと思います。日本人は一般的に、思ったことを素直に発言するのが苦手です。いつも自分が考えたこと、感動したことを言っていくように癖をつけましょう。それは訓練なのです。癖がついていないから、いつも人に合わせてしまったり、思っていることはあるけれど、のみ込んだりしてしまいます。

 側にいる人に共感してもらう必要はありません。独り言のように言う。自分で反芻(はんすう)して、自分が感動したことを認め、納得する。そうすることで、自分が考えていることを自分自身で認めてあげることができます。議論を戦わせるという難しいところではなく、小さなところからでいいんです。言葉を発し態度で表現していくと、自分がどんどん肯定されていきます。これはとても大事なことだと思います。

「Revive Time Kaki Tree Project」 2011 Italy BS Castenedolo

参加した子ども 延べ3万人に

——今を生きる若者に何を伝えたいですか。

宮島 自分たちが伝えたいと思っているものを、若い人が次の世代にそれぞれの表現で伝えていってくれたらうれしいなと思います。僕がこうしてアーティストとして活動している中でも、理解されないこと、批判されることもたくさんあります。それこそ「柿の木プロジェクト」を始めたころは、「アートで平和活動をするのは売名行為じゃないか」「これはアートではない」などと言われました。しかし、多くの人が関わってくれて、プロジェクトが続いています。参加した子どもたちは延べ3万人になりました。諦めずに続けてきてよかったなと思います。

 四半世紀続けると、当時の子どもたちが、彼ら自身の子どもたちとともに柿の木の下に集ってくれたりします。それを見ると、自分が大事だと思うことを信じて続けていくことが、結果として成功につながると思います。リアルな思いがあれば、共感してくれる人は必ずいます。全員に分かってもらおうとすると、つらくなります。だから少人数でいい、少ない人たちと一緒に伝えていけばいい、そう思って活動しています。無理やり人を巻き込もうとすると教条的になってしまいます。できる範囲のなかで、まずは自分を信じて取り組んでみてほしいと思います。

 アートは見る人に「こう見てほしい」と強要することはできません。理解や評価が見る人に委ねられる、その自由さがアートのいいところです。だから、本当に共感してくれた人しかついてこないわけですが、それでいいのです。少しずつでも長く続けて、人々をつないでいく。それがサステイナビリティーなのではないでしょうか。

人の気持ちに寄り添う そのために
渋谷優花(DIALOG学生記者)

 千葉市美術館の展示で忘れられないのが、宮島さん自身が登場する「Counter Voice in Chinese Ink」という動画作品です。宮島さんは器に入った墨汁に顔をうずめ、起き上がっては9から1までカウントダウンを行い、また顔をうずめて変化を撮る、という動作を繰り返しています。まさに「生と死」の体験を形に表す斬新な発想は見る人の足を止め、どこか苦しい気持ちにさせる作品でした。

 「人の気持ちに寄り添う」とはよく言うけれど、限界があり、寄り添いきれずどこか皆よそよそしいんじゃないか。それは偽善につながっているのではないか。そんな私のモヤモヤした思いをはっきりと自覚できた、貴重な思い出となりました。

 今回の取材を申し込む際、私は「風化とアート」に関する思いを正直にお伝えしました。宮島さんは「これは大人として答えなければいけない、と思って取材を受けることを決めました」と語ってくださいました。

 取材では、今を生きていくうえでの道しるべをいただいたような、そんな気持ちでお話を聞いていました。アートが行動を起こすための大きなきっかけを作り、想像力を揺さぶっていく。なんと自由で健やかなのか。とにかく自分の内から出てくるものを大切に、心が揺さぶられる瞬間を、かけがえないものとして切り取り、私なりに形に残していく、この考え方は忘れずに過ごしていきたいです。


宮島達男(みやじま・たつお)

 1957年東京都生まれ。86年東京藝術大学大学院修了。88年ヴェネツィア・ビエンナーレ、新人部門に招待され、デジタル数字を用いた作品で国際的に注目を集める。以来、国内外で数多くの展覧会を開催。世界30カ国250か所以上で作品を発表している。97年ジュネーブ大学コンペティション優勝。98年第5回日本現代芸術振興賞受賞、ロンドン芸術大学名誉博士授与、2020年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞。2006-2016年東北芸術工科大学副学長。2012-2016年京都造形芸術大学副学長。

 代表作に「メガ・デス」など。長崎で被爆した柿の木2世を世界の子どもたちに育ててもらう「時の蘇生・柿の木プロジェクト」を推進しているほか、「時の海―東北」などの作品を通じて、東日本大震災の記憶をとどめるためのプロジェクトも進めている。

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