IT=ワクワク 目覚めよ女子! ひたむきに前へ田中沙弥果さん:朝日新聞DIALOG
2021/08/17

IT=ワクワク 目覚めよ女子! ひたむきに前へ
田中沙弥果さん

By 三嶋健太郎(DIALOG学生部)

 ジェンダーギャップ指数——120位/156カ国(※1)

 世界デジタル競争力ランキング——27位/63カ国・地域(※2)

 これが、諸外国に後れをとる日本の現状です。しかし、この二つの問題を解決しようと奮闘する社会起業家がいます。Waffle代表・田中沙弥果さん(29)。「女性の活躍の幅を広げる」を目標に、女子中高生にITを身近に感じてもらおうと、実践的なIT講座の企画・運営を実施しています。起業して1年半。政府の有識者会議の一員に選任されるなど、注目を浴びています。そんな田中さんの人生のターニングポイントと、将来のビジョンに迫りました。

※1 世界経済フォーラム「The Global Gender Gap Report 2021」
※2 国際経営開発研究所「World Digital Competitiveness Ranking 2020」

アプリコンテストから政策提言まで

——Waffleの活動について教えてください。

 大きく四つの活動を行っています。

 1点目は、企業とともにITに興味をもってもらうイベントの開催です。例えば、アマゾンウェブサービスジャパンと連携して8歳から24歳の女性を対象にオンラインのプログラミングイベントを実施しました。

 2点目は“Waffle Camp”です。ウェブページの作成を通じて実践的なスキルを学ぶことに加え、IT関連の仕事に携わっている女性からIT業界の可能性や働き方などを聞く、キャリア講演会も設けています。

 3点目は女子中高生向けの国際的なアプリコンテスト“Technovation Girls”の国内での運営支援です。今年は23チームが参加して、さまざまな社会問題をITで解決する23個のモバイルアプリが完成しました。例えば、在日外国人の生活サポートや、パラスポーツの選手の経済的支援のアプリなどです。

 そして4点目が政策提言です。Waffleは政府の経済財政運営と改革の基本方針である「骨太の方針」を検討する内閣府の若者円卓会議に有識者として参加して、IT分野に興味を持つ女子中高生を増やす政策を提言しました。

——Waffleという名前とロゴに、柔らかい雰囲気を感じます。

 Waffleの名称は「Women AFFection Logic Empowerment」の頭文字からきています。テクノロジーって遠い存在だったり、ハードルの高いものと感じられたりしがちなので、お菓子やキャンディーやワッフルのような、楽しくてポップな印象を感じてもらい、ハードルを低くしたいという思いをロゴに表しました。世の中と自分たちの人生を、豊かでカラフルなものにしてほしいという願いから、このロゴのカラーリングになっています。

【明日へのLesson】向井千秋さんインタビュー

Waffle共同創業者・斎藤明日美さん(右)と

「IT」イコール「私に関係ない」 なぜ

——Waffleの存在意義は何でしょうか。

 IT分野がキャリアの選択肢として女性に認識されるように、社会を動かす歯車になることだと思っています。

 普段の学生生活の中で、プログラミングやITに触れる機会は少ないのが現状です。今、高等教育機関における工学部の女子学生比率は15%くらいしかなくて。だから「IT」イコール「理系」イコール「男子が多い」イコール「自分には関係ない世界」と思っている女子中高生が多いと思うんです。Waffle単独だけではなく、IT関連企業なども巻き込みながら、女子中高生にITの進路の選択肢を提供できる仕組みをつくることが、すごく大切だと思います。

 そのために、私たちの政策提言が骨太の方針に明記されたことは、効果をもたらすと期待しています。骨太の方針は政権の重要課題として国の予算措置が優先的に行われるほか、関連の制度改正などが行われる可能性が高くなります。今回、Waffleをはじめ若者の有識者による提言が積極的に採り入れられています。1文載るだけでもすごいとされる中で、これだけ採り入れていただけたのは、日本の社会が変わっていく第一歩ではないかと思います。

アメリカ留学時、South by Southwestで

アメリカ留学 ITに魅せられて

——田中さんは大学時代は文系でした。ITに興味を持ったきっかけは何でしょうか。

 大学時代にアメリカのテキサス州オースティンへ1年間交換留学したとき、春休み期間に「South by Southwest」という、テクノロジーと映画と音楽の祭典が町中で行われました。地元のレストランがライブハウスになり、おうちでもテクノロジーが体験できる。サムスンのブースでは、スマホで食べ物を注文したり、自分で書いた絵が即時にTシャツとなって参加者にプレゼントされたり。夜になるとジャスティン・ティンバーレイクが歌っていました。テクノロジーってこんなにエキサイティングでワクワクするものなの?!と知って、「こういう業界で働きたい」と思いました。大学3年生のときでした。

——やりたいことを見つけて帰国した日本は?

 日本の大学に戻ってみると、外国語学部だったので、周りは語学力を生かして「ホテルで働きたい」とか「CA(キャビンアテンダント)になりたい」といった人が大半でした。周りからはテクノロジーという言葉は全く出てこない。地元・大阪でIT関連の求人を調べてみても、なかなか思うような仕事がない。アメリカのIT分野の、あのワクワクする世界はどこに行ったの?という感じでした。

 まずはテクノロジーに近づく一歩として、マスコミ業界への就職を目指し、大学卒業後はテレビ番組の制作会社に就職しました。ですが、就職してみてテクノロジーとは無縁の世界だったことに気がつき、辞めました。

「みんなのコード」時代

夢をかなえる場所 自分でつくる

——現在のポジションにどう落ち着いたのでしょうか。

 「夢をかなえる場所がないなら、自分でつくり出すしかないな」って。まずは、当時マッチングサービスがはやっていたので、自分で作ってみようと、独自でプログラミングを学びました。でも、サービスやアプリを作りたいというわけじゃないと気づく一方で、この考え方やスキルは、子どもたちに必要だなと感じて、プログラミング教育にたどり着きました。

 将来的に自分で起業したかったので、まずはNPO法人「みんなのコード」で働きました。代表の利根川裕太さんはベンチャー企業やNPOなどのシリアルアントレプレナー(連続起業家)で、事業の立ち上げ方や、事業を成功させるために何が必要か、メンバーの集め方からPRやマーケティングなど、働いた2年間で、徹底的に仕込まれました。

——起業当初に抱えていた不安や、起業して気づいたことはありますか。

 不安はありませんでした。起業したころは「これって、どうやれば解決できるの?」と、解決策ばかりを考えていました。特にIT分野の男女差、ジェンダーギャップの解消です。

 起業して感じたことはたくさんあります。例えば、みなさんが一番気になるであろうお金のことは「がむしゃらにやっていたら、自然と後からついてくる」と思いました。最初は正直、お金にはならなかったのですが、今ではなんとか食べていけるようになりました(笑)。

橋本聖子さんと

Waffleがいらない世の中に

——「女性×IT教育」にこだわる理由は。

 ITは確実に伸び続ける分野であり、女性の活躍が将来的なIT業界の人手不足を解決できると考えているからです。国が掲げるミッション「Society5.0」は全てにITが関わってきます。例えば農業一つとってみても、労働力不足や後継者不足をロボットやITが解決できる。

 農作物を収穫するときも、成熟しているかを色で識別、大きさも画像認識で判別でき、ロボットが収穫できるようになります。女性関連だけでも、女性の健康問題をテクノロジーで解決する「フェムテック」、美容問題をテクノロジーで解決する「ビューティーテック」など、いろいろなところにテクノロジーが関わってきます。

 IT分野で女性がビハインドになっている現状をなんとかしたい。ジェンダーギャップを解消して、将来的にはWaffleが不要な世の中にならないといけない、と思います。

何もない場所に道路をつくる

——IT分野からジェンダー平等を推進する田中さんが、お手本とする国は。

 もちろん、海外の動向についても常にウォッチしていますが、日本のジェンダーギャップの問題は、先頭をいく他国と比べてお手本にしても仕方ない。日本の場合は、何もない場所に道路をつくっていくようなもので、独自につくりあげていかなければならないと考えています。

 世代間の価値観の違いも大きなハードルです。年配の世代の中には、「教育というのは平等である、だからジェンダーギャップなんて起きていない」と考える人もいます。

 それらを解消するためには、女性や若い世代の政治への参加も必要です。できるだけ多様な人たちが政治に関わることで、さまざまな意見が政策に反映されます。

「理系分野は苦手」思い込み

——そもそも女性だからIT分野には不向きというのはあるのでしょうか。

 IT分野に性差による不向きがあるとは思いません。でも、多くの女子中高生はプログラミングや理数系が「自分に合っていない」と思ってしまいます。例えば、既存の理工系の大学の女性比率の低さから、女性は「理系分野が得意ではない」と思い込みやすい。あるいは、教える側や教材を作る側に男性が多いことも影響しています。つまり、学ぶ側の問題だけではなく、作り手側、教える側にも関係していると考えられます。

 学校現場における解決策としては、理数系の女性教員を増やすことが挙げられます。中学や高校でもプログラミングを扱いますが、担当している教員は男性に偏りがちです。内閣府の調査では、理数系の教員に女性がいると「自分は理系タイプである」と思う女性の割合が上がると言われています。理数系の女性教員を増やすことを政府に提案するとともに、プログラミング教育に関する女性教員を増やす取り組みも、古巣の「みんなのコード」と協働で開始しています。

「安月給でいい」なんて言わせない

——10年先、Waffleあるいは田中さん自身はどうなっていたいですか。

 女子中高生にとって、ITやプログラミングの部活がテニス部くらい人気がある状態に……もっと身近なものにしたい。Waffleについては、活動を継続かつ広げていくためにもさらに収益性も意識していきたいです。

 私たちと一緒にテクノロジーで社会課題を解決してくれる優秀な人材をたくさん集めたい。「社会起業家で年収1000万円は当たり前だよね」というところまで持っていきたい。

 日本では、まだまだ社会課題を解決する人材の給与や待遇面は改善の余地が大きい。社会課題を解決するNPOにこそ、優秀な人材が必要です。

 すでに、アメリカでは大学生の人気就職先ランキングで教育系NPOが1位になったり、優秀な人材がNPOを就職先として選ぶ時代になっています。日本でも、それにならう非営利団体が少しずつ登場してきていますが、優秀な人材が入って来ないと、いつまでも解決されない問題になる。そこは大切な問題だと思います。

起業家精神にビビッときた
三嶋健太郎(DIALOG学生部)

 「ITに性差はない。わたしたちの事業が不要となる社会を目指したい」。田中さんのこの言葉に、私はビビッときました。

 徹底してITを身近なものにする。“事業の存続”よりも“理念達成”を重視する。田中さんは、アントレプレナーシップ(起業家精神)を備えている方だと感じました。

 理想を追い求めるだけでなく、収益も強く意識しています。自然にやっていることだと思いますが、田中さんの起業時から今までのステップは、私が机上で学んでいる経営ノウハウそのものです。自分の信念のもと多方面にアプローチをかけ、大変忙しそうでありながらも、とても生き生きとして、充実感が伝わってきました。

 今回のインタビューは、刺激的で有意義な時間でした。まさに、社会的イノベーションが起こる源泉を見た気がします。

 真摯に、愚直に、貪欲に。この三拍子のそろった人こそが、この社会に変革をもたらすのだと痛感しました。


田中沙弥果(たなか・さやか)

 1991年、大阪府生まれ。大学では外国語学部へ進学。学生時代に米オースティンへ留学。帰国後、テレビ番組制作会社を経て2017年にNPO法人「みんなのコード」参加。文部科学省後援事業に従事したほか、全国20都市以上の教育委員会と連携し教員がプログラミング教育を授業で実施するための事業を推進した。2019年にIT分野の性差解消を目指し一般社団法人Waffleを設立。2020年のForbes JAPAN誌「世界を変える30歳未満30人」受賞。内閣府の若者円卓会議委員。

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