

2021年6月、国会で育児・介護休業法が改正され、男性の育休取得を促す制度が盛り込まれました。これを受けて、東京都立高島高校の2年生を対象に、大学生たちによる出張授業が行われました。
キャリア形成、家族への思い、経済的な問題——。ロールプレー型のワークショップでは、夫、妻、上司の三つの立場に分かれ、生徒一人ひとりがしっかりと自分の役に引きつけて考え、白熱した議論が展開されました。
講師を務めたのは、朝日新聞DIALOGのパートナー企業POTETO Mediaや、DIALOG学生部のメンバーです。
28歳 パパになるゲンさんの葛藤
早速、ワークショップの様子をご覧ください。タイトルは「対決! 育休をとってほしい妻 VS. 働き続けてほしい会社の上司」。生徒たちは夫とその上司、妻の三つの立場に分かれて、育休について考えていきます。
2年4組は妻が3班、上司が2班、夫が2班に分かれました。妻と上司が夫を説得し合い、夫の過半数の支持を得たら「勝ち」です。講師が「勝った班には、お菓子をプレゼントします」と話すと「うおー!」と盛り上がります。
■ワークショップの設定
夫(ゲンさん)28歳。1人目の子どもが産まれる予定。「成長を見届けたい」「育休を取らずに仕事をしたい」気持ちの間で揺れています。
妻(ユイさん)27歳。中小企業のディレクター。育児に専念したい気持ちがある半面、キャリアも大事にしたいので早期の職場復帰を望んでいます。
上司(ハイバラ部長)50歳。期待を寄せている部下のゲンさんに対して「仕事を離れてほしくない」という気持ちを持っています。育休に対する理解が、それほどありません。

まずは各班、最初の話し合いが始まりました。
「育児って負担大きいじゃん。2人とも同じくらいの負担を担うべきだと思う」「うんうん」
「仕事を休まれたら、ほかの人の負担が大きくなるよね」「確かに」
「妻のことを考えてくれない人と結婚したくない……」「分かる!」
活発な意見が出ています。各班での協議が終わると、発表へと移りました。なぜ、男性の育休取得が進まないのか——。生徒たちが演じた発言をそのまま紹介します。
「同僚に負担」「出世が遅れる」
上司(男)「あなたが育休を取ったら、その仕事をほかの人がやることになり、同僚の負担が大きくなる。ほかにも育休を取りたいという人が出ては会社が困ります。まして、私たちの時代には育休なんてなくても十分やってこられたのに、取得する必要はありますか?」
上司(女)「あなたが休む間は仕事が進まず、利益が下がる。その責任を取ってくれるのか。今がんばれば、いずれ昇進できる。育休を取ったら出世が遅れ、収入は増えずに家計も厳しくなるんじゃない?」

「妻の負担を考えない? 別れる!」
妻(女)「育休を取らない人が多いのは、周りの目や圧力があるから。周りの圧を優先することは妻の負担を考えてないってことだから、そんな考えの人とは別れます!」
教室「おおおー!」
妻(女)「妻も夫も育休を取って、育児の負担を分かち合うべきです」
妻(男)「産後のお母さんって疲れちゃっている。夫はせめて1週間くらい休みを取って手伝うべきです」
さまざまな意見が出た後、シンキングタイムに移ります。
妻、上司が相手に対する反論や、自分たちの意見の強化を模索します。ここでは、会社への負担、キャリア形成への影響、経済的な問題、家族への思いなどが争点になっていました。
中間発表です。妻と上司の意見を聞いた夫に考えてもらいました。結果は……
育休を取る 5人
取らない 4人
妻が、わずかに優勢です。これを受けて、2回目の議論はより白熱しました。

「仕事の負担は分散できるけど…」
妻(男)「さっきの上司の発言はパワハラじゃないですか!」
妻(大勢)「お〜」「いいぞ!」
妻(男)「時代は変わっています。上司の時代の話を出すのは違うと思います。会社は、育休を取った人の仕事をみんなでサポートする体制をつくる必要があります」
妻(女)「仕事の負担は会社のみんなで分散できるけど、夫が育休を取らなかったら、家庭内の負担は妻一人にかかってしまう。どちらを優先するかは明白だと思います」
「給料が減るのは厳しい」
上司(男)「育休を取らずに経済面で支えるっていう人もいる。そういう人に、育休を取ったことで仕事の負担をかけるのはつらいかな」
上司(女)「仕事をしていても、妻と子どものことは考えられる。家族が1人増えて給料が減るのは、経済的に厳しいと思います」

子どもとの時間 おカネより価値
ここで、夫の一人が上司に対して「愛には勝てないんだよな……」と訴えます。これに生徒たちから笑いが起こり、「カネより愛だ!」と支持する声も。しかし、上司もすかさず「愛を捧げるためにも、おカネが必要なんだよ!」と反論。カネか愛か、という議論が出たことで、経済的な問題がクローズアップされていきます。
育休を取ると、その間、多くの企業では給料は支払われません。一方、休業前の給料の5~7割が育児休業給付金として受け取れます。
上司(女)「子どもが成長していくにつれて、おカネが必要になるはず。収入が減ることは負担になっていくし、おカネがなくなったら、愛とか言ってる場合じゃなくなる」
妻(男)「奥さんも働いてるし、貯蓄もあるはず。男性の育休は短期間が主流だから、そんなにおカネは減らない。奨学金もあるから大丈夫」
共働きの場合、夫と妻が同じくらいの収入なら、どちらが休みを取っても家計へのマイナスの影響は同じはずです。でも、現実には妻の収入が夫よりも低いことが多く、「休むなら妻が」となってしまいます。男女の賃金格差が、夫が育休を取るかどうかの判断を左右しているようです。
ここで講師から、具体的な収入ダウンの話が出ました。
講師「リアルな話、月10万の給料が6万になったらどうなんだろうね」
妻(男)「子どもとずっといられるし、奥さんの機嫌も良くなる。子どもとの時間は、おカネより価値がある!」
教室「おおおお〜」
夫(女)「父母の実家の近くに住むとか、そういう工夫もできる。育休を取っても取らなくても、育児しない男は変わらない。だったら(仕事を続けるという)自分の役割を全うしておカネを得たほうがいい」
わずかな差で勝ったのは…
最後に「これだけは言っておきたい」という人から一言ずつ。
夫(男)「愛しか勝たん!」
上司(男)「仕事の面では、また育休を取られたら困るからプロジェクトを任せられないとか、10年、20年先に信頼がなくなっちゃう場合もあるんじゃないか」
妻(男)「仕事より、家族といる時間のほうが長い。妻を手伝うために育休を取るべきだ」
さまざまな意見が出た後、採決を取ると……
育休を取る 5人
取らない 4人
勝者は妻となりましたが、その差はわずかに1人でした。
授業を終えて、上司役だった岡田真生さんは振り返ります。「育休は簡単に取れるイメージでしたが、上司側の意見を考えたことで経済的な問題が分かり、取りづらいイメージを持ちました」
妻役だった山川直也さんは、育休取得に意欲的です。「育休って長く取るものだと思ってたけど、難しいと思いました。でも短期間でも取れると知ったので、取りたいです」

■「青春、してるな……」と講師は言った
講師を務めた大学生や取材陣が都立高島高校に着くと、「こんにちは!」と生徒たちの元気な声に迎えられました。廊下にも、気持ちのいいあいさつが飛び交います。休み時間になると、あちこちで講師を囲み、スマホで「撮影会」。にぎやかな雰囲気に、講師の一人は「青春、してるな……」とつぶやきました。
「育休を取りたい」生徒は9割
白熱したワークショップに先立って、育休についての現状を学ぶ授業と、子育て経験者による講義がありました。この日の朝の1限目から振り返ってみます。
1限目。ざわつく生徒たち。講師が「高校時代は野球部で、丸坊主でした」と自己紹介すると、つかみはバッチリ。明るい雰囲気で授業が始まりました。
初めに、育休についての事前アンケートの結果が発表されました。
7割の生徒が「将来結婚したい」と考えており、6割以上が「子どもが欲しい」と思っています。また、育休については9割近くが「取りたい」と回答しました。

「職場に迷惑」男性の育休低迷
厚生労働省の2019年度雇用均等基本調査によると、実際の育休の取得率は男性7.48%、女性83.0%。育休期間も、2015年度の調査で女性は9割近くが6カ月以上だったのに対して、男性の半数以上が5日未満でした。授業後の7月末に発表された2020年度の結果で、男性の育休取得率は12.65%と初めて10%を超えましたが、やはり女性とは大きな開きがあります。
また、内閣府が2021年に行った意識調査で、20・30代の既婚男性に育休の取得予定や期間を聞いたところ……
取得しない 42.2%
1週間未満 17.1%
1〜2週間 8.9%
「1カ月以上の育児休暇を取得しない理由」は、次のような回答でした。
職場に迷惑をかけたくない 42.3%
収入が減少してしまう 34.0%
職場が男性育休を認めない雰囲気 33.8%
生徒たちは、あまり普及していない男性育休の現実を目の当たりにしました。

未来のパパママへ 先輩は語る
2限目は全クラスが体育館に集合し、子育てを経験したゲストたちの体験談を聞きました。
子育て経験者たちの話を聞いた女子生徒は、こう話します。「男性と女性それぞれの目線の意見も聞けたし、育休を取った話だけでなく、取らなかった話も聞けて良かったです」
男も家庭に まだスタートライン
鈴木優香(DIALOG学生部)

素直でまっすぐな意見がたくさん出され、多くの気づきと学びがありました。
改めて知った男性育休の現状。やっと10%を超えた取得率、しかも多くが5日未満と短い。
一方で、育休を取ることは簡単ではない、とも感じました。いろいろな問題はあるのかもしれませんが、それはお互い様。情けは人のためならず。多様な意見を認め合う、余裕のある社会にしていきたいです。
今回の法律改正は「女は家庭」「男は仕事」という風潮が強い社会で、大きな一歩だと思います。しかし、まだスタートラインに立っただけなのかもしれません。
根強い窮屈な社会規範の中にいること、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)を持っていることに、私たちが気づき、考え、変えていこうと行動することが大切だと思いました。
今回授業に参加した高校生のみなさんが、パパやママになるころにはどうなっているのでしょうか。平日に公園で子どもと遊び、ベビーカーを押して買い物。子どものためにキャラ弁作りにいそしんでSNSにアップして、休日は「パパ友」たちと一杯——。そんなパパライフが当たり前になっているかも?
人生へのまなざし 高2だった私と重なった
寺澤愛美(DIALOG学生部)=講師役

私の高校時代を振り返ってみると、ちょうど高2が初めて自分の人生に真剣に向き合い、悩んだタイミングでした。将来どうなっていたいか、自分は何に向いているのか。就職するか、専門学校に行くか、大学に行くか……。分からないながらも必死で考えていました。
育休を考えることは「子どもとの向き合い方」、そして「家族のあり方」を考えること。進路を決断するとき、自分が家族とどう関わっていきたいのかを考える機会が少なからずあるのではないでしょうか。突き詰めて考えていくと、きっとどこかで、育休という制度が浮かんでくると思います。
高島高校のみなさんは、このどこか遠く感じがちな育休の話を、目をキラキラさせて聞いてくれました。それぞれが育休を「今の自分」に関係する話であること、近い将来、直面するかもしれない問題であることに気づいてくれたからだと思います。
結婚や家族への考え方は、その都度、変わっていくと思います。誰にも先のことは分かりません。けれど、いざ決断を迫られたとき、最善の選択ができるような環境があってほしいな、と思います。
今ない選択肢を生み出すのも、今ある選択肢をより良いものにしていくのも、私たち若者世代です。これからの社会を一緒につくり上げていく高校生たちと一緒に、自分の将来、これからの社会について考えられたことを、とてもうれしく思います。