心の蓋を開ける——即興演劇 みんなが自分らしくいられる場所下村理愛さん・我妻麻衣さん×DIALOG学生部:朝日新聞DIALOG
2021/10/16

心の蓋を開ける——即興演劇 みんなが自分らしくいられる場所
下村理愛さん・我妻麻衣さん×DIALOG学生部

By 遠藤文香(DIALOG学生部)
りなさん(左)と、まいきーさん

 自分の気持ちの蓋(ふた)を自由に開けられるようになってほしい——。

 日本ではまだ認知が低い演劇教育事業を行っている下村理愛さん(32、りなさん)と我妻麻衣さん(34、まいきーさん)。インプロ(即興演劇)を通して、子どもだけでなく保護者にもコミュニケーション方法を伝えています。インプロが持つ可能性、そしてインプロを通して実現したい社会についてお二人に聞きました。

イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。活動への思いや生き方、めざす世界を共有して、その果実をDIALOGウェブサイトで発信します。

筋書きのない物語 子どもたちと

——まず、インプロとは何でしょうか

まいきー Improvisation(即興)の略称です。演劇ですが、セリフや役、エンディングが決まっていません。その場で、目の前の相手と関わり合いながら物語を作っていきます。例えば……

まいきー (包丁で何かを切る動作)
りな シェフ! いい魚が入りました!
まいきー お、今すぐ持ってきてくれ!
(拍手)

まいきー ……というように、一見シンプルなシーンですが、相手が何をやっているのかよく見て、自分と相手との関係性を見極めて、話を展開させていくことを一瞬一瞬で行っていきます。

【IMPRO KIDS TOKYO】予想外を楽しむ未来をみんなで創る(外部リンク)

——IMPRO KIDS TOKYO(IKT)はどのような活動を行っていますか。

りな 即興演劇の事業を子ども向けに行っています。一つは、子どもたちと保護者向けの習い事事業。もう一つは学校訪問です。最近まで企業研修も行っていましたが、これに関しては別の法人を立ち上げました。

——どんな生徒が参加していますか。

りな 未就学児から中学1年生までとその家族、約100組が全国からオンラインとオフラインで通ってくださっています。相手の話を受け取ったり発信したりすることに苦手意識を感じている方、コミュニケーションを勉強したい方だけではなく、既存の教育では扱っていない新しい習い事を始めたい方、純粋に表現が好きでお芝居をしたい方など多岐にわたっています。

輪になって 拍手をつなぐ

——クラスでは具体的にどのようなことをしているのですか。

まいきー 初めに、表現するのに安心・安全な場所を作ります。例えば“拍手回し”。みんなで輪になって、拍手を隣の人に回していくというワークです。自分が相手に何かを渡したら受け取ってくれる、ということを体でインプットします。お子さんは一人ひとり年齢や語彙(ごい)、得意なこと・苦手なことが違うので、講師は「このクラスではどんなプログラムをやったらいいかな?」と考えて、クラス全体にとって最適なワークを臨機応変に判断していきます。体を通した表現をチームで体験していきます。

りな インプロでは即興演劇に必要な何千種類というワークを行います。そのときのお子さんのニーズに合わせてワークを組み合わせます。さらに3カ月に1回“インプロショー”という形で、お客さんの前で即興でお芝居をする機会を設けています。

——発表する場があると、すごく楽しそうですね。

りな 受講者としてだけではなく、パフォーマーとしての自覚を持ってもらう。失敗を恐れないでお客さんをワクワクさせる行動を取ろう、という意識を共有します。

「イヤ!」もハッピーに言う

——受講の前後で生徒にどんな変化がありますか。

まいきー 人に話しかけるのが苦手だった生徒さんが、お店で店員さんに話しかけられるようになった、と保護者の方が教えてくれました。その子は「ワークを通して、自分の言ったことを相手が受け取ってくれることが分かったから」と理由を話してくれました。

りな インプロでは何でも受け入れ合うのではなく、ハッピーに「イヤ!」って言える関係性を大切にしています。最初は「イヤ!」って言えなかったけど、周りの目を気にせず言えるようになった子もいました。

——子どもたちの個性を引き出すために意識していることはありますか。

りな 私たちが設立当初からよく口にして、ビジョンにもなっているんですけど、“大人も子どもも一人の人間”という言葉を口酸っぱく言っています。先生と生徒という関係性ではなく、対等な表現者でいようと思っています。それは保護者も同じで「太郎くんのお母さん」ではなく「さおりさん」と呼んだりとか。呼ばれたい名前で呼び合うことで、自分たちのあり方を確認しています。何でも受け入れるのではなく、悲しいといった感情も伝えるようにも言っています。

花屋さんの花が全部燃えた! どうする?

——身体的な表現の重要性について教えてください。

りな 頭で考えるより体から入ることがインプロでは多いです。例えば“解決社長”というワークがあります。

まいきー うちの在庫の花が全部燃えてしまいました!
りな (パンと手を打つ)それはちょうどいい! 燃やしフラワーを売ろう!

りな 事前に何を言うか考えていなくても、手を打つ動作をやると思いついたりするんです。体を先に変えることで自分のマインドセットや表現方法が変わるというのをやります。

ほめればいい? 大事なのは相手の気持ち

——海外では演劇教育が盛んです。日本の教育にどう導入されていくと思いますか。

りな 学校教育に関しては、アクティブラーニングとして演劇を取り入れた教育が増えてきたと思っています。最近うれしかったのが、国語の教科書に“わたしは木”というインプロのワークが掲載されていたことです。誰でも簡単にできるワークが教科書を通して伝わると、先生にとっても生徒にとってもいい。また、学校でジェンダーバイアスについてのワークをしたことがあります。「最近の子どもたちは、多様性を受け入れることを頭では理解しているけれど、授業から離れると、ひとごとということが多い」という声も聞きます。多様性を受け入れるとはどういうことか、インプロを通じて体に落とし込むことができたらいいと思います。

——多様性を受け入れるワークは、具体的にどういったものですか。

りな “フォーラムシアター”というフォーマットをベースにした活動をしています。例えば、まいきーが野球好きな女の子を演じる。彼女の可能性を広げる声かけも、萎縮させる声かけもできる。班に分かれて考えて、彼女に声をかけに行きます。例えば「すごいね、教えてよ」と声をかける。言葉としては多様性を受け入れていますね。この後、まいきーからフィードバックをもらいます。

まいきー 「私は別にすごいことをやっているわけじゃないのに、すごいと言われたのをウソっぽく感じて心がザワッとした」

りな ……大事なのは何を言ったかではなくて、相手がどう感じたか。フィードバックをもらいながら、みんなで考えていくワークです。

まいきー 女の子の役を誰がやっているかで捉え方が変わってくる。こう言ったら相手に優しい、という正解はありません。

「大人が、萎縮した子ども」である

——相手によって言葉を考え、伝える力を養う。多様性があふれる社会にとって大切です。

まいきー 私たちは、子どもと大人の共通言語を増やしていくことを重要視しています。インプロの世界的権威、キース・ジョンストンさんは「『子どもが、未熟な大人』ではなく、『大人が、萎縮した子ども』である」と言っています。大人になるにつれて、社会の抑圧や人の目を気にして萎縮してしまう場合がある。大人のほうが表現しづらくなっている、ということがあるんです。大人が自分たちの表現にブレーキをかけて、子どもたちにもブレーキがかかりやすくなると、負の連鎖が起きる。だからこそ、習い事としても学校の授業としても、大人と子どもが一緒に学べることが大事です。“ファーストペンギン”や“ハッピーな「NO!」”が、大人と子どもの境界なく浸透していくのが望ましいです。

りな 大人の萎縮した心の蓋を取るのが、大事かもしれないね。

人生を見つめて 出会った二人

——さかのぼって、インプロに出会ったきっかけは何ですか。

りな インプロとの出会いは10年前。もともとお芝居をしていたわけではなく、筑波大学人間学群教育学類に所属していて、キャリア教育に関心がありました。「一人ひとりが自分らしい人生を歩んでいく教育をしたい」と思っていた大学4年生のとき、インプロに出会いました。しかし日本ではインプロの先生という職業がないので、コミュニケーションを教えるソーシャルスキルトレーナーとして発達障害や学習障害のある子ども向けの教育を4年間行っていました。その中でインプロの教室をやったところ、「楽しい」と言ってくれるご家庭が多く、全ての人がコミュニケーションを学べる機会があったほうがいい、と考えてIKTを立ち上げました。

まいきー 私は25歳のときに演劇を始めました。そのきっかけが東日本大震災。幼少期に仙台で過ごしていたので、そのまま宮城にいたら死んでいたかもしれないと思いました。そんなとき「もし死ぬとしたら、その前にお芝居がしてみたい」と思ったんです。小さいころに歌手になる夢があったんですけど、大人の何げない「バカみたい」という一言でその夢を言えなくなっていたことに気がつきました。小さな一言が、誰かのやりたいことを簡単に封じ込めてしまう可能性がある、ということを体験しました。お芝居の道に入って、インプロに出会って……。子どものころにインプロをやっていたら、人生が大きく変わったのではないか、と思いました。そして、子どもたちや保護者と共有できたら、私が子どものころに欲しかった教育になるのではないか、と。そんなタイミングで、ご縁があって、りなと一緒にIKTを立ち上げることになりました。

得意でないこと やらなくていい

——「人前で自分の意見を発表できるようになりましょう」という流れがありますが、発表が苦手な人もいます。全員に表現を求めることはどうなのでしょうか。

まいきー すごく大事な意見だと思います。表現をしましょう、というのが暴力的なものになってはいけない。IKTで大事にしたいのは、その子たちが持っている能力や気持ちに蓋がされているなら、その蓋を自分で開け閉めできるようになってもらうことです。「やりたい」「やりたくない」を言えるのは、すごく大事。得意でないことをやらせるのは、大人の思い描くレールに子どもたちを乗せることだと思います。

りな IKTを立ち上げたとき、「表現が苦手」というのは周りとの関係性が大きく影響していると思ったんです。この人の前ではたくさんしゃべれるけど、この人の前では萎縮しちゃう。まさに私がそうだったときがあって。高校のとき、周りの志望校が東大とか医学部ばかりだったので「絶対、私も医学部行くね」ってウソをついていて……。その子の表現が下手、で済ますのではなく、安心して表現できる場所を作ることを大事にしています。

カナダへと旅立つ、りなさん=9月、成田空港、まいきーさん撮影

日本とカナダ 夢の続き 次のステージ

——これから挑戦したいことと、未来に向けた思い、学生へのメッセージをお願いします。

りな IKTは、現在スタッフ16人くらいが活動しています。IKTの雰囲気を共有する仲間を増やすことが、子どもたちの表現の安心・安全な場につながっていくと思います。個人としては、9月からカナダのバンクーバーに拠点を移します。留学コーディネートでつながりを作っていければいいなと思います。学生さんって萎縮する場が多いですよね。就活とか、発表して評価される場とか。一つでも安心して表現できる場があることが、自分を取り戻す上で大切です。IKTはいつでもその場になるので、ぜひ来てください。

まいきー 心身の健康以上に大事なものはこの世にないと思っています。自分自身がどう感じているのかに気づいて、アウトプットできるか、できる環境があるかが大事です。個が集合すると、それは誰かの環境になると思います。一人ひとり、少しずつ、インプロを通してお互いを尊重し合える輪が広がってほしい。心が疲れたら、頑張らないことも大事です。自分の心が何と言っているのか、キャッチしながら楽しく歩んでいければいいなと思います。

引っ込み思案だった かつての私も
遠藤文香(DIALOG学生部)

 即興演劇と聞いて抵抗がある方も多いのではないでしょうか。

 私自身、演劇を通して表現しやすくなったと実感している一人です。私の場合、演劇教育ではなかったのですが、小学6年生のときに演劇クラブにたまたま入って、心の蓋を開けられるようになりました。引っ込み思案だった私が周囲に気持ちを伝えることに抵抗がなくなったのは、演劇を通して安心感を得られたからだと気づかされました。

 表現を生徒に強いるのではなく、心の奥に秘めた思いをアウトプットできるようにする、というお二人の姿勢に感銘を受けました。子どもを一人の人間として尊重し、気持ちに正直になることを大切にしていることがお話から伝わってきました。

 海外に比べて、日本ではあまり広まっていない「演劇×教育」。多様性の受け入れを頭だけでなく、経験としてインプットすることは、これからの社会に必要だと感じます。

 インプロが広まっていけば、自己表現のしやすい社会になる。ひとごとではなく私自身も、誰かにとって安心して表現できる相手になろうと思いました。


下村理愛(しもむら・りな)

 IMPRO KIDS TOKYO代表理事 / 株式会社フィアレスCCO。1989年生まれ。筑波大学人間学群教育学類卒、筑波大学大学院教育研究科修了。東京学芸大学高尾隆ゼミでインプロを学びながら、カナダやアメリカへの留学などを精力的に行う。株式会社LITALICOで約4年間、発達障害のある子どもたち延べ3000人のレッスンを行う。2021年からバンクーバーに拠点を移す。

我妻麻衣(あづま・まい)

 IMPRO KIDS TOKYO 代表理事/株式会社フィアレスCHO。1987年生まれ。表現教育・企業研修事業と並行して、芸能事務所に所属しながら映像・舞台・学校での演技講師を行い、即興パフォーマンス集団:Dでインプロのショーを行う。

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