

多くの人に認知症当事者の声を届けようとしている青木佑さん(31)。
社会福祉協議会での勤務経験をもとに、「認知症未来共創ハブ」とNPO法人「issue+design」で活動しています。認知症について当事者の視点から分かりやすく解説し、認知症の世界をのぞける『認知症世界の歩き方』の制作に携わりました。認知症の世界を生きるかもしれないのは、他人ではなく、将来の私や大切な誰か——。あらゆる人に優しい世界にするために、できることを教えてくれました。
■イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。活動への思いや生き方、めざす世界を共有して、その果実をDIALOGウェブサイトで発信します。

認知症世界の歩き方(ライツ社)
“なかなか理解してもらえずに困っていた「認知症のある方が実際に見ている世界」がスケッチと旅行記の形式で、すごーくわかる! まるで「ご本人の頭の中を覗いているような感覚」で、認知症のことを楽しみながら学べる一冊です”
不思議だけど共感 エピソード満載
まず、9月に刊行された『認知症世界の歩き方』をひもといてみましょう。
認知症は、つらいことばかりなのでしょうか? 認知症の人は、みんな同じ問題を抱えているのでしょうか? 『認知症世界の歩き方』は認知症のある方ご本人へのインタビューから作られました。当事者の目線から認知症の世界を旅することができます。
不思議だけど、どこか共感できる、そんなエピソードをのぞいてみてください。
それでは、青木さんに、この本の制作過程や、自身の体験について語ってもらいましょう。

ミステリーバス——認知症世界。この世界には、乗り込んでしばらくすると、記憶をどんどん失ってしまい、行き先がわからなくなる不思議なバスがあるのです。
©️2021 issue+design
【issue+design】社会課題とデザイン 筧裕介代表に聞く
ネガをポジに 楽しく表現
——プロジェクトで大切にしていることは何ですか。
認知症の「怖い」や「なりたくない」といったネガティブなイメージを、どう暗くならないように、受け手が「ちょっと楽しい」と感じるような表現にできるかを大切にしています。
——手応えは感じていますか。
いろんな人に本を手に取ってもらい、うれしいです。「認知症のケアをしているが、こんなふうに見たことがなかった」という感想をハガキで頂きました。違った視点を、みなさんと共有することができて良かったと思います。また、小学生のお子さんが自然と手に取って読んでいるという親御さんからの声ももらいました。
重ねたインタビュー 13のストーリー
——当事者の話を聞くことは難しかったですか。
認知症未来共創ハブは、認知症の方100人にインタビューをしました。そのうちの何人かの声をメインに体験を書き出し、分類し、構造化することで13のストーリーにつなげました。 私も何人かにお話をうかがいましたが、軽度の方、40代、50代の若年性認知症の方もいらっしゃいました。初めて会った私から、「認知症で困っていることはありますか」と突然聞かれても、答えづらいですよね。認知症のある方だから、ということに限らないと思いますが、答えやすい雰囲気を作ったり、日常の話や好きなことから聞いていったり、聞き出し方を工夫しました。
——話を聞くことの大切さ、福祉の仕事について教えてください。
自分の人生では通らなかった、経験できなかったことが得られ、自分が豊かになる感覚があります。福祉の仕事に華やかさはないかもしれません。ただ、「きつい」「汚い」というイメージを持たれるのはつらいです。そのイメージを覆したいと思っている人は多くいて、そういった前向きな思いを持っている人たちと仕事ができるときがうれしいです。

顔無し族の村——認知症世界。この世界には、顔が千変万化するため、人を顔では識別しない。つまり、イケメンも美女も関係ない顔無し族が暮らす村があるのです。
©️2021 issue+design
「できないでしょう?」ではなく
——インタビューを受けた認知症の方々の反応は。
「役に立ててうれしい」と言ってくださる方が多かったです。ご家族も「昔の話ができてうれしかったみたいです」と話されていました。 どのような状態であっても、人の役に立ちたい気持ちはみなさん強いのだと実感しました。それを奪っているのが、私たちの「認知症だから、できないでしょう?」という偏見です。認知症ではなくて、その人をそのまま見て関われたらいいなと思います。
——もともと認知症や医療介護福祉領域に興味があったのですか。
大学時代、専攻はキリスト教や哲学でした。親が医療関係の仕事をしており、なんとなく病院で働いてみたいと考えていました。 大学を出てから1年間専門学校に通い、社会福祉士の資格を取得しました。対人援助の勉強をしているうちに、社会の「こうあるべきだ」とされているところに入れず課題に直面している人がたちがいることを知り、その課題がその人自身のせいとされるのには違和感を覚えました。そこに私のやれることがあるのではないかと思いました。

服ノ袖トンネル——認知症世界。この世界には、一見簡単そうに見えるのに、壁にぶつかり、袋小路にはまり、なかなか出口にたどり着かないトンネルがあるのです。
©️2021 issue+design
誰でもなる 若い世代も自分事
——どういった世代に読んでほしいですか。
認知症は誰でもなりうるものです。認知症予防などと言われていますが、確実な対処法はありません。若い世代であっても、近い将来に家族が認知症になることは大いにあり得ます。 50代、60代だけでなく、広く多くの人に読んでほしいと思っています。
——若い世代はどのように認知症に関わっていけばいいですか。
若い人には、まず認知症について知ってもらうことが重要だと考えています。認知症についてのイメージは気づかないうちに固まっているものです。 私たちの本を読む、違う人の話を聞く、認知症当事者が発信しているSNSを見るなど、いろいろな声を聞くことから始め、認知症の方が感じていることや困っていることについて想像力を働かせてほしいです。
私自身も、認知症の方が体を動かすことや形を認識することが難しいと知ってから、街の看板などデザインされたものへの見方が変わりました。
また、孫の立場から(認知症の)祖父母に働きかけることも有効です。「孫の言うことなら」と聞いてくれる場合もあると聞きます。 お父さんやお母さんが疲れているとき、代わりに何かを一緒にしてあげてください。

障害は、むしろ社会の側にある
——青木さんの信念、望む社会とは。
認知症への対応や困りごとは、発達障害のある方が抱える課題に近い、と言われることもあります。障害は本人ではなく、社会の側にある。そう考えると、社会が変われば、障害は少なくなります。理想としては強者、弱者の考え方がなくなればいいなと思います。人を分類したがる人、潜在的な差別を持っている人もいます。無意識の差別が、他の人をはねつけない世の中になればいいなと思います。
——どうすれば、認知症フレンドリーが広まると思いますか。
銀行や携帯電話のお店などで対応する方に、認知症について当事者と同じ視点で知識を深めてもらい、関係を作ってもらえたらいいなと思います。認知症のある方は、対応してくれる人がよく知っている人や顔なじみの人であれば、安心して手続きができると聞きます。あとは、公共交通機関の効率化が進んで使いにくくなり、認知症の人が電車やバスを利用する機会が失われていっています。認知症の人が安心して外出できるような社会を、当事者を真ん中に、企業や研究者などあらゆる人たちとともにつくっていきたいです。
おばあちゃん、素敵な本に出会ったよ
猪又玲衣(DIALOG学生部)

私は保育園から小学校高学年にかけて認知症の祖母のもとに預けられていました。日に日に症状が進み、同じ話を繰り返す祖母に嫌気が差すことは多々ありました。
祖母は亡くなってしまいましたが、今回の取材を通して、私は祖母の「今までできていたことができなくなっていく」という感情や祖母自身に向き合ったことはあっただろうかと感じました。
もし、あのときにこの本に出会い、認知症について知り、祖母が日常生活で「難しい」と感じていること、その背景を分析し、改善方法を見つけることができたなら——。そう考えてしまいます。
この本を、認知症当事者の方々はもちろん、かつての私と同じような環境にいるご家族たちに読んでほしいと思います。相手を理解することが、相手に優しくなること、相手を受け入れることにつながると感じるからです。
また、認知症の方々に優しい世界は、全ての人にとって優しい世界になると気づきました。「左右や東西南北など、方向感覚が失われる」や「複数のことを同時に実行できない」などは私にも経験があります。無意識下でひとごとだと思っている可能性に気づくことが重要なのではないかと感じました。
青木佑(あおき・ゆう)
大学卒業後、専門学校で社会福祉士の資格を取得。埼玉県社会福祉協議会で、県内の知的障害児・者支援施設や市町村社会福祉協議会の職員とともに研修・会議などの企画・運営を担当。2019年からissue+designで認知症未来共創ハブのプロジェクトに参画。2021年9月に出版された書籍『認知症世界の歩き方』(著者・筧裕介、ライツ社)の制作に携わる。認知症に限らず、あらゆる生きづらさを減らしていきたいと考え、産む・産まないにまつわるウェブメディア「UMU」の運営にも関わっている。