
子どもたちの小さな変化に気づき、何でも気軽に話せる環境をつくりたい——。子どもたち一人ひとりに向き合って活動しているのは「小さな森の学童」代表・松野恵利香さん(27)です。
地域との連携を大切にしながら、子どもたちに寄り添う。松野さんの現在の取り組み、起業に至るまでのステップ、思い描く未来について聞きました。
■イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。活動への思いや生き方、めざす世界を共有して、その果実をDIALOGウェブサイトで発信します。
ルールも子どもたちが決める
——現在の活動について教えてください。
今年7月に「小さな森の学童」という学童保育の事業を堺市で始めました。小学校から近い、古い一軒家で開いています。
よく来てくれるのは、保護者の方がとても忙しい子です。公立の学童よりも遅くまで預かっていたり、希望があれば夜ごはんを出したりしていることが理由だと思います。
宿題やおやつを終えて、どんな取り組みをするのかは子どもたちに決めてもらっています。学童内でのルールも子どもたち自身に決めてもらっています。
小規模なことにメリットを感じて来てくれる子もいます。私自身、小規模だからこそ子どもたち一人ひとりと向き合えるというところを一番大事にしたかったので、名前には「小さな」と入れました。
——「森の」に込めた思いも聞かせてください。
「子どもたちがワクワクするように」という思いつきです。森には木の実や動物など、いろんなものがあふれているイメージがあります。カリキュラムを決めずに、ビュッフェのように楽しむ。そんなところが「森」という言葉で表せるかなと思いました。
■放課後児童クラブ(児童クラブ、学童クラブ、学童保育) 児童福祉法における「放課後児童健全育成事業」の通称です。保護者が共働き等により昼間家庭にいない小学生を預かり、その遊びと生活を支援し、健全育成を行っています。専門の職員(放課後児童支援員)等が従事しています。(一般財団法人「児童健全育成推進財団」HPから)

私と同じ経験 絶対させない
——学童を始めたきっかけは。
もともと、子どもの精神疾患の問題を解決したいと思っていました。今の時代、子どもが精神疾患を患うことは珍しくありません。クラスで1人、2人いると言われるほどです。経済的な状況や学力、人間関係にかかわらず、目に見えないものを抱え込んでしまう。「なんでこの子が?」といった子が増えているんです。
私自身、小学生のとき、精神的な理由からごはんが食べられなかった時期がありました。こんな経験を、自分の周りの子どもたちには絶対させたらアカンと思い、そこはぶれることがありません。
学童は、小学校の子どもたちが放課後に過ごす場所。「これをしないといけない」といったことはありません。子どもたち一人ひとりに寄り添った関わり方ができるのではないかと思いました。「第二の家」のような学童なら、子どものちょっとした変化を保護者の方に伝えたりもできます。
何でも聞くよ 交換ノート
——「ヘルプ」と言いやすい環境づくりをしている。
工夫は二つあります。
一つは、小さなカードのようなものを置いて「直接言いにくいことがあったら、ここに書いてね」と子どもたちに伝えていること。「何でも聞いてくれる人がいる」ということを子どもたちに知ってもらうのが大事かなと思います。
二つ目は、私と子どもたちの交換ノートを1人1冊、用意していることです。「いつも見ているよ」という思いを伝えるだけではなく、こうしたツールを用意することに意味があると思っています。
交換ノートに「お兄ちゃんが反抗期で、お母さんとケンカして……」など直接は言わないけど書いてくれた子もいます。
——精神疾患を患っている子が来るわけではない。
初めは精神疾患を患っている子への直接のアプローチも考えましたが、なってしまってからでは遅い。精神的にも身体的にも大きな影響がある。だったら予防することに力を注ぎたい。そこで、入り口の広い学童を選びました。

新卒→不動産→フィリピン
——新卒で一般企業に就職されました。「小さな森の学童」を立ち上げる前のお話を聞かせてください。
今ほど明確ではなかったですが、もともと子どもの第三の場づくりのようなものに興味がありました。でも、就職活動をしている際に教育とビジネスのバランスに納得がいくものに出会わなかったんです。
そこで一度、お金の大きな流れが見えるところでビジネスを学ぼうと思い、不動産業界に就職しました。2年働いた後、海外のNGOで1年間フリースクールの立ち上げを経験し、「学童の関わり方が理想かも」と思うようになりました。学童を勉強するため、日本に帰ってきて2年間、学童で働きました。
——フリースクールの立ち上げ?
フィリピンのセブ島から船で1、2時間の島で、日本人向けのホームステイプログラムを作る取り組みをしていました。そこは今も自給自足の生活をしていて、島のみんなで子育てをしているような温かい場所でした。
——そして2年間、学童で経験を積んだ。
関西の大規模な民間学童で、一つの学童の責任者を2年間していました。子どもたちの受け入れの準備をして、子どもたちが来たら何をするか一緒に考えて、保護者の方と連携をとって……今とやっていることはあまり変わらないですね。

「このお金って?」答えられるように
——様々な経験から、どうビジネスを学びましたか。
ビジネスは、違和感なくお金をもらうことだと思いました。本当に価値があると思えば、違和感なく提案できる。
例えば、学童の入会金。相場は2万、3万円で、最初、私は1万円にしようかと考えていましたが、「このお金って何だろう?」って。「何の1万円ですか?」って聞かれたら、答えられないと思いました。そこで事務手数料として最低限必要な額に下げることにしました。きれいなお金のもらい方を考えることが、ビジネスだと思いますね。
少人数でも利用料は抑える
——松野さんが描く「違和感のない形」とは。
精神疾患の予防に大切なのは、ちょっとした変化に気づけたり、子どもたちがヘルプを言えたりすることだと思っています。そのためには少人数の場をつくることが大事だと考えました。
しかし、公立の学童は大人数のところが多い。民間の学童は少人数にできますが、利用料が高くなる。また、学童の先生たちの給料の低さや、非正規雇用の多さも課題です。
私の学童のモデルで言うと、利用料は民間の5~6割に抑え、スタッフの給料は民間の学童の1.5倍くらいです。ビジネスとしてちゃんと回っていれば、誰にとってもいい形をつくれると思っています。
——具体的な方法は。
シンプルですが、必要ではないところにお金をかけないということです。
英語のプログラムがあったり、場所が駅前だったりすると利用料は高くなってしまう。「小さな森の学童」は大人目線ではなく、子ども目線でいらないものを省いた結果、今の事業モデルをつくることができたのだと思っています。

地域の目 子育てネットワーク
——目指す次のステップは。
地域の目を増やすことですね。現在も近くの習い事教室の先生と連携して送迎などを行っていますが、もっと広げて連携を深めたい。「学童ではこんな感じでした。そちらではどうでしたか?」。こんな会話を増やしていけたら、今よりもっと、子どもに目をかけられると感じています。
——最後に、若い世代に向けてメッセージをお願いします。
違和感を残す選択って、絶対にしなくていいと思います。私は今、納得する形で学童をスタートすることができましたが、これまでに葛藤はたくさんありました。「そんなもんかなぁ」と妥協していた思いは、いつしか「そんなもんじゃない選択をしよう」と変わりました。学生のころから、あきらめず、妥協せずに挑戦してほしいなと思います。
「預かる」を超えて 寄り添う
阿部千優(DIALOG学生部)

私は公立の学童でアルバイトをしています。多くの子どもを預かっているため一日のスケジュールが決められ、「これがしたい」という子どもの思いには応えられないことも多いです。
ルールも遊びもみんなで決める。少人数だから一人ひとりに目をかけられる。小さな森の学童を、私はうらやましいと思いました。幼いころにもらった、どこか懐かしく温かかった愛がそこにあると感じたからだと思います。
「学童は『これをしないといけない』ということはない」。松野さんが経験を積み重ね、ぶれない思いを形にする場所として最適だった学童は、子どもとの関わり方が幅広く、一人ひとりに寄り添える場所だと、改めて気づかされました。学童という場で働いていても、分かり得なかったことです。
子どもたちは日によってしたいことが違うし、何だか気分が乗らない日だってある。誰だってそうだと思います。どんな日でも、みんなが帰れる「家」。「おかえりなさい」と温かく迎え、寄り添ってくれる場所があることが、誰しもの笑顔につながることを感じました。
小さな森の学童は「預かる」という学童の形を超えた、「第二の家」なのだろうと思います。
松野恵利香(まつの・えりか)
1993年、大阪府出身。自身の幼少期の経験から“子どもたちの第三の場づくり”を志す。大学卒業後、一般企業での経験を経てフィリピンで日本人小中学生向けのオルタナティブスクール運営に携わる。帰国後、民間学童の施設責任者を務め、より持続可能な形で理想の学童を作りたいと思い、2021年7月小さな森の学童設立。