きんぎょがにげた 居場所を求めて、にげてもいいんだ絵本作家・五味太郎さん:朝日新聞DIALOG

きんぎょがにげた 居場所を求めて、にげてもいいんだ
絵本作家・五味太郎さん

By 杉山日菜子(DIALOG学生部)
五味太郎さん=東京都中央区、福留庸友撮影

 五味太郎さんの名前を聞いて、どの絵本を思い浮かべますか。「きんぎょがにげた」「きいろいのはちょうちょ」「みんなうんち」「さる・るるる」……。

 若い世代が各界の著名人と対話する「明日へのLesson」。今回は、400冊を超える絵本を制作してきた絵本作家の五味太郎さん(76)をゲストに迎えました。

 インタビュアーは川崎和也さん(30)と我妻麻衣さん(34)。川崎さんは、環境に良いファッションを効率的に創り出すAIや3D技術を開発する会社「Synflux(シンフラックス)」共同創業者。我妻さんは、一般社団法人「IMPRO KIDS TOKYO」で子どもたちと一緒に即興演劇に取り組んでいます。五味さんの絵本を読んで育ったという2人が、その創作の秘密に迫りました。

世界観?「わかんないっす」

 オレと趣味が合うヤツが世界にどれくらいいるのかってだけなんだよね。いるんだな、これが。

 「見た目だけではなく、着る人のビジョンまで考えながら服を作るのがデザイナーの仕事」と語る川崎さんは「五味さんの世界観はどのように作られているのですか」と質問しました。

 五味さんの第一声は「わかんないっす」。世界観を考えながら描くことはしないそうです。

 「運良く、絵本という仕事ができそうで、やりたくて、やれてきた。オレと趣味が合うヤツが世界にどれくらいいるのかってだけなんだよね。いるんだな、これが」と五味さんは語ります。

 五味さんの絵本は、海外でも多くの国々で翻訳・出版されています。1981年に日本で「みんなうんち」を出版すると、すぐにフランスの出版社から出版オファーが入り、編集者が五味さんに会いに来たそうです。

 「オレが面白いと思うところを、彼女も面白いと言う。趣味が合う。だからフランスで出す。韓国人が来て、中国人が来て、アメリカ人が来て、イスラエル人が来て……でも、みんな共通の話をしているとは思ってないし、国と付き合っているつもりもない。編集者と仲が良く、気が合うから出版するだけ。そういうネットワークが自然にできていることがハッピーだなと思っている」と、五味さんは振り返ります。

我妻麻衣(あづま・まい) 1987年生まれ。2018年、下村理愛さんと「IMPRO KIDS TOKYO」を設立し、子どもと保護者向けに即興演劇の習い事事業と学校訪問を行っている。株式会社フィアレスでは企業向けに即興演劇の手法を用いたワークショップ型研修で、人や組織の恐れを取り除き、誰もが創造性を発揮できる場づくりを行う。芸能事務所で俳優・声優として活動、即興パフォーマンス集団:D(コロンディー)で即興演劇のショーを行う。

ひらめき突然 半裸で「さる」

 いつ来るか分からない緊張感があるからね。面白いよね。

 「どうしてこんなもの思いつくんだろう? 『さる・るるる』とか……」。川崎さんは、五味さんのインスピレーションがどこから湧いてくるのかに興味津々です。

 「生まれつき。トレーニングをするものではない。言葉を変えれば、いたずら」と五味さんは即答します。

 『さる・るるる』はシャワー中、突然思いついたそうです。

さる・るるる(五味太郎・著)絵本館

 「かる、きる、くる、ける……『る』をつけるとほとんどが動詞化する。これは本になる、と思いついて、シャワーから上がって上半身裸のまま下絵を描き始めた」。思いついてから描き終わるまで6時間足らず。驚くべきことだったと五味さんは振り返ります。

 「決まりきったやり方では、新しいものは作れない。五味さんなりのエピソード、お風呂の話を聞けて良かった」と川崎さんはうれしそうです。

 シャワーを浴びながら着想したことについて五味さんは、「そういうことが、いつ来るか分からない緊張感があるからね。面白いよね」と言います。

 現在エッセイ集を制作中で、イラストの代わりに、20年間撮りためてきた写真を使う予定です。

 写真を見返すとき「オレは、何でこれを撮ったんだろう?」と、撮影したときの自分に興味が湧くそうです。「『さる・るるる』を描いたときの自分にも興味がある」とも。

川崎和也(かわさき・かずや) 1991年生まれ。スペキュラティヴブ・ファッションデザイナー。「Synflux」CEO。慶応義塾大学で研究をともにした仲間と2019年にSynfluxを設立。会社のビジョンは、デジタルとサステイナビリティーを掛け合わせ次世代のファッションを提案すること。2019年、H&Mファウンデーション主催「グローバル・チェンジ・アワード」アーリーバード特別賞。編集書に「SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて」。

途中から脱線気味で……
 3人並んでの写真撮影中、我妻さんの提案で「ワンワード」というゲームが始まりました。即興で一言ずつ発して話を紡いでいきます。(一部敬称略でお伝えします)
 「朝日新聞はね」(五味)、「めちゃくちゃ」(我妻)、「……」(川崎)。言葉に詰まった川崎さんに我妻さんは「いいんです。うまくいくことが大事なわけじゃないですから!」。「朝日新聞っていうのが難しかったんですよ!」と悔しがる川崎さん。
 「朝日新聞が」と、気を取り直して今度は川崎さんから。「最近」(カメラマン)、「売れなくなって」(五味)、「困っている」(我妻・川崎)、「だから」(五味)、「今日も」(我妻)、「頑張って」(川崎)、「やりましょう!」(五味)。息ぴったり、見事一文が完成しました。

アイウエオ順、背の順…なぜ?

 これが好き、これが嫌いという、その判断の基準になるものが絵本のチョイスという形で出ている。

 どのように個性を守るのかという話で3人は盛り上がります。

 我妻さんが「周りの反応を気にせず、自分の意見を言っても良い」と気づいたのは大人になってから。現在、保護者と子どもに向けた即興演劇に取り組んでいるのは、「嫌なことを嫌」と言える体験を子どものときからしてほしいためです。

 一方、川崎さんは、「自分の意見を言えるのも大事。だけど逃げ場があればいい」と話します。「SFが好きでオタクだった。仲間と話が合わなかったので、図書館に逃げた」と告白し、「周りと違うことを自分なりに納得、消化できるのが物語や架空の世界。他人が否定しても、物語が自分の違いをもっと伸ばしてくれればいい」と語りました。

 日本には、個性を守ろうという考えが浸透していない、と五味さんは感じています。「男の子、女の子があって、名前はアイウエオ順に呼ばれ、オレは背が高くないから前から2番目。なんで背の順番で並ばされるんだろう?」と子どものころから疑問に思っていたそうです。

 五味さんは「僕のタイプの色に手を出さない子もいるし、(ミッフィーの絵本で有名な)ディック・ブルーナさんの本に行く人もいる。それが、もう個性だから」と主張します。そして、「読み聞かせはやめてほしい。子どもは本が読めない? そんなことはない。色は見ているし、形も。読めないという話ではない」とも語りました。

 川崎さんは「五味さんは徹底的にユーザーである子どもが大事ですね。学校でも絵本でも子どもが楽しめばいい」と指摘すると、五味さんは「そうだよね、パワフルなユーザーであってほしい」と応じました。

ひよこはどこへ 悩んだ結果

 自分の居場所を探したい。やり方を探したい。

 五味さんのもとには、世界中からたくさんの手紙が届きます。中には、五味さんも気づいていないことを指摘する子どももいます。

きんぎょがにげた(五味太郎・著)福音館書店

 金魚鉢から逃げた金魚がかくれんぼしながら動き回る絵本『きんぎょがにげた』。その本を読んで、「自分発見だ」と言って、歌までつくった女の子がいました。「金魚が自分を発見する。そうかもね。かくれんぼの話でもいい。お友だち探しでもいい」と五味さんは言います。

 「最後は友だちと一緒になったほうが良いかな?」と思い、当時はそう描き上げましたが、「こいつ(金魚)はまた逃げる」と無意識に感じていたと振り返ります。

 『きんぎょがにげた』から40年後、「逃げる」ことを意識して今度は『ひよこはにげます』を描きました。「人間は逃げながら成長する」と五味さんは改めて気がついたからです。

 五味さんは「ひよこはにげます」を途中まで順調に描いていましたが、最後の部分で行き詰ってしまいました。そんなとき、「おうちににげる」という言葉を思いつきます。「家から飛び出し、成長してから家に帰る。だから昨日とは違う。おうちににげますって言葉が自分の中で響いて、これいけるよなと思った」

 我妻さんは「ひよこが自分でどんどん走って、最後は家に戻る。逃げるのも戻るのも、自分で選んでいるのがすごく好き」と言います。

きらめく個性が世界を変える

 絵本のために絵本を描いて絵本なんだよ。だからいい。

 「絵本を通して伝えたいことはありますか」という我妻さんの質問に、「ないよ。もしあったら渋谷で演説してる」と五味さんは笑います。絵本は、五味さんにとって主義や主張を表現する場ではないようです。

 ただ、「自分で考える力」を子どものころから身に着けてほしいと言います。

 五味さんは幼いころから、様々なことに疑問を持ち、自らの考えで行動してきました。なかなか変わらない社会に対して、こう訴えます。「子どものオリジナリティー(個性)を伸ばしていけば、世の中は変わっていくと思うんだよね。文句ばかり言って、自分で動かないのはつまらない」と語りました。

 我妻さんが「個が集まれば環境になる、という言葉もありますね」と言うと、「まとめるの、うまいね」と五味さんは微笑みました。

ダメな人間だ…なんて、もう思わない
杉山日菜子(DIALOG学生部)

 大好きだった「わにさんどきっ はいしゃさんどきっ」を読むたび、目にしてきた五味太郎さんの名前。

 「オレ、温泉に行くと逆に緊張しちゃう。いつもリラックスしてるからさ」と五味さん自身が漏らしていたくらい、本当に自然体で自由な方でした。

 「向き、不向きにもっと集中するべき」。特に印象に残った言葉です。「学校教育は自分に合わなかった。自分のやりたいことがやれない教育」と五味さんは話していたのですが、私自身は学校で、コツコツ真面目に勉強することがとても向いていました。

 一方で、大学生になると、自分の意見を主張したり、自己PRをしたりする場面で困ってしまい、人と自分を比べては「ダメな人間だ」と思うようになりました。しかし、五味さんの言葉で「自分はそういうことに向いていないだけ」と少し心が軽くなりました。

 人にはそれぞれ、向き、不向きがあります。学校で、苦手なことに向き合わないといけなくて、生きづらさを感じる子どもも多いのではないでしょうか。「きんぎょ」「ひよこ」のように逃げ回ってみましょう。逃げた先に、自分のやりたいことや居場所があるのかもしれません。


五味太郎(ごみ・たろう)

 1945年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所を卒業後、工業デザイナー、グラフィックデザイナーなどを経て、絵本作家に。子どもから大人まで幅広いファンを持ち、『さる・るるる』『きんぎょがにげた』 『きいろいのはちょうちょ』など著作は400冊を超える。また数多くの絵本が世界中で翻訳・出版されている。『かくしたの だあれ』『たべたの だあれ』でサンケイ児童出版文化賞、『仔牛の春』でボローニャ国際絵本原画展賞、エッセイ集『ときどきの少年』で路傍の石文学賞受賞。写真集に『TAKE A PICTURE』がある。

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