社会の片隅を撮る マイノリティーの僕だから飯塚花笑さん:朝日新聞DIALOG
2021/12/24

    社会の片隅を撮る マイノリティーの僕だから
    飯塚花笑さん

    By 中司有沙(DIALOG学生部)

     誰かの陰に隠れている人たちに気づく映画監督になりたい——。そう話すのは、自身もトランスジェンダーで、社会の片隅にスポットライトを当てる作品を制作する映画監督の飯塚花笑さん(31)。国内外で高い評価を受けたデビュー作「僕らの未来」(2011年公開)以降、精力的に作品を生み出し続ける飯塚さんのエネルギッシュな思いに迫りました。

    10代でデビュー いきなり世界へ

    ——現在までに作られた作品について教えてください。

     一作品一作品、違ったテーマなのですが、共通しているのは社会の片隅にスポットライトを当てているということです。どの作品もマジョリティーの陰に隠れて、日の目を見ない人たちをメインのキャラクターに据えています。

    ——その中で最も印象に残っている作品は。

     毎回全く違うアプローチの作品を作ったり違った思いがあったりするので難しいですが、強いて言うならデビュー作の「僕らの未来」という作品です。この作品は脚本を書き始めたのが10代で、カメラの触り方も何も分からないような状態から試行錯誤しながら「この作品を描きたい」「自分の思っていることを伝えたい」という衝動だけで作りました。

     最終的にできあがった作品は今見ても「つたない」と思うのですが、10代の駆け出しの映画監督が「伝えたい」という思い一つで世界に行けました。きれいごとかもしれないですが「必死にやったことは誰かが見てくれる」と感じました。あの映画を通して一気に世界が広がったと思います。

    心のガレキ 取り除くため

    ——「僕らの未来」はトランスジェンダーとしての自らの経験を元にされているそうですが、なぜデビュー作にこのテーマを選択したのですか。

     あの作品を作りたいと本格的に思ったのは18歳、19歳のときでした。

     高校までトランスジェンダーであることで障害を感じてきたことが多くて、当時の生活はすごく苦しかったです。

     大学生になって、子どもの頃からの夢である映画を作るってなったときに、1作目として自分の心のわだかまり、積み重なってきたガレキをどける作業をしないと先に進めないという感覚がありました。それで「僕らの未来」という作品をデビュー作にしました。

    誰でも知っている世界 描かない

    ——映画を作るときに大事にされていることは。

     昔からなんですけど、僕って細かいことに目が行くんです。映画を作るときに大事にしていることはたくさんあるけれど、今まで作ってきた映画もこれからの映画も、誰でも知っている世界を描いても意味がないと思っています。

     自分の特性を生かして、僕だから気づく世界を描きたい。誰かの陰に隠れて光の当たることがない人たちが世の中に認知され、問題が浮き彫りになることに意味があると思っています。社会問題もそうだし、誰かの陰に隠れている人たちに気づく映画監督になりたいです。

    「自分の気持ち、代弁してくれた」

    ——様々なマイノリティーがいる中でどのようにテーマを決めるのでしょうか。

     僕自身、作品の主題探しのために取材するタイプです。旅行に行ってその土地の人と話したりするのも好きで、取材していると「これ、映画になる」というテーマに自然と出合うというか……。

     普通に生きていて、ふと目につくものという感覚ですかね。無意識にアンテナを張っているんだと思います。友だちと飲んでいても、「いまの話おもしろいな」とか「映画に取り入れたらおもしろいな」と思ってしまう。職業病ですね。

    ——当事者の方々からの反響はありましたか。

     たくさんありました。「僕らの未来」を公開した当時は邦画でそのようなテーマを扱う作品が少なく、あったとしても差別的な描き方が多かった。そんな時代で、作品を見た当事者の方が「ようやく自分の気持ちを代弁し、主張してくれる作品に出会えた」と上演会が終わった後に泣きながら伝えてくれたこと。それが一番印象深い出来事ですね。

    自分っておかしい? 殻を破るため

    ——生い立ちを教えてください。

     昔から人と同じであることが嫌いというか変わった子というか、自分は自分だと思っていて、小さな頃からの性別への違和感に対しても人は人、自分は自分と考えていました。

     だから幼少期にすごく困る経験はなかったけれど、中学生になってすごく性別に悩み始めて、いじめも経験しました。今まで人と違うことを肯定的にとらえてきましたが、「自分っておかしいかもしれない」と思って、そこから自分の殻にこもる時期を過ごしました。

     でも、そこで小学校2年生のときからの夢だった映画監督になって、映画を通して自分の殻を破り、思っていることを世界に発信しようと覚悟しました。

     高校のクラスメートは僕が人と違うことを受け入れてくれて、カミングアウトできました。高校2年生のときは先生に「男子として制服を着て学校に通いたい」と主張しました。でも十数年前の話なので大多数の先生は理解がなくて、先生たちと闘いました。今では信じられないくらい頭が固くて差別的でしたが、理解はしてくれなかったものの、男子生徒として登校することの承諾を得て、そこから男子として学校に通い始めました。

     友だちは理解してくれていたから、中学生のときとは違って、楽しい高校生活を過ごせました。その後山形の美大に映像学科の1期生として進学して、そこで根岸吉太郎さんという大御所の映画監督と出会いました。その出会いは大きいもので、根岸さんから映画のすべてを学びました。そこで学んだことが、「僕らの未来」につながりましたね。

    もののけ姫に衝撃 テープすり切れた

    ——映画監督になりたいと思ったきっかけは。

     小学2年生のときに宮崎駿監督の映画「もののけ姫」を見たのがきっかけです。当時、言葉を使うことにコンプレックスがあったのですが、人は映像だけで突き動かされるという衝撃を受けて、漠然と「これを仕事にしたい」と思いました。

     宮崎監督はアニメーション作品の監督だから、初めはアニメーターになりたいと思ったんですけど、「もののけ姫」の制作過程のドキュメンタリーを見て、何千枚、何万枚と描いている宮崎監督の姿を見たら「これムリだぞ」と(笑)。子どもなので単純で、アニメ映画が無理なら実写の監督になろうと思ったという感じです。

     今でも定期的に「もののけ姫」は見ます。ふとどこに向かっているか分からなくなったときとか。原点、自分のものさしになっているような作品です。「テープがすり切れるまで見た」という表現がありますが、本当にすり切れるまで見ました。

    ロールモデルに飢えている

    ——エネルギッシュで行動力にあふれる、その原動力はどこからきているのでしょうか。

     すごく飢えているというか、ロールモデルを見たい欲求からきています。マイノリティーはロールモデルが少なくて、特に僕が10代の頃はセクシャルマイノリティーに関する情報はネット上でも限られていて、どう生きたらいいか人生のロールモデルに飢えていました。

     自分の作品でロールモデルを作りだしたいという思いが強かったですね。そう考えると自分のアイデンティティー、セクシャリティーが原動力になっているかもしれないと思います。

    フィリピンと日本 その背景を描く

    ——これから取り上げたい社会問題やテーマはありますか。

     昨年5月に撮った映画で、お母さんがフィリピン人でお父さんが日本人の男の子を主人公とした作品の仕上げをしています。出稼ぎ国家、フィリピンから1990年代に芸能のお仕事のビザを使って日本に多くのフィリピン人女性がやってきました。フィリピンで歌やお芝居、ダンスのレッスンをして、その中から選ばれた女性だけが来日するのですが、実際にはフィリピンパブなどの水商売で安く働かされていました。

     その過程で、フィリピン人女性がパブで日本人男性と出会い日本人と結婚する流れが起きて、「ジャピーノ」「ジャピーナ」と呼ばれる、日本人のお父さんとフィリピン人のお母さんを持つ子が、たくさん生まれました。

     僕の身近にもいて、その友だちのことが思い出に強く残っています。その子の家はお父さんが夜勤で、お母さんが水商売のお仕事をしていて、夜は両親とも家にいません。彼は一人で夕飯にコンビニ弁当を食べて、お風呂に入って寝る。

     次は何を映画のテーマにしようかと考えたとき、その友だちのことを思い出しました。きちんとリサーチした上で、フィリピン人のお母さんを持つ男の子を主人公にして社会の問題を描こうと思いました。この作品を通して、日本の社会には、こうした子が結構な数いて、その背景がどのようなものか気づくきっかけになればいいと思っています。“外国人”との共存の道を考えなくてはいけない今、必要な映画だと思っています。

    トランスジェンダー 愛の行方

    ——2022年1月公開の映画「フタリノセカイ」について教えてください。

     「フタリノセカイ」は女性として生まれたが、男性として生きることを望むトランスジェンダーと、結婚や出産を夢見るその彼女の物語です。

     今はパートナーシップ制度があるから同性同士でもパートナーになることはできますが、結婚はできないんです。また人工授精という方法はあるにしても、同性同士なので血のつながった子どもはできません。この作品は結婚や子どもを持つことはすばらしいという価値観が強い世の中で、プレッシャーに負けず2人がどう愛を育んでいくかを描く作品になっています。

    僕らのスタンダード ここにある

    ——大学生など若い人にメッセージをお願いします。

     ひとことで言うと「大人の言うことを聞くな」。僕自身の経験から来るのですが、自分の先を生きている人間って、一つ前の価値観を持って古い生活様式の中で生きているんです。

     僕が大学生の頃、セクシャルマイノリティーへの理解を持っていない大人が多くいました。「あなたの世代はそうかもしれないけど、若い僕らのスタンダードはここにある」と僕は負けずに生きていました。

     そして10年経った今、それがスタンダードになった。信念を曲げなくてよかったです。

     確かにすばらしい大人もいるので、その人たちの話を聞いて自分の価値観を入れ替えることも必要だけれども、若い世代しか持っていない感覚を曲げずに闘ってほしいと思います。

    触れにくい問題 遠ざけない
    中司有沙(DIALOG学生部)

     飯塚さんはエネルギッシュな思いを、まっすぐに伝えてくれました。その思いに引き込まれ、圧倒されるようなインタビューでした。

     「若い世代しか持っていない感覚を曲げずに闘ってほしい」とインタビューの最後で訴えてくれましたが、大変なこともたくさん経験されている中で強い信念を持って今まで生きてこられたからこそ言えることなのだろうなと感じました。

     マイノリティーではない人たちが、その方々の立場をいくら理解しようとしても難しいことが多く、またその話題にも触れにくいと感じる人が多いのが今の社会の現状ではないでしょうか。

     触れにくい問題を自分には関係のないこととして遠ざけるのではなく、飯塚さんご自身の経験から生み出された作品なども通し、少しでも知ろうとする姿勢を持つ人が増えることを願っています。


    飯塚花笑 (いいづか・かしょう)

     1990年、群馬県生まれ。美術大学の映像学科に在学中は映画監督の根岸吉太郎、脚本家の加藤正人に学ぶ。トランスジェンダーである自らの経験を元に制作した「僕らの未来」は、ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞した。バンクーバー国際映画祭など、国外でも高く評価された。大学卒業後は「ひとりキャンプで食って寝る」(テレビ東京)に脚本で参加し、フィルメックス新人監督賞2019を受賞した。2022年に映画「フタリノセカイ」「世界は僕らに気づかない」公開予定。

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