まだ見ぬ世界 無数の物語 不確かさを楽しむ旅へ塗木拓朗さん、齊木悠太さん×DIALOG学生部:朝日新聞DIALOG

まだ見ぬ世界 無数の物語 不確かさを楽しむ旅へ
塗木拓朗さん、齊木悠太さん×DIALOG学生部

By 久野俊紀(DIALOG学生部)
(左から)塗木拓朗さん、齊木悠太さん、Wang Miさん

 書店には多くの旅行雑誌が並んでいます。ロンドン特集、カフェ特集……。その多くは目的地となるエリアを定め、訪れるべき場所にフォーカスしたものです。

 そんな中、場所にフォーカスせず、文化人類学をテーマに掲げている旅行雑誌があります。「polaris」です。

 雑誌に込めた思い、旅することの意味を、制作に携わる塗木拓朗さん(28)、齊木悠太さん(29)に聞きました。

イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。活動への思いや生き方、めざす世界を共有して、その果実をDIALOGウェブサイトで発信します。

効率性ときらびやかさ、ではなく

——具体的な活動を教えてください。

塗木 polarisは旅をテーマにしたインディペンデントマガジンです。編集は僕がやっていて、デザインを齊木がやっています。始まりは、現代における旅の価値、意味を再定義したいと思ったのがきっかけでした。

 テクノロジーが発達して、アプリケーションやネット上の情報などを駆使して効率よく旅をしたり、きれいな景勝地をインスタグラムに投稿したり……効率性ときらびやかさが現代における旅の潮流だと感じています。

 一方で、不確実な出来事や未知との出会いといった「不確かさ」を楽しむことが、旅のもう一つの価値ではないでしょうか。私たちの親の世代が沢木耕太郎の『深夜特急』に焦がれたように、現代に生きる私たちが、不確実性に満ちた旅の価値をどのように再定義し表現できるのかを考えました。

 ターゲットにしているのは、都市で働いている20代、30代。都市のせわしなく決まりきった毎日を抜け出し、自分たちとは違う価値観や感情に出会う旅を提案したくて、polarisの制作を始めました。

カンボジアの古代遺跡サンボー・プレイクック

時代から取り残されたもの

——polarisのテーマは「時代から取り残されたもの」。一般的な旅行雑誌と何が違うのでしょうか。

塗木 通常の旅雑誌は目的地をベースに特集しています。polarisは特定の目的地を特集するのではなく、ある種、文化人類学のような淡いテーマを立てて、世界各地を旅して制作します。夏に出した新刊は「記憶と記録」をテーマに、記録ではなく記憶に残る旅を特集しました。

 polarisは旅の目的地にあるものではなく、旅の途中にある断片的なものにフォーカスしようと思っています。もう一つ、polarisがフォーカスしているのは人の語りです。物語には起承転結があると思いますが、polarisが重視しているのは物語の中でもストーリーと言われるものではなく、ナラティブ、つまり極めて個人的な自分語りを重視しています。

 世界中で暮らす人々の、極めて個人的でとりとめのない断片的なものを、言葉と写真とグラフィックで表現したいと考えています。

齊木 デザイン的には、広告っぽくならないように、という思いが強くあります。自分たちがやりたいことをベースに企画を考えて、デザインするときにも心がけています。

塗木 イラストを描いているのはWang Miという中国人の女の子です。彼女が描くのは、淡く抽象度の高い、様々な意味性を持った素敵なイラストです。言葉と写真とイラスト、その三つのバランスを通じて、より人々を引き込む作品を作ろうと意識しています。

新しい旅へ 北極星をつくりたい

——polarisは「北極星」という意味ですが、なぜプロジェクトの名前にしたのですか。

塗木 石川直樹さんという探検家・写真家が、「スターナビゲーション」という星をテーマにした航海術をやっていて、ポリネシア、ミクロネシアで星の座標を見て航海するのがモチーフになっています。人々にとって、新しい目的地、新しい旅を提案したい。次の北極星をつくりたくて、polarisという名前にしました。

——メンバーには中国出身の方や、美大の仲間もいます。バックグラウンドが多様な人物をどう集め、どのような共通な思いがありますか。

塗木 大きな理由はないですが、違う能力をもった仲間を集めています。旅慣れた人や探検家に入ってほしいとは思っていません。プロジェクトのメンバーが活動しているのは東京と中国・杭州、大都市が中心です。大都市で生活する僕たちだからこそ描ける旅の情景があると思っています。

モロッコの砂漠

場所ではなく 人にフォーカス

——塗木さんは2018年、雑誌「ATLANTIS」の加藤直徳さんの講演に影響を受けたそうですが、どのような話を聞き、どう影響を受けたのでしょうか。

塗木 「ATLANTIS」は、もともと「TRANSIT」編集長だった加藤さんが独立して作られた雑誌なのですが、衝撃を受けました。「境界」というテーマのもと、世界中を旅して編まれた素晴らしい物語の数々に感銘を受けました。

 ダイバーシティーやインクルージョンが声高に叫ばれる時代ですが、分断や境界にフォーカスしたのが素晴らしいと思いました。

——polarisの取材では、中国の秘境や、ロンドンの刑務所などを訪れたということですが、国や地域を選ぶ基準は何でしょうか。

塗木 どこかの場所ではなく、特定の人にフォーカスをして取材を行うことが多いですね。例えば「記憶と記録」で訪ねたロンドンの刑務所は、現地のデザイナーと旅しました。そのデザイナーはヒップホップのレコードレーベルを囚人と一緒に作って、再犯率の高いロンドンの刑務所において、再犯をゼロにするプロジェクトに取り組んでいます。

辺境へといざなう 旅行代理店

——今後、真っ先に行きたい国・地域はどこでしょうか。

塗木 チベットです。チベットには古くからの伝説が多く眠っています。杭州にいるイラストレーターと旅して、いろいろなことを感じたいと思っています。

 昨日から、岩手県宮古市のタイマグラという、アイヌ語で「森の奥へと続く道」というところに泊まっています。東北にはアイヌの歴史があって、それをテーマにしたコンテンツもやってみたいと思っています。

——今後のプロジェクトの目標、夢や叶えたいことはありますか。

塗木 polarisは旅行代理店の事業も始めています。「辺境旅行代理店」として、もっと多くの人にpolarisで扱っている場所に行ってほしいと思っています。

 辺境は中央から遠く離れた場所という意味で、いつもは行かない目的地だったら、どこでも辺境になる可能性があると思っています。

 国内外の様々な場所で、人気の観光地ではなく辺鄙(へんぴ)な場所で、素敵な宿泊施設やツアーを計画している人々がたくさんいます。それを紹介できる旅行代理店を立ち上げ、人々を運び、自身もいろいろな人の人生に触れたいと思っています。polarisはエクストリームな(とがった)コンセプトをもった雑誌として、2号、3号を作っていきたい。

ワクワクと「好き」を大切に

——学生へのメッセージがあれば。

齊木 二つあります。一つは社会課題を解決して、新しい価値を生み出すのは大事ですが、自分の興味のあること、好奇心を殺さず、気になる、ワクワクすることを大事にしてほしいです。もう一つは、仲間を見つけるのが大事だと思います。一人だったら、このプロジェクトはできていないですし、大学院のつながりでできているので、フラットに話し合える仲間が大事です。何をやるかも大事ですが、仲間も大事です。

塗木 「好き」という気持ちや感動を大切にしてほしい。大きな会社に入ったとしても、自分の感性は大切だと思いますし、アイデアをいろいろな人と共有することも大事です。polarisも出版したときは、こんなに多くの方に見てもらうとは思いませんでした。polarisに導かれて、ここにいます。アイデアを自分の中にとどめず、周りにぶつけてみることが大事だと思います。

記憶に残る旅 人との出会い
久野俊紀(DIALOG学生部)

 SNSが発達し、旅というものはより身近に、そして、より映えるものになった気がします。私自身も、目的地を重視し、きれいな風景があったら写真を撮るということが、いつのまにか、当たり前になっていました。

 これまでに私が旅してきた場所といえば、岐阜県の養老天命反転地であったり、滋賀県の彦根城であったりと、ネットで「○○県 おすすめ」と調べて出てきた場所でした。そして、現地では建築物の写真を撮り、インスタグラムに投稿と、いかにも記録にしか残らない旅でした。

 「一人旅」という言葉もあるように、最初から最後まで人と関わらず、一人で完結する旅もあります。映えや場所を目的とした旅は、記録には残ります。しかし、記憶にはあまり残らず、その時限りの感動で終わってしまうかもしれません。

 SNSの発達、コロナ禍ということもあり、人と関わる機会が減っている中、「場所」を目的としたものではなく、「人」を目的とした旅をするのもいいのではないでしょうか。


塗木拓朗(ぬるき・たくろう)

 1993年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部で国際政治学を専攻しジャーナリズムやストーリーテリングに興味を抱く。広告会社でコミュニケーションデザイナーとして企業のブランドデザインやマーケティング戦略立案に携わる。2021年に武蔵野美術大学造形構想構想研究科でデザイン学を修了し「旅とナラトロジー(物語論)」をテーマに研究。世界中を旅しながら、その土地に潜む物語をテーマにデザイン・制作活動を行い、トラベルマガジン『polaris』を立ち上げる。

齊木悠太(さいき・ゆうた)

 1992年生まれ。武蔵野美術大学大学院修了。映画プロダクション・広告会社を経て、グラフィックや映像によるコミュニケーションデザインから、体験を軸としたブランドデザインまで統合的なデザインワークに取り組んでいる。

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