ソ連兵へ差し出された娘たち——現代への問い 目を背けない法政大学前総長・田中優子さんと学生が語る:朝日新聞DIALOG
2022/01/26

ソ連兵へ差し出された娘たち——現代への問い 目を背けない
法政大学前総長・田中優子さんと学生が語る

【PR】集英社

 皆を守るために犠牲になってくれ──。敗戦直後の満州で、ソ連兵への「接待」を名目に行われた女性への性暴力。その被害者を取材した『ソ連兵へ差し出された娘たち』(平井美帆・著)が「第19回 集英社 開高健ノンフィクション賞」を受賞しました。選考委員の一人、法政大学名誉教授の田中優子さんは「昔の出来事ではなく、いまの問題として向き合わなくてはいけない」と語ります。若い世代にこそ読んでほしい、と言う田中さんと学生が意見を交わしました。

座談会のメンバー(敬称略)
田中優子 法政大学名誉教授・前総長
池田 颯 慶應義塾大学大学院 経営管理研究科1年
柴 真緒 お茶の水女子大学 理学部生物学科4年
猪又玲衣 津田塾大学 学芸学部国際関係学科3年
小林真子 慶應義塾大学 経済学部経済学科3年

いまでも戦争が勃発しかねない状況はあるし、女性の置かれている厳しい現状も目の当たりにしている。過去のことではなく、いまの問題として向き合わなければならない。

田中優子

敗戦後の満州で…知らなかった

敗戦直後の満州で女性たちを襲った、想像を絶する「悲劇」の全貌とは? 第19回開高健ノンフィクション賞受賞作。

■集英社のサイトへ

田中 『ソ連兵へ差し出された娘たち』を読んだ感想を聞かせてください。

池田 僕は、敗戦後の満州で起こったことを全く知リませんでした。小中高の歴史の授業でも、一切習わなかった。まずそのことに衝撃を受けました。この本が出なかったら、事実は歴史に埋もれたまま忘れられていたかもしれない。そして、この史実が長らく表に出てこなかったという点について、歴史は「勝者」が作るものなのだと思いました。それは戦争に勝ったという勝者であり、また敗戦国の中で優位にあった男性という勝者でもあります。

 私も、満州開拓団をはじめとする戦争のことを、あまりに知らなかったことに気づかされました。この本を読まなければ、いまでも他人事のままだっただろうと思います。もっと物事を知らないといけないし、自分には「見えていないもの」がたくさんあるということに自覚的でいなければと思いました。

猪又 満州に取り残された黒川開拓団が「集団自決するか、ソ連兵に女性を“提供”する代わりに守ってもらうか」と話し合いをする場面がありました。その決断を団幹部、つまり一部の男性だけがする状況に恐ろしさを感じました。戦中・戦後だからではなく、いまでも自分の知らないところで重大なことが決められているかもしれない。それから、日本が他国に対して性暴力を行なった歴史もあります。そのことも、改めて受け止めなければと思います。

歴史は「勝者」が作るもの。戦争に勝ったという勝者であり、また敗戦国の中で優位にあった男性という勝者でもある。

池田颯

読み進めるのがつらい でも

小林 途中で読むのがつらくなってしまい、思わず本を閉じてしまったこともありました。やはり人は誰でも、悲しみやつらさの伴うことや都合の悪いことからは、目を背けたくなってしまうのだと思います。だからこそ、満州での出来事も長年フォーカスされてこなかった。このことは、原発事故の問題が年月とともに忘れ去られていくように、現代の私たちにも突きつけられていると感じました。

田中 「戦争は何を引き起こすのか」「女性がどんな思いをして生きてきたのか」は重要なテーマですが、教育現場で教わったり話し合ったりする機会は、あまりないでしょうね。そして、いずれも過ぎ去った問題ではないということです。いまでも戦争が勃発しかねない状況はあるし、女性の置かれている厳しい現状も目の当たりにしています。過去のことではなく、いまの問題として向き合わなければならないのだと、私も改めて思いました。

事態を飲み込めないまま「接待」に行かされ、帰国してから汚れた存在として差別されたら、生き続ける強さを持てるだろうか。

柴真緒

「減るものじゃない」 絶望と怒り

 もし自分がこの状況に身を置いたらどうしただろうか。それを必死で考えてみたのですが、やはり想像には限界がある。ただ、事態を飲み込めないまま「接待」に行かされ、帰国してから汚れた存在として差別されたら、生き続ける強さを持てるだろうか、人のことを信じられなくなるのではないか、と感じました。

小林 「接待」に行くことを承諾しなければ、自分だけではなく家族や村の人の命も危ない。そんな状況下では、女性の側には選択をする余地などない。集団で拒否できない雰囲気を作ってしまう残酷さを感じました。そして引き揚げ後の差別的な扱いは、社会的な死を宣告するようなもの。すごくつらいし、憤りを感じます。

猪又 黒川開拓団では、18歳以上の未婚女性が約15人、「接待」の犠牲になったとありました。既婚なら免除され、団幹部の親戚は優遇されていたとも……。もし自分が15人の一人だったら、その不公平感に恨みや理不尽さを感じてしまうだろうと思いました。

田中 幹部の指示で「接待」に行かされたのに、その後は感謝されるどころか、差別・侮蔑される。私はこれはやはり女性だったからだと思うんです。もし、これが男性同士の話で「戦友が自分の身代わりになって死んだ」なんてことがあったら、きっと感謝の気持ちを持ち続けたり、遺族のもとを訪ねたりするでしょう。ところが女性の性暴力となると、非常に軽く見られる。「減るものじゃないし」と言われたり、酒の席でからかわれたりしたりといった話が本の中でもありましたね。女性として大きな怒りを覚えますね。

その決断を団幹部、つまり一部の男性だけがする状況に恐ろしさを感じた。戦中・戦後だからと割り切れることではなく、いまでも自分の知らないところで重大なことが決められているのかもしれない。

猪又玲衣

無意識の差別 抜けられない社会

池田 これほどテクノロジーの発達した現代社会においても、なお、制度や慣習に男尊女卑の風潮が残っていることが不思議です。田中先生はどのようにお考えですか。

田中 いまも「女性は男性の後ろに控えて支える存在」という考え方は社会に根強くあります。団塊の世代よりも上、つまり70代以上の男性は、男性優位の考え方に染まっている方々が多いです。その下の世代も、40代以上の男性の多くにはアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があって、男性主流の発想からなかなか抜け切れないという印象があります。無意識なので、何かしら事件が起きない限り、自分では気づきません。皆さんも思い当たることがあるのでは。

 私は学部卒業後、大学院に進学すると決めているのですが、「女性なのに社会に出るのが遅れちゃうね」みたいな言い方をされたことがあって、引っかかるものがありました。

猪又 私は学童保育でアルバイトをしていますが、常勤スタッフに男性は一人もいません。看護師や保育士も圧倒的に女性が多いですよね。それから、大工仕事は男性、掃除や食器洗いは女性、といった仕事の分担にもジェンダーの差が出ることはある気がします。

無意識を意識 そこから始める

小林 私は以前、男子サッカーのチームで唯一の女子プレーヤーとして活動していました。対戦相手から「女のくせに」と言われたり、からかわれたりはしました。対等でいようとする女性に対して批判的な目を向けてくる人は、どこにでもいると思います。

池田 僕も高校時代サッカー部だったんですけど、マネジャーは女性ばかりでした。当時は何も感じなかったんですが、大学に進学して男性もマネジャー業務をやっている姿を見て、やっと「マネジャー=女性」という価値観がおかしいと気づきました。

田中 皆さんの世代でも、やはり残っているものですね。私の世代はもっとひどくて、大学院の入試の面接で「(夫の給料で楽ができる)三食昼寝、大学院付きか」と笑われたり、専任教員になった際に指導教員から「男の3倍働かないと女はダメだ」などと言われたりもしました。

猪又 女性は、心のどこかで男性に「守ってほしい」と思っている部分があるのではないでしょうか。好きな男性には車道側を歩いてほしい、と言うように。

田中 興味深いお話です。これは、何が正しくて何が間違いということではないんです。ただ、無意識に持っている感覚をそのままにするのではなく、ことあるごとに意識して、ちょっと距離を取る。先ほどアンコンシャス・バイアスの話をしましたが、「無意識を意識」することから始めるといいのだと思います。

「女のくせに」と言われたり、からかわれたり。対等でいようとする女性に対して批判的な目を向けてくる人は、どこにでもいる。

小林真子

戦争体験を伝える 高いハードル

田中 冒頭で皆さん「知らなかった」と言っていたように、長い間、ソ連での史実が表沙汰になることはありませんでした。

池田 自分が団の男性だったらと考えると、現地で起こったことは僕も話せないかもしれない。理由の一つは自分を守り、正当化するため。もう一つは、公にすることが被害に遭われた女性の幸せなのか分からないからです。

田中 自分を守るというのは、自分も「接待」を要求した一人であるから事実を言えない、ということですよね。実際に戦争に行った方々の中で、戦争の体験を話さない方は大勢います。それは、まさに自分も加害者だったからという面があるのだと思います。戦争体験を伝えていくのは、いろいろな意味でハードルが高いことだと思います。

池田 「接待」の話は、多くの人に受け入れてもらえるとは思えなくて……。そういう話をすることって、すごく怖いなと感じるんです。

信じることを伝える 自分の言葉で

田中 周りが同調してくれなさそうなことは言いづらい。「こんなことを言ったらどう思われるだろう?」「責められるだろうか?」とか……。ただ、これからの人生で、誰かにおもねるのでも忖度(そんたく)するのでもなく、自分の考えたこと、信じたこと、言うべきことを伝えなければならない局面は必ず来ます。それをするには「自分の言葉」を持つ訓練がいるんです。良い書物を読むこともその一つ。「この考えは自分の感覚に近い」「こういう言い方があるんだ」などと意識しながら、自分の思考と言葉を深める努力をしてほしいと思います。

池田 僕らは小中高で、自分の意見を持って自分の言葉で語る、ということをやってこなかったんです。自分の意見より、むしろ求められている“正解”を当てにいく感覚というか……。例えば、運動会の感想文では「楽しかったです」と書く。外部講師のセミナーでは「本当にいいお話でした」とあいさつする、みたいな。

 私も自分の意見を言うことには苦手意識があって、周りにどう思われるだろうと気にしたり、多くの人に受け入れられる「解」を求めたりしている部分はある気がします。いままでずっと正解のある勉強をしてきたので、ついどんなことにも正解を求めてしまうのかもしれません。

田中 それは、本当に日本の教育のまずいところです。戦後育ちの私の世代からは変わっていったと思っていましたが、皆さんの世代でもそうなのか、と衝撃を受けています。

小林 教員や学校の側がどんな生徒を求めているか。そういう空気って、子どもは敏感に感じ取ります。私が塾講師のアルバイトで接している生徒でも「進学先は親が決めた」という子は多いですね。学校に限らず家庭でも、子どもが意見を持ったり伝えたりする場が少ないのかもしれません。少しずつ変わっていくと期待したいです。

苦痛を感じるような本を手に取るのは難しい。でも、本を読むことで人間としての幅が広がり、深まる。人には、こう伝えるといいかもしれません。「この本、面白いよ」ではなく「この本はあなたを変えるよ」と。

田中優子

苦痛から学ぶ この本は、あなたを変える

池田 僕はこの本を男性にこそ読んでほしいと思いました。というのも、これを読んでいる時間、めちゃくちゃ苦痛だったんです。自分があの状況に置かれたとして「ソ連兵に女性を差し出すなんて間違っている」とたった一人で声を上げられたかといったら自信はない。だから、男性であることの罪悪感があるというか……とにかく嫌な時間でした。これまでの人生で、自分も女性を傷つけてきたのではとさえ思いました。

田中 「苦痛を感じながら読んだ」と聞いて感心しました。その苦痛は忘れないでほしい。「自分だったら」と想像しながら向き合うことは、なかなかできないものです。世の中には、いくらでも娯楽がありますから、苦痛を感じるような本を手に取るのは難しいですよね。でも、本は知らない世界を見せてくれる。本を読むことで人間としての幅が広がり、深まる。人には、こう伝えるといいかもしれません。「この本、面白いよ」ではなく「この本はあなたを変えるよ」と。

伝えなければ 著者の使命感

敗戦直後の満州で女性たちを襲った、想像を絶する「悲劇」の全貌とは? 第19回開高健ノンフィクション賞受賞作。

■集英社のサイトへ

田中 著者の平井美帆さんは授賞式のスピーチで「つらい経験を話したくない、という被害者のお気持ちはよく分かるけれど、どうしても伝えなければならないという気持ちで、何度も足を運んだ」と話されていました。皆さんも読むのがつらかったと思うけど、直接耳を傾けた平井さんはもっとつらかったはず。それでも粘り強く続けたのは、「人が目を背けようとしている事実をむき出しにしなければ」という使命感だと思います。

 忘れてはいけないのは、平井さんが被害者の一人の女性に誠実に向き合った、そのことから全てが始まったということ。一人の人間としてどう生きて、どういう思いをしてきたのか、きちんと見ようとしたんですね。先入観を持たず、違いを認め、敬意を払って相手と向き合う──。私たちも見習うべきだと思います。そんな人間関係を築くのは難しいけれど、少し意識するだけで違ってくると思いますから、私も心がけていきたい。今日は皆さんとお話しできて、本当によかったです。

pagetop