フタリノセカイ 自由な世界——トランスジェンダーの物語飯塚花笑監督×DIALOG学生部:朝日新聞DIALOG

フタリノセカイ 自由な世界——トランスジェンダーの物語
飯塚花笑監督×DIALOG学生部

By 渋谷優花(DIALOG学生部)
©2021 フタリノセカイ製作委員会

 2022年1月に公開された映画「フタリノセカイ」。トランスジェンダーとして自身と向き合い、もがき続ける真也と、ユイ。その恋愛模様と、二人が作り上げる家族のかたちを映像にしたラブストーリーです。DIALOG学生部のメンバー8人が作品を見て、監督と意見を交わす。そんな夢のような空間が生まれました。監督は、自身もトランスジェンダーの飯塚花笑さん(31)です。

“出会った時から互いに惹かれあった、ユイとトランスジェンダーの真也。恋愛し、いずれ結婚して家族をつくり、共に人生を歩んでいきたいという願い。だが、その願いを叶えるには、ひとつひとつクリアしなくてはならない現実があった。時にすれ違い、別々の道を歩むが再び出会ったフタリ。愛を確かめあい、ある決断をする。”(フタリノセカイ公式サイトから)


手に入らない「幸せ」 自問

——この映画を撮ったきっかけ、背景はなんでしょうか。

 私自身がトランスジェンダーであることが第一に大きいです。映画を作るときって、自分の身の回りで起きたことや感じたことを膨らませることが多いんですね。

 この作品も例外ではなく、20代半ばに差し掛かって、結婚や出産を経験する友人が出てきました。私はトランスジェンダーなので、女性と結婚する場合、手術をして戸籍を変えない限り結婚はできません。戸籍を変えなくてもパートナーシップ制度はありますが、これは結婚と同等の制度ではありません。

 そしてパートナーとの間に子どもができない。世間一般で「幸せ」と言われているものが私には手に入らない。幸せって何だろうと強く思って、自問自答しながら映画を作りました。

——タイトル「フタリノセカイ」の由来を教えてください。

 周りがどうであれ、二人ならではの幸せを追求する、という意味を込めています。「二人の世界」をカタカナにすることで、限定しないいろいろな幸せのかたち、二人だけの世界のかたちがあるという抽象的な意味合いを持たせたかったんです。

飯塚花笑さん

【明日へのLesson】社会の片隅を撮る マイノリティーの僕だから

知ってほしい 役者さんと取材

——トランスジェンダーではない役者がトランスジェンダーを演じているのが印象的でした。

 まず(生まれたときの性別と同じ性別で生きている)シスジェンダーのユイを演じた片山友希さんは、まっすぐな印象の女の子だからぴったりだなと思いました。

 真也役の坂東龍汰君に関しては、トランスジェンダーの役者さんが演じたほうが当時者性が出せるのではないか?と悩みました。でも、トランスジェンダーにしか分からない感覚かもしれませんが、本人がトランスジェンダーっぽい声をしているなと感じ、お芝居もとても魅力的だったのでお願いすることにしました。

 一方、勉強してもらわなければいけないことは多くありました。まずはLGBTQを知ってほしいと思い、一緒に取材に出かけるなど、いろんな取り組みをしました。

——苦労したことはありますか。

 役作りに関して丁寧にディスカッションし、真也の感じていることと役者の感覚を結びつける作業に苦労しました。真也の葛藤を理解してもらうのに時間がかかったんです。

 例えば、真也がユイとセックスを拒むシーンがあります。突発的に拒むところで、板東君が肉体にコンプレックスを感じないとウソになってしまう。板東君の中にあるコンプレックスを引き出し、役と重ね合わせるような話もしました。

 撮影期間は11日間しかなかったんです。現場でテイクを重ねるのも最低限だったので、クランクインする前に共有し、リテイクしないように工夫したのが記憶に残っています。

©2021 フタリノセカイ製作委員会

「らしさ」の痛み 不意打ち

——二人がケンカしているシーンで、「男だから」「女だから」という表現が多かったように感じました。

 「男らしさ」「女らしさ」という言葉が不意打ちのように人を傷つけ、苦しい思いをさせることが、日常にはあふれているんです。意外かもしれませんが、セクシュアルマイノリティーの当事者間でも耳にします。だからあえて「男らしさ」「女らしさ」を強調したセリフを作り、違和感を感じない?と気づくきっかけにしてほしかったんです。

——黒田家という友だち夫婦が出てきます。幸せな家庭のロールモデルとして存在しているのでしょうか。

 映画は、葛藤があって初めて物語が始まります。『ロミオとジュリエット』で、両家が最初から仲良くて結婚して幸せになったら3分で終わってしまいます。結婚したくても越えられない壁があるから物語が何時間にもなるんですね。

 幸せにはいろんなかたちがあるので、正解はないと思います。ただ、今回は手に入れたくも手に入れられないものを持っている存在として登場させました。いわゆる結婚をしていて、子どもが2人いて、どこにでもいる一般的な家族——。対照的に、ユイと真也は結婚ができない。その間にある葛藤を描写したかったのです。

©2021 フタリノセカイ製作委員会

精子提供のシーン 夢か現実か

——セクシュアルマイノリティーの俊平さんによる精子提供のシーン。この方法は現実的なの?と驚きました。

 精子提供には、さまざまな方法があります。

 取材では、奇跡のような話にも出合いました。トランスジェンダーの方のお兄さんがたまたまゲイで、お兄さんに精子提供をお願いし、体外受精でパートナーとの間に子どもを授かったという話を耳にしました。SNSで募集して、全く知らない人から精子提供を受ける人もいるようです。僕が聞いた中ではご家族からの提供が多かったですね。

 精子提供で子どもを授かる場合、いろんな方法がありますが、取材で多く耳にしたのは(注射器のような器具で注入する)シリンジ法でした。映画の中でも子どもを授かるシーンがありますが、「夢か? 現実か?」と思ってほしかったから、あえて神聖な雰囲気を演出しました。

 自分の力で子どもを宿せないという葛藤、自分ができないことを俊平ができているもどかしさ……。真也の中では、いろんな感情が渦巻いています。シリンジ法でも同じような葛藤があり、真也の心の内側で起きていることを表現しました。

セックスシーン 心の性と身体の性

——セックスするシーンで、心の性と身体の性について考えさせられました。

 肉体が、例えば女性的な特徴を持ったままでも「男性だ」と堂々と生きていける社会があったらどうなんだろう?と、たまに想像することがあります。

 女性器のある男性、男性器のある女性がいてもいいんじゃないかな。何かトランスジェンダーは自分の肉体に必ず嫌悪感を持っていなくてはならない、という刷り込みもあるように感じるんです。

 男性が子どもを産んだっていいじゃない?と僕は思っています。真也が物語の序盤、自身の肉体にコンプレックスを持っている描写がありますが、それは時の流れとともに変わっていってもおかしくないと思うのです。

 僕も思春期は悩んだけれど、いまはコンプレックスが少し薄れています。僕だけでなく、徐々にコンプレックスが薄れているよね、手術しなくていいんじゃないの?という人もいます。トランスジェンダーの身体性にも自由があっていいと思って、ああいう描写を入れています。

——「トランスジェンダー男性=男性の身体を持ちたい」というわけではない。

 身体のかたちも、いろいろあっていい。「性別を特定したくない」と言ってホルモン注射を3カ月打った後、やめた人もいます。それが「あなたのかたち」なのね、と思いました。

 究極を言えば、全員違うセクシュアリティーを持っていると思うんです。他人に対してよく分からない部分もあるのが世の中、当たり前。もっと自由に語られていくといいなと思っています。

©2021 フタリノセカイ製作委員会

マイノリティー性 みんな持っている

——学校でも、LGBTQでない人が議論に加わることがない気がします。

 ほとんどの方が「自分はセクシュアルマイノリティーではない」「自分とは無関係な人たちだ」と思って生きていると思います。けれど、実は誰しもマイノリティー性を持っていると思うんです。細かく分析したら、絶対みんな違ったバランスで男性性と女性性を持っていたりすると思う。

 自身のセクシュアリティーについて、男の子のほうが言いづらい環境にある傾向があります。もっとオープンに話せるようになるといいなと思います。

——周囲の目を気にしつつも、真也と結ばれることを選んだユイに、強さを感じました。

 この映画を撮るにあたって、不妊治療を受けている女性にたくさん話を聞きました。30代になるかならないかの結婚・出産ラッシュで、ものすごくプレッシャーを感じたという人が多くて……。映画の中でも(妊娠した喜びからテンションが上がる)「妊娠ハイ」という言葉を出しました。

 子どもがいない人にとって、友だちがそういう話をしていると孤独だし、「私も早く子どもを授からなきゃ」と思うそうです。同調圧力がある中で、ユイは真也といることを選んで、精子提供で子どもを授かるという選択をします。

 「自分の体を使って子どもを授からなきゃ」という呪縛があるように思います。養子という選択肢もありますし、そこが自由になればいい。ユイには自由になっていく選択肢を取らせています。

 年齢を重ねていくと、同調圧力が「うっ」ときます。20代では、結婚せず子どもを授からなくてもいいじゃんと思っていましたが、結婚・出産がマジョリティーになったとき、自分も圧を感じるんだと思いました。

©2021 フタリノセカイ製作委員会

血のつながり 違和感ない?

——「血のつながり」を問いかける構成。どんな意図があったのでしょうか。

 世の中は変わりつつあると言っても、トランスジェンダーは性別適合手術を受けて戸籍を変えなければ結婚できません。ゲイのカップルで里親(育ての親)になったという話はあれど、まだまだ同性間で子育てをするハードルはあると思います。

 僕は養子や里子を迎える選択もあると思っています。血がつながっていなくても家族になりうる。もっといろんなかたちの家族が認められる世の中になればいいと思います。

 映画の中で、子どもを授かろうと何度もチャレンジすることに違和感を持つ人が出てきてほしいですね。「私は違う幸せのかたちを取りたい」という人が出てきていい。鏡を見るように、自分たちを見てもらえたらいい。「フタリノセカイ」で選択をしてほしいと思います。

紙切れの約束よりも

——結婚届が紙切れになって宙を舞います。飯塚さんにとって、家族とはなんでしょうか。

 20代前半までは、性別適合手術を受けないと結婚できないことに悩みました。「なぜ僕はできないのか」と、悔しい気持ちもありました。真也も例外ではないと思います。

 しかし、真也とユイも10年間で変化して「紙切れの約束って意味ないな」というふうに思い始めます。紙切れの約束がなくても、心が通い合っているカップルはいます。家族として、友人として、心が通って支え合い、心がつながっている。そのことが、紙切れの約束よりも、よほど重要だと思います。映画を見た人に、その本質を感じてほしい。

 僕には仲のいい友だちが3、4人いますが、将来的に協力しあって生きていきたいと思っています。それも家族じゃないでしょうか? 協力しあえる人が周りに何人もいて、支え合って生きていく。僕の中の家族って、それなんです。社会も、そういうふうになってきているんじゃないかな、と思います。

カミングアウト 傷つかないように

——映画では、マイノリティーであることをあっさりカミングアウトするシーンもあります。実際のカミングアウトは、どんな感じですか。

 今は、仕事でもプライベートでも付き合う相手を決められるので、カミングアウトにストレスを感じていません。初めから、受け入れてくれそうにない人とは関わらないので。

 ただ、恋愛感情を抱いている相手にカミングアウトするときは別です。

 こういう見た目なので、初対面では男性と見られます。トランスジェンダーとは気づかれません。だから「いつ言おうか」という葛藤がありますし、カミングアウトした瞬間に恋愛対象から外れて悲しくなることも、たくさんあります。やっぱり言いづらいもので、どう相手に受け取られるか、いつも考えます。

 今は、傷つかないように、恋愛関係になる可能性がある人には事前に言っておきます。僕らにとって一つの大きなハードルで、悩みは尽きません。

©2021 フタリノセカイ製作委員会

全員違ってカッコいいでしょ?

——この映画が公開されることは、みんなにとっていいことだと感じました。飯塚さんは、どんな世界を作っていきたいですか。

 映画って、誰かにロールモデルを示したり、「普通」から外れた人の物語を見せたりできます。

 僕は『クィア・アイ』というリアリティー番組が好きで、そこにはいろんな特性を持った人が出てきます。どこかにコンプレックス、負い目を抱えた人が出てきて、ファブ・ファイブというゲイがコーディネートして、自信を持てるようにサポートして主人公が変化していく様子を追うドキュメンタリーです。

 コンプレックスを武器にする、表に出す。意識をチェンジして、魅力を押し出していくように変身させる。

 日本人はコンプレックスをないものにする、目立たないようにする、隠していく習性が強いと思います。全員違ってカッコいいでしょ?と言える世の中になれば、明るく楽しく生きていける。みんなが抱えるコンプレックスを、オープンにしやすい世界になればいいなと感じます。

あるがまま 丸ごと愛する
渋谷優花(DIALOG学生部)

 「カミングアウトが怖い」というところに共感を覚えました。

 リスクを負わずに生きる道が用意されているからこそ「危ない橋を渡る必要はない」と思ってしまいます。ただ、それが5年後の自分の納得する姿なのか、5年前の自分に誇れる姿なのかを考えます。自分らしく生きてなんぼ、自分も他人もあるがままを受け入れ、まるごと愛し、その上で自分の努力を続けられる人でいられるよう、これからも歩みを続けていきたいです。

「普通じゃなきゃ」に縛られてない?
鈴木優香(DIALOG学生部)

 「みんなマイノリティー性を持っている」という言葉にとても共感しました。

 自分も含めてみんな「普通」でありたいと思っていると思います。「マイノリティー」という言葉はどこかネガティブな印象を持っていますし、自分から遠い世界のことだと思いがちです。だから、自分のマイノリティー性を見ないようにしたり、隠したりする。

 でも、そんな自分を受け入れてもっとオープンにしていけば、自分にも優しくなれるし、きっと他の人にも丁寧に向き合える。そして、誰もが自分らしく、自由でいられる社会につながっていくのかもしれません。

 「LGBTQ当事者にお話を聞きたい」と思って動き出した今回の企画。自分の知らない世界について知り、価値観をアップデートすることへの若干の怖さと、それを上回る多くの学びを経験しました。これからも「当たり前」を更新する体験を続けていきたいです。


飯塚花笑 (いいづか・かしょう)

 1990年、群馬県生まれ。美術大学の映像学科に在学中は映画監督の根岸吉太郎、脚本家の加藤正人に学ぶ。トランスジェンダーである自らの経験を元に制作した「僕らの未来」は、ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞。バンクーバー国際映画祭など、国外でも高く評価された。大学卒業後は「ひとりキャンプで食って寝る」(テレビ東京)に脚本で参加し、フィルメックス新人監督賞2019を受賞した。2022年に映画「フタリノセカイ」のほか「世界は僕らに気づかない」公開予定。

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