心の「ばんそうこう」そばに置いて ちょっと困った…に伴走伊角彩さん、土井理美さん:朝日新聞DIALOG
2022/03/15

心の「ばんそうこう」そばに置いて ちょっと困った…に伴走
伊角彩さん、土井理美さん

By 仲川由津(DIALOG学生部)

 カウンセリング、精神科などといった言葉を聞いたとき、みなさんは何を感じるでしょうか。

 東京医科歯科大学の研究員であり株式会社BANSO-COにエグゼクティブアドバイザーとして携わっている伊角彩さん(36)と土井理美さん(33)。BANSO-COは、専門家が気軽に相談に乗ってくれて心のケアを提供してくれるサービスです。新型コロナウイルスによるステイホームでメンタルヘルスケアが問題になっている今、心の不調に対してどのようにアプローチしていくのが望ましいのか。コロナ禍の今だからこそ刷新したい日本人の意識とは?

 サービス立ち上げのきっかけから現在の取り組み、今後の展望についてインタビューしました。

イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。活動への思いや生き方、めざす世界を共有して、その果実をDIALOGウェブサイトで発信します。

メンタルヘルスの専門家 気軽に相談

——BANSO-COのサービスの概要を教えてください。

伊角 オンラインで臨床心理士や公認心理師、精神科医といったメンタルヘルスケアの専門家(ばんそうメイト)に気軽に相談ができるサービスです。個人向けはもちろん、より多くの人が無料、あるいは低価格でサービスを利用できるように企業の福利厚生サービスとして導入していただくことをメインとしています。私たちがめざすのはメンタルヘルス不調の予防です。産業医、産業カウンセラー、医療機関のカウンセリングは問題が顕在化してから利用されることが多いので、「ちょっと困ったな」という段階から話ができる関係をつくって、継続的に伴走することで、メンタルヘルス不調を予防したいと考えています。

——利用者に、どう寄り添っていますか。

土井 利用者さんがどう感じているか、なぜこういう状況になっているかを対話の中で探っていくようにしています。でないと、ソリューション(解決策)が出せません。ただの押しつけになってしまいます。一般の人は、カウンセリングといっても、何をするか分からないですよね。利用者さんからは「こんなに自分の話を聞いてくれるんだ」という感想が多いです。そもそも「カウンセリング」「心理士」「精神科」という言葉にはスティグマ(偏見)があります。BANSO-COのウェブサイトを見ていただければ分かりますが、こうした言葉はできるだけ使わないようにしています。相談を受ける専門家は「ばんそうメイト」。「カウンセリング」は「セッション」と言い換えて、「ちょっと困った」の段階からお話しいただけるように、相談のハードルを下げる工夫をしています。

仕事上がりや土日も対応

——サービス立ち上げに関わったきっかけは。

土井 公衆衛生学の分野を研究する私たちの研究室は、自治体と仕事をする機会が多くあります。自治体には保健師さんがいて、子育て家庭について「精神的に大変そう」「経済的に支援が必要そう」「子育てに困っている」といった保護者の方々を支援しています。でも、保健師さんはメンタルヘルスケアに特化した専門家ではありません。特に働いているお母さん、お父さんへは支援が届きにくい。困っている人たちにとって、お金がかかるとサービスにアクセスしにくい、精神科は予約がなかなか取れない、妊産婦さんは薬を飲みたくない、といったさまざまなハードルがあります。こうした状況を変えられるサービスを、誰かがつくってくれないかな?と何年も思っていました。コロナ禍でオンラインによるサービスが普及したことに加え、同じようなサービスを立ち上げたいと思っていたメンバーとの偶然の出会いがあり、立ち上げに至りました。

——自治体との大きな違いは他にありますか。

土井 自治体のサービスは多くありますが、一般の人は知らないことが多いです。日本では誰かに相談するハードルが高いので、意識せずとも気づいたらBANSO-COを使っていた、という認識に変えたい。BANSO-COには研修を受けた心理士、精神科医がそろっています。「男性がいい」「女性がいい」など希望を聞けますし、人によって話しやすい、話しにくいといった好みがあるので、担当するばんそうメイトさんを選べるのは大きいと思います。また、行政は基本的に「9時5時」なので、働いている方は利用しにくいですが、BANSO-COはばんそうメイトさんの空いている時間なら、仕事上がりや土日でも利用できます。

コミュニティーがなくなって…孤独

——BANSO-COという名前に込めた思いは何でしょう。

伊角 「CO」には「仲間」という意味があり、BANSO-COで「伴走する仲間」。継続した気軽な関係性を大事にしたいと思っています。「ばんそうこう」ともかけていて、ケガしたときのために予備で持っていたり、少し困ったときにすぐ使えたりするように、そばに置いてもらえる存在になりたいという思いがあります。

土井 ダブルミーニングです。

——事業をしていて、どのような課題が多いと感じますか。

土井 コロナの影響で、登校できないお子さんがいたり、ステイホームを強いられてリモートワークでパートナーとうまくいかなかったりなど困りごとは人それぞれです。対面で人と話す機会が減ったことで、友だちづくりができるコミュニティーがほぼなくなって孤独を感じている人は多いと感じます。

ちょっと相談 ハードル下げる

——コロナ禍でメンタルヘルスの問題があらわになり、日本ではうつ病・うつ状態の人が増えているというニュースも見かけます。

伊角 一番の問題は相談したり、支援を求めたりする心理的なハードルです。「こんなこと相談していいの?」「精神科に行くなんて自分がおかしい?」など、カウンセリングにネガティブなイメージを持つ人は依然として多い。自分ごととして捉えていない文化が、まだまだ根強いと感じます。

土井 例えば欧米では「最近、夫婦ゲンカ多くない? ちょっとカウンセリング行ってくる」「カップルカウンセリング、結婚前に行っておく?」のようにカウンセリングは身近な存在です。日本人全般のメンタルヘルスケアへの考え方を変えないと、スティグマはなくならないと思います。より身近に感じてもらえるように、私たちが意識改革をしなければいけません。コロナ禍でメンタルヘルスの不調が増えたことは残念ですが、一方で自分と向き合う時間が増え、オンライン化が進んでいることは意識を改める良いきっかけになり得るとも思います。

意識を変える 世代連鎖で

——BANSO-COのサービスを、どう進化させていきたいですか。

土井 少しでも困った段階で、一人で抱え込まずにケアが受けられる社会をつくり出したい。今は企業を通してアプローチしていますが、いつか自治体や医療機関に取り入れてほしいと考えています。妊活を始めたとき、子どもが誕生したとき、思春期、高齢期などライフコース全体をしっかり見据えて支援していく。BANSO-COの支援が親から子ども、その子どもへと、世代連鎖で広がるようにやっていきたいです。

伊角 社会の意識を変えるには、子どもたちにアプローチしなければいけません。学校では自殺対策などの一環で援助を求める方法を扱う授業があると思いますが、私たちも子ども向けに意識を変える取り組みをすることが必要です。また、エビデンスに基づいて質の高いサービスを提供していきたいです。

大学生活 コロナ禍とともに始まって
仲川由津(DIALOG学生部)

 私は、大学入学とコロナの最初の感染拡大が重なり、頼れる人脈がほぼない、新しい環境での友だち作りがとても難航しました。

 さまざまな機会が遮断されたり、イベントが中止や延期を繰り返したりする中、今まで当たり前だった人と人との関わりが希薄になってしまったことがこたえた、という人も多いのではないかと感じます。自粛生活が続く中、どんな年代、どんな立場の人もさまざまな活動で割を食ったり、ちょっとした不安に駆られたりすることは同じだと思います。

 私も、ささいな課題一つとっても「ちょっと一緒に確認できる友だちがいればなあ」という不安や孤独感を覚えた回数は、高校時代の比にならないくらい幾度もあり、「何か自分、大学生になってからメンタル弱くなった? それってまずくない?」とふと思ったこともありました。

 精神科、カウンセリングに行く人にネガティブなイメージを持っている人はまだまだいる、という土井さんと伊角さんの言葉は、自分の思考そのものを表していて、ドキッとしました。

 話を聞いていくうちに、カウンセリングや精神科は心の弱い人が行くのではなく、一緒に懸念や悩みを共有し、話し合ってくれる友だち的な存在なんだ、最終手段ではなくちょっと不安な時点で気軽に話しに行って良いところなんだと、今までの認識が覆されました。

 人と会うことがはばかられ、ストレス要素の多い今だからこそ、体調面はもちろん心のケアも同じくらい大切にして、それでいて気軽に考えるようにしたいと感じました。


伊角彩(いすみ・あや)

 大阪大学人間科学部卒、米ノースカロライナ州立大学大学院で修士号(Human Development and Family Studies)、 大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号(国際公共政策)を取得。 国立成育医療研究センター研究所社会医学研究部非常勤研究員、東京医科歯科大学大学院国際健康推進医学分野プロジェクト助教を経て2019年4月から日本学術振興会特別研究員PD。子育て支援・虐待予防を専門とし、公衆衛生学分野において自治体での子育て支援コンテンツの開発および評価に関して研究を行っている。2021年7月から株式会社BANSO-COのエグゼクティブアドバイザー。

土井理美(どい・さとみ)

 早稲田大学人間科学部卒、北海道医療大学大学院心理科学研究科で修士号および博士号(臨床心理学)を取得。東京医科歯科大学大学院国際健康推進医学分野プロジェクト助教などを経て、2020年4月から日本学術振興会特別研究員PD。臨床心理学(特に認知行動療法)の知識を生かしながら、公衆衛生学・社会疫学の領域で、母子保健(周産期メンタルヘルス、子ども虐待予防)に関する研究を行っている。2021年7月から株式会社BANSO-COのエグゼクティブアドバイザー。

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