

地球環境を守る上で、後戻りできない転換点がある。だからこそ、私たちにはやるべきことがある——。
旭硝子財団のブループラネット賞創設30周年を記念して行われるユース環境提言プロジェクト。2019年に同賞を受賞したエリック・ランバン米スタンフォード大教授が3月1日、若い世代とオンラインで対話しました。提言に向けた六つのヒントを示しました。どうすれば「正義」が貫けるのか。参加者は多くの学びと希望を得たようです。
■提言に加わる予定の主な団体とコアメンバー
・日本若者協議会 室橋祐貴さん
・Change Our Next Decade 矢動丸琴子さん
・SWiTCH 佐座マナさん
・国際環境NGO 350.org Japan 伊与田昌慶さん
・生物多様性わかものネットワーク 小林海瑠さん 稲場一華さん
・Fridays For Future Japan 酒井功雄さん
・JYPS(持続可能な社会に向けたジャパンユースプラットフォーム)

正義のため 今こそ行動
ランバン教授から話題提起
1. ティッピング・ポイントのリスク
気候変動や生物多様性損失のスピードを鈍化させるための議論で、見落とされがちなものがあります。それは物事の悪化が加速度的に進み始める転換点「ティッピング・ポイント」に達してしまうリスクです。
例えば、北極圏で溶け始めている永久凍土。ある閾値(いきち)を超えると、メタンや二酸化炭素(CO₂)の排出量が増え、気候変動が加速します。森林火災や山火事が起こりやすくなり、さらに多くのCO₂が大気に排出されるようになります。
2050年にCO₂排出量「実質ゼロ」をめざす議論でも、多くの場合、ティッピング・ポイントの視点が盛り込まれていません。ティッピング・ポイントに到達してしまうと、状況を元に戻すことができなくなるのです。

2. 豊かな人々・国による不正義
社会的な不公平も、忘れてはいけません。
例えばCO₂の全排出量の50%は、最も豊かな1割の人に原因があります。最も貧しい50%の人たちはCO₂全排出量の12%分の原因でしかありません。つまり特権階級の人たちが集中的にこの問題に加担している一方、影響を受けるのは海面上昇の危険にさらされる沿岸部の貧しい人々などです。
社会正義の問題は国レベルでも起こっています。パーム油、大豆、牛肉、材木、カカオ、コーヒーなどは熱帯の国々で生産され、豊かな国々に輸出されています。しかし、価格は安く、生産国は生態系保全のための十分なお金を受け取っていません。国際的な貿易が、環境に悪影響を及ぼしているのです。

3. 地球規模の課題 その大きさ
気候変動や生物多様性の危機をどう乗り越えるか、解決策はすでに分かっています。しかし、まだ地球レベルで導入できていません。
新型コロナウイルスの感染拡大では、世界中でロックダウン(都市封鎖)が行われました。その結果、2020年には温室効果ガスの排出量が5%減りました。ところが、2021年はコロナ前の水準に戻ってしまいました。
2050年までに「実質ゼロ」を実現するならば、排出量を毎年7%削減して、それを30年続けなければなりません。私たちが必要とする変化の規模は、1年間のロックダウンでは十分ではないのです。
私たちは、この課題の規模を認識しなければなりません。
4. 長期的な視点 たった3カ月?
環境問題について、国や自治体のほか、市民、草の根の組織、民間セクターなど多くの関係者が意思決定をしています。軋轢(あつれき)が生まれれば、解消しなければいけません。政府には、オーケストラの指揮者のように全体をまとめていく役割があります。
今、欠けているのは長期的、戦略的な思考です。欧州委員会のアドバイザーとして、私は「長期的な視点に立ってください」と言ってきました。みんな「そうですね」と言いますが、政治家にとっての「長期」は3カ月。私は30年先、300年先を言っているのです。意思決定に長期的な視点を入れていくのは、簡単なことではありません。

5. すばらしい約束 その結果は…
国際会議などで様々なすばらしい約束が交わされますが、それらが行動につながっているでしょうか?
昨年11月、COP26(第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が英国のグラスゴーで開かれました。会議では100カ国以上が「森林破壊を2030年までに止める」と約束しました。すばらしい宣言ですが、実は2014年の森林に関するニューヨーク宣言でも「2020年までに森林破壊を半分に減らす」と約束されていました。
2020年末にどうなったか。熱帯原生林の破壊は40%も増えてしまっているのです。
大事なのは議論することではなく、いかに行動につなげるかなのです。

6. 戦う魂 希望を捨てない
地球環境についての課題は山積していますが、希望を捨ててはいけません。流れを逆転させるシナリオは、紙の上では分かっているからです。
ベルリンの壁の崩壊を思い出してください。東ドイツに住んでいた人は「自分たちの人生は共産主義のもとで終わるだろう」と思っていましたが、ほんの3カ月の間にベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一され、生活が一変したのです。
サッカー日本代表チームの試合。残り10分。0-2で負けています。「諦めてビールを飲もう」と思うのか、それとも最後までゴールをめざすのか。
最後の1秒まで戦ってほしいですよね。逆転劇は、ありえます。戦う魂を忘れずにやっていきましょう。
気候正義は過激思想?
若い世代から問い
ランバン教授は話題提起の後、ユースメンバーと語り合いました。
佐座 若者が政府に抵抗したり、デモをしたりといった方法は日本では受け入れられにくいと感じます。
ランバン 社会の成り立ちや文化、文脈を考えなければなりません。子どもたちが声を上げることが有効な場合もあるし、日本には日本なりのやり方があるかもしれません。

「肉を食べない」加速できる?
伊与田 森林保全に関して、例えばポテトチップスを買うときにパーム油を使ったものをやめるといった小さなアクションが呼びかけられています。しかし、大きなシステムチェンジがないことに無力感を覚えます。
ランバン スピード(速さ)とスケール(規模)の両方の観点で考えましょう。私も肉をあまり食べないようにしていますが「それをもっとスピードアップしろ」と言われても難しい。でも、友だちや家族に働きかけたり、メディアで発信したりして「同じような行動をとりましょう」と伝えることはできます。スピードを上げるよりも、スケールを大きくするほうがやりやすいように思います。
対話へ 言葉にこだわらず
伊与田 日本で「気候正義」の話をすると、過激な思想のように受け止められるように思います。
ランバン 日本で「気候正義」が攻撃的と受け止められるのは知りませんでした。対話を始めるために、言葉にこだわりすぎるのはよくありません。「正義」ではなく「公平」でも「公正」でも何でもいい。行動して中庸を見いだすことが大事です。

禅の価値観 社会に生かせる?
ランバン 日本には伝統的に禅の価値観があると理解しています。若者には、そのような価値観が残っていますか。消費行動に関係していますか。
佐座 一切れの布も大事に使うというのは日本の伝統です。モノを大事に使うという意識はありますが、海外に比べると消費が過多になっている気がします。
矢動丸 「若者」とひとくくりにはできず、都市部と地方などで価値観の違いがあります。
ランバン 社会を移行させるには、その社会に根付いた中核的な価値観、伝統に結びつけることが重要です。
「もったいない」を推進力に
伊与田 「もったいない」という言葉がありますが、モノを大切に使いたいから、非効率的な家電製品を長く使うこともある。「もったいない文化」を科学と結びつければ、いいドライブ(推進力)になるのではないでしょうか。
ランバン 科学の話が響く人もいれば、響かない人もいます。物語や詩、映画、ゲームなど、あらゆる手を活用して伝えていくことが大切です。
提言にどう生かす?
学び・気づき・課題意識
教授との対話を、どう提言に生かせるのか。解決するべき課題は——。ランバン教授との対話の後で参加者が議論しました。

小林 「気候正義」は欧米では当たり前に使うけれど、日本だと過激な思想のように捉えられることがあります。欧米との違いに気づきました。
矢動丸 不公平の是正に関心を持っています。一方、「生物多様性の問題は自分とは関係がない」と言い切る人たちにとっては「正義」「公平」以前の問題のように感じます。
石川顕真(ワーキンググループメンバー) 儒教の考え方にあるように、進歩的な人には「義」を説き、利益で動く人には「これをしなければ損になる」と思わせるのがいいのではないでしょうか。
伊与田 温暖化対策を進めるほど経済的に得になる仕組みをつくるべきだと思います。しかし、産業界には反対する人たちもいます。
室橋 正論を訴えても響かないという状況は日本で顕著です。どう変えていくのがいいのだろうか……。
稲場 提言発表の場として新聞が予定されています。提言を効果的に届けられるように対象を選定することが大切です。対象となる人々にとってプラスになることを提案するために、社会の現状に目を向けて情報収集していくべきだと感じました。
ランバン教授との対話で、たくさんのヒントが得られると同時に、考えるべき論点も浮かんできました。8月の提言発表まで、ブループラネット賞受賞者との対話、そして若いメンバーの議論は続きます。
■提言発表までのスケジュール
2月16日 第1回 意見交換会
3月 1日 第2回 ランバン教授との対話会、討議
3月30日 第3回 ティルマン教授との対話会、討議
4月24日 第4回 ウォーカー教授との対話会、討議
8月 提言発表
創設30周年 ブループラネット賞とは
地球環境問題の解決に向けて大きく貢献した個人や組織に対して感謝を捧げるとともに、多くの人々がそれぞれの立場で環境問題の解決への取り組みに参加することを願って、1992年に国連環境開発会議(リオ地球サミット)でブループラネット賞の創設を発表しました。毎年原則として2件を選定し、受賞者をお迎えして東京で表彰式典並びに記念講演会を開催します。第1回の受賞者は、昨年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎先生でした。
旭硝子財団では毎年の顕彰のほかに、ブループラネット賞創設20周年、25周年を記念した事業で受賞者による共同論文の作成などを行い、世界に向けて行動変容の重要性を発信してきました。
2022年の創設30周年記念事業でも、8月に開催される記念シンポジウムに出席するため、米国のデイビッド・ティルマン教授(2020年受賞者)、ベルギーのエリック・ランバン教授(2019年受賞者)、オーストラリアのブライアン・ウォーカー教授(2018年受賞者)の3名が来日し、共同声明を作成します。発表にあたっては、ユース環境提言を作成する日本の若者との対話内容も反映される予定です。
朝日新聞DIALOGは、ユース環境提言へ向けて行われる、日本の若者と過去の受賞者との対話や討議などを採録していきます。