ヴァレンティナ、あなたの全てを抱きしめるセクシュアルマイノリティーを語る 監督に聞く:朝日新聞DIALOG

ヴァレンティナ、あなたの全てを抱きしめる
セクシュアルマイノリティーを語る 監督に聞く

By 仲川由津(DIALOG学生部)

 自分のクラスにトランスジェンダーが転校してきたら、どう接しますか?

 4月1日公開の映画「私はヴァレンティナ」。トランスジェンダーに関する法整備は進んでいるものの、トランスジェンダーの学校中退率が8割を超えるというブラジルが舞台になっています。トランスジェンダーであるヴァレンティナを取り巻く厳しい現実と、周囲の支えを描いたストーリー。映画公開に先立ち、カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督にインタビュー。DIALOG学生部のメンバーでセッションを開きました。

 偽りの数だけ涙がある。本当の想(おも)いの強さだけ鎧(よろい)がある。泣き方を忘れてしまった17歳の冬——。
 ブラジルの小さな街に引っ越してきた17歳のヴァレンティナ。彼女は通称名で通学する手続きのため蒸発した父を探している。新しい友人や新生活にも慣れ、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていたが、参加したパーティーで見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけにネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰などの危険が襲い掛かるのだった……。(「私はヴァレンティナ」公式サイトから)

©2020 Campo Cerrado All Rights Reserved.

五輪での「炎上」 どう受け止める?

仲川由津 この映画に興味を持ったきっかけは?

三好一葉 もともとジェンダー問題に興味がありましたが、トランスジェンダーの問題は複雑で難しく、当事者に会ったこともないので、理解を深めたいと思いました。

三嶋健太郎 私も当事者と会ったことがなく、知らない世界でした。どんな悩みやつらさがあるのか、この映画を通じて知りたいという気持ちでした。

仲川 ニュースやツイッターで、同性婚への批判やLGBTQへの差別はたびたび話題になりますが、これまでの自分にとっては遠い話でした。この映画を見ることで当事者の視点を知り、何か得るものがあれば……という思いでした。

三好 最近で言うと、東京オリンピックで(男性から性別変更した)トランスジェンダー女性の出場がオンライン上で「炎上」しました。どう受け止めるか、自分も考える機会が多かったと思います。

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 「ヴァレンティナを見なかったの? あなたの本当の名前は通称だから、自信を持って使っていい」。トランスジェンダーの男の子からの、うれしいメッセージです。

カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督

「私は女ではない」カミングアウト

仲川 映画の中で印象に残った場面は?

三嶋 ヴァレンティナには、いろいろな悩みや触れられたくない過去があります。でも、過去よりも「今」がメインに描かれている気がします。ヴァレンティナの前向きな姿勢と、ヴァレンティナを取り囲む仲間たちの温かさに心打たれました。

仲川 確かにヴァレンティナの半生を俯瞰(ふかん)している感じがしました。

三好 終わり方が印象的でした。みんながヴァレンティナのことを理解したかというと、そうではない。希望はあるけれど、完全なハッピーエンドではない。この終わり方によって、より一層「これが現実なんだ」と受け止められました。友だちへのカミングアウトも印象に残りました。クラスで騒いでいた同級生たちが、ヴァレンティナの「私は本当は女ではない」という一言で、イスに座って真剣に耳を傾ける。カミングアウトの受け止め方として理想的だと感じました。

仲川 私も印象に残っている場面の一つはカミングアウトです。トランスジェンダーであることを友だちに告白されて、受け入れられる人もいれば、受け入れられない人もいるのではないか?と考えさせられました。もう1カ所は「ヴァレンティナを教室に入れるな」という騒動の部分です。本来、教室は自由に出入りできるべきで、そんな些末(さまつ)なことで騒ぎになることに異常さを感じました。

三好 ショッキングな場面ですよね。

仲川 映画のようなことが現実に起きたとき、周囲はどんな反応をするのか考えてしまいました。

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 母親がどう娘を愛し、支持しているかを表現しました。周囲の支援が重要だと伝えたかったからです。

カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督

ユニセックス ファッションでは進むけど

仲川 トランスジェンダーであると告白するハードルは高いと思います。世の中を変えるために、できそうなことは思いつきますか。

三好 「思いやりましょう」「配慮しましょう」と言っても、知識がないと何が正しい思いやりなのかわからない。大学に入るまで、セクシュアルマイノリティーについての教育が全くなかったのは問題ではないかと思います。

仲川 小学校の道徳の授業で、障害者や外国人に対する差別をなくそうという内容はありましたが、セクシュアルマイノリティーに関してはなかったなと思います。

三嶋 他のマイノリティーは扱ってもセクシュアルマイノリティーについては学んだ記憶がない。生きづらさの要因としては、性別によって区分されている場所が多いことが挙げられるのではないかと思います。トイレや温泉など、男女で分けられているところがまだまだ多い。ファッションではユニセックスはよく見るけど……。

三好・仲川 確かに、ファッション分野はユニセックスの傾向を感じるかも。

女子のスラックス あればよかった

三嶋 LGBTQの話題に敏感な若い世代が増えています。「男性らしさ」「女性らしさ」にこだわらなくてもいい社会には徐々になりつつあるかもしれません。

仲川 上の世代ほど「男性は仕事、女性は家事育児」という役割分担の意識はありますね。私たちの世代では、その風潮が弱まってきています。好きなことが自由にできるような世の中になればいいと思います。

三好 女子が制服でスラックスを選べる感覚と似ているなと思いました。

仲川 スラックス、私のときもあればよかった。冬は足が寒くて制服が嫌いでした。選択肢があること自体、ステキです。

三好 「トランスジェンダーだから」とかに関係なく、「寒いからスラックス」とか気軽に選べるといいのに……。

三嶋 女子がメンズ服を着るのはよく聞くけど、逆はあまり聞いたことがありません。

三好 メンズライクな(男子みたいな装いの)女子は「カッコいい」と肯定的に見られるけど、男性の女性装は(珍しさによる)話題性? 平等ではなさそうですね。そう考えると、トランスジェンダー女性とトランスジェンダー男性の生きづらさも違いそう。

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 当事者がメディアに出ることによって、トランスジェンダーの存在を知り、人々の認識が変わってほしい。

カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督

僕が女子トイレに入ったら…?

三嶋 例えば僕が「私、容姿は男性だけど本当は女性なんですよ」って女子トイレに入ってきたらどうですか。

仲川 いきなりだと戸惑うし、場合によっては変質者と受け取られるかも。

三好 女性専用スペースの利用となると、その人を疑ってしまうし、相応の説得力を求めてしまいますね。線引きが難しい……。

仲川 証明書を見せるとか、マタニティーマークのように印を身につけるのも案だけど、そもそもトランスジェンダーであることをカミングアウトするハードルが高いので難しそうです。

三好 深刻度に関しては、トイレと温泉は近そうですね。電車の女性専用車両でさえ、トランスジェンダー女性の方は利用しにくそうです。

三嶋 性別を判断するとき、見た目を一つの基準にしていることも大きな要因になりそうです。克服しようにも、難しい部分ではないでしょうか。

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 社会に根差した偏見という面で言うと、日本もブラジルも大差ない。セクシュアルマイノリティーの存在と権利を認める教育が大切です。

カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督

答えの出ない問い 考え続ける

三好 トランスジェンダーに限らず、そもそも男性でも女性でも体格差や体力差がある。性別による差を考えると、堂々巡りになってしまいます。

三嶋 「男性」「女性」「その他」という選択肢が定着しつつある中、「人のバックグラウンドなんて気にしない」という寛容さを持つことも、過度な配慮も両方、危うさにつながりそうです。そして、言葉を選んで発言することも、ある種の差別になっていると痛感しました。トランスジェンダーの方には「特別扱いしないでほしい」という思いもあるはずだし。

仲川 立場が変われば「当たり前」の基準が変わる。重要な視点だと思います。「みんな違ってみんないい」だけでは解決しないんですね。すぐに解決策は見つからないけれど、問題を知っているのと知らないのとでは大きな差です。私は映画を見て、トランスジェンダーに対する理解が進みました。トランスジェンダー選手のオリンピック規定とか、これを機にもっと調べてみたいです。

三嶋 いろんな人がいることを、まず認識する。でも、敏感になりすぎず、それぞれがよいと思う考え方に素直に従っていい。

三好 自分とは異なる立場の人について考えたり、違う考えを知ろうとする姿勢が重要だと思いました。答えの出ない問いについて考え続けたいです。

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偏見に立ち向かう 母の愛
——監督インタビュー

 セッションに先立って、この映画についてカッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督にオンラインでインタビューしました。

——数多くの賞を受賞しました。反響はいかがでしたか。

 ネット上の反響が大きかったです。特に印象に残ったメッセージは、トランスジェンダーの男の子のものです。その子は、地下鉄のカードの名前を(性別変更後の)通称にしていなかったそうです。そのカードにお金をチャージする際、窓口の女性に性別変更前の名前を告げたところ、その女性から「ヴァレンティナを見なかったの? あなたの本当の名前は通称だから、自信を持って使っていい。私たちはみんなそう思っている」と言われたそうです。制作陣、みんながうれしくなりました。

——ヴァレンティナを取り巻く人の支えが印象的でした。どのような思いで周囲の人物像を描いたのでしょうか。

 この映画を制作するにあたって、トランスジェンダーの当事者にインタビューしました。聞くのがつらい話が多く、それらをぜひ反映したいと思って脚本を練りました。同時に、人間的な温かさや希望も盛り込みたかった。メッセージ性の強い場面の一つは、ヴァレンティナが母親に性被害を告白するところです。母親がどう娘を愛し、支持しているかを表現しました。偏見に立ち向かうには、周囲の支援が重要だと伝えたかったからです。

——主演にトランスジェンダーの方を登用しています。当事者が役を演じることの意義は何でしょうか。

 意義は二つあります。一つは当事者がメディアに出ることによって、トランスジェンダーの存在を知り、人々の認識が変わることです。もう一つは労働市場の提供です。トランスジェンダーの場合、学校中退の割合が高く、就職しづらいことが大きな問題です。認識が変わることで、就職の機会が広がってほしいです。

——日本はトランスジェンダーへの偏見が根強く、法整備もまだまだです。映画を見る方へのメッセージをお願いします。

 ブラジルはトランスジェンダーのための法律はあるものの、現実には守られていません。社会に根差した偏見という面で言うと、日本もブラジルも大差ないのではないでしょうか。法整備も含め、セクシュアルマイノリティーの存在と権利を認める教育が大切です。セクシュアルマイノリティーは「自分たちが優先されるべきだ」と言っているわけではなく、単に平等に扱われる権利を求めているのだ、と知ってもらいたいです。

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