

日々の食卓から農業に、そして地球環境に思いをはせよう——。
旭硝子財団のブループラネット賞創設30周年を記念して行われるユース環境提言プロジェクト。2020年に同賞を受賞した米国ミネソタ大学のデイビッド・ティルマン教授が3月30日、若い世代とオンラインで対話しました。テーマは「食と農業」。ユースメンバーは、自分ならどうするか、周囲や世の中にどう伝えていくか、提言作成へ向け議論を深めました。
■提言に加わる予定の主な団体とコアメンバー
・日本若者協議会 室橋祐貴さん
・Change Our Next Decade 矢動丸琴子さん
・SWiTCH 佐座マナさん
・国際環境NGO 350.org Japan 伊与田昌慶さん
・生物多様性わかものネットワーク 小林海瑠さん 稲場一華さん
・Fridays For Future Japan 原有穂さん 酒井功雄さん
・JYPS(持続可能な社会に向けたジャパンユースプラットフォーム)

持続可能な地球へ 次世代が導く
今日は若いみなさんと意見交換できてとてもうれしい。世界を変えていくためには、次世代の人たちが、もっと持続可能な地球に導いていかなければならないと思うからです。
私は生態学者として、世界になぜこれほどの種がいるのか、そして種の多様性が私たちにどのような影響を及ぼしているのか、人間は生態系にどのような影響を及ぼしているのかに関心を持ってきました。そしてグローバルな食料生産、農業、食習慣を研究のテーマにしてきました。

人口も消費も増加 環境への影響600倍
世界の人口は、250年前に比べて約10倍に増えました。さらに1人当たりの物・エネルギーの消費は60倍になっています。従って、影響としては約600倍です。人類が地球で生きていくためには、これまでとは全く異なった生活の仕方を考えなければなりません。
環境問題を解決するさまざまな方法や技術は明らかになってきました。しかし、社会はまだ十分なスピードで変わっていません。
どうやって政策を変えることができるのか。どうやって消費者の行動を変えることができるのか。エネルギーと食料について言えば、一人ひとりの決断にかかっているのです。

赤肉 食べ続けると地球を壊す
世界の温室効果ガスの排出に、農業が大きな影響を与えていることがわかっています。これまでは窒素肥料を多く投入することで生産性を上げてきましたが、窒素肥料は地下水の汚染につながります。しかし、肥料を減らしても収量を上げられる栽培方法は発見されています。
所得が増えていくと、人々は赤肉(豚肉、牛肉、羊肉、ヤギ肉など)を消費するようになります。赤肉は環境にも健康にも負のインパクトを及ぼします。
脂や砂糖が多い食事は健康に良くないことがわかっています。家畜が温室効果ガスを多量に排出していることもよく知られた事実です。高所得国の人々のやり方を今のまま続けていたら、地球を壊してしまうでしょう。

トウモロコシ 6億8000万人分が…
食料の問題は不平等の問題でもあります。政策を考えるとき、貧しい国と豊かな国、どちらにも公平な解決策でなければなりません。
例えば米国は、トウモロコシを原料とするバイオ燃料の生産を増やしてきました。もともと米国はトウモロコシを世界中に輸出していました。6億8000万人分の食料(カロリー換算)になっていたトウモロコシが、バイオ燃料になってしまったのです。
その結果、食料価格は上昇しました。これが世界中の飢えている人たちに提供されていたら、栄養不足の問題はある程度、防げたはずです。
理解してほしいのは、一つの国の行動が、グローバルに影響を及ぼしてしまうことです。「環境にプラスである」と言われている行動であっても、グローバルな視点ではもしかしたらマイナスかもしれない、と意識しておく必要があります。

ビーガン冷遇…肉に税金は有効か
ティルマン教授は話題提供の後、ユースメンバーと語り合いました。
伊与田 私は基本的に牛肉を食べないようにしようと思って暮らしています。ただ、日本ではビーガン(完全菜食主義者)向けメニューの選択肢は非常に少なく、ビーガンのライフスタイルが揶揄(やゆ)されることもあります。一般社会だけでなく、政治や産業の面でも肉食文化が支配的です。例えば、肉に税金をかける政策は有効ですか。
ティルマン 「ビーガンになってくれないと世界は救われない」と言うのではなく「この新しいおいしい食べ物を試してみて」と一つずつ勧めていく取り組みはどうでしょう。赤肉に税金をかけるのもある程度メリットがあると思います。ただ、子どもの場合はビタミンB12をとる必要があるので、5年間程度は赤肉を食べる必要があると言われています。
生物多様性を高める農業とは
原 微生物に興味があるのですが、農業を行うとき、生物多様性を増やすにはどんな工夫ができますか。
ティルマン 一つの作物だけを育てる単一栽培はあまり良くないことが最近の研究でわかっています。二つの作物を一緒に育てる、いわゆる間作で土地が肥沃(ひよく)になります。1列は一つの作物、もう1列は別の作物を育てる。すると、二つの作物に生態学的な違いがあるので生物多様性が高まり収量も上がります。もう一つはカバークロップ(被覆作物)です。作物を栽培していないとき、土壌を覆うように別の作物を植えるわけです。草や豆類、花を付けるような作物、この3種類を一緒に植えることで窒素やナトリウム、カルシウム、マグネシウムが土壌に増えたという研究があります。肥料に頼らなくてもよくなります。

「恐ろしい」「カッコいい」どっち?
深見太一(ワーキンググループメンバー) 消費者の行動をいかに変えていくか。現状を続けた場合、どれほど恐ろしい影響が人類に対してもたらされるのかを訴える方法と、環境に優しくすることが倫理的でカッコいいものであると発信する方法、どちらが効果的でしょうか。
ティルマン 恐れをベースに発信するのではなく、自然愛に訴えるべきだと思います。恐れは大きな感情ですが、どちらかと言えば愛のほうが力があります。健康も一つの切り口かと思います。世界の多くの国では糖尿病、心疾患、がんなどが増えています。良くない食習慣がクオリティー・オブ・ライフ(生活の質)を下げるという言い方もできます。みなさんの役割は極めて重要です。みなさんの活動がどうなっていくか、楽しみにしています。

ベジタリアンのメニューが増えれば
ティルマン教授との対話の後、三つのグループに分かれて議論しました。
佐座 グループ1では、一般の人たちがどうやって行動変容を起こすかということを話しました。その食べ物がおいしい、カッコいいといったことが重要だという話が出ました。また、選択肢を増やすために、例えば一定期間キャンペーンを設け、一つでもいいのでベジタリアン(菜食主義者)メニューのオプションを追加する月をつくるというアイデアが挙がりました。
深見 グループ2では、政策と教育の話が出ました。大人たちに対して環境への意識を高めるような教育・啓発がなされているか、疑問に感じる声が聞かれました。全員の意識を変えられなかったとしても、確実に効果を生み出すことができるのは政策レベルでの変化ですので、政策に対する提言が特に重要ではないかという意見が挙がりました。
そっと背中を押すように
佐座 教育で言うと、SDGsボードゲームを体験してみて良かったという声があり、そういったイベント形式のものを実施する、またはもう少し中長期で行えるプログラムを用意するのもいいかと思います。あとは企業が学生を採用する際にSDGs採用枠があってもいいという案がありました。
原 グループ3では、行動経済学の「ナッジ」(そっと背中を押す)と言われるようなアプローチを工夫する必要があるのでは、という話が出ました。例えば「健康にいいから肉をあまりとらない生活をしよう」とか「(肉よりも他の食材のほうが)安上がりだからそういう生活をしよう」とか……。ルールを厳しくし過ぎず、本質からずれた内容だったらそのルールには従わないことも時には大切だ、という話もしました。
8月の提言発表に向けて、少しずつ具体的なアイデアが挙がり、共有されたディスカッションでした。第4回はオーストラリアのブライアン・ウォーカー教授との対話会です。
■提言発表までのスケジュール
2月16日 第1回 意見交換会
3月 1日 第2回 ランバン教授との対話会、討議
3月30日 第3回 ティルマン教授との対話会、討議
5月 第4回 ウォーカー教授との対話会、討議
8月 提言発表
創設30周年 ブループラネット賞とは
地球環境問題の解決に向けて大きく貢献した個人や組織に対して感謝を捧げるとともに、多くの人々がそれぞれの立場で環境問題の解決への取り組みに参加することを願って、1992年に国連環境開発会議(リオ地球サミット)でブループラネット賞の創設を発表しました。毎年原則として2件を選定し、受賞者をお迎えして東京で表彰式典並びに記念講演会を開催します。第1回の受賞者は、昨年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎先生でした。
旭硝子財団では毎年の顕彰のほかに、ブループラネット賞創設20周年、25周年を記念した事業で受賞者による共同論文の作成などを行い、世界に向けて行動変容の重要性を発信してきました。
2022年の創設30周年記念事業でも、8月に開催される記念シンポジウムに出席するため、米国のデイビッド・ティルマン教授(2020年受賞者)、ベルギーのエリック・ランバン教授(2019年受賞者)、オーストラリアのブライアン・ウォーカー教授(2018年受賞者)の3名が来日し、共同声明を作成します。発表にあたっては、ユース環境提言を作成する日本の若者との対話内容も反映される予定です。
朝日新聞DIALOGは、ユース環境提言へ向けて行われる、日本の若者と過去の受賞者との対話や討議などを採録していきます。