80代からプログラマー アナログな私たちをつなぐITエヴァンジェリスト・若宮正子さん:朝日新聞DIALOG
2022/04/20

80代からプログラマー アナログな私たちをつなぐ
ITエヴァンジェリスト・若宮正子さん

By 永井綾(DIALOG学生部)

 スマホの画面で、ひな人形をひな壇の正しい場所に置いていく「hinadan」というゲームがあります。シンプルですが、楽しめます。このシニア向けのゲームアプリを開発したのが若宮正子さん(87)。定年のころからパソコンを始め、プログラミングを独習しました。80代からプログラマーとして活動し、デジタルの魅力を伝えることで、高齢者のITリテラシーを高めるITエヴァンジェリスト(伝道者)としても知られています。

 若い世代が各界の著名人と対話する「明日へのLesson」。若宮さんにインタビューしたのは、牟田吉昌さん(28)と青木佑さん(32)。牟田さんはベンチャー企業CEOで、働く人のメンタルの不調をAI(人工知能)で早期に発見するアプリを提供。青木さんは、認知症当事者の声を社会に届ける活動に取り組みます。それぞれのフィールドで社会課題の解決に挑む2人が、若宮さんと語り合いました。

高齢者・認知症…使いやすい技術とは

 機能てんこ盛りのよろず丼ではなく、しらす丼のようにシンプルに。

 鍵を回す動作が難しい認知症の人が、スマホで操作できるスマートロックを活用しているのを見て、テクノロジーの力を感じているという青木さん。「若宮さんご自身が使っていて、便利だと感じるものはありますか」と尋ねました。

 すると、若宮さんは「今あるものだけではなくて、もっといろいろなものができてくれればいいと思うのです」と返します。「例えば、画面に大きなボタンがあって、タッチするとメールや電話、調べものができるテレビ。お年寄りにもなじみやすいはずです。『お料理 タケノコ ゆで方』と言うと、調理法を探し出してくれるとか」。クリエーターらしいアイデアです。若宮さんが銀行に勤めていたころ、何度も業務改善の提案をして企画開発部に引き抜かれたというエピソードをほうふつとさせます。

 若宮さんは昨年、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンさんとオンラインで対談しました。そのなかで、「誰でも使えるシンプルなものを高く評価している」というタンさんの話が印象深かったそうです。

 「世の中にはアナログな人、やっとデジタルな人、普通デジタルな人といろいろな人がいます。開発者は機能てんこ盛りのよろず丼を作ろうとしますが、しらす丼のようにシンプルで、誰にでも役立つものを」と若宮さんは話します。

青木佑(あおき・ゆう) 大学卒業後、専門学校で社会福祉士の資格を取得。埼玉県社会福祉協議会で研修・会議などの企画・運営を担当。2019年からissue+designで認知症未来共創ハブのプロジェクトに参画。2021年9月に出版された書籍『認知症世界の歩き方』(著者・筧裕介、ライツ社)の制作に携わる。

じじばばファンドで新規事業

 お年寄りに意見を聞こうと思ったら、田舎に帰って自分のおじいちゃんおばあちゃんに聞いたらいい。

 若宮さんは、若い世代から高齢者向けの製品について相談を受けることがあります。そんなときは、実家に帰って祖父母に話を聞くことを勧めるそうです。「若い人とお年寄りとが分断されていると感じます。もっと気楽に交流できないだろうかと思っています」

 牟田さんは「おばあちゃんにここ最近会ってない……」と自身を振り返り、「事業アイデアを考えるとき、高齢者の方が何かしら課題を抱えていることは感じていたけれど、何をすればいいのかわからなかった。理解がないから作ることができないというのは、もったいないと感じました」と話しました。

 牟田さんは、多様性を大事にしながら製品を開発することと、ビジネスとして利益を重視することの矛盾に悩むことがあるそうです。「デジタルを使って若い世代に刺さるなら、お年寄りは使えなくてもいいのでは、という極論も発生してしまう」からです。

 若宮さんは「日本にはいろんな高齢者がいるのだから、高齢者に役立つものをどんどん開発できる。他の国に貢献できるし、ビジネスにもなる。将来性のある産業だと思います」と励ましました。

 さらに若宮さんには斬新なアイデアが。高齢者が高齢者のためのスタートアップ企業に投資する「じじばばファンド」です。「出資したお年寄りは自分から意見を出すし、商品が良かったら口コミで宣伝してくれるでしょう」

 青木さんは、認知症の人向けのサービスや商品の開発を促すため、企業にデータを用いて提言をしたこともありますが、数字でしか動けないのでは豊かな社会から離れてしまうのでは、とも思っています。「認知症の人とそうでない人が互いの生活を想像できるようになると、多様性を大事にした取り組みも自然に広がっていくのかな」と希望を語りました。

牟田吉昌(むた・よしまさ) 1993年、京都府生まれ。立命館大学時代に語学サービスの会社フラミンゴを設立。大学卒業後、リクルートホールディングスに入社。決済サービス「AirPAY」システムの開発ディレクションおよびセールスマーケティングを担当。その後、フラミンゴに戻り、取締役COO。2019年4月に現在のwelldayを創業、代表取締役CEOに就任。

90代 病院からリハビリリポート

 どうしようもなくアナログな人と人とをつなぐのがデジタル。

 若宮さんはデジタルに不慣れな同世代に講演をすることがあります。「人間はどうしようもなくアナログ。その人間と人間をつなぐのがインターネットであり、デジタル機器」と考えるからです。講演のなかで、自身がデジタルの「人と人とをつなぐ力」を感じた体験を披露するそうです。それは90代の若宮さんの兄が複雑骨折で救急搬送されたときのことです。

 「『寝たきりでも生きていてくれれば』と思っていたら、3週間くらいして病院のパソコンからチャット仲間に『地獄の三丁目からUターンしてきた』と送ってきたのです」。それからは毎日リハビリの様子をチャットでリポートするようになり、仲間から応援メッセージも届きました。すると、3カ月で杖なしで歩けるように。

 「90歳を過ぎた人のほとんどは、リハビリをしても歩けるようにはならないそうです。私の兄はデジタルを活用することで仲間と楽しくやっている、と話すと、お年寄りにもその気になってもらえます」

 「お兄さんとお仲間とのエピソード、最強ですね」と青木さんがほほ笑むと、「デジタルツールがあるから、子どもたちや若い人とも付き合える。すばらしいことです」と若宮さんも笑顔になりました。

若宮さんは自宅でPC教室を開いていた=2005年ごろ

HowよりWhyを大事に

 子どもたちに「なぜそうなるのか」、不思議を考える体験を。

 ITリテラシーを高めるというと、プログラミングやスマホの操作手順といった知識を伝えるだけになりがちです。一方、例えば大学病院への紹介状には患者の病状が書かれているのに、封じられていて患者自身が読むことができないことがあります。若宮さんは「自分の情報を自分で管理することの大切さをもっと広めるべきだ」と力説します。

 牟田さんはうなずきながら「自分の情報を自分で把握できない違和感に気づいたり、高齢者はインターネットを使えないという常識を疑ったりするためには、どうすればいいのでしょうか」と質問しました。

 若宮さんは、子どもたちに学校や家庭で「なぜそうなるのか」「どういう意味があるのか」と考える機会をつくることが必要だと答えます。

 幼少期に中国に長期滞在した経験がある牟田さんも、アジアでは「どうすればいいのか」というHowばかりを教えるが、アメリカでは「なぜやるのか」というWhyを考えさせる、と感じています。「Howだけだと(デジタル機器の)アップデートにも対応できず、テクノロジーの進化に取り残される。問いに変化があると、チャレンジも増えていくでしょう」と話しました。

「役に立つ」とは?

 知識を得るだけでなく、発酵させなくては。

 青木さんから「必要とされることが生きる原動力になる一方、役に立たなければ意味がないとなると、誰一人取り残さない社会からずれてしまうのではないか」と懸念する発言がありました。

 若宮さんはこう答えます。「『役に立つ』を広く捉えてみて。寝たきりになった姿をさらすことも、死にたくないとのたうち回ることも、『人間は生き物で、こういう状態になることもある』と周りに伝える使命を果たしています。そういうことを『役に立つ』と捉えるのは、知識ではなく英知です」

 そして、昨年99歳で亡くなった作家・瀬戸内寂聴さんについて、「なぜあんなに慕われたのか」と問いかけます。「叡智をもっていたからです。若い人はネットで知識を豊富に得ていますが、知識は生(なま)の材料。自分の経験や読書から得た感動を加えて発酵させることで、英知が生まれます」

 そう言った後、「私もまだ発酵が足りず、生煮えですが」と笑った若宮さん。最後まで、年齢を重ねても謙虚さと好奇心を失わない人柄が伝わってくる対話でした。

おばあちゃん 甘えたほうがいいのかな
永井綾(DIALOG学生部)

 対話中、私にも話を振られ、個人的な体験について話しました。

 私には大学進学で離れてしまった祖母がいます。コロナ禍で会える機会が減ったので、タブレットでビデオ通話をする方法を電話で教えました。しかし、1年ほど前、認知症の症状が見られるように。「自信をなくしたように見える祖母も、若宮さんが高齢者と同じ目線で作ったゲームであれば、楽しめるのではないか」と話しました。

 若宮さんは、定年退職したころから約10年間、認知症になった母親を介護したそうです。その経験から、高齢になったり認知症になったりしても、誰かのために役に立つことや目的意識をもって過ごすことが大切だと感じたそうです。

 久しぶりに帰省した際、以前と同じように私に世話を焼いてくれる祖母は、なんだか生き生きしています。孫として祖母を心配して面倒を見るのではなく、逆に祖母に甘えたほうがいいという私なりの思い。若宮さんのお話を伺い、それは間違っていなかったと思うことができました。

 「あと100年生きられたら何をしたいですか?」。対話での最後の質問に、若宮さんは「発明家になりたい。いろんなことをいっぱい思いついちゃうから」と即答しました。バイタリティーあふれる姿に、勇気をもらいました。

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