レジリエンス——自ら変わる力 地球と人類のために〈ブループラネット賞創設30周年〉多様性・開放性…ウォーカー教授と語る:朝日新聞DIALOG
2022/06/03

レジリエンス——自ら変わる力 地球と人類のために
〈ブループラネット賞創設30周年〉多様性・開放性…ウォーカー教授と語る

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 「レジリエンス」という言葉を、よく耳にします。外部環境に変化が起きても、その変化に柔軟に対応し、受け入れることのできる能力のことです。

 旭硝子財団のブループラネット賞創設30周年を記念して行われるユース環境提言プロジェクト。2018年に同賞を受賞したオーストラリア国立大学のブライアン・ウォーカー名誉教授が5月6日、若い世代とオンラインで対話しました。生態系のレジリエンスについての専門家であるウォーカー教授。その思索は生態系にとどまらず、社会・経済・政治システムにまで広がります。ユースメンバーと政策提言へ向けて議論を深めました。

 ■提言に加わる予定の主な団体とコアメンバー
・日本若者協議会 室橋祐貴さん
・Change Our Next Decade 矢動丸琴子さん
・SWiTCH 佐座マナさん
・国際環境NGO 350.org Japan 伊与田昌慶さん
・生物多様性わかものネットワーク 小林海瑠さん 稲場一華さん
・Fridays For Future Japan 原有穂さん 酒井功雄さん
・JYPS(持続可能な社会に向けたジャパンユースプラットフォーム)

ブライアン・ウォーカー氏 1940年生まれ。オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)名誉フェロー、オーストラリア国立大学名誉教授。自然が持つレジリエンスについて研究し、予測不可能な変化にさらされる自然生態系と人間社会が持続するために、レジリエンスを高める必要があると提唱してきた。教授は、レジリエンスの研究は「世界が常に変化していることを認識し、望まない方向に変わらされないために、どこで、どのように変わっていくべきかを学ぶ研究」であると言っている。

湖を覆う外来種 食べ尽くしたのは

 まずこの写真、オオサンショウモを見てください。南米由来のこの水草は1960年代にオーストラリアに侵入し、大きな湖を、このように覆い尽くしてしまったのです。

 この状態を解決するために、オーストラリアの科学者たちは、この水草を食べるサルデニアゾウムシという虫を見つけ、これを国外からオーストラリアに持ってきて放ちました。その結果、そのゾウムシはオオサンショウモを全部食べてくれ、湖は元の姿に戻りました。

オオサンショウモ(左上)に覆われた湖(中央)と、サルデニアゾウムシ(左下)が放たれた後の湖(右)=ウォーカー教授の資料より

閾値を超えると 元に戻れない

 もう一つ、生態系の例をお話ししましょう。この写真は、美しい健全なサンゴ礁。一方、世界には、過剰な藻類に覆われてしまったサンゴ礁も多くあります。

サンゴ礁。地球環境の変化によって、さまざまな脅威に直面している。

 これらの状態の違いには閾値(いきち)が関わっています。閾値を超えるか超えないかで、システムの挙動が変わるのです。

 サンゴ礁の場合、閾値を超えることにつながる二つの要素があります。一つは、農地から肥料が流れ込むことによる過剰な栄養素。それによってサンゴ礁よりも藻類が生存しやすくなるからです。もう一つが漁業の影響です。藻類をエサとする魚が少なくなれば、藻類はさらに成長します。

 閾値を超えて、サンゴ礁が藻類に覆われた状態に移行してしまうと、もう元に戻ることはできません。不可逆なのです。

 さらに重要なことは、この閾値は他の条件にも依存しています。例えば、気候変動や海洋の酸性度によっても変わるのです。

 大気中の二酸化炭素が増え、海洋中に溶ける二酸化炭素量が増えることによって海水が酸性化すると、たとえ栄養素が過剰でなく魚が多く生息していても、閾値を超え、サンゴ礁が元気でいられる環境がなくなってしまいます。

暴徒が群衆の20%を超えると……(イメージ写真)

暴動にもティッピング・ポイント

 こうした閾値は、世の中のあらゆる分野で見られ、ティッピング・ポイント(転換点)とも言われます。

 例えば、群衆の行動です。何かに怒った群衆が暴動を起こしたとします。暴徒が群衆の20%を超える前にその原因を取り除けば、暴動は収まります。しかし、いったん20%を超えてしまうと、その原因を取り除いても、本格的な暴動に発展し、止めることができなくなります。

 労働力の供給量、収入に対する負債の割合といった経済システムのほか、交通・通信など社会基盤システムでも、ティッピング・ポイントが見られます。

 ティッピング・ポイントを超えないために、人間はいろいろな工夫をします。システムのレジリエンスを高めることもその一つです。ところが、ある側面でレジリエンスを高めても、ほかの側面では問題が生じることもあります。

 そこで、一般的に何がレジリエンスを生むのかを考えたいと思います。

1種類のマメしかなかったら

 レジリエンスを保つために、重要なことの一つが多様性です。

 マメ科の植物が窒素固定(※)という生態系にとって大切な役割を果たすことはよく知られています。

 ※空気中の窒素分子を、生物が利用しやすいアンモニアや硝酸塩などの窒素化合物に変えること。

 マメ類に一つの種しかなかったら、どうでしょうか。病気や、ひどい霜といった攪乱(かくらん)によってそのマメ類が死滅してしまったとき、生態系から窒素固定の機能が失われます。でもマメ科の植物が10種類あれば、それぞれが違った方法で攪乱に対応します。病気や霜に強い種があれば、少なくとも一部のマメ科の植物は生き残るでしょうから、その生態系はレジリエンスが高いのです。

マメ科も多様性が重要(イメージ写真)

無駄を捨てると 多様性を失う

 対応に多様性がある、つまりシステムにレジリエンスがある。今、世界ではこれが当たり前ではなくなってきています。

 効率性を求めて無駄遣いをなくそうとすれば、「10種類もいらない。1種類でいい」と考える人が多くなります。「一番いいものを選んで、ほかのものは捨ててしまえばいい。無駄だから」と考えるからです。

 しかし、それらは決して無駄ではありません。対応の多様性を失っていることを、理解していないだけなのです。

 ほかに、レジリエンスを高める要素としては、変化を受け入れる変動性、過度につながらないモジュラー性、システムへの出入りを許す開放性などがあります。

「変化が必要」受け入れる

 レジリエンスとは、ショックに対処し、同じ機能を保ち続ける能力のことです。もっと正確に言うと、攪乱を吸収して再組織化する能力で、それによって同じ機能、構造、フィードバックを維持することで、同じアイデンティティーを保つ。これが多くの領域でレジリエンスの定義として使われているものです。

 システムの状態に好ましくない変化が起き、それが不可避であった場合、選択肢となるのが変革です。変革の決定要因で、最も重要なのが「変革が必要である」と受け入れることです。社会を例にすると、受け入れるのは政府や業界、個人であったりしますが、しばしば、今のシステムから利益を得ている人たちは、変革が必要であることを否定します。

変革の必要性 灌漑から考える

 レジリエンスと変革は必ずしも反対の概念ではなく、お互いに補完することが可能です。

 例えば、オーストラリアのマレー・ダーリング盆地。この地域では、灌漑によって農業をしていますが、今進められているすべての灌漑計画を維持できるだけの水量がありません。このままでは、すべての灌漑計画のレジリエンスが失われていき、ひどい干ばつに対応できなくなってしまいます。

 何が必要なのでしょうか? それは、いくつかの灌漑計画を止めることです。そうすることで、盆地全体のレジリエンスを高めることができます。これが、必要な変革です。

チャーチル元英国首相の言葉から学ぶ(イメージ写真)

「危機を無駄にしてはならない」

 英国首相だったウィンストン・チャーチルは「危機を無駄にしてはならない」と言いました。危機があるからこそ大きな変革が起こりうるのです。それに備えていれば、より良い形で再組織化することができる。同じシステムに回帰するのではなく、再編して違うものを作ることができるのです。危機あるいは混乱や騒乱を活用して変革を起こすこと、変容していくことが必要です。

 最後に強調したいのですが、レジリエンスはそれ自体が良いとか悪いとかいうものではありません。システムの望ましくないと思われる状態でも、実はレジリエンスは高いということがあります。悪の独裁政権でレジリエンスが非常に高い、という場合もあるわけです。一方、システムの望ましい状態が、望ましくなくなることもあります。世の中は変わり、外部条件が変化するからです。

伊与田さん(左)と田中さん

メッセージを伝え続ける

 ウォーカー教授は、話題提供の後、ユースメンバーたちと語り合いました。

伊与田 日本でも、化石燃料産業が政府の政策決定プロセスに入り込み、気候変動対策に反対する光景が見られています。それもレジリエンスと言えますが、望ましくないレジリエンスについてどう乗り越えていけばいいでしょうか。

ウォーカー レジリエンスを高めるためのコストは、高めないコストに比べればはるかに小さいです。気候変動を減らすためのコストは高いが、それをしないコストのほうがはるかに高い。すべてのコストを考えることが非常に重要です。目前にある金銭的なコストだけではなく、社会的なコストも考えるべきです。どうやって業界などを関与させて、より長期的な見方で考えさせるかは、難しい問題です。失望することもありますが、このメッセージを伝え続けなければなりません。

田中迅(ワーキンググループメンバー) レジリエンスはどのように数値に落とし込んでいるのでしょうか。

ウォーカー 定量化については、測定できるものもあります。閾値がどの辺にありそうなのか、潜在的な閾値という考えで近似値を出すことはできます。ただし、場合によっては数値を見いだそうとすること自体が正しくない場合もあります。

石川さん(左)と仲川さん

変化を迫られる前に自ら変わる

石川顕真(ワーキンググループメンバー) オオサンショウモの事例ですが、外来種として入ってきた藻を退治するために別の外来種の昆虫を入れたところ、湖がきれいになったという話でした。外来種に対して外来種で対処するというのはレジリエンスを高める対処法と言えるのでしょうか。

ウォーカー 何十億年もかけて様々な種類の生物が現れ、バランスが取れていたところに、外来種が入ってきてバランスが崩れる。全世界でこういう例が出ています。生態系にとって非常に大きな影響が、外来種によってもたらされる。多くの場合、それに対処する方法は、その侵入種と一緒に進化する種を導入する方法です。これは妥当なことですが、ただ慎重に進めなければなりません。

仲川由津(一般参加) 私たちは、日常生活の中で、環境を守る行動として何ができるでしょうか。

ウォーカー すべての複雑系にはたくさんのスケールのものがあり、最大の危険性は、自分の関心のあるスケールにしか集中しないことです。日本が日本だけにフォーカスする、そうすると最も重要な点を見失ってしまいます。オーストラリアは今まさにそういう問題を抱えています。政府は自国の問題のみに集中していて、グローバルな状況の中にあることを認識していません。日本はどんな形でグローバルなつながりを持ち、依存しているかを考えなければならないと思います。

 レジリエンスを学ぶことは変化の仕方を学ぶことです。変化を迫られる前に自ら変わる力がレジリエンスです。世界は変わっていきます。日本人としての歴史、価値観と、変革の必要性のバランスを取ってください。

  ◇

 ランバン教授、ティルマン教授、ウォーカー教授の計3回の対話会を通じ、ユースメンバーたちは環境提言に向けて様々な気づきを得てきました。ここから、提言作成の実際的な活動が始まります。これまでの学びに若いアイデアが融合し、どんな提言ができ上がるのか。ぜひご期待ください。

提言発表までのスケジュール
2月16日 第1回 意見交換会
3月 1日 第2回 ランバン教授との対話会、討議
3月30日 第3回 ティルマン教授との対話会、討議
5月 6日 第4回 ウォーカー教授との対話会、討議
8月   提言発表

創設30周年 ブループラネット賞とは

 地球環境問題の解決に向けて大きく貢献した個人や組織に対して感謝を捧げるとともに、多くの人々がそれぞれの立場で環境問題の解決への取り組みに参加することを願って、1992年に国連環境開発会議(リオ地球サミット)でブループラネット賞の創設を発表しました。毎年原則として2件を選定し、受賞者をお迎えして東京で表彰式典並びに記念講演会を開催します。第1回の受賞者は、昨年ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎先生でした。

 旭硝子財団では毎年の顕彰のほかに、ブループラネット賞創設20周年、25周年を記念した事業で受賞者による共同論文の作成などを行い、世界に向けて行動変容の重要性を発信してきました。

 2022年の創設30周年記念事業でも、8月に開催される記念シンポジウムに出席するため、米国のデイビッド・ティルマン教授(2020年受賞者)、ベルギーのエリック・ランバン教授(2019年受賞者)、オーストラリアのブライアン・ウォーカー教授(2018年受賞者)の3名が来日し、共同声明を作成します。発表にあたっては、ユース環境提言を作成する日本の若者との対話内容も反映される予定です。

 朝日新聞DIALOGは、ユース環境提言へ向けて行われる、日本の若者と過去の受賞者との対話や討議などを採録していきます。

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