九谷焼・赤絵細描 独学で極めた絵付師の優しいまなざし〈伝統をつなぐ〉福島武山さん:朝日新聞DIALOG

九谷焼・赤絵細描 独学で極めた絵付師の優しいまなざし
〈伝統をつなぐ〉福島武山さん

By 中橋京香(DIALOG学生部)
©福島武山工房(無断転載を禁じます)

 私の故郷、石川県の伝統をどうやったら次の世代に残せるのだろう?

 オーストリアに留学したことで、かえって地元のことを思い出す機会が増えました。石川県の伝統工芸・九谷焼の絵付職人である母を通して伝統の置かれる厳しい状況を目の当たりにしてきたため、九谷の魅力や、伝統を次世代につなぐ試みを多くの人に知ってほしいという思いがありました。

 そんな中、九谷焼の第一線で活躍する福島武山さん(78)に話を聞くことができました。結婚を機に九谷焼の上絵付(うわえつけ)に携わるようになり、担い手の少なかった「赤絵」という技法を独学で再興した福島さん。高い評価を得た現在も作品を制作しつつ後進の育成に力を入れ、伝統をつなげてゆく活動を精力的に続けています。

伝統をつなぐ 日本の文化を形作る、工芸・美術・芸能といった分野の伝統。グローバル化やデジタル化の波にのまれ、継承が危ぶまれるものもあります。次の時代を見据えて活動する担い手にインタビューし、技や思いを伝えます。

赤絵との出会い 伝統を再興

——現在取り組まれていることを教えてください。

 赤絵をもう52年描いています。毎日コツコツと筆で絵付けをしています。九谷にはいろいろな技法がありますが、赤絵は、一般的に想像される色鮮やかな九谷五彩(緑・黄・紫・紺青・赤を使った絵付け)とは違い、基本的には赤だけで仕上げたものをいいます。

——九谷焼に携わるきっかけは何だったのですか。

 24歳で妻と結婚しました。そのときに移り住んだ佐野(現在の石川県能美市佐野町)が赤絵の主産地だったんです。当時、印刷会社に8年間勤め、ちょうど何か変わったことを始めたいと思っていました。そのときに赤絵に出会えたということです。

——赤絵の技法はどなたから学んだのでしょうか。

 私は師匠につきたくて、佐野で赤絵を描いていた年配の人にお願いしましたが、「うちは今、ほかに一人教えているからダメ」と断られ、独学で描くことになりました。また、当時は夜間訓練校という火曜日の夜2時間だけ絵付を教えてくれる教室があったので、そこへ通いました。あとは、向上心もあって、展覧会に作品を出し続けました。審査の先生方がアドバイスしてくれたのでプラスになりました。

——独学で身につけたいと思うほど、赤絵の魅力に引き込まれたのはなぜですか。

 25歳のころ、九谷焼の茶碗まつりに若手の発表会があって、そこへ出品したんです。私は39センチの大皿に武者絵を描きました。それを、審査の先生方から高く評価していただきました。それで舞い上がってしまったんです。あとは、県立工業高校のデザイン科を出ていたので、絵を描くことがもともと好きだったんです。

©福島武山工房(無断転載を禁じます)

海外ブランドと新たな試み

——フランスの高級ブランド、エルメスとコラボレーションしたそうですね。

 2012年に全国の伝統工芸品のお祭り(伝統的工芸品月間国民会議全国大会)が石川県でありました。その際、フランスからエルメスの一行が招かれ、10人ほどがうちの工房に見学に来ました。私の作品を見て「とても細かくきれいに描かれている」と感銘を受けていました。お昼ご飯もキャンセルするほど、ものすごく熱心に見ていただいて、帰るときに「時計の文字盤に描けますか」と聞かれました。

 エルメスの担当者と打ち合わせをして、実際に仕事をすることになりましたが、なかなか難しい仕事でした。セーブルというフランスの白磁の素地を提供していただいたのですが、あまりにもきれいすぎて、筆が滑ってなかなか描けませんでした。

——コラボレーションを通して、もっと多くの人に九谷焼を知ってもらいたいという気持ちはあったのですか。

 あまり意識していませんでした。取材が来て、いろんなテレビや雑誌、新聞に大きく取り上げられ、すごいことだと思いました。

©福島武山工房(無断転載を禁じます)

時代の転換 伝統を残していくこと

——後進の育成にはどのように携わっているのですか。

 研修所(石川県立九谷焼技術研修所)ができて40年ほど経ちますが、私が講師に入ったのは30代後半のころ。当時は私が一番若かった。そこで7、8年間、勤めたときに、私のもとで赤絵を勉強したいという人が現れ始めました。今まで12、13人ほどに、「教える」というよりも、仕事の手伝いをしてもらいながら、それぞれの作品作りを通して覚えていただきました。優秀な方が多く、教えなくても立派な作品を作られます。

——九谷焼の伝統をつなげていきたいという思いはありますか。

 あります。例えば、赤絵は一時、「いちいち筆を持って赤絵を描くのは時代に合わない」と言われ、みんな転写やハンコ(印刷)に走ったんです。ですが、私は絵を始めたときからずっと筆を持って描いています。やはり、九谷焼が名声を得た理由は、手描きの良さ。バブル期に転写とかハンコのものが随分増えましたが、今はまた手描きの良さが見直されて、赤絵をやっている十数人の人はみなさん忙しくしています。やはり、本来は筆を持って描くことが一番じゃないかと思います。

線の一本一本 丹念に描く

——制作にあたって大変なこと、気を使うことは。

 やはり線の一本一本が大切です。きれいに描くとか、味わいのある線を描くとか。線を自由に描くには、絵の具の調整も大事です。よく「筆の先から絵の具が流れ出るように」と言いますが、私の年になっても難しい。その日の温度とか湿度とか乾き具合によっても違いますし、あとは筆です。いい筆に巡り合うとうまく描けますし……奥が深いものだと思います。

——まだまだ向上できますか。

 今、本当に音を立てて下り坂を下っているように感じます。50代、60代のころは素晴らしい仕事をしたと思いますが、それでも昔の人たちの足元にも及ばない。昔は、やっぱりすごいものがありますから。下り坂を下るのを食い止めようと、必死に頑張っとります。年齢にあらがっても、どうしようもないですけど。

©福島武山工房(無断転載を禁じます)

止まらない挑戦心 ずっと楽しく

——今後、挑戦してみたいことを教えてください。

 10月15日から11月23日まで、地元の能美市九谷焼美術館浅蔵五十吉記念館で「福島武山 極める展〜赤絵細描の系譜と展開〜」を開きます。私はコメントを求められて「楽しく教えて、楽しく続けていきたい」と言ったんです。もう78歳ですし、新しいことをするのもなかなか難しいですが、このままずっと続けられたらいいなと思っています。九谷焼をやりたいという人がいたら、来てもらって教えていきたいです。あとは、新しい白磁、つまり形の素晴らしい白磁に絵付けをしたいという意識があります。

——新しい白磁とは。

 (作品を取ってきて)これは、つり香炉という、天井から下げるものなんですよ。京都で作った房が付いていて、この本体が赤絵です。このつまみなんかも、すごくシャープですよね。

 こちらは絵付けをしていない香炉です。きれいですね、この形。これには鳳凰(ほうおう)を描いたのですが、そういった古いものでも、形がきれいなものに絵付けをすると、新しく見えます。こういうことにも挑戦しています。

——この香炉の形は、これまでにないものだったのですね。

 なかったですね。これはやはりろくろ師さん、素地を作る人のセンスですね。私の娘もコーヒーカップに絵を付けることがあるんですが、きれいな形のものに描くと、すごく評判がいいですね。

つり香炉を手にする福島さん

伝統工芸作品 気軽に買って

——九谷焼がこれからも残っていくには、何が必要なのでしょうか。

 どうしても白磁が必要です。九谷をやっていくということは、素晴らしい形の白磁に、それにマッチした絵を描くということです。あとは、商売をやっていらっしゃる人たちはたくさんの消費者を抱えているので、そういった消費者をうまくペースに乗せることも必要だと思いますし、私は職人ですから、やはり美しいものを提供することが究極じゃないかと思います。

——伝統工芸に挑戦したい、または関心のある若者にメッセージはありますか。

 チャレンジはおすすめしますが、食べていくのが大変です。ただ、安定した技術を身につけて、少しずつでも毎日稼いで、作ったものの値段が高くなっていけば、生活も安定していくと思います。

 しかし、自分でいくらいいものを作っても、売り先がなければ、なかなか難しい。おこがましいですが、消費者を育てるということが必要だと思います。伝統に興味のある若い人たちには、高くなくてもいいですから、作品を1点でも2点でも所蔵してもらうと、伝統工芸がもっとわかりやすくなると思います。デパートの画廊とかギャラリーとか、そういうところへもどんどん入ってほしいと思います。

伝統は刷新によって受け継がれる
中橋京香(DIALOG学生部)

 「伝統を残すには、消費者を育てなければいけない」という言葉にハッとしました。いくら作品が素晴らしくても、その作品を実際に購入する人がいなければ、伝統工芸はいずれ立ち行かなくなってしまいます。伝統をつなげるために何が必要か、立ち止まって考えることができました。

 武山さんは職人としてのキャリアをほとんど独学で始められただけでなく、現在も精力的に新しい作品づくりを進められています。未知の領域を常に切りひらいていく姿勢に憧れました。

 伝統という分野にいるからこそ、新しいものを取り入れて刷新する作業は重要な意味を持つのだと感じます。過去と未来をつなぐ伝統の意義を、改めて認識しました。


福島武山(ふくしま・ぶざん)

 1944年、石川県生まれ。九谷焼上絵付師。赤絵細描という技法を再興し、この技術を用いた作品を多く手掛ける。1999年、第23回全国伝統的工芸品公募展で内閣総理大臣賞。2016年、第1回三井ゴールデン匠賞、石川県文化功労章。ほかにも数々の賞を得ている。石川県能美市に福島武山工房を開き、九谷焼の伝統技術を多くの人に伝えている。

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