VRを体験する! 真珠湾・アンコールワットが目の前にリアル/バーチャル Timelooper 河北有一さんと語る:朝日新聞DIALOG
2023/02/15

VRを体験する! 真珠湾・アンコールワットが目の前に
リアル/バーチャル Timelooper 河北有一さんと語る

By 岸峰祐(DIALOG学生部)

 不要不急の外出を控えるように——。

 この3年間、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴って大打撃を受けた観光業。その観光業界で、テクノロジーを資源に新たな歴史体験を創出すべく奮闘するグローバル企業があります。2014年にアメリカで創業、世界の観光・教育現場にXR技術を活用したストーリーテリング体験を提供しているTimelooperです。今回は日本法人代表の河北有一さん(35)をお招きして、DIALOG学生部のメンバーがTimelooperのVR・ARコンテンツを体験。後半パートでは、先端技術を活用した体験創出について語り合いました。

ビルの一室 いきなり別世界

 「どうですか? 固定されています? 見えますか?」

 「あ、見えます」

 「何が見えてます?」

 「バーチャルビジターセンターっていう……」

 河北さんがVRヘッドセットを1台ずつ、参加者の頭部に装着していく。言葉を交わしながら適切な装着感を探る。

 私たちがいるのは、東京・渋谷のビルの一室。ヘッドセットを装着すると、眼前に別世界が広がった。円柱形の空間。頭上にぽっかり空いた穴から、真っ青な空が見える。横には他の参加者たちのアバターが見える。不思議な感覚だ。

 空間の石壁に沿うように、背丈サイズの長方形のポスターが4枚、横並びで浮かんでいる。Timelooperが世界中で提供しているプロジェクトのポスターで、事業のプレゼンテーションの際にはスライドなどの代わりに体験してもらう、と河北さんは言う。

Timelooper提供

南北戦争 人生を追体験

 第2次世界大戦当時のパールハーバー、アメリカの南北戦争の時代を生きた3人の人生を追体験するデジタルミュージアム、アンコールワットの建設風景、動物や植物の立体映像、旅行先の決定から航空券の予約までできる大きな地球儀……。次々と目の前に現れるリアルな映像に圧倒される。これらの映像はすべて、スタジオで撮影した役者など「実物」とCGを合成して作っているという。

 1時間弱のVR体験を終えると、首が疲れていた。ヘッドセットが不安定だったからか、両手で支えながら見ていたメンバーも。「装着感と軽さは、どんどん改善されてくる。最終的には水中ゴーグルみたいになるんじゃないかな」と河北さん。今は数万円以上する値段がどうなっていくかも気になるところだ。

VR、AR、XR… そもそも何?

 「VR、AR、メタバース、XRなど、説明できますか?」

 河北さんが口火を切る。「VRはバーチャルリアリティー(仮想現実)の略称で、ヘッドセットなどを使って仮想の世界に没入する。ARはオーグメンテッドリアリティー(拡張現実)で、デジタルコンテンツを投影することで現実を拡張する。そうした技術の総称がXR、クロスリアリティーみたいな感じです。メタバースは、コミュニケーションや売買などの体験ができる仮想空間って僕は簡単に説明しています。その中で、僕はVRやARを使い、観光体験をリッチにする取り組みをしています」

 河北さんはそんな説明をしながら、ARの実演をしてくれた。みんながいる部屋の風景がスクリーンに映り、テーブル上に広島の地図が重なる。河北さんがスマホを操作すると、被爆者がスクリーンに現れ、語り始める。まるで、現地でインタビューしているかのように——。

どんな経歴? 河北さんを囲む

 VR・ARを体験した後は、河北さんを囲んでのセッション。DIALOG学生部メンバーから質問が飛んだ。

——河北さんは、どのような経歴をたどってきたのでしょうか。

 大学を卒業して、旅行会社に入りました。カンボジアに赴任して店舗の立ち上げを行った後、「いろいろな最新のテクノロジーを勉強して、観光の新事業を考えてきて」という鶴の一声でアメリカのイノベーションの街、シリコンバレーへ。どんなテクノロジーを観光と組み合わせたら面白いか考えながら2年間、一人でアメリカ中のスタートアップの調査と交渉を繰り返しました。その中で出会ったのがTimelooperです。VRと観光は絶対に合うと確信しましたね。

——Timelooperとの最初の仕事は。

 カンボジアの遺跡、アンコールワットの再現プロジェクトです。

 カンボジア駐在時にアンコールワットに通っていて気づいたのは、観光客の多くは写真映えするという理由で観光に行っていること。それもいいけれど、もっと楽しめるやり方があるのではと感じて。VRは、分厚いガイドブックを読む人たちにも、ガイドブックを全く読まない観光客にも魅力的なのではないかと考えました。

 歴史に興味を持つ人が増えれば、現地ガイドさんの雇用創出も期待できます。そこで、もともとつながりのあったカンボジアの観光省にTimelooperを紹介して、半年後にプロジェクトが始動しました。

旅行会社にいたから 歴史を顕在化

——当時はTimelooperにはまだ入っていない。

 その後、帰国して旅行会社を辞め、日本のイノベーションコンサルの会社にいながら引き続きTimelooperと仕事をしており、コロナが始まった2020年に日本法人を立ち上げました。

 僕はテクノロジーの人間ではないので、コンテンツやアプリの開発はできません。でも観光客が何を求めているか、VRをどう生かせるかは理解していました。自治体の方などと議論しながら、地域の歴史を顕在化させるプロジェクトを日本中でやっています。

VRを体験した! 学生の感想
 出撃した零戦から見える、同志の機体と鈍色(にびいろ)の雲。見えない標的と、いつ被弾するかもしれない恐怖。穏やかなはずの真珠湾で一直線に戦闘機が向かってくる、米兵たちの恐怖心。レンズ越しに広がる歴史の舞台に、心揺さぶられました。(三嶋健太郎/DIALOG学生部)

——歴史の顕在化ですか。

 子どものころから歴史が好きなんです。

 広島の宮島では、昔の浮世絵や江戸時代版のガイドブックである図絵を3D化して、道中で観光案内をしてくれるARアプリを開発中です。熊本の八代では、全国の「眼鏡橋」とゆかりがあり、日本遺産になった石工技術をわかりやすく伝えるプロジェクトも行っています。また、広島と長崎の原爆、長崎の潜伏キリシタンの歴史についてのARアプリの制作も手掛けています。

3人で営業・制作 知床へ福岡へ

——どのくらいの人数で仕事をしているのですか。

 日本のメンバーはメインが3人。業務委託の方もいます。日本国内のことは営業から制作まで全部自分たちでやっています。昨年11月にはドローンを持参して北海道の旭岳に1週間滞在。今月も知床の流氷を撮りに行きます。今日もこのセッションが終わったら福岡の撮影に合流します。海外法人では本社のアメリカ以外にトルコに開発メンバーが約30人、あと韓国にもスタッフがいます。

■VRを体験した! 学生の感想
 アンコールワットの建設現場にタイムループ! 本物のゾウと人間が作業中。木材の運搬の様子や塗装の移り変わりが実際に目の前で行われていて、現地の暑さを感じている気分になった。もう一度現地で見てみたい。(降矢桃佳/DIALOG学生部)

Timelooper提供

現地体験が大事 仮想空間には限界

——あくまで現地に行ってVR体験をしてもらう、というのには理由があるのでしょうか。

 現地体験をより高めていきたいというポリシーはありますね。旅の体験は代替が利きません。パンフレットや映像、CGを見ただけでは、観光した気持ちにはなれない。

 例えば広島の宮島ならフェリーで行くワクワクや特別感があり、島に降り立つと鳥居や歴史的な建造物があって、島内全体の雰囲気で満足感が高まる。お城を体験するにしても、家でVRを使うのではなく、目の前に実際のお城の跡があるからこそ、今と過去を対比できて面白くなります。

 ただ、VRでそうした体験づくりをすると、観光地の方々からは「現地に来なくなる」と不安の声をいただきます。

——そういう考えの人が多いですか。

 多いですね。でもVRは「百聞は一見にしかず」の分かりやすい例で、実際にVRを通して歴史を見ていただくと「うちの観光地でもやりたい」となるんです。観光客には「もっと知りたい」と思ってガイドさんによる現地ツアーに参加してもらう。アンコールワットでは、ガイドさんの仕事を奪わないように、コンテンツには音声の説明を入れていません。

映像ではなく ストーリーに没入

——映画の脚本作りみたいな部分も重要なのかなと。

 ストーリー性は最も大事にしています。ただ再現された3Dを見ても人は感動しないし、観光客は「へー、そうなんだ」で終わっちゃう。 せっかく没入体験の世界に入るんだったら、ストーリーにも没入してもらいたい。

 まさに映画をVRで作るイメージで、映画の脚本家でもあるカメラマン兼ディレクターのメンバーが、トルコの映画監督と2人で議論しながら脚本を作っています。

 トルコ側の視点が入ると、歴史の説明にもインバウンド(海外からの旅行者)の視点が入るので2通りの脚本ができます。海外の人が「江戸時代」と聞いても「江戸、何?」「徳川、誰?」となる。体験する人に基礎知識がない前提で、脚本を作るように心がけています。

■VRを体験した! 学生の感想
 一本の茎が生えた土の塊。裏側に回り込むと、茎の下に長~く伸びた何十本もの根っこが生えていて、その中を黄緑色の液がドクドクと流れています。普段は見えない生体の内部を可視化する。科学分野でのVR活用の可能性を感じました。(岸峰祐/DIALOG学生部)

「私がずっと残る? すばらしい」

——これまで制作してきた中で、会心の出来だ!というコンテンツは。

 アンコールワットのプロジェクトが大きかったです。ゾウや人を含めて大規模な撮影をしたり、政府と折衝したり。それをアメリカとカンボジアを往復しながらやっていました。

 国内では「ヒロシマの記憶AR」は特に意義を感じています。出演してくださった被爆者の田中稔子さんに初めて会ったとき、「私がずっと残るの? そんなすばらしいことはないね」と言葉をいただいて。

 長崎市でも同様のプロジェクトが立ち上がり、被爆者の証言をデジタルコンテンツで残す取り組みに高い評価をいただきました。今やっている宮島のプロジェクトも念願の企画だったので、実現してすごくうれしいです。

歴史の資料集 開けばそこに

——今後どのような展開を考えていますか。

 メタバース周辺がにぎわってきて、今まで作ってきたコンテンツをメタバース化させるのも需要があると感じています。それと、日本史や世界史の資料集をデジタル化することが一つの目標ですね。例えば資料集にQRコードが付いていて、スキャンすると歴史上の人物が出てきてしゃべったり、北海道・函館の五稜郭の3Dがいきなり目の前に現れたり。あとは視覚的に時系列と位置を把握できるような、そういう教育コンテンツ作りに携わりたいです。

 これからARやVRは生活の中でより身近になり、ミーティングにホログラムで参加するといったこともあるでしょう。VRでの授業も、東京都立大学と5Gの実証でやりました。移動の時間がなくなったとき、その時間を何に使うのか。そうした技術の発展と、端末のアップデートを通して実現する未来について、常にアンテナを張って考えていきたいですね。

■VRを体験した! おじさんの感想
 エンパイアステートビルの建設時、最上階付近の鉄骨の上で命綱なしで作業する人たち。視線を落とすと、NYのビル群がはるか下に見える。自分は都内のイベントスペースにいる、と分かっているのに、足がすくんだ。(今村尚徳/DIALOG編集長)

視線を上げて 旅の空気を感じよう
岸峰祐(DIALOG学生部)

 旅先で感じる自然の音や香り、風の暖かさ、そこで出会う人との交流、郷土料理の味。そのすべてをVRで再現することはできません。VRは五感のうち視覚に大きく頼るツールだからです。

 しかしながら、VR空間に没入していた時間は充実した観光体験にも思えました。それは、現実で旅行しても手元の液晶画面と向き合い、せっかくの3次元の景色すら2次元の視覚情報に収めようとしていたからかもしれません。普段から視覚情報に頼りすぎているから、VRの映像だけで満足できてしまったのだと思います。

 VRは過去の情景など、現実世界では知り得ないことを教えてくれます。この長所が現地ならではの体験に加わることで、旅はより充実したものになるはずです。

 視線を上げよう。体いっぱいに、空気を感じよう。現地体験を捉え直したVR体験でした。


河北有一(かわきた・ゆういち)

 タイムルーパー合同会社代表。2010年に立教大学国際経営学科を卒業後、大手旅行会社に入社。海外での新規事業戦略を担当し、14年、プノンペン支店立ち上げのためカンボジアに赴任。16年からシリコンバレーを拠点に旅行関連のIoTやAI、AR/VRの領域を担当。18年からテクノロジーを活用した新規事業創出のコンサルティング会社で日本の観光産業の領域でのイノベーション推進を実施。20年、ニューヨークにあるXR体験設計のTimeLooper,Inc.の日本法人を立ち上げ、代表に就任。

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