

「研究」というと大学以降というイメージもありますが、環境さえ整えれば小中学生も自由に専門的な研究を進められます。若いうちから興味のあることを研究することで、疑問を持つ力、自ら学ぶ姿勢を身につけられそうです。今回のイノベーターセッションでは、慶應義塾大学ジュニアドクター育成塾KEIO WIZARDを通して小中学生に研究の面白さや楽しさを届けている大野友さん(28)にインタビューしました。
■イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。対話を通じて、活動への思いや生き方、めざす世界を共有します。

大学院生らが伴走 興味を伸ばす
——大野さんはどんなことをされているのですか。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の博士課程に在籍しながら研究を行っています。まちづくりから教育まで、様々な分野の課題をシステムとして捉え、そこに関わる人がハッピーになる仕組みをデザインすることを目指して、様々な研究やプロジェクトに取り組んでいます。その一つがKEIO WIZARDです。
——KEIO WIZARDについて教えてください。
科学技術、情報、医療、健康、宇宙などに関心がある小学5年生から中学3年生が興味を伸ばしていけるような教育プログラムです。大学院生や教授、社会で活躍する社会人の伴走のもと、アカデミックな研究を進め、最後はその成果を発表します。あらゆる研究の基礎となる姿勢を身につけるベーシックコースと、特定のテーマを研究するアドバンストコースとがあります。
参加者は川崎市にある慶應義塾大学殿町タウンキャンパスなどに集まります。「システム×デザイン思考」を実践しながら身につけてもらうため、グループになってブレインストーミングやフィールドワーク、寸劇・新聞制作によるプレゼンテーションなどを実施しています。
——基礎となる姿勢とはどのようなものでしょうか。
アイデアを出す、まとめる、プロトタイプを作ってみる、実践してみるという工程を繰り返す姿勢です。これらを仲間とともに学ぶのがベーシックコースで、私はこのコースの統括をしています。
世界が舞台 次世代の研究者を育てる
——プログラムの背景にはどんなことがありますか。
かつて日本は、世界をリードする研究論文をたくさん出していました。しかし近年は博士号を取得する人があまり増えておらず、研究に使える予算も頭打ちです。科学技術で世界に貢献する国であり続けるために、次世代の研究者を育てていくことが重要なテーマとなっています。
——大野さんのやりがいを教えてください。
対話を進めていく中で子どもたちが変化していく様子を見るのが楽しいです。興味がより具体的になったり、全然違うものに興味を持ち始めたりと変化は様々です。

論理的思考 リーダーシップも学ぶ
——対象が小中学生なのはなぜですか。
他の情報に影響されない純粋な興味・関心を伸ばすには、とてもいいタイミングだと思っています。小学校高学年から中学生は論理的に考えることもでき、研究するにもふさわしい年代だと思います。さらに、自分の興味を知った上で進路を選択するのに役立ててほしいです。
——参加者に年齢差があります。どのような工夫をしていますか。
ワークショップでは中学生が小学生を助けながら進める、というように助け合いながら進められるようにしています。
——リーダーシップも学べるのですね。
中学2年生はこのプログラムでは高学年ですが、リーダー経験がない子も多いです。グループを引っ張っていくうちに、リーダーとして行動の変化が表れてくるのもうれしいですね。
——参加者の特徴はありますか。
「これを追い求めたい」という強い思いを持ち、自分でどんどん学んでいく子が多いですね。

人との出会い 多様性を大切に
——参加者たちは、どのようにしてKEIO WIZARDに出あうのでしょうか。
プログラムは5年目。学校を通しての応募が多いです。研究成果を発信していくことで、新しい学校からの参加も増えています。子どもたちが自分の興味に気づいていけるようにすることは重要なので、なるべく多くのチャンネルで発信したいと思っています。
——プログラムに関わる人の多様性という面で工夫はありますか。
対話で学びを深めていくので、参加者の多様性は大切にしています。また、エンジニアや教育現場で働いている方などメンターも多様です。いろんな大人と出会ってもらうため、毎回異なるメンターがサポートしています。
——私はまだ専門にしたい領域を見つけられません。どのように見つけるのがいいでしょうか。
それ自体も一つの研究テーマになりそうですね。プログラムではいろんな分野で活躍されている専門家との出会いの機会を設けています。その中で新しい興味に気づく子もいます。
研究の種 思わぬところに
——他の同様のプログラムと、KEIO WIZARDの違いは。
パスツール型の研究をしているところです。パスツールはワクチンのもとになる仕組みを開発した研究者です。根本原理の発見と世の中の課題解決ができる、パスツールのような研究者を育てていくことを目指しています。
——パスツール型の研究で大事になることは。
研究成果に学術的な価値だけではなく、世の中に対する価値があることが重要なので、いいバランスを見つけていく必要があります。そこに自分一人でたどり着くのは難しいので、仲間とアイデアを出し合って実行する過程を繰り返すことが大事になってきます。
——自分の興味と世の中の課題をどう結びつけていくのでしょうか。
まず「世の中にこうあってほしい」という理想を描いて、それに対しての現状を分析していきます。そして、そのギャップを埋めるためにはどのようにすればいいのかを考えます。小中学生は、思わぬところに研究の種を見つけてくれます。

なりきって街歩き 課題発見
——ベーシックコースは最後にどのようなことを発表するのですか。
ターゲットユーザーが自分たちのアイデアによってどのように幸せになっていくのか、というシナリオを伝えることを目指しています。そのためにフィールドワークを大切にしています。
——フィールドワークではどんなことをするのですか。
今年度は全6回のプログラムのうちの3回目に実施しました。各チームのメンバーがターゲットユーザーになりきって街を歩きました。他者になりきることで、課題が見えてきます。
「車いすに乗った外国人観光客」という視点で街を歩いたところ、①看板表示が分からない、②段差が思った以上に多くて移動が不自由、③トイレが近くにあるか気になる、といった気づきにつながりました。
——簡単な方法でありながら、すごく実感しやすい方法ですね。
研究は頭で考えるという方向になりやすいのですが、一番大事なのは感じることなので、このプログラムではそれを重視しています。感じることを繰り返していくことで、いいアイデアができ上がっていくことをプログラムを通して子どもたちに伝えています。

卒業生から次世代へ 学びを広げる
——将来、研究のあり方も変わってきませんか。
研究者は“publish or perish (論文を書け、さもなくば辞めてしまえ)”と言われています。現代ではAIも論文を書くようになってきました。論文を書くのがAIになっていくという予測もありますが、やはり本質は変わらないと思います。これからはより複雑になるので、一人ではできなくなって、対話をしてアイデアを出すことを繰り返すことが大切なのは変わらないと思います。
——どのようなプログラムに育てたいですか。
今は参加できる地域が限られているので、日本全国、世界中に広まってほしいです。このプログラムで学べることは、人生に役立つことばかりだと思います。こんな学びを全国の小中学生が何らかの形で経験できる社会の実現に貢献していきたいです。そのためには卒業生に社会で活躍してもらい、次の世代と交流を深めてもらうことが必要だと思います。
楽しめる専攻 焦らず見つける
中村真依子(DIALOG学生部)

対話と実践、そして感じること。オンラインで何もかも完結する時代になると、なかなかできなくなってしまうのではないかとも思います。だからこそ、子どものときからそれらの楽しさを経験できるプログラムが、もっと広がってほしい。学校以外に、子どもたちが自由に興味や関心を深められる場があることはありがたいことだと思います。
「一番大切なのは感じること」と大野さんは言いました。論理的に物事を考えるだけではなく、楽しさや違和感といった心の動きを大切にしていきたいです。
大学1年生の私は、これから専攻を決めて研究していくことになります。そのときには今回のことを思い出して、自分が満足できて楽しめるテーマを選びたい。インタビューの前は、これといった専攻が決まっていないことに劣等感を抱いていましたが、焦らなくていいと思えるようになりました。
そして、対話の大切さは子どもたちにとどまりません。大人にとっても、対話によって興味を深めるのは楽しいと思います。地域でそれができれば、地域コミュニティーの強化になる。家族でおこなえば、絆が深まるかもしれない——。
対話があらゆることにつながる可能性を感じ、普段から対話を繰り返していきたいと思った1時間でした。
大野友(おおの・ゆう)
1994年、群馬県生まれ。2017年に早稲田大学卒業後、宇宙やスマホなどから取得できるデータの可能性に気づき、翌年から同大学院で地域のまちづくり資源(人・モノ・情報など)を可視化・最適化するしくみのデザインを研究(2020年修了)。現在は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で、小中学生向け研究者育成プログラム「KEIO WIZARD」のプログラムデザインを担当。NPO法人イシュープラスデザインで、防災や脱炭素をテーマに市民向け啓発プログラムを実施する傍ら、同大学院の博士課程で「データ×地域資源の可視化・最適配置」をテーマに研究を行う。
※学生記者以外の写真は大野さん提供。