立ち止まって鎧を脱ぐ “自分”に戻れる大人の学び舎安井早紀さん・遠又香さん:朝日新聞DIALOG
2023/04/27

立ち止まって鎧を脱ぐ “自分”に戻れる大人の学び舎
安井早紀さん・遠又香さん

By 隈部萌栞(DIALOG学生部)

 北欧にある教育機関「フォルケホイスコーレ」。一定の年齢以上なら誰でも通え、全寮制で「試験や成績がない」「民主主義的な思考を育てる」「知の欲求を満たす」が特徴とされています。人生の次のステップを考える場として、高校を卒業した人、社会に出た人、高齢者など幅広い人々が通います。

 小中学校、高校、大学などとは異なる環境で学び、進路を選ぶことは、日本でも重要になるのではないでしょうか。

 今回のイノベーターセッションは、そんなフォルケホイスコーレの日本版「School for Life Compath」(北海道東川町)の創設者、安井早紀さん(32)と遠又香さん(32)に話を聞きました。

イノベーターセッション DIALOG学生部は、若い起業家やアーティスト、社会活動家など、明日を切りひらこうとする人たちを定期的に招いています。対話を通じて、活動への思いや生き方、めざす世界を共有します。

いつでも好きなときに デンマークが手本

——School for Life Compathについて教えてください。

安井 デンマークの「フォルケホイスコーレ」を参考につくった大人の学び舎です。いつでも、何度でも、好きなときに立ち止まって学べる社会の場所を日本でもつくりたいと思い、始めました。

 School for Life Compathでは、授業の時間に加え、暮らしや余暇の時間を設けています。暮らしや余暇の中にも学びがありますし、授業の中で学んだことが発酵していく時間にもなっています。

遠又 参加者は全員同じ場所に住み、みんなで協力しながら生活します。そのため、ありのままの自分でいられるような工夫をしています。例えば社会での肩書や役割は伝えない、自分の気持ちを積極的に発言する場を設けるといったことを行っています。

ふくふく戻るカップラーメン

——参加者はどんな人が多いですか。

遠又 「今の生活の延長線上に、理想の自分はあるだろうか?」みたいな問いを持っている人は多いですね。すぐに成果を求められるスピード感のある世の中で、私たちは自分の柔らかい部分を守らなくちゃいけない。そのため、常に心に鎧(よろい)を装着している人も多い。息の抜き方がわからなくなったり、自分の心が向く方向がわからなくなったりしがちです。

 そんなときにSchool for Life Compathを知って参加した人たちは「自分に戻れる時間だった」「人間らしさを取り戻せた」「自分の感性をもう一度信じることができた」と言ってくれることが多いです。

安井 私はよく心の動きをカップラーメンに例えるんですけど、乾燥した麺にお湯を注いで、ふくふくふくって水分を含んでいき、「あ、戻った」みたいな。新しく加わった価値観というよりも、余白を持ってほぐし直したら出てきた価値観。それに向き合う人が多い印象です。

人生の舵を切る なりたい大人になる

——フォルケホイスコーレをモデルにしようと思ったきっかけを教えてください。

安井 自分が欲しいと思ったからですね。自由に生きたいと思っていても、自由に生きにくい。そう感じたので立ち上げました。

 私は学生時代から、いわゆる“意識高い系”でした。社会人になっても「ビジネスだけじゃなくて、社会貢献もしましょう」って会社の中で話していたのですが、なかなか聞いてもらえなくて。「おかしいな、私がみんなと違うのかな」と思ったときに「あれ、もしかして私が言っていることが通じないのは、相性の悪さではなく、人生の余白の問題なんじゃないか」と思ったんです。その余白の問題について考えるためにデンマークに行き、School for Life Compathを立ち上げるに至りました。

遠又 大学生のとき、「自分でも社会を変えられる」と信じてNPO法人で活動していました。でも社会人になってからは、社会への関心が薄くなっていたんです。

 そのタイミングでたまたまデンマークを旅して、フォルケホイスコーレに参加しました。デンマークの人たちと話す社会は、会社の外側にあるものでした。「どうしたらデンマーク社会はよくなっていくか」「どう仕組みをアップデートしていくか」といった話題に触れたとき、当時の自分は全くその話をしなくなっていることに気づいたんです。このときに、なりたい大人とは違う方向に人生の舵(かじ)を切っていたことに気づき、日本でフォルケホイスコーレをモデルにした学び舎を立ち上げることを決意しました。

二人旅 偶然が重なり今ここに

——安井さん・遠又さんのお二人で事業を立ち上げたのはどうしてですか。

安井 たまたま二人で旅をしていて、課題意識をシェアできていたのは大きかったですね。

遠又 東川町だったからできたっていうのもあると思います。住民が声を上げることに対してオープンな町だったからこそ、やってみようと思えました。今までの人生、偶然の積み重なりですが、これまでに出会ったものによって、ここにたどり着いている感覚がありますね。

——お二人はこれからSchool for Life Compathをどうしていきたいですか。

遠又 まずは東川町で「フォルケホイスコーレが日本にもあります」っていう状態をつくり上げたいですね。すごく時間がかかる難しいことなので、じっくり目指していきたいです。ゆくゆくは沖縄、北海道の2拠点の展開もしたいなと個人的には思います。

安井 会社が「フォルケホイスコーレ(School for Life Compath)に行ってきたら?」って言ってくれる文化をつくれたらうれしいです。人生において、余白を持つことの大切さを多くの人に知ってもらうには、金銭面、時間面でのサポートが必要だと考えています。そのために、いろんなところとタッグを組んでいきたいです。

焦らずゆっくり それでもいい
隈部萌栞(DIALOG学生部)

 この1年、私は余白だらけでした。休学して実家にこもって、淡々と生活する日々。穏やかで満たされた生活の中で、自分が生き急いでいたことに気づきました。

 大学入学直後から就活について考え、そのために必要なことをこなす。今の生活よりも将来の安心のために動く。そうしているうちに、自分は何が好きで、何がしたいのかがだんだんわからなくなっていました。

 安井さんが言う「新しく加わった価値観というよりも、余白を持ってほぐし直したら出てきた価値観」は正直まだ見つかっていませんが、休学前よりも毎日を楽しく過ごしています。

 スピード感がある世の中で焦る気持ちもありますが、お二人のように興味があることを探究し、「自分の人生」を謳歌したいと思います。


安井早紀(やすい・さき)

 1990年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。幼少期はイギリスで過ごす。大学在学中は“教室から世界を変える”NPO法人Teach For Japan勤務。卒業後はリクルートに入社し、6年間、地方と海外での大学生向けのインターンプログラムづくりなどに従事。2018年に島根に移住し、地域・教育魅力化プラットフォームに参画。“地域みらい留学”事業の立ち上げを行う。2020年4月に株式会社Compathを設立、同年7月、北海道東川町に移住。

遠又香(とおまた・かおる)

 1990年、東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒。15歳のときにアラスカの村に留学。大学時代は高校生、大学生向けのキャリア教育を提供するNPO法人で活動。卒業後はベネッセコーポレーションで高校生向けの進路情報誌の編集者として働き、外資系コンサルティング会社に転職。日系企業の働き方改革支援プロジェクトや教育系NPO法人のコンサルティングに従事。2020年4月に株式会社Compathを設立、同年7月、北海道東川町に移住。

(本文の写真は株式会社Compath提供)

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