
「声の力」プロジェクト
2020年02月05日公開朝日新聞DIALOGは昨年夏からシリーズ企画「声の力」を続けています。視覚障害のある子どもたちが、プロの声優から声による表現方法を学ぶことで、自身の可能性を広げることを目指すプロジェクトです。その第4弾として、2019年12月16日に愛媛県立松山盲学校(松山市)で特別授業を行いました。講師は、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の赤木リツコ博士や『ONE PIECE』のニコ・ロビンなどを演じている声優の山口由里子さんです。基本的な発声から実践的な表現まで、盛りだくさんの授業の様子をお伝えします。
松山市の中心部から車で15分ほどの松山盲学校には、幼稚部から高等部まであり、30人の児童・生徒が学んでいます。敷地内には校舎と寄宿舎があり、特別授業は寄宿舎の集会場で行われました。基礎編と応用編の2部構成の授業に参加したのは、小学5年生から高校3年生までの13人です。
コの字形に並べられた椅子に座って授業の開始を待つ子どもたち。集会場の後方には多くの教員が見学に訪れています。午前9時過ぎに山口さんが登場すると、普段とは少し違う雰囲気にそわそわしていた子どもたちから歓声が上がりました。「今日は、声の力というものをみんなと一緒に探ってみたいと思います」という第一声で授業が始まりました。
まずは、山口さんと子どもたちが互いに自己紹介しました。子どもたちが自分の名前だけでなく好きなことや趣味を発表すると、山口さんは一人ひとりの話に丁寧に耳を傾け、「活躍がホームページに載っていたね」などと声をかけます。子どもたちの普段の様子を授業の前にチェックしていたのです。
続いて山口さんは、「声を使って表現すること」や「自分の声を自分で聞きながら、相手の心に自分の言葉を伝えること」が授業のコンセプトだと説明しました。「声優とは、声だけで感情を伝える仕事です。そのための訓練の初歩を、今日はみんなで一緒にやっていこうと思います」
いよいよ第1部、基礎編のスタートです。ここでの目標は、自分の声を知って、それを出すこと。山口さんは言います。「一番良い声を出すには、体をリラックスさせることが必要です。お尻をキュッと締めて、おへその下にある
山口さんの指示のもと、準備体操が始まります。首、肩、腰や手足を回すものから、ジャンプしながら「ふっ、ふっ」と連続して声を出すユニークなものまで。常に丹田を意識しながら行っていることもあり、体がほぐれ温まってきた様子です。深呼吸の際には「体全体を風船だと思って、指先まで全部空気を入れる気持ちで!」などと具体的なアドバイスがありました。
その後は、実際に声を出す練習に入ります。子どもたちはハミングで「んー」という声を響かせたあと、満を持して「あー」と一斉に声を出したものの、思わず力が入ってしまいました。「一生懸命に声を出さなくていいです。丹田から声を出すことを意識して、それ以外は超リラックス!」。山口さんが優しく語りかけます。
次は高い声。「吸った空気を、背中を回って頭の上から前に出すようなイメージで発声すると、自然と声が高くなります」。逆に、低い声を出すときは、へそのずっと下のほうから声を出すように意識すると低くなるそうです。「どんな声を出すときでも、とにかくリラックス。なぜなら、その声が、人の心に一番気持ちよく響くからです」
今度は大きい声を出す練習です。山口さんは、誰に向かって声を届けるかを意識しなければ大きな声を響かせることはできない、と説明します。今回は、「学校の前を走る片側2車線の国道の向こう側に立つ家に住むおばあちゃんに、声を届かせて笑わせる」という設定です。山口さんの模範演技では、「おーーい」という大きく澄んだ声が10秒以上にわたって響きました。圧巻の声量と技術に、教室は拍手に包まれます。模範演技を参考に、生徒たちもみんなで挑戦。集会場を越えて廊下の奥にまで届くほどの元気な声に、山口さんは「よく出ています。声も長く続いたね」とにっこり。生徒たちもうれしそうです。
第1部の最後には、子どもたちが2人1組で向き合い、お互いの良いところをほめることに。それまでとは打って変わった内容に、生徒たちは戸惑いつつ、恥ずかしげに互いをほめ合いました。発声とは関係のない練習のようにも思われますが、山口さんはこう説明します。「みんなには、距離によって声の大きさが違う、ということを学んでほしいんです。遠くのおばあちゃんにかける声と、隣の人をほめた声。それぞれ誰に伝えるかによって音量が変わったのは分かるよね。これは表現するうえでとても大切なことなんです。つまり、自分の声を気持ちよく聞いてもらえる音量を探す、ということです」。山口さんは、自分の声が的確に伝わるように、距離だけでなく、その場の「におい」といったことまで考えて表現していると明かしました。普段はなかなか意識することのない声の奥深さを知り、生徒たちはとても驚いた様子でした。
第2部の応用編では、詩の朗読を行いました。先ほどと同じように、2人1組になって2行ずつ交互に朗読します。緊張気味の生徒たちに山口さんは、「相手の心に届けるために、相手の顔に向かって読みましょう。相手を思うと優しい音になりますよ」と語りかけます。何度かチャレンジするうちに、だんだんと朗読に抑揚がつき、はっきりと聞こえるようになりました。
何度か練習を繰り返してから、生徒たちは教室の真ん中へ。円陣を組み、今度は同じ詩を1行ずつ、全員で分担して朗読します。時間にして1分ほどの朗読が終わるたびに、山口さんから具体的なアドバイスが入ります。「相手に伝えようという気持ちを持って、もう少し大きな声で」「書いてあることはすごくきれいに、よく伝わりました。今度は、この詩で作者が伝えたい思い、世界平和、そういうことを考えながら読んでみてください」
3回目の朗読が終わったところで、山口さんから「みんなで歌える歌ってある?」と聞かれ、全員で校歌を歌うことに。透き通った大きな声で歌う子どもたちの姿に山口さんは、「今の気持ちをキープ! 校歌を歌ったときと同じ気持ちを込めて、この詩も朗読してみてください」と、1行に自分の思いを込めることの大切さを説きます。
さらに3回ほど練習を重ねると、生徒たちの朗読は見違えるほど上達しました。声は大きく、明瞭で、強弱がはっきりとつけられ、1行1行に込められた感情がよく伝わってきます。いよいよ授業もクライマックスです。「1行を人に伝えるというのは、本当に大変なことなんです。体全体を使わないといけないから。それでは、この授業を見に来てくれている先生やお父さんお母さんたちの心に、皆さんの気持ちを伝えてください。言葉だけじゃなく、全身を使って表現してくださいね」
子どもたちは、授業で学んだ発声や表現の方法をすべて使って、1行ずつ丁寧に読んでいきます。手を胸に当てたり、動かしたりするなど、アクションを取り入れながら読んだ子もいました。
授業の最後に、山口さんから子どもたちにメッセージが送られました。「朗読はたった1行だったけれど、その1行にちゃんと気持ちを込めて伝えられたね。声は、それだけで人を傷つけたり、逆に喜ばせたりできます。だけど、それは自分の心次第です。そして、今日これまでやってきたように、みんないろんな声が出せます。だからこそ、自分の声を大事にしていってくださいね」
生徒たちにも感想を聞きました。小学部5年の石丸翔さんは、「山口さんの大きな声がとてもかっこよくて印象に残りました。声を届ける相手を意識して話すことの大切さが分かりました」と話しました。高等部1年の野澤夏美さんからは、「これまで、声の出し方などは意識をせずに話していました。声の出し方一つで伝わるものもあることを知りました」という感想が返ってきました。
朝日新聞DIALOGでは、「声の力」プロジェクトの模様を継続的にお伝えしていきます。
【プロフィル】
山口由里子(やまぐち・ゆりこ)
声優(青二プロダクション)。大阪府出身。俳優として演劇を中心に活動したのち、アニメにも活躍の舞台を広げる。『新世紀エヴァンゲリオン』の赤木リツコ役、『ONE PIECE』のニコ・ロビン役などを担当。特技はタンゴを歌うこと。
「声の力」プロジェクトとは
文化庁の「平成31年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害児が声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することを目指すプロジェクト。文化庁と朝日新聞社が主体となり、株式会社青二プロダクション/青二塾と株式会社主婦の友インフォス(「声優グランプリ」編集部)の協力を得て進めている。